134.留守番坊ちゃんズとモルモット
「⋯⋯なんか僕、蚊帳の外って感じしませんか?」
サミュエルは1人、自室のデスクチェアに座り、気に食わないとばかりに唇を尖らせた。
「⋯⋯そんな事、無いと思うぞ?」
そんなサミュエルの言葉に返事を返したのは、床に座り込んだジークベルトだった。
ジークベルトは首輪を填めて、部屋にある大きなテーブルの脚に繋がれていた。何故こんな扱いを受けているのか、ジークベルトは理解出来なかった。
自分の弟子と同い年の少年にそこはかと無い恐怖を覚えて、なるべく刺激をしない様に努めて冷静な口調を心掛ける事しか出来ない。
「本当にそう思いますか?ベリちゃんは何処かに行っちゃうし、陛下達も外に出てなんか探し回ってるし。それなのに、僕は部屋で待機ですよ?信じられません」
「それは、フレーヌも息子が可愛くて閉じ込めているんだろうなぁ」
「父上はそんな情を持ってる人間じゃ無いですよ」
サミュエルはけろりと薄情な事を口にした。「そんな事無いよ」と言えないのが、ジークベルトとしては悩ましい。
それに親が親なら子も子である。フレーヌがそう云う人間である事を当たり前の事として捉えているのだ。
「それよりもですね、置いてけぼりで僕は暇なんです」
「⋯⋯そうなんだ」
「ジークさんも暇ですよね?その姿じゃ魔法も使えないし、魔導具も使えないから屋敷待機なんですよね?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯ソウダネ」
爽やかな顔で人畜無害に微笑むサミュエルだったが、ジークベルトの背筋には冷たいものが走る。笑い方がイカれている時のフレーヌそっくりだったからだ。その笑い方をしている時のフレーヌに関わると、大抵碌な事にならない。
逃げる為に首輪を外そうとするも、かなり複雑な仕組みらしくジークベルトの手では外せない。
(⋯⋯⋯⋯⋯⋯ばいやばいやばいやばいやばい‼︎)
この姿になってからは勿論、フレーヌからは完全に実験動物扱いだった訳だが、人の姿をしている時も碌な目に遭っていない。毒が気になるからと蛇の巣に兄も含めて3人で突撃したり、薬品に使いたいからと巨大蜜蜂の蜂蜜を採取に行ったり⋯⋯1番酷いと思ったのが、茸の胞子の効能が知りたいと浴びせられた時だ。あの時は全身から何故か湯気が立ち昇り、美味しそうな香ばしい匂いが漂ったのだ。おまけにその湯気が立ち昇っている間は、ジークベルトは「ぽっぺん、ぽぴぴ」としか発言出来ないと云う、非常に恥ずかしい思いをした。
あの時の茸はその程度で済んだ訳だが、もし更にとんでもない茸だったら⋯⋯考えるだけで震えが治まらない。
「えい」
「いっだい⁉︎」
過去の被害に思いを馳せている間に、サミュエルが近付いてジークベルトの頭頂部の毛を毟り取ったのである。流石フレーヌの息子、容赦無く思い切り引っこ抜いた。
そして肝心の引っこ抜いた毛を見て、この一言である。
「⋯⋯取り過ぎちゃったかな?」
「おまっ⋯⋯お前っ⋯⋯禿げちゃうでしょ⁉︎どうすんの、人に戻った時にトンスラになってたら!」
「その時は毛生え薬の実験体になれますね!」
「爽やかに言うんじゃ無いよ!本当に父親そっくりなんだから!」
文句を叫びながら抜かれた箇所を撫でたジークベルトは、取り敢えずつるつるでは無い事に一先ず安堵した。それでもまだ油断はならない。後で鏡で確認しなくては。
「それより、私の毛なんて毟って何をする気だ?」
「ええーとですね、呪いの正体を見てみたいと思って」
「⋯⋯正体?」
よく分からない事だったので、ジークベルトは目をぱちくりさせた。
「学術都市で、面白い薬を解析する機会が有ったのはご存知ですよね?父上は仕事と趣味の両立の為に、あの薬の成分をただ体外に排出するだけの解毒剤を作製した訳ですが、僕はその薬が脳に及ぼす影響を調査した訳です」
「⋯⋯へ、へー⋯⋯うん?」
「調査の結果、とある成分による脳へのアクセスにより、肉体の変異を促していた⋯⋯と、云うより、肉体の変異を見逃していたのです」
「うん、うん、うん?」
「勿論、肉体の変異は他の薬効によって引き起こされていた訳ですが、もしかしたら、この「脳の変異」が呪いの正体なのでは無いかと」
「ええっ⁉︎呪いって薬なの⁉︎」
徹頭徹尾よく理解出来なかったが、要するにそう云う事なのだなとジークベルトは独自に解釈した。しかし、即座にサミュエルから「ちょっと違う」と訂正が入った。
「要は、肉体の変異が見える呪いで、脳の変異が見えない呪いですね。僕達は見える呪いだけを見て「呪われた」と考えますが、実際は2つの呪いで1つの呪いなのでは無いかと」
「ふ⋯⋯ふーん⋯⋯?じゃあ、運が悪くなる呪いってなんだろ?」
「それは正真正銘の不運ですね。神様から嫌われてるんですよ」
要は分類不可能の神秘の呪いと云う事だなと、そこは納得した。
「⋯⋯じゃ、何で私の毛を毟ったの⋯⋯?」
「だから、僕の仮説を立証させようと思ってるんじゃないですか」
「⋯⋯んっ?」
何となくジークベルトは納得していたが、実際にサミュエルの話は未だに仮説に過ぎないのである。
「まずは被毛、爪、血液⋯⋯順繰りにあの薬とよく似た部分が無いか探しましょう。それで見付からなければ、内臓と骨も調べてみないと⋯⋯⋯⋯性転換薬の完成の為に、犠牲になってください!」
「いやああああああっ‼︎⁉︎」
あまりの事態に、ジークベルトは絶叫を上げた。このままではバラバラにされる。しかし、逃げようにも首輪が外れそうな気配は無い。
万事休すかとジークベルトが覚悟を決め兼ねていると、部屋の扉がノックされた。ところがノックにサミュエルが返事をする前に、扉は無遠慮に開かれた。
「おーい、居るか、クソガキ」
「はぁ?勝手に入らないでよ」
アヴァールだ。今日も私服である、非常に尖ったセンスの衣服を身に纏っている。
「ええやんか、お前も暇なんやろ⋯⋯って、ジークベルト殿下やん。殿下ドMやったん?」
「た、助けてくれ⋯⋯!解剖される⋯⋯!」
「嫌だなぁ、ちょっと調べるだけなのに」
アヴァールに助けを求めるものの、サミュエルがさらっと流してしまったのでアヴァールも「まさかやな」と呟いて部屋で寛ぎ出した。
「それより、僕は暇じゃ無いんだけど」
「はぁ?嘘付くなや。俺でさえ何も知らされんで待機なんやで?俺よりガキのお前が忙しいとか有るかい」
「僕は僕で高尚な研究課題があるんだよ」
真実は欲望溢れる、如何わしい薬品の研究である。その犠牲にされ掛けていたジークベルトからしたら、即刻そんな研究は止めさせたい。
アヴァールはサミュエルの冗談か出任せだと思ったのか、鼻で笑った。
「どうせ虫とか蛙の解剖やろ?ええから俺の暇潰しに付き合え。親父からは何処も行くな言われてもーてやってられんのや」
「帰れ帰れ。暇潰しなら床下の金貨でも数えてな」
「それは夜のお楽しみや」
どうやら金を数えるのは毎晩しているらしい。しかし、ジークベルトはそこでは無い所に引っ掛かった。
「⋯⋯何処にも行くなって言われてるのに、どうして此処に居るんだい?」
「そら親父がどっか行ってもうたから。近所くらいええやろ?」
「何処行ったの?こんな時に」
「知らん。せやけど5日は見とけって言われた」
何故かジークベルトの脳裏に「してやられた」と云う言葉が浮かんだ。
ヴェスディ公爵が受け持ったのは、グラスター侯爵家に置かれた魔法武器を買い取る為の資金集め。確かに大金ではあるが、ヴェスディ公爵家ならば「ぽん」と支払えてしまう金額である。なので、資金集めにそこまでの時間を掛けるとは思えない。
ならば、ヴェスディ公爵の狙いは。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯ベリル⋯⋯?」
ジークベルトは思わず呟いた。
「え?何ですか?ベリちゃん?」
その呟きを拾ったのは、勿論ベリルに執着しているサミュエルである。そして何故かベリルを気に入っているアヴァールも食い付いた。
「ベリやん?⋯⋯まさか、うちの親父ベリやんに会いに行ったんか⁉︎」
「えっ⋯⋯⁉︎あの胡散臭いむっつりおじさんが⁉︎」
仮にも公爵家当主に対して、そしてその息子に対して酷い言い草であった。ところが、肝心の息子も「確かにエロい顔や!」と、とんでもない事を父親に対して言っている。ジークベルトからすれば、ヴェスディ公爵の狙いはそう云う事では無いのだ。
だが、若者2人はすっかりそう云う考えに毒されてしまっていた。思春期だね!と、ジークベルトは現実逃避気味に脳内で2人を茶化す。
「これは⋯⋯研究してる場合じゃ無いかもしれない⋯⋯」
「お前もそう思うか?⋯⋯せやけど、ベリやんが居るのって確かグラスター領やろ?俺ら此処から出れへんやないか」
まさか此処から抜け出してグラスター領まで行くのかと思ったのだが、確かに抜け出した所で誰かに見咎められるのが落ちである。
だが、ジークベルトが知らないだけで、サミュエルには秘策が有った。
「⋯⋯⋯⋯アヴァール、お前、スカート穿くのに抵抗有るタイプ?」
トンスラとは謂わゆる西洋の修道士のヘアスタイル。分かりやすく言うと、ザビエルヘアです。




