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139.紙製の魔女


「見付けたネ、イザベラ」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯タンラン様⋯⋯ですか?」


 タンランは主人であるテイから特別に()()()外出許可を得て、王都を回っていた。同僚のジズも分身を利用して王都中を探し回っている。

 タンランがイザベラを発見したのは、中層区画の居住区画。その中でも工業区画に程近い場所だった。


「申し訳有りません⋯⋯居ても立っても居られず⋯⋯」

「どうしたの?(貴女)はあたくしと違って頭が良いのに」

「⋯⋯いえ、私は馬鹿な女ですよ」


 イザベラは力無く自嘲する様に嗤った。

 タンランはイザベラを馬鹿だと思った事は1度も無い。思慮深く、目的の為に冷徹な判断を下せるし、何より自身と違い我を忘れる様な事は無かった。だからこの10年、彼女は地下活動をこの国上層部に一切悟らせる事は無かったのだ。


「⋯⋯ネ、イザベラ⋯⋯もしかして、あたくしとの会話が(貴女)の行動に関係してる?美少年のコト⋯⋯」


 馬鹿な頭で必死に考えたタンランは、イザベラの様子が変化した前後にした会話内容を思い出したのだ。それに、イザベラが我を忘れるとすれば、その原因はあの事に違い無い。


「⋯⋯()()()()()美少年、零件(部品)かもしれないの?」

「⋯⋯⋯⋯恐らくは。ずっと⋯⋯ずっと探していたものです」


 その恋焦がれる様な表情、タンランは納得した。一応彼女達は10年近くの交流が有ったし、イザベラの目的も全て了承していた。

 タンランにとって、イザベラの目的に対する姿勢は敬意を表するものであり、哀れでもあった。出来るならば、その無謀で如何わしい願いを叶えてやりたい。


(⋯⋯それならば、残念だけどあたくしの馬鹿な欲望は我慢してあげなくちゃネ)


 実際、実物を目にして我慢が出来る保証等無いのだが、その時タンランは自身の胸に誓いを立てた。


「それなら、あたくしが美少年を見た場所まで案内するわネ⋯⋯」

「⋯⋯宜しいのですか?」

「勿論ヨ⋯⋯少しでも、役に立てれば良いのだけど⋯⋯」


 タンランはイザベラの腕を引き、居住区画を進んだ。


「そう云えば、見た?あちらこちらで目立つ人間が走り回っていたのヨ」

「ええ⋯⋯覚えの有る方々でした。セレスタイン家の使用人です」

「セレスタイン、ネ。確か美少年が居る公爵家だったかしら」


 タンランの頭に残るのは美少年関連の事しか無い。以前イザベラに「美少年ならば此処に居る」と言われていた事をしっかりと覚えていたのだ。


「あの方々は非常に危険です⋯⋯タンラン様でも、相手をするのは⋯⋯」

「大丈夫、行き先には見当たらなかったわヨ」

「⋯⋯⋯⋯?そうですか」


 運が良いと思いながら、周囲を警戒しながら進むと、ジズの分身も周りを囲んでいるのが分かった。これなら、あの人間達が現れてもイザベラを逃がす事が可能だろう。


「ほら、彼処ヨ。あの店。あの店の前で例の美少年と運命的な出会いをしたのヨ」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


 相変わらず工業区画は汚らしいなと思いながら、タンランは辺りを見回した。勿論あの美少年が居る筈も無く、タンランは乾いた息を吐くばかりである。

 だが、対してイザベラはじっと身体を硬直させてある一点を見詰めていた。何事かとタンランが見ると、若い男女が1組、驚いた様に此方を見ている。


「⋯⋯⋯⋯っイザベラ!走って‼︎」


 タンランはイザベラの身体を押し、若い男女の前に滑り出た。

 男女共に整った容姿をした2人だ。タンランは思わず男の方に注目してしまう。


可惜(残念)⋯⋯!(貴方)には5年前に会いたかったわ⋯⋯!」





***




 まさか本当にイザベラが現れると思って居なかったので、キメリアとしては初動が遅れてしまった。

 キメリアが魔力を練ろうとした時、間に()()が入り込んで来た事も大きい。


「⋯⋯っ宰相様」

「⋯⋯⋯⋯!」


 イザベラは既に背中を見せて、路地の向こうへと消えようとしていた。間に入ったモノを無視し、キメリアは重力魔法で加速させたナイフを放った。


「させないわヨ?」


 キメリアが放ったナイフは、鋭いひと振りで簡単に叩き落とされてしまった。もう一刀投げようとしても、もうイザベラの姿は見えない。


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯チッ⋯⋯」

「に、従兄様が舌打ち⁉︎」

「⋯⋯よく分からないけど、イザベラを追わせる訳にはいかないわ」


 キメリアは、邪魔をしたものをよく観察した。

 ぺらっぺらと風に靡く肢体、白い色。


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯紙」

「に、従兄様が喋った⁉︎」

「⋯⋯普通はあたくしの姿に驚くのでは無いの?」


 紙製の人間だろうかとキメリアは考えつつ、消えたイザベラにでは無く、そいつにナイフを放った。


(まあ)!苛烈ネ!」


 しかし、そいつは紙製であるにも関わらず腕をしなやかに振り、ナイフを綺麗に弾いた。先程もそのひと振りでイザベラに放ったナイフを防がれたのだ。


(⋯⋯思った以上に器用で、厄介だな)

「従兄様!」


 エレナがコートの下に隠し持っていたはたきを振り上げた。その動作と同時に、周囲には冷気が吹き荒れる。

 正直その冷気は正確性の無い広範囲の無差別攻撃なので、普通にキメリアにもダメージが入る。寒さに手が悴んでナイフが握れなくなるのだけはまずい。キメリアはエレナの魔法範囲から急いで離脱した。

 キメリアが範囲から外れたのを確認したエレナは、冷気を強め、更に氷の礫も飛ばす。この冷気が紙に効くのかは分からなかったが、紙は嫌がる様に身をくねらせているので、無駄な攻撃と云う訳では無さそうだった。


「な、何でしょう?この⋯⋯ヒト?」

(⋯⋯⋯⋯ヒトと云うより、紙だろうな)


 暫くはエレナの魔法が発動し、紙を足止め出来ると考えたキメリアは、逃げ去ったイザベラを追う為に路地の向こうへと足を進めようとした。


「嗚呼⋯⋯あたくし、寒いの嫌いなのに⋯⋯依代で良かったわ⋯⋯」


 「依代」と云う不穏な言葉。そんな言葉がすぐ近くで響いた瞬間、キメリアは思わず反射的にナイフを空で振り抜いた。


「⋯⋯っ⁉︎」


 何も無い筈の場所と思ったが、軽い手応えがあった。キメリアは紙を切っていたのだ。紙人間と同じ形の、もっと小さい紙。

 まさかと冷気に呑まれていた紙人間を振り向いた時、紙人間は小さく分かれて、大量の紙の群れとなって蠢いていた。


「っ⋯⋯!」


 キメリアは迷わず風魔法を使った。出来るならばエレナの方が風魔法の適性が高いが、指示を出すのももどかしかった。

 こいつは、此処で自由にさせてはいけない。本体は別に居るのだろうが、少しでも手を潰さなくては。


「⋯⋯あたくしを一纏めにすれば、倒せるとでも?うふふっ」


 紙人間は風に巻き込まれながらも、問題無く言葉を口にした。エレナも一緒になって冷気の風を飛ばすが、紙人間は構わず喋る。


「ジズ!ジズの()()!分かっているでしょうネ⁉︎この子達を今殺さないと⋯⋯⋯⋯ご主人様の邪魔になるわヨ‼︎」

美少年大好きのタンランですが、残念ながらキメリアは年齢上範囲外でした。

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