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師匠(仮)〜唯一の技術持ってるのに獣になった〜  作者: 杞憂らくは
理想の王国と似てない王子様
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90.師匠とは


「それと、手紙にはお前さんの補助具(アミュレット)を調整して欲しいって書いてある」

「えっ⋯⋯」


 ベリルは思わず左耳に触れた。

 そこには公爵家から支給された黒い石が刺さっている。以前に支給されたのは紫水晶の汎用品であったが、これはフレデリカとしての生活を終えた時、ロビンから手渡しされたものだった。非常に扱い難い代物だったが、この補助具のお陰でベリルは生き残れたとも言える。


【なんじゃ、貴様に補助具なんぞ不要であろうに】

「あん?」


 肩に乗っていたフェルニゲシュが口を挟んで来た。サミュエルは頭が柔らかい変人だからこそ事なきを得たが、他の者に喋る蜥蜴とバレたらどうなるか。はっきり言って未知数である。それに先程小さいドワーフを相手に急に喋ったりして、飼い主としては蜥蜴を()()()()しなくてはならない。

 なので、ベリルはフェルニゲシュの口を握り締めた。


「おい、勝手に喋るなよ」

【むぎゅう⁉︎】

「ああ、済みません。それで補助具でしたか」

「⋯⋯いや、それよりその蜥蜴なんだが」

「蜥蜴?僕のペットなんです」

【むぎゅぎゅぅ!】

「喋ってなかったか?」

「嫌だなぁ、蜥蜴は喋りませんよ。まぁ⋯⋯鳴く事はあるかもしれませんけど」

「違うッス!さっきも喋ってたッス!」


 ベリルは精一杯誤魔化したのだが、小さいドワーフも声を上げた。マルトーと違い、彼は無意識にフェルニゲシュと会話をしていたので誤魔化される事は無かった。おまけに魔法を吸い込んだのだ、ただの蜥蜴とは思っていない。


「オレの魔法を飲んだんス!何なんスか!」

「魔法を飲んだ⋯⋯?俺達ドワーフより上位種じゃねぇと出来ねぇ芸当だな」


 目元を厳しくしたマルトーが、フェルニゲシュごとベリルを睨み付けた。こうなっては仕方が無いので、ベリルもフェルニゲシュの口から手を離すしか無い。


【がはぁっ!鼻ごと塞がんでも良かろうに!】

「⋯⋯ほ、本当に喋ってるッス!」

「精霊か?⋯⋯にしちゃあなんか実体がしっかりしてやがる」

「いや⋯⋯精霊では無いらしいです」

【我が名はフェルニゲシュ。偉大なる黒竜であるぞ、矮小なるドワーフ共よ】


 跪け!と、フェルニゲシュが胸を張るので、ベリルは指でその頭を弾いた。


「黒竜?ブラックドラゴンか?」

【あんな蜥蜴と一緒にするで無いわ!】

(お前が言うか)


 ベリルは再びフェルニゲシュの頭を指で弾く。その姿はあまりにも弱い生き物であるが、ドワーフ2人は訝しげにフェルニゲシュを見詰めた。


「その竜は、なんでその坊主に補助具が要らねぇなんて言うんだ?」

【それはこやつが魔臓持ちであるからだ。魔臓があるならば、補助具なんぞただの小さな貯蔵庫であるぞ】

「魔臓だと?お前、混血か?」

「え、いえ⋯⋯それは分かりません」


 ふと、混血は忌み嫌われる事を思い出した。ベリルからすれば自身が魔臓持ちと知ったのもつい昨日の事だし、そもそも父親の顔も知らない母子家庭であった。いきなり差別されるのは嫌な話である。


「まあ、どうでも良いか。兎に角蜥蜴よ、これは俺に頼まれた仕事だからな」

【必要無い代物であろうが?】

「魔臓持ちだろうと、案外補助具があった方が魔法が使い易いんだよ。これは魔臓の有るドワーフが言うんだから間違い無え」

「⋯⋯あの、気になりませんか?」

「いや、見た目は人間だしな。珍しいが魔法使いの血筋ってだけだろう」


 マルトーは軽い調子で応えたが、隣のドワーフは凄い嫌そうな顔をしている。マルトーが先進的な考えをしているだけで、通常はこの対応だろう。


「それより補助具出しな。メシまだ食ってねぇし、ちゃちゃっと済ませちまおう」

「あ、はい」


 ベリルは左耳から石を外して、マルトーに差し出した。


「こりゃ⋯⋯魔石じゃねぇか」

「え、これ魔石なんですか?」

「おお⋯⋯最高品質のな⋯⋯加工したのは俺だ」

「貴方が?」


 マルトーは黒い石を繁々と眺めて、懐かしそうに笑った。


「15年くらい前にパーティーを組んでブラックドラゴンの討伐へ行ったんだ。こいつはその時の成果だ」

「ししょーと云えばドワーフ最強ッスもんね!」

「いや、俺はあの時役に立たなかったからな⋯⋯ブラックドラゴンを倒したのは人間の魔術師のお陰だな」

「魔術師⋯⋯」

「ジークベルト・シュヴァルツクローネ。あんなにぼんやりした細い小枝の癖に、えげつねぇ魔法使うんだよ。ブラックドラゴンなんて穴だらけにされてたな」


 ベリルの脳内に、ジークベルトの顔が浮かぶ。無闇に魔法を使おうとしないのんびり師匠であったが、あの武勇伝は真実であったのだ。ベリルは誇張されたものだと思っていた。


「この魔石はブラックドラゴンの心臓の一部だ。ジークベルトが報酬として希望したんだ。それを俺が補助具として加工した⋯⋯⋯⋯お前、ジークベルトの何だ?」

「⋯⋯⋯⋯弟子です」


 マルトーは「そうか」と嘆息した。


「あいつ、無事なんだろうな?」

「⋯⋯多分、今の所は⋯⋯人の姿ではありませんけど」

「⋯⋯脇が甘い奴だったからなぁ⋯⋯城に居るのも?」

「⋯⋯はい」


 再び深く息を吐き出したマルトーは仕切り直す様に作業台から球体の水晶を取り出した。


「よし、それじゃこの水晶に魔力を篭めてくれるか。お前の魔力を元に調整しておくからよ」

「あ、はい」


 ベリルは言われるまま、水晶に手を当てて魔力を篭めた。魔力を注入された水晶は、橙に近い金色の光を帯びた。


「珍しい魔力だな⋯⋯」

「そうですか?」

「ああ、基本は属性の色になる。火なら赤、水なら青と云う具合に」


 それならば、ベリルの魔力は何だろうか。光にも見えるし、炎にも見える。


「ジークベルトは真っ黒の闇属性だったな」

「⋯⋯闇?」

「ああ。あんなに人畜無害なのに、あんまりにも濃い深淵だった」


 それは確かに、ジークベルトのイメージにそぐわない属性である。だが、それよりもベリルにとって気になる事があった。


「もし、もしですよ。補助具を誰かに譲渡したとして、前の持ち主の魔力が残っている事はありますか?」

「ああ、元々余った魔力を貯める物だしな。使い切ってなければ残っていてもおかしくない。ブラックドラゴンの魔石なんて、貯蔵量がとんでもないからな」


 脳裏に浮かんだのは、黒い炎だった。

 学術都市(パンテオン)の地下、祭壇(ベテル)の奥でフェルニゲシュを牽制する為に出した炎の壁。あの時は何故炎が黒いのかなんて、全く気にしてはいなかったが。


(⋯⋯きっかけは流血だったけど⋯⋯無意識に奥に残ってたジーク様の魔力を引き出したんだ)


 護られている。

 あの時ベリルはアデラを守っているつもりだったが、本当はベリル自身も守られていた訳だ。

 悔しくて恥ずかしくて、ベリルは唇を噛んだ。


「まあよく分からんが、補助具は調整しとく。その間にその辺でメシでも食って来い」

「そんなにすぐ終わりますか?」

「おお、俺を誰だと思ってるんだ?ロッチャ、お前も行ってこい」

「オ、オレもッスか?でもししょー⋯⋯アレは⋯⋯」


 何か問題が有るのか。ベリルはドワーフの師弟を見た。問題と云えば、ベリルが疑惑を向けられたあの問題である。


(そう云えば大量注文の料金未払いって言ってなかったか?)

「ケツの青い見習いが心配する事なんざ無ぇ!いいからそこの坊主とメシに行け‼︎邪魔臭え‼︎」


 マルトーは大きくがなると、ロッチャと呼んだ少年?の尻を蹴り上げて外へ押し出した。


「痛えッス!酷えッス‼︎」

「メシ食うまで帰って来んなよ!坊主、お前ぇもだ。腹一杯になるまで戻るなよ!」


 そしてその節くれだった岩の様な掌でベリルの背中を押し、ロッチャよりは幾分優しい遣り方で工房の外に放り出した。


(⋯⋯なんだか、世の中の師匠って色々な種類が居るんだな⋯⋯)


 ジークベルトは砂糖か蜜の様に甘い師匠だが、マルトーの様に辛さや苦味が前面に出ていて、甘さのよく分からない師匠も居るのだ。

 地面で尻を摩るロッチャがその甘さに気付いているのかは、ベリルには分からない。

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