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9.自分実証体験


 ベリルが右手で思い切り振り抜いた背嚢(リュック)は、ベリルの真上に飛び上がった。其処には、今顎門(あぎと)を閉じたばかりの女の頭が存在していた。


「ゔっ⋯⋯⁉︎お、おまえっ⋯⋯!」


 背嚢は高く伸び上がり、そして振り子となって女の頭部の付け根、「なにか」の首にぐるりと巻き付いた。

 「なにか」はそれから抜け出そうと首を振るが、巻き付いた背嚢が(おもり)となり、ストラップが交差して抜け出しにくいものになっていた。

 錘となったジークベルトはより絡まる様に芋虫の如く動き回り、ストラップを更に雁字搦めにしていた。


「今だ‼︎ベリル‼︎」

「はい!」


 ベリルは()()()()()()()()()()()()を、一気にストラップに流した。


「――燃えろ‼︎」


 瞬間、白い閃光が迸り、爆発的な熱量がストラップから発せられた。

 ただ純粋な熱が、「なにか」の首を灼いていく。高温は熱さよりも強烈な痛みを「なにか」に与えた。


「っっあ…⁉︎ゔああああああっ⁉︎」


 「なにか」となった女には、痛覚なんて無かった。無い筈だった。

 あんなにベリルに叩かれた時も、何かの衝撃を感じた程度で痛みを覚える事は無かった。それなのに、


「いやああああ⁉︎痛い痛い痛いいたいいたいイタイイタイイタイ‼︎」


 「なにか」は暴れた。

 みっともなく泣き叫び、石畳が砕ける程にのたうち回った。死の淵に立ち、強烈な力で抵抗するが、首に絡まったストラップは外れるどころか、下から引っ張られる力で益々首に食い込んでいく。そしてそのまま、


「ぁがっ⋯⋯⋯⋯」


 ストラップは高温状態を維持したまま、「なにか」から女の頭部を捻じ切った。頑健な骨であっても、あまりの高温に曝された結果炭化し、脆く砕けてしまったのだ。

 女の頭部は無情にもごとりと石畳を転がり、分たれた胴体もがしゃんと硝子の様な音を立てて倒れ伏した。


「⋯⋯⋯⋯おわっ、た⋯⋯?」


 転がって行く女の頭部を眺めながら、ベリルは力を抜いた。いや、正しくはもう力が入らない。

 魔力を全て出し切っただけではなく、身体強化せずに生身であの巨体を踏ん張って抑えたのだ。全身の関節が軋み、筋肉が悲鳴を上げていた。顔を上げるのも辛い。


(⋯⋯筋トレ、足らないかも)


 それなりに鍛えていたつもりだったベリルにとっては、なんだか悔しい結果である。どう考えても、素の筋力だけであれを抑えるのは難しい筈なので、現時点で相当に鍛えているのだが。悲しいかな、見た目には全く成果が表れている様には見えない。己の細腕を恨めしく思いながら、長い溜息を吐いた。


「上手く行ったな、流石(さすが)ベリル!完璧じゃないか!」


 毎日の筋肉メニューを増やそうと決意したベリルに、ジークベルトがベリルを褒め称える言葉が聞こえた。無事だったジークベルトが、ベリルの視界の外から声を掛けたのだ。


「⋯⋯ジーク様、ご無事でしたか⋯⋯良かった、巻き込まれてなくて⋯⋯」

「うん、よくあんな判断が出来たな。とんでもない濃度の魔力だったじゃないか!」

「ええ⋯⋯本当に、運が良かったとしか⋯⋯」


 ストラップはベリルの高濃度の魔力と高温に耐え切れず、合金ごと燃え尽きてしまった。ストラップを握り締めていた右手を開くと、焼け解けた金属が貼り付いて掌を焦がしていた。素人目から見ても重度の火傷であるが、今は痛みよりも倦怠感の方が強い。

 ストラップを首に巻き付けたのは咄嗟の行動だったが、思っていた以上に上出来の結果だ。

 接触部分がストラップのみだったので、魔力をストラップに限定して込める事にしたのだ。その結果、想定以上の高温を発する事が出来た。その分、掌に大火傷を負う羽目にもなった訳だが。

 それでもベリル自身の魔力であるから、この程度の火傷で済んだのだろう。もしそうでないのなら、右手は真っ黒の炭になっている。

 ベリルはジークベルトに見られない様に、右手を再び握り締めた。


「運でもなんでも、お陰で私はこうして無事でいるんだ。流石私の弟子!可愛くて賢くて強くて可愛い!」

「⋯⋯なんで可愛いを二回、も⋯⋯⋯⋯」


 ジークベルトの褒め言葉に、気恥ずかしさよりも嫌悪感を覚えたベリルは、顔を上げて師匠の姿を確認した。そして思わず言葉を切って、信じられない気持ちでジークベルトを凝視した。


「どうした?ベリル」

「い、いえ、あの⋯⋯⋯⋯⋯⋯!」


 ジークベルトは未だに背嚢に詰まっていた。その袋は、「なにか」の首からの落下が上手くいったのか地面に直立していた。

 袋には意図して魔力を流さなかったつもりだったので、ストラップと違い、背嚢本体の合金は燃え尽きる事なく無事であった、のだが。



 それは現在進行形で燃えていた。


 恐らくだが、制御なんて考えない一打であったので、魔力の余波が袋にまで及んだのだろう。意識的に魔力を流さなかったと云っても、流れるものは流れると云う事なのだろう。


(魔力でも延焼みたいな事、起こるんだ⋯⋯)


 自嘲気味に皮肉を考えて、途方に暮れてしまう。

 火を消し止めた方がいいとは思うが、今のベリルは魔力がすっからかんだ。魔力の回復には時間が掛かる。一晩寝て(しっか)り身体を休めなくては。それと腹ぺこのベリルには、大量の食事が必要である。


「大丈夫、見た目程熱くない。ちょっと眩しいだけ」

「そ、そうですか」

「待ってれば消えるよ。大丈夫だって」


 そうは言っても、どんどんと火の勢いは強くなっていっている。

 袋から頭だけを出したジークベルトは、獣と云うのも相俟(あいま)って、さながら邪教の贄としか思えなかった。

 このまま燃え尽きるんじゃないの?と、言うのは憚られ、ベリルは口を閉じた。


「流石私。完璧な魔導具を作った!これなら中身に何が入っていても安全だ!」

「⋯⋯取り敢えず、待ちましょう。移動も出来ませんし」


 運ばれる事はおろか、自力で袋から脱出も出来ないと云うのに、ジークベルトは得意げにむふふと笑った。

 そもそも、この袋に施した魔導具は無事に残るのか。ジークベルト共々、燃え(かす)になる可能性の方が高そうだ。

 ただでさえ怠い身体から、益々力が抜けて行く。

 それでもこの辺りに非常の消火栓は無いかと、がくがくと笑っている膝に鞭打って立ち上がった時である。


「おい!貴様、止まれ!」

(⋯⋯⋯⋯安全になってから出て来やがった)


 「なにか」が動いている間、物陰から一切動く事の無かった警備兵達が、ベリルにサーベルを突き付けたのである。

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