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128.初恋を拗らせた人

時系列的にちょっと前。


 この有事だと云うのに、いや、この有事だからこそ、シャルールは自身の店に出突っ張りだった。


「マダム・ココン⋯⋯どうしたら良いのでしょう、ご助言をお願い致します⋯⋯」

「安心して、レディ。貴女の大切な恋人は無事よ。⋯⋯私が見るには、もうすぐ貴女の元に帰って来るわ」


 ドレスの相談と云うよりも、占いの相談だ。

 王城が閉じられ、中に残っている家族を心配した者達が無事で居るのか。自分はどうすれば良いのかを相談に来るのである。


(⋯⋯私だって、ある意味当事者なんですけどねぇ)


 シャルールにとって友人であるジークベルトと、実家で預かっていた女の子が囚われているのだ。それに閉じ篭ったルキウスは親戚でもある。

 それでもシャルールは家族の為に占うよりも、店に来る迷える少女達を優先させた。彼の家族は力も伝手も持っているが、迷い子達は何の力も無い。何処にも吐露出来ない胸の内を、シャルールだけは受け止めてあげなくてはいけないと思うからだ。


(⋯⋯それでも、流石に疲れるわねぇ⋯⋯)


 太陽が沈み出すまで占いに精を出していたシャルールだったが、流石にもう店仕舞いである。それに、幾ら彼の店が治安の良い上層区画にあるとは云え、夜道を歩くのは少女達には危険だ。

 表の看板を「closed(閉店)」にし、シャルールは建物の2階へ上がった。最近は疲れていて、バルコニーで一服するのが習慣化しつつあるのだ。

 煙管に葉を入れ、魔法で火を点ける。そして思いっ切り煙を吸い込んだ彼は、常の美女姿の彼らしく無く、優雅さの欠片も無い「ただの中年のおじさん」だった。


「──っあ゛ー⋯⋯しんどーい⋯⋯」


 意外と占いは魔力を使うのだ。若い時なら一日中占っていても何とも無かったが、この年齢になると流石に堪える。

 地平線に太陽が沈んで行くのを横目で眺めながら、シャルールは煙管を吸い続けた。


「こんな事になったのも、ルキウスの所為よねぇ〜⋯⋯あいつ、会ったら尻叩いてやるわ、クソガキめ」


 最近はこんな風に、ぶつぶつと1人で愚痴を言ってばかりだ。誰かの陰口を喋ると表情に出る様になるし、煙草ばかり吸うのは肌にも悪い。こんな生活が続くと、彼の華やかな美しさが翳ってしまう。

 少し自己嫌悪に陥り、太陽から目を逸らしてまた煙を吸い込んだ時である。



「⋯⋯っむげふぉっ、げふぉっ⁉︎」


 シャルールは思いっ切り咽せ込んだ。


「何っ⋯⋯嘘⁉︎嘘でしょ⁉︎」


 バルコニーの柵から身を乗り出す様に凝視したシャルールは、信じられないとばかりに()()を目で追い駆けた。

 それはシャルールの事など気にしないとばかりに、シャルールがよく知る場所へと飛び込んで行った。彼の実家、セレスタイン公爵邸である。


「あの愚弟‼︎」


 シャルールは煙管を放り出し、夕方でよれた化粧のまま店を飛び出した。シャルールの店から公爵邸は同じ区画内であるが、結構離れている。店から公爵邸が見えるのも、それだけ公爵邸が巨大だからである。

 その距離のある公爵邸へ、シャルールはピンヒールで走った。女性的な走り方で無く、アスリートばりの男らしい走り方だ。何処かの貴族家の私兵と何度かすれ違うが、誰もが信じられないとシャルールに注目する。勿論、ドレス姿で全力疾走するおじさんに驚いているのだ。

 何時もなら優雅に、上品に、微笑みを湛えているシャルールなのだが、そんな私兵達には目もくれない。元々化粧はよれていた訳だが、全力疾走で完全に崩れてしまっていた。

 そんなぐずぐずの顔で、シャルールは公爵邸に飛び込んだ。


「おらぁっ!フレーヌ何処よぉ⁉︎」

「⋯⋯シャ、シャルール様っ⁉︎」

「ちょっとあんた、フレーヌは⁉︎居ないって言わないでしょうね⁉︎」


 屋敷に飛び込んだシャルールは、取り敢えずその辺で床を磨いていた坊主頭の青年の襟首を掴み上げ、前後に激しく振った。激しく振り回している所為で青年は何も発言出来ないのだが、「もごもご言ってんじゃないわよ!」と、あまりにも理不尽である。

 そしてそんな騒ぎを起こしていたからか、人が集まって来た。しかし、止めようにも相手は公爵の兄である。振り回されている青年⋯⋯ドゥヴァンを助けようにも、誰もが手を出しあぐねていた。

 そこに、やっとシャルールに口を出せる人物が現れた。


「何をなさっているのです、シャルール様」

「あっ⋯⋯デボラ!」


 公爵夫人のデボラである。デボラは自分の侍女を伴い、騒ぎ立てるシャルールと相対した。

 結構忘れられているが、この2人は元々婚約者同士である。それはさぞ仲が悪かろうと思われるかもしれないが、そんな事は無い。この2人の仲は未だに至極良好であった。


「デボラ、フレーヌは⁉︎」

「旦那様ならば⋯⋯⋯⋯⋯⋯いいえ、一体何があってこんな事を?」


 こんな事と尋ねられたフレーヌは、自分が締め上げている青年が唇を紫色にして白眼を剥いている事にやっと気付き、慌てて青年を放り捨てた。


「違うわ、押し込み強盗とかじゃないのよ!」

「それは分かっていますわ」


 一先ず落ち着かせようと、デボラはシャルールを夫人専用のサロンに案内する事にした。案内している間も、シャルールはもどかしそうに「そんな場合じゃ無いのよ!」と、繰り返すので、移動中何があったのか、デボラはそれと無く尋ねた。


「もしや、旦那様に愛人でもおりましたか?」

「それは無いわよ。あの子、そう云うネジが抜けてんだから」

「それでは何が?」


 ちょっとした冗談も挟んだ事で、シャルールも落ち着いたのか、気品ある動作で頷いた。しかし、彼が口にした言葉は、全く落ち着けるものでは無かった。


「⋯⋯エリオス殿下の烏が、この公爵邸に入ったのを見たわ」

「⋯⋯⋯⋯何ですって」

「見間違いじゃ無い筈よ。この夕暮れ、あの鳥は目立つもの」

「まさか、そんな⋯⋯⋯⋯いいえ、でも、それなら⋯⋯」


 デボラはぶつぶつと口の中で呟き、記憶を辿る様に額に手を宛てた。

 そして何かを思い付いたのか、サロンにシャルールを案内して茶の用意を侍女達に命じ、シャルールには此処で待って欲しいと告げたのである。


「⋯⋯やっぱりフレーヌが何か隠してるのね?それで、デボラは何を気付いたの?」

「⋯⋯申し訳有りません、今は一刻も早く行動を起こさないと危険かもしれません⋯⋯」


 デボラはシャルールの事を振り返りもせず、さっさと部屋を出て行った。

 その背中を見送りながら、シャルールはつまらなそうに鼻を鳴らして紅茶をひと口啜った。


「⋯⋯良いわ、待ってやるわよ。でも、さっさと愚弟連れて戻って来なさいよね」


 除け者にした事、後悔させてやるわ。

 弟に何を言ってやるか考えていたら、シャルールは傍に控えていた侍女から然りげ無く鏡を手渡されて絶叫を上げる事になる。

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