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143.リネンのパジャマだと思います

何故か遊んだタイトルを付けたくなる。


 まだ太陽すら顔を見せていない早朝。ヴェスディ公爵の代理として現れた男は、見上げる様な大男だった。


「⋯⋯公爵閣下の代わりに参りました」


 使用人達は驚いた。男の威容には勿論、公爵が1人で街に訪れて居た事を知っていたからだ。

 もしや急遽雇った人足なのかと思った使用人達は、急いでピピンに指示を仰いだ。何せ今回の取引は侯爵家の存亡が掛かっているとまで言われていたからである。

 使用人から代理が来たと報されたピピンはと云うと、寝惚け眼を擦りながら首を傾げた。


「⋯⋯ヴェスディ公爵の代理?それなら、公爵が当家にくださる筈のギルド紹介状を持っていなかったか?」

「いえ、その様なものは一切持っていませんでした」

「⋯⋯可笑しいな?本物の代理なら紹介状を出すだろうし、偽物なら朝一番に約束していた事は知らないだろうし⋯⋯」


 それでも、この取引を失敗させる訳には行かないので、ピピンとしてもそのまま手渡すのは躊躇してしまう。


「⋯⋯そう云えば、アヴァール殿は?」


 確か彼は父親を殴ってやると息巻いていた筈であった。


「ヴェスディ公爵子息ならば、まだお寝みになっているかと⋯⋯」

「それなら、すぐにお呼びしなさい。確認して貰いましょう」


 使用人は客室へと走り、畏れ多くもまだ寝んでいた公爵家の嫡男()を叩き起こす為にノックをした。アヴァールとサミュエルを同じ客室へと案内していたからである。

 幸運にもアヴァールは身支度を整えている最中であり、不運にもサミュエルは未だにベッドの住人であった。寝起きは悪いらしく、むにゃむにゃと返事を返すだけで、起き上がる様子は無い。


「なんや、まさかもう親父来たんか?いくらあの親父でも、流石に早過ぎなんとちゃう?」

「いえ、それが代理と云う方が⋯⋯」

「代理?親父が?」


 アヴァールも代理と云う言葉を訝しんだ。


「⋯⋯あの親父(ケチ)が人を雇ったとは思えへん⋯⋯他人に払う金は惜しまんけど、払わんでええ所にはとことん払わんねや⋯⋯」


 アヴァールの脳裏には最悪の事態が浮かんでいた。信じられない事ではあるが、四大公爵家当主が闇討ちされた可能性である。

 常に誰かと行動していれば良かったのだろうが、ユリアン・フォン・ヴェスディは商いの為、金の為と定期的に1人で各地をふらふらする癖があった。四大公爵家の中でも攻撃力はセレスタインの次に弱い家だと云うのに。それどころか、応用力に関しては四家の中でも最も低いとすら考えられる。


「⋯⋯その代理っちゅーの、まだ待たせとるんか?」

「えっ?は、はい。まだ馬車に荷物を積み切っていなかったものですから、ホールでお待ち頂いてます⋯⋯」

「ほんならもっとゆっくり作業させるんや。あと念の為出来るだけ戦えるの集めといてくれ」


 使用人に指示を出したアヴァールは、未だにベッドから起き上がろうとしないサミュエルを起こしにかかった。シーツを引っぺがし、尻を容赦無く叩く。


「おら!起きんかいクソガキ‼︎」

「うぅーっ⁉︎さ、寒い⋯⋯眠い⋯⋯痛い⋯⋯!」

「ええからシャキッとせえ!早起きすると得する言うやろ!」

「⋯⋯はぁ?この前、早起きしたって金にはならないって言ったのそっちじゃんか⋯⋯」


 確かに、早起きしたって得にはならない。それはヴェスディ家の持つ持論である。既に約束のある儲け話ならば別だが、睡眠は大切な事。寝不足だと顔色も悪くなるし、頭が回らないと騙される可能性も高まる。

 だが、今回ばかりは起きてもらわねば困る。最悪の事態に備えて、セレスタインの毒魔法は無くてはならないのだ。


「⋯⋯⋯⋯これから、ベリやんも起こすつもりなんやけどな」

「⋯⋯⋯⋯ベリちゃんは基本早起きだもん⋯⋯」

「せやけど、流石にこんな早う起きると思うか?寝起きのベリやん、どんなんやろな?寝惚けて可愛い事喋るんちゃうか?」

「⋯⋯⋯⋯可愛い事⋯⋯」

「きっとえらく無防備やで。どんな寝巻き着とるんか、俺1人で見て来たるわ!お前はそこで赤んぼよろしく指咥えて寝とれダアホ!」


 じゃあな!と、アヴァールが笑いながら部屋を出ようとすると、物凄い勢いでジャケットの裾を引っ張られた。サミュエルがベッドからゾンビの様に腕と身体を伸ばし、アヴァールに縋り付いていた。


「待て⋯⋯ベリちゃんの寝起きなんて⋯⋯僕だって見た事無いぞ⋯⋯‼︎」

「ぐぬ⋯⋯なんつー執念⋯⋯流石変態やで⋯⋯!」


 兎に角サミュエルは何とか動きそうである。アヴァールはサミュエルに着替えを投げ付けながら、ベリルの寝起きは良い事を願った。





***




 結果を先に言うならば、ベリルは既に目を覚ましていた。闖入者が来た時点で、フェルニゲシュが叩き起こして来たのだ。


【おい、小僧⋯⋯誰か来た様だぞ】

「⋯⋯?⋯⋯誰か⋯⋯って⋯⋯誰だよ⋯⋯?」


 陽は未だ昇っておらず、ベリルは魔導灯を点けてから、チェストの上に乗せていた懐中時計を確認した。一応、朝と呼べる時間である。


「⋯⋯⋯⋯ヴェスディ公爵⋯⋯にしたって、ちょっと非常識な時間だなぁ⋯⋯」

【⋯⋯ううむ?どうも違う様だがな⋯⋯?】

「⋯⋯よく聞こえるね?竜だから?」


 こんな早朝二度寝と洒落込みたい所だが、その来訪者の事が何故か気になり、ベリルはさっさと身支度を整えて見に行く事にした。


「フェルニゲシュ。そのお客さん、何か可笑しいのか?」

【特に言動には違和感は無いのだが⋯⋯こう、尻尾がひりつくのだ。危機感と云うのか?】

「うーん⋯⋯?」


 分かる様で分からない喩えを出され、思わず唸ってしまう。

 それでも見てみれば言っている事も理解出来るだろうと考えたベリルは、着替えを終えてフェルニゲシュを肩に乗せてから部屋を出た。部屋を出た時点で、早朝にも関わらず使用人達が忙しなく動いているのが分かった。突然の来訪者に慌てているのだろう。

 ゆっくりと屋敷を進んだベリルは、ホールへ出る為の通路へ差し掛かった時、見知った初老の執事に声を掛けられた。


「⋯⋯ベリルさん!」

「⋯⋯どうしました?騒がしいですけど」

「い、いえ⋯⋯実は、ヴェスディ公爵閣下の代理と云う方がいらして⋯⋯」

「代理?」


 ヴェスディ公爵では無い誰かが来たのは分かっていたが、まさか代理の者とは思わなかった。しかし、取引の内容が内容なのでピピン達も疑ったらしく、アヴァールに確認を取ったらしい。


「それで、ヴェスディ公爵子息様は念の為戦える者を集めておけと⋯⋯」

「⋯⋯成る程。じゃあ僕も行った方が良いですね」

「お願い致します」


 執事はベリルに一礼し、他の場所へと走り去った。他の腕っ節の使用人を起こしに走ったのだろう。


「⋯⋯戦える者?まさか⋯⋯」


 ベリルもアヴァールと同様、嫌な考えが頭に過ぎった。


(⋯⋯魔法武器を狙った強盗?でも、どうして侯爵家が魔法武器を所持しているのか知っているんだ?それにヴェスディ公爵との取引の事を知っている⋯⋯)


 ベリルの脳裏に浮かんだのは、異国から来た糸目の商人だった。

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