135.弟子、可笑しな提案をされる
ベリルがグラスター侯爵家に世話になり出して幾日か経った時である。
「どうもぉ、毎度おおきにぃ」
侯爵家に王都からの来客が訪れたのだ。
仕立ての良い服を着ているものの、あまりの軽さと胡散臭さから、応対したメイドはその辺の商人が訪ねて来たと思ったのだ。しかしその客がぺろっと名乗った瞬間、急いで嫡男を呼び出す羽目になった。
「ワシ、ユリアン・フォン・ヴェスディ云う者やけど⋯⋯ピピン君居る?ベリル君でもええで」
「⋯⋯ヴェ、ヴェスディ公爵⁉︎」
お待ちくださいとメイドは叫び、ピピンを呼びに走った。その時ピピンは侯爵家の立て直しの為、資金作りの為にアルエットが勝手に買い漁ったドレスやら宝飾品やらを査定中であった。
自分の物を売られまいとアルエットがうるさいので、ベリルも同席してアルエットを抑えていた。
「⋯⋯このドレス、売れると思うかい?」
「サイズが規格外過ぎますね。作り直せば売れると思いますが、職人への手間賃を考えると⋯⋯中古ですし、大して採算も見込めなそうですね」
「⋯⋯ああ⋯⋯やっぱり⋯⋯」
「着いているレースとビーズを取り外して、屋敷のメイド達でも繕える様なワンピースに改造した方が良いと思います。余り布はクロスやリボンにして販売出来るかと」
「それしか無いか⋯⋯」
ピピンと執事がアルエットのドレスをどうするか相談している間、ベリルは縛り付けられているアルエットの目の前で、その規格外のドレスをどんどん裁断していた。高価な布に鋏を入れるのは気が引けると、侍女もメイドも敬遠したのだ。
その点、ベリルは裁縫も出来ない訳では無いし、アルエットの持ち物に傷を付けるのも何とも思わない。容赦無くワンピースに改造出来るように前後の中心部分を切り取っていった。
「あーっ!あーっ!わたくしの、わたくしのドレスッ!陛下にお見せする為に作ったのにッ‼︎」
「うるさいな、陛下だって人間のドレス姿の方が見てて楽しいだろ」
椅子に縛り付けられたアルエットは、ドレスが切り刻まれる度に椅子をガタガタ激しく揺らして抵抗した。
「しかしレースやらリボンやらビーズやら、付属品が多いドレスですね」
布面積も広い分、レースの長さも通常のドレスより長い。今はゴミ同然に売られる事になるが、買値は非常に高値が付いただろう。
「陛下の隣に立って、見劣りしない為に思う存分豪華にして貰ったのよ⋯⋯!」
「はっきり言って、此処までゴテゴテしてると下品だからな」
自分のファッションセンスも中々酷いものであるベリルにだって、アルエットのドレスは「嫌だな」と、感じる代物であった。
そうやって作業を進めていると、客を迎えたメイドが飛び込んで来たのである。
「ピ、ピピン様!」
「な、何⁉︎」
「こら!落ち着きなさい!」
落ち着きの無いメイドを、執事が叱る。しかし、メイドからすればそれどころでは無い。
「ちが、はや、お、お、おきゃくさま」
「お客?誰だい?」
「ワシですがな」
ピピンがメイドに尋ねると、そのメイドの後ろからひょっこりと胡散臭い中年男が顔を出した。
その顔を見て、あからさまに慌てたのはピピンである。
「ヴェ、ヴェ、ヴェ、ヴェ〜ッ‼︎⁉︎」
「山羊みたいな鳴き声でんなぁ」
「ヴェスディ公⁉︎な、何故当家に⁉︎」
「そら魔法武器の買い付けに来たんや」
軽く言い放ったヴェスディ公爵は、部屋の中でドレスを裁断しているベリルに目を留めた。
「おおっ、ベリル君」
「⋯⋯これは、ヴェスディ公爵。この様な姿勢で失礼致します」
「ええんや。いやぁ、ここで会えて良かったわぁ」
にこやかに挨拶してくれているヴェスディ公爵だが、ベリルは内心首を傾げていた。確かに大金が動く魔法武器の買い付け交渉だが、王都が大騒ぎの真っ只中にあると云うのに、公爵本人が離れて良い訳が無い。それに、交渉役を連れて来ると言ったロビンが同行していないし、アヴァール辺りが来る筈だと予想をしていたと云うのに。
こう考えると、公爵は誰にも言わずに侯爵領へと来たのだろう。
(⋯⋯何の為に来たんだろう⋯⋯?)
ベリルが訝しげに見ている事に気付いているのかいないのか、ヴェスディ公爵はそうやそうやと1人で頷き出した。
「折角やし、ベリル君おいちゃんとちょいと話さへんか?」
「え⋯⋯でも」
ベリルは手に持っている裁ち鋏と、背中の部分を大きく切り取ったドレスを見比べた。このままこの2つを置いて行って、残されたメイドと侍女が思い切り作業を進められるだろうか。
そんなベリルに行けと言ったのは、意外と云うかそうでも無いと云うか、椅子に縛られたアルエットであった。
「良いじゃ無い、行きなさい!」
「お嬢様⋯⋯」
「公爵様のお申し出よ!下民の貴方に拒否出来る筈が無いでしょう!」
その言い方、ヴェスディ公爵に配慮をしている様だが、実際にはベリルを体よくこの部屋から追い出したいだけである。ベリルさえ居なければ、弱々しい兄と言う事を聞くしか無い使用人達なんてどうとでもなると考えたのだ。
確かにベリルもヴェスディ公爵の提案には従うつもりではあるが、流石にアルエットに釘を刺す事だけは忘れなかった。
「⋯⋯いいですか、大人しくそこで座ってなさい。お嬢様がそこから1人で抜け出せる時は、全身の肉が無くなった時ですからね?立ちたい時は削ぎ落として差し上げますから、呼んでくださいね?」
***
「いやー、あんなんでも一応侯爵家のお嬢さんやで?ベリル君は肝が据わっとるのぉ!」
「ああ、その、成り行きであんな対応をする事になりまして⋯⋯ご不快でしたね、申し訳ありません」
「そんなんあらへん!権力者だろうが媚び無い姿勢!ええ!大物の資質やで!」
「⋯⋯はぁ⋯⋯」
ベリルはヴェスディ公爵に連れられて、侯爵邸の庭を歩いていた。王都のセレスタイン公爵邸の庭と違い、ハーブが植わった花壇が目立つ。ハーブはほぼ雑草の様なものなので、手入れは花を育てるよりは簡単である。それに料理にも使えるので一石二鳥なのだ。
庭の真ん中でヴェスディ公爵は頻りにベリルを讃えるが、それがまた胡散臭くてベリルは公爵相手だと云うのに白い目を向けてしまう。
「あの⋯⋯それで、お話とは?」
「おお、そうやったな!」
ヴェスディ公爵は膨らんだ腹をぽんと叩いた。その仕草は軽快で、深刻な話では無さそうだとベリルは考えた。
しかし、ヴェスディ公爵の言葉は思いもよらぬ事でベリルは思わず言葉を失ってしまう事になった。
「ベリル君、おいちゃんの子供にならへんか?」




