間話:欲塗れの食卓(※注意)
一応ぼかしてますが、苦手な内容と感じる方がいると思います。
男はある事情で、魔法王国に所有している家へと向かった。しかしその建物に入った瞬間、水音が響き渡っている事に気付いた。
「⋯⋯嗚呼、来ているのか⋯⋯」
男はその音で来客⋯⋯部下が来ている事が分かった。男はうんざりした。この部下は寝室を汚すだけ汚して、そのまま放置する癖があるのだ。
大股で廊下を進み、ノックせずに寝室の扉を開く。扉を開くと一気に部屋に篭っていた空気が廊下へと吹き出し、あの独特の匂いが男の鼻に付く。寝台の上には、髪の長い女が此方に白い背中を向けて誰かに覆い被さっている。女は荒い息遣いをして、一心不乱にその誰かに口を付けていた。
「⋯⋯掃除くらいして貰いたいですねぇ、タンラン」
「はぁあ⋯⋯あら、ご主人様⋯⋯お戻りになりましたのネ」
悩ましい息を吐き出し、タンランは抱き締めていたものから身体を離した。
「我が戻ったのは報告が有ったからですよ。你が派手に食い散らかして居るとね。でも、此処に入り込んでいるとは思わなかった」
「⋯⋯ああ、そう云うコトですのネ⋯⋯」
寝台の上で男に向き直ったタンランは、裸体を隠す訳でも無く、寧ろ見せつける様に胸を張った。
「申し訳ありません、ご主人様⋯⋯あたくし、抑えきれなくて⋯⋯」
「しおらしさの欠片も無いな。そう云う行為は月一度に抑えると言っていたのに」
男は以前タンランとした約束を思い出していた。確かに、目立たない様に控えると言っていたのだ。それなのにこの僅か数日で暴走し、かなりの人数を毒牙に掛けている。
「幾ら你が優れた術者だとしても、此処まで派手に動いてはもうあの街には居られないでしょう」
「そうですわネ⋯⋯あたくしとした事がつい欲望を解放してしまい、ご主人様には⋯⋯ご迷惑を⋯⋯はぁ⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯浅ましい、また発情ですか」
そんな呆れた眼差しを向ける男に対し、タンランは恍惚の表情を浮かべて、ぺろりと真っ赤な唇を舐めた。
「だってネ⋯⋯とっても美味しそうなコが居ましたのヨ」
「美味しそう?⋯⋯まだ食べていないのかい?」
「是⋯⋯式神を通して見つけましたのヨ」
タンランはその美味しそうなコを思い出したのか、興奮して寝台に横たわるものの指をしゃぶり出した。
「あんなに⋯⋯美しいコ、居ません⋯⋯仙女の様な艶やかさで⋯⋯それでいて雄を感じるのです⋯⋯何より未成熟で、誰にも触れられて無さそうな⋯⋯」
「你は本当に、男孩が好きだね」
タンランの恋愛対象は12歳から17歳の少年である。式神を通して発見した美少年に発情し、潜伏していた街の少年を片っ端から食い漁っているのだ。お陰で式神で誤魔化していた人々の意識が誤魔化し切れなくなり、街に居られなくなってしまった。
「確かにあたくしの恋愛対象は少年ですけれど、愛しているのはご主人様ですのヨ?是非あたくしと愛し合って頂きたいです」
「我は食い散らかされたく無いからねぇ⋯⋯」
寝台の上に横たわったものを見て、男は溜め息を吐いた。
首を失い、腹を裂かれた少年が横たわっている。血飛沫は天井まで届き、臓物は床のあちこちに散らばっていた。
タンランは性欲と食欲が同時に起きる女だ。寧ろ優先されるのは食欲であり、喰うのは相手の男になる。情を交わしながら⋯⋯いや、恐らく交わす前に噛み殺している。
経験の浅い少年が美しい女に誘われて、胸を高鳴らせて寝台に横たわり⋯⋯最期に良い思いをするどころか、且つて無い程の恐怖を女性に対して覚えながら絶命して行く⋯⋯同じ男として、これ程気の毒な事は無い。
「しかし、你にはもう少しこの辺りで頑張って貰いたかったのですけど」
「あら⋯⋯あたくしもうお払い箱?この国はあたくし好みの少年が多くて良かったのに⋯⋯」
「いえ、この国のお得意様に顔が効くのは你ですからね。取り敢えずお得意様の居る王都へ移りなさい」
「⋯⋯⋯⋯王都!」
男の提案に、タンランは目を輝かせてしゃぶっていた指を齧り落とした。そんなに喜ばせる事を言っただろうかと首を傾げると、タンランはガリガリと骨を噛み砕きながらその疑問に答えてくれた。
「あの美少年を見付けたのが王都でしたのヨ⋯⋯!うふふふふ⋯⋯!」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯你はあちらから呼ばれるまで、王都の拠点から出ない様に」
タンランは有能な女だが、欲に支配されていては使い勝手が良くない。ならばその美少年さえ食べてしまえばマシになるのでは無いかと、うんざりしながらも男は考えていた。
逃げろベリル、逃げるんだ!




