120.素敵な殺し文句
目の前には筋骨隆々とした侍女姿の老婆が1人と、ほっそりとした可愛らしいメイドが1人、仁王立ちしてルキウスを見下ろしていた。
「⋯⋯では、本当にザレンちゃんは居ないと?」
「ああ。自分から出て行った。止める間も無かったな」
「どうやって出て行きましたの?あの子は未だ4歳ですのよ?それに城門には」
「私の仕掛けた罠が有ったね。そこを通った訳じゃ無い⋯⋯取り敢えずは無事だろう」
ルキウスが言えるのは此処までだ。しかし、若いメイドはそれだけでは納得出来ず、提げていたはたき⋯⋯補助具だろう、それをルキウスへと向けて来た。
「本当の事を仰ってくださる?あの子は何処ですの?」
「⋯⋯私は知らないよ」
このメイドの魔法ならば、補助具の無いルキウスでもどうにか出来るだろう。だがそんな事をする訳にもいかず、ルキウスは溜め息を吐きたいのを我慢して、兎に角フォスターの事だけは話さないと、改めて心に決めたのである。
時は少し遡る。
フォスターとザレンを見送るしか無かったルキウスは、兎に角怪我の処置をしなくてはと服を脱ぎ、布で患部を押さえていた。怪我の手当てなんてした事の無いルキウスは、この後どうすれば良いかよく分からず、取り敢えず薄手のシャツを裂いて巻き付けておけば良いかと考えた。
フォスターを呼べば何とかなるとは思ったが、今は少しでも早くイザベラの捜索を進めて貰いたい。なので、ルキウスは乏しい技術で自身の手当てを行っていた。
そこに、慌ただしい足音を立てて誰かが部屋に飛び込んで来た。
「るーちゃん!」
「あれ、みーちゃん」
ガルグイユが解除された事により、ミシェルが王城に乗り込んで来たのだ。それにしたって早いなぁと、ルキウスは呆れながら目を潤ませているミシェルを見た。
「まさかと思うけど、みーちゃん1人?」
「るーちゃん、怪我したのか⁉︎」
「うん、でも大した事無いから。それより1人なの?」
「大変だ、消毒液は無いのか⁉︎ガーゼは⁉︎」
「みーちゃん⋯⋯」
国王の為の部屋に、そんな備えがある筈も無い。それよりもルキウスの質問に一向に答えてくれないミシェルに苛立ちすら覚える。
どうやって情報を聞き出そうかとルキウスが考えていると、部屋に新たな人物がやって来た。
「あーおったおった。陛下〜、足速いんやからもー」
「⋯⋯その話し方、ヴェスディ公爵家の人?」
「そうですー、嫡男のアヴァール・フォン・ヴェスディ言います。ルキウス陛下」
積極的に表に出たりして来なかったルキウスは、公爵家当主の顔は分かってもその親族の顔を詳しく知っている訳では無かった。
しかし目の前のアヴァールは非常に目立つ男だった。色遣いと云うより、センスがチカチカして目に痛い。
「なんて言うか、すごい服着てるんだな⋯⋯」
「流石ルキウス陛下!俺のセンス分かってくれて嬉しいわぁ」
全然分からないと返したかったルキウスだったが、その間にミシェルが割り込んで来た。
「アヴァール、それよりもるー⋯⋯ルキウスが怪我をしてるんだ。サミュエルは何処行った?」
「あのクソガキ?あのクソガキなら陛下が城の中飛び込んだの見て、『伝令がいるね!』って公爵家に走ってったで」
「そんなの鳥で十分だろうが⋯⋯!今此処でセレスタインの魔法を活かす時だろうに⋯⋯‼︎」
話を聞く限り、サミュエルとはセレスタイン家の人間なのだなと、ルキウスは予想した。確かにあの一族の魔法ならば鎮痛薬を作り出すのも容易だろう。
「大丈夫だよ、腹だから出血が酷く見えるけど動けない訳じゃ無い⋯⋯痛いけど」
腹に裂いたシャツをきつく縛り付けながら、ルキウスは何とか人心地を吐いた。
「それよりも、公爵達はどうしてる?全員集まってるの?」
「それなら全員セレスタイン公爵家に集まっているよ。呼び寄せようか?」
「⋯⋯いや、此処は私から行った方が良い」
よっこらせとじじ臭い掛け声を出して、ルキウスは立ち上がった。そうでないと傷が痛んで力が出ないのだ。そんな軟弱な自身の身体を鼻で笑いながら、ルキウスは新しいシャツを出して羽織った。念の為、フォスターを呼ぶ容器を忍ばせておく。
「ルキウス、無理をしてるんじゃ⋯⋯」
「無理はしてないよ。それよりみーちゃんは、私がこんな事した理由は知ってる?」
「⋯⋯いや、それは⋯⋯王位が嫌だったんだろう⋯⋯?」
「⋯⋯⋯⋯うーん⋯⋯それだけだと思うんだ?」
ミシェルの言葉は間違いでは無い。間違いでは無いが、片割れの言葉にがっかりした自分が居る事に気付いた。脳筋のお馬鹿だとは思っていたが、少し期待もしていたのだ。
もう少し情報を自分で精査して、ちゃんと考えて貰いたい。
「お爺様の説教にも、今なら勝てる気がするんだ」
ミシェルをこんなにしたのは、明らかにあの人だなと、ルキウスは晴れ晴れと笑った。
***
そんな事を考えてセレスタイン公爵家へと訪れたルキウスだったのだが、そんな彼は何故か2人の女性に尋問されているのであった。ザレンの祖母フレデリカと、姉のエレナの2人にである。
幸いにも、適当に手当てをした脇腹に丁寧に薬を塗って貰ったりもしたので、乱暴な扱いは受けていない。
(しかし、あの幼女は居なくても碌な事にならないね)
フォスターに無理にくっ付いて行くよりも、あの場に留まってさえ居れば家に帰れたし、家族を安心させる事も出来たのに。フォスターと共に居るならば確実に安心であるとは思うのだが、今のルキウスにはそれを証明する手立てが無かった。
「聞いておりますの?」
「聞いているよ。もう良いかい?私はあの幼女の保護者にでは無く、公爵達と話しに来たんだ」
ルキウスは急いていた。出来るならば、フォスターだけでは無く公爵家の人員も使ってイザベラを探索した方が良いからだ。だが、ルキウスの言い方はよく無かった。怒りの限界点を超えたエレナが魔法を使ったのだ。
氷の礫が幾重にもルキウスの周囲を包囲し、何時でも撃ち込める様に展開された。
「──エレナちゃん!」
「止めないでくださいませ、お婆様!このふざけた国王、さっさと玉座から引き摺り落としてくれます‼︎」
王位に執着する者にとっては酷く堪えるだろうが、ルキウスにとっては素敵な殺し文句にしかならない。このままメイドの手によって引き摺り下ろされるのも有りかなと、考えるくらいには魅惑的な提案だった。
(⋯⋯でも今はまだ、私以外で王になれる者は居ない)
ルキウスは魔力を篭めて「ふぅっ」と息を吐いた。ささやかな吐息だが、少しの間周囲の温度を上げ、エレナが作り出した礫を一瞬で蒸気に変える。
「えっ⋯⋯あっ⋯⋯⁉︎」
「手当てをしてくれて有難う。引き摺り下ろすのはまたの機会にお願いしよう」
ルキウスはエレナとフレデリカの脇を擦り抜けて、悠々とその部屋を出て行った。
そもそも、ルキウスにとっての難関は幼女の保護者では無く公爵達なのだ。
(兄上に渡した情報が此処でちゃんと活きてると良いんだけど⋯⋯)
それに四大公爵家に虫が居ないとも限らないのだ。ルキウスに出来る事が有るならば、なるべく傷を少なく次代の王に玉座を渡す事なのだ。
王都の様子もやっとこうと思っただけなんです。続きません。次はベリル目線に戻します。




