魔道具屋とお得意様
初投稿です。
木のジョッキにあふれるほど入ったエールを見つめながらまた一つ溜息をつく。
「どうしたのお兄さん。今日も今日とて、ご機嫌斜めだね?」
そう魔道具を磨きながら目だけこちらに向ける店主を軽くにらむと、俺は思いっきりエールをあおった。
「…プハッ…!」
そのまま空になったジョッキを乱雑にカウンターに置くと、店主はやれやれと肩をすくめる。
「まったく…食器は大切に扱ってよ…。それに何度も言っているけど、ここは酒屋じゃないのだよ?」
「うるせぇ。つーか、客なんて酒飲みに来る俺くらいしかいねぇだろ。」
八つ当たりに皮肉を言うと、店主は困ったように笑った。
「…それを言われると、ぐうの音も出ないな。…昔はもっと繁盛してたんだけどね~。」
そう独り言のようにぼやく店主は、どこか寂しそうな目をしていた。
確かに昔はもっと客がいた。この店主も足が悪いのに忙しそうにバタバタと客の対応をしていたし、一緒になって酒を飲んで騒ぐ仲間もいた。
けれど一人、また一人と、時が流れるにつれ、客の数は減っていった。
戦争が始まったのだ。この国に住む若い男は次々に戦争に駆り出されていった。人族対魔人族。勝敗は戦う前から決まっていた。魔人族は好戦的な者が多く、戦闘力の高い種族だ。数は多いが他の種族と比べ脆い人族には到底勝ち目はなかった。戦争は、負け戦だった。
そして、戦争へ行った飲み仲間達が再び店に訪れることは無かった。
「…そもそも魔人族と人族が戦ったら、どうなるかくらいわかりきったことじゃねぇか。ア、もう一杯。」
俺の注文で店主はジョッキにエールを注ぎながら口を開く。
「そうだね。…人族は見栄を張らないと生きていけないのかもしれないね?」
「見栄?王族の威厳のために、民の命を犠牲にすんのか?馬鹿馬鹿しい。」
俺が鼻で笑って見せると、店主はあからさまに眉を下げた。
「こらこら。王族を侮辱したら、首をはねられてしまうよ?マァ、君は戦争へ行かなかったのだからそれくらいにしておきなさい。」
そう言って店主は追加のエールを俺の前に置いた。
戦争での民の出陣は王命であり、選択の余地などなかった。しかしそれは国民ならばの話だ。別の国から来た冒険者や旅人、商人などはその対象には含まれていない。俺の場合その例外に含まれていたため、戦争に参加しなかったのだ。
そもそも俺は、人族ではない。獣人族だ。その中でも竜人という種族で、竜の国で生まれ育った。人族の国にいるのは、長期休暇をもらい、いろいろな国を転々としてまわった後、最終的に滞在しているにすぎない。
「というか、俺が戦争に行っていたらこの店、客入り0だったんだぞ?」
エールを飲みながらそう言うと、キョトンとする店主。
「…言われてみれば…。」
そしてうーんと少し考え込むそぶりをした後、「私もそろそろ、店をたたもうかなぁ…。」なんて言い出した。
「ヤダ。」
「え~。」
間一髪入れず口出しすると、気の抜けた声が返ってきた。
「でもお兄さん、そろそろ自国に帰らなきゃならないのでしょう?お兄さんが来なくなったら、私、店を開いている意味がないのだけれど…。」
そうなのだ。そろそろ長期休暇の期限が切れる。
「それにお兄さんや私たち長命種にとっては短い期間に感じるけれど、あの戦争はもう50年前のことだよ?ここら辺は都市部から離れているから、あまり変わってないように見えるけれど、復刻は済んで、新しいものをどんどん取り入れてる。近頃は、魔術の研究も進んでいるようじゃないか。」
「魔術ねぇ…。そんな得体の知れねぇもんに手ぇ出して、大火傷しなきゃいいけど。」
そんなリスクがあるもんより、体術を積んだ方がよっぽどいいとぼんやり考えていると、店主は真剣な顔をして言った。
「そうだね。でも、魔術が便利なのもわかる。魔力と詠唱があれば、基本的にどんな種族でも扱うことができる。…そしてそんな魔術が広まった今、魔道具が一切売れなくなってしまったのだよ⁈ここは、『魔道具屋』なのに…!」
バンッとテーブルを叩く店主。
「いや、魔道具は昔から売れてなかっただろ。」
すかさずツッコミを入れると店主は図星なのかたじろいだ。
「そ、そんなことは…っ!」
「あるだろ。つーか、『魔道具屋』じゃなくて、『万事屋』にすべきだよな?酒、占い、相談、薬草まで売ってて、さすがに『魔道具屋』はなぁ…?売れてないし。」
追い打ちをかけられ、再びたじろぐ店主。
「てか、店たたんでその後何すんだ?」
「うーん。そうだねぇ。そろそろどこか、他の国へでも行ってみようかと。」
「ふぅん…。じゃ、竜の国来る?」
そう言うと店主はキョトンとした後、声をたてて笑った。
「アハハッ…!それは名案だね…!丁度良いガイドがいるし。…というかお兄さん、私のこと、引き入れようとしているのかな?」
店主は、俺を試すように小首をかしげた。
「そうだと言ったら?」
俺も負けじと問い返す。
「どうやらこの店、私が思っていた以上に愛されていたらしい。お得意様の申し出だ。断るわけにはいかないかな。」
「そ。」
一言そう答えると、俺は残りのエールをあおった。店主の笑みが一層深まったのを、気が付かないふりしながら。