13.マッドデューク・マッドフレンド
「これが、ジークベルト?」
マホガニーのテーブルに載せられたジークベルトは、眼鏡を掛けた男性にまじまじと観察されていた。
「しかし見たことない生物だなぁ。なんか平べったい顔だし、尻尾も珍しいね。水棲の哺乳類がそんな尻尾してたっけ?でも水掻きじゃなくて肉球なんだ。脚の可動域広いね。生殖器とかどうなってるの?」
「やめろおおおおおおっつ‼︎」
無遠慮に後ろ脚を掴んで、股を広げて覗き込もうとした男に、ジークベルトは思い切り尻尾でビンタした。
尻尾は男の頬に当たり、掛けていた眼鏡が吹き飛んだが、男はまた嬉しそうにジークベルトへ迫った。
「凄いな、なかなかの膂力!それに声帯があるなんて!解剖したい!いや、解剖しよう!」
「だからやめれぇ‼︎」
「うん、じゃあ止めよう。もう少し状況を確認したい」
ジークベルトを捏ね回し続けた男だったが、不意に眼光鋭くジークベルトを見詰めた。とは言え、ジークベルトの尻尾を掴んで放さない。頭の片隅に未知の生物に対する好奇心が有るからだ。元人間であるなんて、知ったことでは無く。
こんな頭がイカれた男だとしても、彼は公爵である。
フレーヌ・フォン・セレスタイン。
市井では「医師公爵」とか「愛の公爵」とか呼ばれているらしいが、彼を知る者からすれば、「解剖公爵」か「サイコ公爵」の間違いである。
ともあれ、優秀である事は否めない。
「ジークベルト、その姿になって違和感はある?」
「四つ脚だから当たり前!⋯⋯と、言いたいが、そういう意味じゃないだろ?無いよ。指の先まで違和感無く動く」
「益々興味深⋯⋯いや、存在自体が変わったのか?魂を融かす術が呪術にあると聞いたが⋯⋯ううん、解剖したぁい‼︎」
「もうちょっと取り繕う努力をしてくれよ!」
ジークベルト自身も落ち着き無い成人男性だが、何に置いても己の好奇心を優先してしまう公爵は、本当に質が悪い。
「無理だよ、目の前にこんな面白いモル⋯⋯ラッ⋯⋯マウスがいるからね!」
「だから取り繕えてない!」
今度は尻尾を揉み始めた。ジークベルトは尻尾を奪還しようと振るが、全く離れない。
それどころか、尻尾が動く度に隆起する筋肉に興奮している。
「面白い面白ぉい!毛皮剥いで筋組織確認したぁい!」
「いぎゃあああああ⁉︎」
「旦那様、もうその辺で」
公爵が愛用している医療用ナイフを右手に煌めかせた時、エレナの声が公爵を静止させた。そして彼女は公爵の魔の手から、ジークベルトの首根っこを掴んで救い出した。公爵を実験動物から引き離してさえおけば、少しはマシになる。
名残惜しそうに指を動かした公爵は、残念そうに息を吐いた。
「あーあ⋯⋯」
「ありがとうエレナ、助かったよ⋯⋯⋯⋯あの子は?ちゃんと眠ったかい?」
彼女は魔力切れを起こしていたベリルを寝ませる為、客室へと案内していた。
「お腹が空いて眠れないと言ってましたので、賄いで残っていたスープを一杯。足りなさそうでしたけれど」
「あの子らしいなぁ」
魔力切れになると、倦怠感故に身体が睡眠を欲する。眠る事が魔力の回復を促す為だが、ベリルは食欲を優先させたようだ。
公爵もそれを聞いて鷹揚に頷いた。
「起きたらちゃんといっぱい食べさせてあげなさい。薬は?」
「黙って塗らせてくれました。バレてるとは思って無かったみたいです、あの火傷」
薬を塗布したと聞いて、ジークベルトは安堵した。セレスタイン公爵家の作る薬は効果が高い。
ジークベルトの胸には後悔しかない。自分から事件を起こした訳では無いが、騒動の一因は間違い無くジークベルトであり、ベリルは巻き込まれただけである。
今回は移動もままならず、完全に弟子におんぶされた状態だった。それだけでも師匠として失格なのに、怪我どころか命の危機が何度有ったか。
あの時の選択は間違っていなかったか、他に隠された選択は無かったのか。あんな怪我をさせるくらいなら、命を賭してもあの子を逃がすべきだったのでは?そして無為に死んでいった、あの女性を救う方法も在ったのではないか?
それに、あの時⋯⋯⋯⋯
「ジークベルト、また悪い事考えてない?」
「⋯⋯なんだよ、悪い事って。私みたいな善人、そうそういないぞ」
「キミはそこまで善人じゃないし、ポジティブでもないでしょ」
つい先刻迄、モルモットを見る目で見ていた癖に、今や一人の友人を心配する目をした公爵は、世間一般に流布した「医師公爵」そのものだった。
年齢よりも若々しく見える、年上で長年の友人は、ジークベルトの無事を心から喜んでいた。
「キミは自分が犠牲になれば良かったとか、すぐ考えるから。キミとあの子が無事なんだから、今回は一番最善な結果だったと思うべきだよ」
「今回は」
「第一キミはそんなに出来る男じゃないんだから、悩むだけ無駄」
「な、何だとぉ⋯⋯!否定出来ないけど!」
「おお⋯⋯マズルが膨らんだ!」
怒りに満ちた表情で威嚇するジークベルトを見て、公爵はまた興味深く瞳を綺羅綺羅させて、その顔を眺めた。ぶれない男である。その代わり、会話がぶれぶれになるのだが。
「旦那様、それよりもジークベルト様の呪術の話を」
「ん、ああ、そうだったそうだった。駄目だねぇ、面白いものがあると、つい」
ぶれにぶれた会話は、エレナが軌道を修正してくれた。
「ジークベルトの見立てでは、呪術の小道具なんだっけ?」
「魔導具ね。呪術の魔導具で呪術具ね」
「そうそう、魔導具。⋯⋯呪術具ね。使用者は一般女性。趣味の悪い恋の悩みで、呪術具に手を出した、と」
「ディスるな!⋯⋯ああ、私はそう考えてる」
「そこ、おかしいと思わない?」
「んっ?」
公爵はジークベルトの顔に、自分の顔をぐ、と近付けた。
まるで内緒話をするような距離まで近付いた公爵は、ジークベルトにこう言った。
「一般庶民が、どうやってそんな物を手に入れるの?」




