10.だるまさんがころんだ
※ご注意ください
「そのまま膝をついて、両手を頭の後ろに回せ!」
警備兵達にサーベルを突き付けられたベリルは、黙って指示に従った⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯りは、しなかった。
「隠れんぼしてたと思ったんですが、急にどうされたのですか?」
「なんだと‼︎」
すぐにいきり立つ警備兵を鼻で嘲笑い、ベリルは健常に見える様、身体に無理をして振り返った。
幼少期に下層で暮らしていたベリルにとって、警備兵には良い思い出が無い。
彼等全員とは言わないが、まず住人の生活層によって色眼鏡で見られるのだ。当時のベリルは、理由も聞かずに怒鳴って威張り散らしているこいつらが大嫌いだった。
今回だって、敵わない相手と見て物陰で震えていたのだ。それなのにその相手が無力化された途端、こうやって意気揚々と出て来て残ったベリル達を拘束しようとするのだから、救いようが無い。
(覗いてたのなら、こっちが被害者って判るだろ)
アパルトメントから見ていた住人達も、その理不尽さに声を上げた。ゴミを投げる住人すら居た。この区画でも、警備兵は横暴さが目立つ様だ。元は腕が立つだけの荒くれが多いと云う話だし、身の丈に合わない権力を持った事が原因かもしれない。
「黙れ‼︎貴様等も牢獄に送ってもいいんだぞ‼︎」
警備兵達の中でも、隊長と思しき男がアパルトメントの住人達に対して怒鳴った。
「その言い方だと、僕は牢獄行きが決定しているみたいですね?」
「当たり前だ!道をこんなに滅茶苦茶に壊しやがって⋯⋯!況してやこの通りで‼︎」
確かに、上級区画へ続く門がある目の前で、あんな派手な戦闘は行うべきでは無かった。石畳に至っては広範囲に罅が広がって、陥没箇所が複数ある。
(少なくとも僕は抵抗しただけだぞ)
背嚢の袋で「なにか」を打っ叩きまくった事は棚に上げて、ベリルは隊長に文句を言った。飽くまで自分は被害者だと、その姿勢は崩さない。
「道を壊したのも、先に手を出したのも、そこに転がってる蛇の化け物ですよ。そこの骸を牢獄に送れば宜しいのでは?」
「ふん⋯⋯口の回るお嬢ちゃんだな」
隊長は詰まらなそうにベリルをひと睨みし、サーベルの切っ先をめらめらと燃えるジークベルトに向けた。
「こいつはなんだ?」
「⋯⋯それは、」
どう言えば良いか、ベリルは言葉を詰まらせた。
警備兵達は矢張り覗いていた訳だし、ジークベルトが喋る事も、燃えている経緯も知っている筈なのだが、それでも彼等は、ベリルから発言させたいと考えている。
ベリルが街中で危険極まり無い魔法を使用した事と、人語を解する未知の獣を貴族の居住区画へ連れて行こうとした事を。
どちらも十分逮捕する理由になるからだ。それが判っているので、ジークベルトは一言も発していない。
もしベリルが適当な事を言う様なら、目撃した事と違うとでも言って、虚偽申告で拘束するつもりだろう。
おまけにベリルの顔を見てから、警備兵達の顔が下卑たものに変わった。まだ小僧であり、思っていた以上の面相だったので、色々な欲が出たに違いない。
「派手に燃えてやがるんだ、危険物かもしれんだろ?ん?」
(⋯⋯足下と顔ばっかり見やがって、下種野郎⋯⋯!)
相手が警備兵でさえ無ければ、そして魔力切れでさえ無ければ、ベリルは相手のにやけた顔を、思い切り殴り付けていただろう。
「⋯⋯黙っていられちゃわからんな、来い」
何時迄も口を開かないベリルに業を煮やした隊長は、乱暴に肩を掴み連行しようと引き摺り始めた。
「⋯⋯離せ!」
「暴れるなよ、その可愛い顔に傷が残っても知らんぞ」
「顔は関係無い‼︎」
ぎりぎりと締め上げられる痛みに顔を顰めながら、この危機をどうするかと頭を回転させるが、何も思い浮かばない。ジークベルトを横目で見ると、他の隊員達にサーベルを突き付けられている。そのままぐさり、とはならないだろうが、いつ燃え尽きるかも解らないし、命の危険度は高い。
「安心しろよ、金さえ払えばすぐ解放される。そうだな、少しばかり俺達にいいことしてくれぱぎゃっ」
(ぱぎゃ?)
急に隊長が奇天烈な声を上げて動きを止めた。
強い力で肩を締め上げていた手からも力が抜けて、ベリルの身体は少しばかり自由になった。
なんだか嫌な予感がぷんぷんする。
(何⋯⋯⋯⋯⋯⋯⁉︎)
俯いて抵抗していたベリルは、顔を上げて驚愕した。
倒れ伏していた「なにか」の身体が持ち上がり、隊長の頭部を丸呑みしてごりごりと音を立てて齧っていた。
女の首では無く、鱗のびっしり生えた球体が。
「――――――――っつ‼︎」
ベリルは叫ぶ事も出来ずに後退った。アパルトメントの住人達も、状況が解らずに息を呑んだ。警備兵達はジークベルトに注視しているので、全く気付いていない。ジークベルトに至ってはぬいぐるみのふりでもしているのか、微動だにしない。
球体は花の様に六つの花弁となり、その花弁を閉じて、捻る様に頭蓋骨を噛み砕き、血を啜っていた。
(あ、頭は?確かにあっちに転がって⋯⋯)
女の首は確かに単体で石畳に転がっていた。それはもう、「なにか」の本体は球体の方である証である。
「そうだ隊長、いい思いするなら俺達にもちゃんと⋯⋯隊長?⋯⋯ひっ⁉︎」
(⋯⋯嫌な内容の報連相でこっちの状況に気付くんじゃねぇ‼︎)
現状に気付いた一般警備兵達は、情け無い悲鳴を上げる者、無様に尻餅をつく者と様々だ。
その中でも絶叫を上げ、背中を見せて一心不乱に逃げた者が居た。
「ぅあっ!わああああああ‼︎うあああぎゃっ⋯⋯⋯⋯」
大きな音に反応したのか、球体は隊長の骸から口を放し、一瞬でその一般兵の頭部に噛み付いた。そして隊長の時と同じ様に、その頭部の歯応えと血液を堪能する。
ベリルの目の前で倒れた隊長の頭部は、まるで原型を留めておらず、ぎゅうっと握り潰された果実の様だった。
その時には、この場に居る者達は理解していた。音を立てれば殺される、と。
動向を見守っていたアパルトメントの住人達は、音を立てぬ様にゆっくりと窓を閉め、警備兵達は悲鳴が漏れない様に両手で口を塞いでいた。
ジークベルトも未だにぬいぐるみのふりを続け、ベリルはゆっくりとジークベルトの許へと移動をしていた。
この膠着状態は何時迄も続くと、誰もが考えていた。
しかし、此処で状況は一変する。
「あら、まあ⋯⋯これはなんという事でしょう⋯⋯?」
隔壁の門が開き、状況を一切理解していない人物が現れたのだ。
はたきを手に持ったメイドさんが。




