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15.これはもう古代からの定番ってものですよ


 エレナの案内で庭園を十分過ぎるほど探索したベリルは、公爵とジークが居ると云う応接間に通された。

 通された応接間には、常に笑顔を絶やさない公爵と、何故かぐったりとテーブルの上で仰向けになったジークベルトが居た。


「やあベリルくん、魔力はもう元に戻ったかい?」

「はい、閣下の御心遣いのお陰です」


 にこやかにベリルに話しかけた公爵は、「座って」とジェスチャーで示した。


「失礼します」


 ベリルは指し示された、柔らかいレザーのソファに腰掛けた。ベッドもそうだったが、庶民が座るには余りにも毒な家具である。


「あの、ジーク様は一体どうしたのですか?」

「ああ、少しね、診察したんだよ。呪術だからと私達が手を(こまぬ)く訳には行かないからね」

「それは、薬で何とかなると云う事ですか?」

「ダメもとだよ。あまり期待はしないで欲しい」


 呪術具と云う訳の判らない代物のお陰で、どう事態の収拾を付けるか全く不透明な状態なのだ。

 本来、呪術を解くプロセスは二つ。

 まず、呪術師が解くか、死ぬかすれば完全に呪いは消え去る。一般的にはこちらの方法を取る。呪術を掛けたり掛けられたりするのは全体的に貴族であるし、大抵は脅しの為の呪術だ。一方の要求を呑めば解呪は行われるものである。しかし、今回のケースは呪術具と云うよく判らない代物のお陰で、その方法は有耶無耶になってしまった。

 そしてもう一つ、聖王国が擁する聖女に解呪を求めると云うもの。聖女は癒しと浄化の秘術を唯一使える存在であり、正真正銘世界唯一の解呪の使い手だ。その代わり高額の喜捨が求められる上、そう簡単に依頼できる相手では無い。おまけに、聖王国では魔法と魔導具の受けが悪い。神の御業を侵害する行為と言われ、ジークベルトを「思い上がった不徳者」とまで(のたま)ったのだ。

 そんな訳で、ジークベルトの解呪は絶望的なのだ。


「それでも、可能性はありますよね?今まで卸した魔導具の権利は全てお譲りします。⋯⋯これから魔導具は、その、製作不可能ですので」


 今のジークベルトは魔力を操れない。魔力が絶対必要になる魔道錬金術を行使できないのだ。

 悔しいが、ベリルでは魔導具は作れない。メンテナンス程度なら出来るが、製作となると()()()()で絶対に詰まるのだ。


「魔導具に関しては仕方無いよ。現行稼働中の魔導具を整備して使うしかない」

「も、申し訳ありません⋯⋯」

「なに、壊れても十年前に戻るだけさ。みんながちょっと不便になるだけだよ」


 それでも、今や魔導具は生活の一部と言って憚らない。貧困層はその恩恵に(あずか)ってはいないだろうが、中流層は火起こしに水汲み等が魔導具頼りという話だ。最近では貴族家でも魔導具を購入したなんて話を聞く。

 魔導具が完全に消えれば、経済的損失と公爵家の信用責任に関わるのである。


「不出来な弟子で、申し訳ありません⋯⋯」

「大丈夫、最悪ジークベルトの姿が元に戻らなくても、魔力さえ戻せれば問題無いから。最終手段として魔石を埋め込めば、まぁイケると思うんだ」

「イケるかぁ!問題大有りだ!このイカれ公爵がぁ‼︎」


 公爵が中々の問題発言をすると、聞き捨てならないとばかりにテーブルでぐったり寝そべっていたジークベルトが跳ね起きた。そして噛み付く様に公爵に食ってかかった。


「お前は私を何だと思ってるんだ⁉︎生きてるんだよ⁉︎こんな小さな体でも一生懸命生きてるの‼︎」

「元々ジークベルトは私より大きいよね」

「元々ね⁉︎今は︎物理的に見下されてまーす‼︎」

「ジーク様、公爵閣下は僕達からすれば、元々雲の上の人ですよ。失礼をしてはいけません」

「それでも、それでもこの扱いは許せないんだぁ‼︎」


 一頻り騒ぎ喚いたジークベルトは、レースのテーブルクロスを巻き取り、それを抱えて涙を拭った。


「すみません、僕が魔導具を作れないから⋯⋯」

「ベリルが悪いんじゃない、この鬼畜サイコ公爵が悪いんだ⋯⋯私のωを執拗に狙う男が圧倒的に悪い」

「ω?」

「私がそういう趣味だと思われるじゃないか。飽くまでも生物学的興味だよ?んん、それよりもだね⋯⋯」


 可笑しな誤解を掛けられそうになった公爵は、無理矢理咳払いで話を逸らし、ある話を提供した。


「うちの息子がひと月前から学術都市(パンテオン)に居るのは、知ってるよね?」

「それはまぁ、はい」

「いきなりだったな。何でそこに通い出したのか理由は知らないけど」


 公爵家の嫡男は、ベリルとジークベルトには馴染み深い人物であった。とても社交的で、中級区画へ気軽に出入りし、男女問わず友人も多かった。ベリルからすれば貴族の割に馴れ馴れしく、事ある毎に後ろを着いて回る鬱陶しい少年だったが。

 ひと月程前までは頻繁にアトリエに出入りしていたし、三ヶ月前の遠出の際はアトリエの留守を頼んだ程だ。

 それがどう云う訳か、ベリルとジークベルトが遠出から戻ってからアトリエに来なくなり、年度変更と共に学術都市へ編入したと聞いて驚いたものだ。


「その息子から、今年度から学術都市に聖女様が入学されたと、情報が入っていたんだ」

「え⁉︎」

「聖女かぁ、噂じゃ美少女なんだってなぁ。年上って好きかなぁ?」

「大事なのはそこじゃないです。あと絶対ジーク様はお呼びじゃありませんから」


 通常聖王国から出国しない筈の聖女が、学術都市へと来ている。この国でその情報が回らないのは、聖王国との微妙な関係が原因である。この国の入学者では、相当の権力者でなければ迂闊に近付けないし、聖女の為に態々(わざわざ)編入させる者も居ないだろう。下手したら排除されるのだから。

 だが、もしそこで個人的な繋がりを持てるならば、解呪の依頼も出来る可能性がある。

 聖王国側からすれば、ジークベルトの解呪なんて堪ったものではないだろうが、学術都市は完全治外法権、都市で解呪を行えば良い。


「それじゃあ、御子息は聖女様との伝手が?」

「残念だけど、それは無いみたい。聖女様は常に人に囲まれてるらしくてね、迂闊に近付けないって。息子も聖女様には興味無いらしいし、時間の無駄とか言ってたよ」

「こ、この肝心な時に⋯⋯‼︎」


 父親である公爵には悪いが、()を苛立たしく思った。

 あの無駄に整った顔と、無駄に愛想の良い笑顔を何故此処で使っていないのか。

 公爵もそう思ったのか、深い溜息を吐いた。


「本当に全く、王国と聖王国の関係を知っているなら、少しでも接触しておいて貰いたかったよ⋯⋯」

「流石のお前も、自分の興味より外政気にするんだ」

「楽しい事って云うのはね、やる事やってからじゃないと集中出来ないんだよ」

「⋯⋯何故だ?全く信用出来ない⋯⋯⋯⋯」


 公爵はそこでにっこりとベリルに微笑み掛けた。


「ベリルくん。キミ、学術都市で学んでみないか?」

「僕が⁉︎」

「ちょっと⁉︎師匠の私に相談無しか⁉︎」

「マナーに関しては問題無いと報告を受けてるし、聖女に接触する人員は増やしておきたいんだ。それに、ジークベルトは公爵家に居てもらうしかないし、暇でしょう?」

「⋯⋯でも僕は、家名すら持ってない下民です。都市側から拒否されますよ」


 学術都市に通うなんて、貴族か、裕福な商家の子供達くらいだ。天涯孤独の、しかも下層出身のベリルが通える場所では無い。

 ところが、公爵は簡単に打開策を提示した。


「公爵家の傍系から家名を貸そう」

「フレーヌ!お前‼︎」

「そんなに心配するな、サミュエル(愚息)にもフォローさせるし、従者も一人なら同伴出来る。それに⋯⋯⋯⋯⋯⋯だろう?」


 最後の一言を、公爵は声を潜めた上でジークベルトの耳元で囁いた。その為、ベリルは何を囁いたのかちっとも判らなかった。

 それでもその一言に、ジークベルトは納得したのだろう。渋々ながら、ベリルが学術都市へ行く事を承諾した。


「さて、決まりだね。今エレナが都市へ編入の問い合わせを行ってる筈だ」


 そこまで言われて、やっとベリルも学術都市へ行く実感が湧いた。

 学術都市は各国から生徒を募っていると聞くし、聖女との繋ぎが取れなくても、何かしらの情報は得られる筈だ。いや、ジークベルトと聖女の事は言い訳に過ぎない。ベリルは学術都市へと行くのが、心から楽しみになっていた。

 一度だけ日曜教会に通ってみたが、()()()()()()で足が遠のいてしまった。ベリルにとって学びの場というのは、亡き母の知り合いから受けたものと、ジークベルトから受けたものだけで、学校と呼ばれるものにはほぼ縁が無かったのだ。


 わくわくしながら待っていると、エレナが応接室へ慌ただしく入って来た。いつも嫋やかで落ち着いたエレナらしくないので、待っていた三人は首を傾げた。


「旦那様!」

「どうしたの?キミらしくもない」

「も、申し訳ありません⋯⋯で、ですけれど、大変なんです」


 話を要約すると、聖女入学に合わせて各国から男子生徒が大勢中途編入したらしい。


「ですから、今学術都市の男子寮は満杯なので、女子寮にしか空きが無いそうです」

「「「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯え?」」」



 その時何故か、ベリルの背には寒気が奔ったと云う。

一応ここでひと区切りです。

ぼちぼち章立てして行こうと思います。

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