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132.好き過ぎると歪む


「⋯⋯⋯⋯まさか、本当に?」


 ミシェルにとって、それは非常に受け入れ難い話であった。だが、ルキウスはもう納得しているのだ。なんて事も無いばかりに真っ直ぐにミシェルの顔を見詰めて来る。


「本当だよ。此処に居る公爵家当主達と及び、兄であるジークベルトも認めている」

「⋯⋯嘘だろう⋯⋯」


 あまりの事態に脱力し、椅子に身体を投げ出したミシェルは頭を抱えた。隠されていた事もそうだが、気付かなかった自分にも嫌気が差す。それに双子で、同じ国王と云う立場であったにも関わらず、ルキウスだけがその真実を知っていた事が引っ掛かって仕様が無い。

 そんなミシェルを横目に、呪いで見るも無惨な姿にされた兄、ジークベルトは胸を張って答えた。


「まあ、その事は良いんだ。私はその事を公言するつもりは無いからな」

「本当に良いの?兄上」

「勿論だ。お前らも言うなよ」


 全く威圧感の無い睨みで、ジークベルトは周囲に凄んだ。髭がひくひくと震えて、なんとも間抜けに見えた。


「⋯⋯それも気になるのだが、兄上⋯⋯王位は本当に良いのか?」

「今更だな。王位なんて有ったら、私のお気楽平民生活が破綻してしまうだろう」


 王位に着く事さえ出来れば、呪いが解けるかもしれないと云うのに⋯⋯ミシェルは呆れてジークベルトを見ていると、隣に座っていたルキウスがこっそりと耳打ちをして来た。


「兄上は、私達を気にしているんだよ⋯⋯今の状況も良いものでは無いけれど、このまま私達が王位を追われる事になれば、国民の感情も他貴族の思惑も私達に牙を剥く」


 それくらい、ミシェルもルキウスも何とも思わないのだが、兄として弟達を庇おうと云うのだろう。

 そんな事より正当な王が立てばそんな不満も起こらない筈なのだが、それすら承伏し兼ねるとは、傲慢としか言えない。


「兄弟での話し合いは、それくらいにして貰って良いですか?」


 ただ黙って待っていたフレーヌが、割って入って来たのだ。それに便乗する様に、祖父であるネフティア公爵も重々しく頷いた。


「それよりも、国賊を捕らえる事の方が重要でしょう」

「イザベラ・バランス宰相かいな⋯⋯信じられへんわ」

「そう、だな⋯⋯」


 なんだか祖父の元気が無いな、と、ミシェルは首を傾げた。常ならば激しく怒り狂い、自ら剣を振り回して王都を走り回っている筈だと云うのに。

 そしてイザベラの親戚であるパテルディアス公爵はと云うと、鼻提灯をぷくぷく膨らませて居眠りをしていた。控えるテミスの方が顔を真っ青にして震えているのが哀れでもある。

 ミシェルは努めて優しい声音を出し、テミスへ質問した。当のパテルディアス公爵が宛にならなそうだからである。


「テミス嬢、貴女はイザベラについて何か知る事は無いか?」

「えっ⋯⋯い、いえ⋯⋯イザベラお姉様とは、そこまで交流をして来た訳では有りませんので⋯⋯」

「⋯⋯そうなのか?」

「お姉様は、私と違って本当に優秀な方です⋯⋯国を思い遣る尊敬する方⋯⋯の、筈です⋯⋯」


 テミスの言葉は弱々しく、最後の言葉は消え入りそうであった。


「るー⋯⋯ルキウスは、直属の部下だったろう?あの女の事を何か知らないか?」

「⋯⋯イザベラは何の問題も無い、優秀な宰相だった。公私の混同はしないし、文官達の統率も上手かった⋯⋯それこそ、3ヶ月前に国内で不審感が出るまでは、信用はしてなくても重宝はしていた」

「3ヶ月前?」


 その頃何か有っただろうか。ミシェルは思い出そうとしたものの、大体彼は鍛錬しているか、遠征訓練をしているかの何方かしか無い。何も思い付きはしなかった。

 だが、ジークベルトとフレーヌは何かに思い至ったのか、揃って顔を見合わせた。


「⋯⋯私がこの姿になった時か」

「ええ、兄上。イザベラは、烏を見たと言ってました⋯⋯元々の目的は分かりませんが、今の彼女の狙いを考えると⋯⋯」


 ルキウスとジークベルト、そしてフレーヌは同じ事を考えているのだ。ジークベルトとフレーヌは、イザベラと同年代なのでまだ理解出来るが、ルキウスは違う。双子なのに此処まで違うなんて、ミシェルはそれが悔しかった。

 祖父もヴェスディ公爵もイザベラの思惑なんて理解出来ないらしく、訳も分からずお互いの顔を見合わせて戸惑うだけだ。

 そこに、誰かが言葉を挟んだ。


「⋯⋯⋯⋯イザベラは、元々エリオス殿下の婚約者候補だったのじゃあ⋯⋯」

「えっ⋯⋯パ、パテルディアス⋯⋯?」


 耄碌して居眠りしていたパテルディアス公爵が、目をぱっちり開けていたのだ。視線は厳しく、周囲を睥睨する様に見回している。常にぼんやりしている老人とは思えない姿だ。


「流石に覚えとるじゃろ?マルセル、ユリアン⋯⋯他にも大勢の令嬢達が候補で挙がっとったが、最有力候補はイザベラじゃった」

「も、もう20年も前の事ですな⋯⋯」

「あん頃はワシもスレンダーなイケメンやったな⋯⋯懐かしいわぁ⋯⋯」


 20年も前、ルキウスとミシェルはまだ3歳の幼児だ。勿論思い出せる事など無い。ジークベルトに至っては丁度継承権を放棄して城に居なくなった時期では無いだろうか。


「イザベラは儂の一族の中でも優秀で、年の頃も唯一殿下に見合った娘であったから、儂はあの娘が幼い頃より殿下と会わせていた⋯⋯だが、殿下自身がイザベラを拒否なされた。そうだったの、フレーヌよ⋯⋯」

「⋯⋯そうだね、私の目の前で⋯⋯エリオスはイザベラを妹の様なものだから、そんな目で見れないと言っていた」

「なので儂はイザベラの為に、官吏の道も有ると⋯⋯そう言ったのだ。だからあの娘はそちらの道に進み、殿下を影からお支えすると言うたのだ⋯⋯だが⋯⋯」


 パテルディアス公爵はそこで言葉を切り、「ぐうぅ」と、後悔する様に息を漏らした。


「⋯⋯ルキウス陛下。陛下は、10年前⋯⋯エリオス殿下が死んだのは⋯⋯いや、殺したのはイザベラだと思われたのでしょう?」

「なっ、あっ⋯⋯⁉︎まさか⋯⋯⁉︎」

「皆も思うたじゃろう!初代様の再来と云われたエリオス殿下が、首だけの帰還なぞ有り得んとな‼︎」


 ミシェルは思わずルキウスを見た。ルキウスは真っ直ぐパテルディアス公爵の顔を見詰め、動かない。他の公爵、ネフティア、ヴェスディ、セレスタインの誰もが固い表情をしていた。


「儂は⋯⋯儂は、あの娘の心までは分からなかった⋯⋯だが、あの娘はずっと⋯⋯ずっと、殿下を手に入れるつもりじゃったのじゃ⋯⋯!」

「ま、待て、それなら、何故殺したと⁉︎」


 思わず叫んだミシェルに、パテルディアスは優しく諭した。


「ミシェル陛下。⋯⋯愛情と云うものは、幾らでも裏返るものじゃ⋯⋯」


 その時のあの娘の気持ち等、誰にも分からん。と、老人は寂しく笑った。

 そんなパテルディアスの言葉を引き継ぐ様に、ルキウスが唐突に口を開いた。


「⋯⋯呪術だ」


 その唐突な単語に誰もが首を捻り、ルキウスを見た。


「遠国の呪術には、死者を蘇らせる外法が有るらしい⋯⋯イザベラは兄上は死んでいると言った私に、「はい」と「いいえ」の両方で答えた⋯⋯」

「⋯⋯まさか、エリオス殿下が蘇ったと⁉︎」


 驚いたネフティアの声に、ルキウスは首を振った。


「兄上の烏が飛んでいたからそう思っただけだ。時間を考えると、そう云う事だろう?」

「⋯⋯まず間違い無く、彼の鳥でしょう」


 エリオスの蘇生。それは、喜ばしい事なのか。国民の大半が喜ぶかもしれない。それだけ、一の兄は優れた王太子だったのだから。

 だが、ミシェルには酷く忌むべき事に思えた。弟として恥ずべき事なのかもしれないが、蘇った兄を受け入れられる気がしないのだ。きっと兄も、そんな事は望んでいない。

 兎に角、今理解出来た事はたったひとつ。


「⋯⋯イザベラを、捕まえなくては」

おじいちゃん今は喋ってるけど、ちゃんとボケてます。

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