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子犬は人化できるらしいです。

ちょっと長めです。

『神狼……創造神の傍に居る

白銀の毛、濃い金色の瞳、体と同じくらいの長さの立派なシッポ

空を駆ける←魔力?

どの絵画にも2匹?

古代帝国時代に実在? 皇帝を加護する←やっぱり2匹……つがいっぽい

人化できる! ←魔法? 特性?

誕生……神の奇跡←親はいない??? 突然変異???

生息地、好物、性格その他……全部不明』


「うーん……これって、ほぼわかってないのと一緒じゃない?」


サーラは自分の手元のメモを読み直し、小さなため息をついた。

地下の書庫の中央にある読書机。そこに少しでも神狼が登場する本を積み上げて調べた結果が、この内容の薄いメモだった。まさか、20冊以上も漁ってこれだけとは……がっかりだ。リュカ日記は毎日1ページ以上書けてるのに、調べ物の結果はたったこれだけ。


「ハァ……」


今日は珍しくリュカをエレーヌが散歩に連れて行っている。魔狼が好む魔力溜りにリュカがどう反応するのか見たいのだそうだ。一緒に行こうかと思ったが、エレーヌなら魔狼が何匹出ようが問題なく安全だし、サーラの調べ物もあと半分だったから、今日のところは留守番役を買って出た。もちろん、イヤーカフ経由で時々様子は探っている。

ここ数日、リュカのお昼寝中を狙って書庫に下りていたサーラだが、正直、可愛らしい寝姿を眺める至福の時間を削るのは痛かった。起きているリュカも当然可愛くて天使だけれど、寝ている時は寝ている時だけの特別な可愛さがある。何時間でも見てられる。

だからサーラは鬼気迫る勢いで調べ尽くした……のに。


「神の奇跡で誕生って何よ? ポーンと現れるってこと? 何もなかった所に突然? えぇ? 大きな木の実の中から生まれるとか言われた方がまだ信憑性あるわ……」


余りにも薄い結果に、思わず乾いた笑いが零れる。

まぁ、神代なんて想像の世界だから仕方ないよね……そう思いはするものの、現実としてリュカはサーラの大事な家族だ。伝説的な存在という曖昧な表現で済ませられるものではない。


(それに……番、かぁ……)


これが娘を嫁に出す父親の心境というものなのだろうか。サーラに父親の記憶はないけれど、今なら世のお父さん達と語り合える気がする。

まだ幼いリュカだけど……成長するのなんてあっという間だろうし……そしたらリュカだってお嫁さん欲しいよね……?


(えー……ウチの王子様をかっ攫って行こうっていうんだから、よっぽどできた嫁じゃなきゃ許せない)


どちらかと言えば小姑丸出しの胸の内。モヤモヤしたものを追い払うかのように頭を振ると、サーラは唯一の有益な情報に目を走らせた。


「人化……」


つまり、リュカが人の見た目に変化できるようになるということ。古代帝国に存在したといわれる神狼は、時にヒトの姿で皇帝を助けたのだと記録されていた。


(リュカがヒトの姿になったらお喋りできるし、並んでご飯食べれるし! それに……)


絶対、めちゃくちゃ、超絶可愛いに決まってる!!

大人になれば変化できるようになるのか、それとも別のきっかけがあるのか……そこら辺はわからない。だが、本当にリュカが神狼なら、いずれはリュカとお喋りできるのだ。楽しみ過ぎて既にウキウキワクワクが止まらない。


(あっ!!)


脳内で大声で叫んで、サーラは反射的に口を押さえた。もしこんな大声が口から漏れていたら、どれだけ離れていようが魔術具を通してリュカに聞こえてしまう。

大丈夫だったよね? と、恐る恐る様子を窺うが……良かった、リュカの動きに変化はない。散歩を楽しんでいるのだろう。

胸を撫で下ろすと、本をザザっと魔法を使って片付ける。


「さて」


思い立ったが吉日。サーラは家中の空き部屋を見て回る。

代々継いできた二階建ての家は二人暮らしには大きくて、空き部屋があちこちにあった。日当たり、広さ、備え付けの家具……と確認していく。

1階の空き部屋は東向きと西向き。南にはリビングやダイニング、応接室、北にはエレーヌが研究室として使う半地下がある。他にもトイレやお風呂場があって、どちらかというと空き部屋も客間向きの内装だ。

うーん、と悩みながら二階へ上がる。やっぱり二階が本命か。


「理想はここかなぁ」


二階の空き部屋は八部屋。ガラガラで、子どもの頃は前を通るのが怖かった。ちなみにエレーヌは南向きの主寝室を、サーラはその隣の子ども部屋を使っているが、エレーヌは基本研究室に籠りきりで部屋に戻ることは滅多にない。研究室にベッドを運び込んだのは、サーラが夜中も起きずに一人で寝れるようになって、すぐだった。


「ちょっと大人っぽい気もするけど……」


エレーヌ、サーラときてその隣。性別や年齢を感じさせないスタイリッシュな部屋だ。


「決めた。ここをリュカの部屋にする」


本当は、主寝室の反対隣の子ども部屋の方が男の子向けの内装で相応しいと思う。けれど、サーラはどうしてもリュカにすぐ近くに居て欲しかった。主寝室は広いのだ。

広さだけで考えれば、サーラの部屋の向かいの空き部屋もかなりのもの。小さな子神狼ワンコなら走り回るにも十分だが、如何せん、北向きは日当たりがよろしくない。必要ならそちらはプレイルームに改造しようと心に決めて、サーラは自室の隣部屋の掃除にかかった。


シンプルながら家具一式は揃っている。カーテンと布団の類も魔法がかかっているから埃っぽくはないのだが、どうしても床や棚なんかには埃が積もる。それを魔法で清め……ふと思い立って、主寝室の向こうの部屋から大きめのラグを移設した。

さらに、あちらこちらの空き部屋に置かれていたクッションや小物入れなんかを集めて置いて……人間の子どもが飛び跳ねても危険のない、柔らかな素材に囲まれた部屋に変える。サーラの部屋からはお手製のぬいぐるみをいくつかこちらに移住させた。

空気の入れ替えのために開けていた窓の外、バルコニーは並びの部屋全てと繋がっている。定期的に掃除しているから今日のところは必要ない。が、念の為……と出たところで、


「あぅ……あんあんっ……」


少し遠くから、風に乗って声が届いた。リュカ達が帰って来たらしい。部屋作りに夢中で気付かなかったが、既にお昼を回っている。あちらも随分とゆっくりなお戻りだ。魔力溜まりはリュカのお気に召したのだろうか。


「大変……!」


どんどんとリュカの気配が近付いて来る。あらかた用意の整った部屋を一瞥し、サーラは慌てて台所へと飛び込んだ。


(お昼ご飯、忘れてた! てか、リュカ、朝ご飯しか食べてない!)


午前の補食おやつの時間はとっくの昔。だんだん量が食べられるようになってきているし、エレーヌから異常の報告もない。だから、大丈夫だとは思うけど……。


いつもは補食を作る時にお昼ご飯の仕込みもある程度しておくのだが、今日はまったく間に合わない。


(……しょうがないっ)


保存食フル活用だ。

とりあえずとばかりに、お湯を沸かす。スープくらいは作れるだろうか。山葱ナシの根菜のポトフなら、味付け前に取り分ければリュカも食べれるから……まずは、下茹でして保存してあった根菜を、火にかけたばかりの鍋に入れた。それからササミのパテをリュカ用と人間用。パンは今朝焼いたものがあるから、あとは保存していたミートオムレツを3人分。リュカはそのまま、エレーヌとサーラの分は同じく保存していた甘酸っぱいソースをかける。


「ただいまぁ」


「あんっ! あんあんっ!」


「あ、美味しそうなイイ匂い。リュカちゃんもお腹空いたねぇ。お水とビスケットだけだったもんねぇ」


二人がドアを開けたのは、サーラがポトフの鍋に薄く切ったブロック肉を放り込み、小鍋に取り分けている時だった。


「おかえり! 良かった、ビスケット持ってってたんだぁ?」


「あんっ! くぅぅんっ、あぅぅん」


早速とばかりに擦り寄って来るリュカを、手を洗ってから抱き上げる。ご機嫌なようで、シッポが高速で振られている。


「念の為ねぇ。でも、リュカちゃん、思った以上に魔力溜まりが気に入っちゃったみたいで。まったりウトウトしてたから、帰るタイミングがわからなくなっちゃったのよ。一応、帰る前にビスケット二枚食べさせたわ」


「あ、ありがと。お昼寝もしたんだ、良かったねぇリュカ」


なんだか更に毛艶がイイ気がすると思ったら、魔力溜まりのせいらしい。普段以上に銀色が輝いている。


「やっぱり神狼も魔狼と同じように魔力溜まりから魔力補給できるっぽいのよ。新発見だわ。ホント、気持ち良さそうだったもの」


サーラの腕の中のリュカの頭を、エレーヌが撫でた。心地良さげに目を細める姿は、満足そうだ。


「サーラの方はどうだった?」


両腕をリュカ最優先に使うサーラに代わって、鍋に味付けを加えながらエレーヌが言う。研究者と母親の中間……温かいけれど眼光鋭い表情は、見慣れたものだ。彼女らしい。


「うーん。食べながら話すよ」


「あぁ、そうね。わたしもお腹空いたわ。ほらそこ空けて?」


カチャカチャと皿が宙を飛ぶ。

無精者のエレーヌは、研究に関係ないあれこれは魔法で簡単に済ませてしまう癖があった。どうせ、散歩も身体強化やら何やら、魔法での補強三昧だったに決まっている。彼女の気力体力は全て、研究のためにあるのだそうだ。


「さ、食べましょ。リュカちゃんも」


「ありがと。ミルクも出そうか?」


「うーん……お茶淹れるわ。まぁ、まずは食べましょうよ。サーラの話し聞きたいし」


エレーヌの言葉と共にポットがシュンシュンと音を立てる。

サーラはリュカを大きなイスに下ろしてから、隣のイスに腰掛けた。さすがに、いくら可愛くても食卓に乗せるわけにはいかない。熱いスープやお茶をかぶったりしたら一大事。サーラの席の隣に置いた、平らで大きなイスがリュカの食事スペースだ。


「きゅーん」


きちんとお座りしたリュカが高く切なげに鳴く。「待て」を覚えた賢い子神狼ワンコは、ついでに、こうすればサーラがすぐに陥落することも覚えてしまった。


「仕方ないなぁ。上手にお座りして待ってたからね。はい、どうぞ」


「あんっ、がぅっ、あうあぅ」


嬉しそうにご飯に飛びついたリュカは、相変わらず喋りながら食事をする。感想を言っているのかなんなのか……とにかく可愛い。

本によると、子犬の時には珍しくないことらしく、大人になると減るらしい。犬もマナーを覚えるのかなぁ、と漠然と思っていたが、考えてみればリュカは神狼。これは後世のためにも、日記に書いておくべきだろう。将来的には神狼の生態を知る貴重な資料になるはずだが、それより何よりリュカの可愛さを書き残したい。


「わたし達もいただきましょう。それでサーラ、わかったことは?」


「いただきます。うん……」


食べる前にさっさと本題に入るあたりがエレーヌだ。慣れきっているサーラはまずポトフを一口、それからパテをパンに塗りつつ口を開いた。


「全部読めたんだけど、大したことは載ってなくて」


一度パンを皿に置いて、ポケットから先程書いたメモを取り出す。それをエレーヌに差し出しながら、


「念の為、リュカの部屋の用意もしてみたの。わたしの隣」


サラッと昼ご飯の用意が遅れた理由も話した。


「イイんじゃない? ……しっかし、二匹とかよく気付いたわねぇ」


「だって、挿し絵くらいにしか神狼、載ってない本が多かったんだもん」


「まぁ、絵だけじゃ大したことはわからないわよねぇ。やっぱりリュカちゃんの成長記録が最大の研究書になるかもしれないわ」


ようやく食事を開始したエレーヌが、テーブル越しにリュカを見る。


「さすがにわたしも人化する生き物に出会ったことはなかったし」


もっもっ、とご飯を頬張るリュカは集中しているせいだろうか、さっきよりお喋りが少ない。その分、シッポが元気よく動いていた。


「それこそ、御伽噺の世界よねぇ」


「ね、大人になってからだと思う?」


サーラとしてはできるだけ早く人化して欲しい。お喋りしたいし、並んでご飯を食べたいし、何より純粋に見てみたいから。人間型のリュカも絶対可愛い。


一人っ子のサーラはきょうだいに憧れがある。リュカのことは今でも弟だと思っているが、せっかく人化できるのだ。更に姉弟きょうだいらしくなれそうなチャンス、逃す手はない。楽しみたい。

……もちろん、リュカの負担になったり、嫌がったりするのなら即諦める。


「うーん……一般的に考えればそうでしょうね。魔法じゃなく特性だったとしても、変化へんげに使うのは魔力だろうから……少なくとも一定以上成長しないと余力は発生しないでしょ?」


「そっかぁ……」


確かに、サーラだって「今なら簡単だけど小さい時はできなかった」ことがたくさんある。魔法の面でもそれ以外でも。

そう考えれば、早々に部屋を作ったのは勇み足だったかもしれない。


「くうぅん」


満腹になったのか、リュカがじぃっとサーラを見つめる。食後はいつも、みんなの食事が終わるまでサーラの膝で寛ぐのが彼の日課だ。サーラもわかっているから微笑んでリュカを移した。

ふみふみと小さな足先が膝の上で安定の良い場所を探す動きがくすぐったい。ついでに、しっぽもくすぐったいが、それがイイ。


「リュカ、知ってた? おっきくなったら人間になれるかもしれないんだってぇ」


前足を投げ出して寝そべるように腰を下ろしたリュカに声をかける。サーラ自身の食事が終わるまで、撫で撫ではお預けだ。


「まぁ、リュカはそのままで十分可愛いから、無理して人間にならなくてもイイんだけどね?」


耳だけでなく、ちゃんと顔を上げて話しを聞いてくれるリュカ。なんて優しくてイイ子なんだろう。理解しているわけではないのはわかっているが、その態度が何より嬉しい。


(準備しちゃった部屋は……まぁ、いっか。そのうち使うかもだし、よく考えてみれば隣の部屋より今みたいに同じ部屋のがイイもんね)


ただやっぱり、


「リュカとお喋りしてみたいなぁ」


その気持ちは止められない。将来、変化へんげできるようになったら、少しだけでイイからお喋り相手をして欲しい。欲を言えば、今現在、きちんとリュカの気持ちを知るためにお喋りしたい。リュカの考えていることがわかる魔法があるなら、それでもイイけど。


(大人になってからのお楽しみ、かぁ。子犬の成長はヒトより早いけど、神狼はどうなんだろう? 今は成長期真っ只中! って感じでも、そのうち止まっちゃうかもしれないし……うーん……)


「個人的には、魔力溜まりでの魔力補給が成長にどう影響するか興味のあるところよね。人化に限らず、魔力に余剰があればできることは増えるじゃない?」


すっかり食事の手が止まっていたサーラに煎れたての薬草茶を勧めつつ、エレーヌはパンをちぎる。魔力が関係するならそれが固有の魔法であれ種族特性であれ、魔法マニアの興味対象の範囲内だ。


「今のリュカちゃんはいつもより魔力が漲ってると思うのよ。だから毛艶もイイし、長く起きていても疲れない。例えるなら、体内の栄養バランスが最高潮に整って、絶好調! って感じなんじゃないかしら。でも、一種類の栄養を過剰摂取すればバランスが崩れるのと一緒で、魔力を過剰に溜め込めば、それを放出する必要が出てくるわ。その時に何が起こるか……」


「え、何それ、魔力暴走とかそういう怖い話……?」


万が一にもリュカを危険な目に遭わせるわけにはいかない。魔力溜まりは禁止しようか……。


「それは起こってみなくちゃわからない。……ていうか、なんか……リュカちゃん、光ってない??」


「え? ……ぇえ!?」


光ってる。ほんわり、ぼやんと。


眩しければサーラも気付いた。いくら考え事をしていたって、目に入る。けれど、柔らかでほのかな光は、正面にいるエレーヌだからこそ気付けたのだろう。それ程に、ささやかな輝きだった。


「何!? え、ちょっとリュカ、どうしたの!?」


慌てて膝から抱き上げてみれば、リュカはギュッと目をつぶり、口も固く引き結んでいる。


「ちょ、やだ、え、どうしよう……お母さん!?」


ワタワタしているうちに、小さな体が小刻みに震え始め……


「魔力が動いているわ。息はしている? ……心臓も…………うん、そうね、少し様子をみてみましょうか」


「えぇ!? リュカ、しっかりして! ……リュカぁ……」


サーラは堪らずふわふわ柔らかな体を抱きしめた。ブワッと湧き上がった涙が零れる。


「余剰魔力を……まさか、ね……。いえ、でも……」


反対に、ガタンと立ち上がって向こうから凝視していたエレーヌは、落ち着いた様子で腰を下ろす。その表情はすっかり研究者のそれ。食い入るようにリュカを見つめつつ、冷静に全体像を観察している。


「ちょっとお母さんそれどころじゃないでしょ!? 薄情過ぎるよ! ね、お願いリュカ、しっかりして……!」


「きゅうぅ……ん」


か細い鳴き声。

どうしよう、何ができる!? パニックのサーラがリュカを抱いて立ち上がりかけた、その時。


「あ」


「え? きゃぁっ!?」


突如、光が強まり弾けた。

反射的にリュカを庇うように抱き締めて、


「や……え、何……きゃああっ!?」


サーラはまた、悲鳴を上げる。

だって急に、腕の中のリュカがジタバタと暴れたかと思えば……ボンッと、膨らんだのだ。そして、ずっしり重くなった。


「何何何何ぃぃっ!?」


「まぁ……。半信半疑だったけど……リュカちゃん、本当に神狼なのねぇ……これはすごいわ」


エレーヌのやけに熱の籠った声。その中の、「リュカ」という単語に反応して、サーラは腕の中に視線を落とし……固まった。


(な…………え…………?????)


銀色のふさふさ。それはイイ。サーラの顔のすぐ横にある銀色はいつも通りだ。でも。


「大人にならなくても、人化、したわねぇ」


そう。手が……サーラの手が、さらふわの毛ではない、慣れない質感を伝えてくる。見えるのも…………


「…………リュカ……? なの……??」


「きゅ……さぁ、ら」


聞こえる声も…………


「リュカ!?」


人間の、男の子。


ガバッと身を離してその顔を覗き込む。濃い金色の目、さらさらと長めの白銀の髪──色合いは正しくリュカだ。そして、白銀の髪の間からはイヤーカフを嵌めた一対の犬耳が……。


「ん、さぁら、りゅか」


きゅるんと整った顔の、ピンクの唇がゆっくり動いた。たどたどしい言葉を紡ぐ、幼い声。


「〜〜〜〜〜〜っ!!」


(めちゃくちゃ可愛い!! 何これめちゃくちゃめちゃくちゃめっっっちゃくちゃ可愛いっ!!)


たぶん、サーラの予想した姿より大きい。普段の動きから勝手に5歳くらいの元気な幼児を想像していたサーラだが、おそらくもう少し年上だろう。でも、そんなことどうでもイイぐらいにリュカが可愛い。舌っ足らずな喋り方にキュンキュンする。甘えたようにこっちを見る、上目遣いもホントに……絶叫しそうだ。少なくとも、悶絶している。


「耳とシッポは残るのねぇ。それが基本なのか単に魔力が足りないのか……大人になれば消えるのかしら? 魔法というよりはやっぱり特性の可能性が高そうだから応用は無理だとして、それでも……」


「え、シッポ? …………って、え、ちょっ……!」


ブツブツと自分の世界に入りつつ、目だけギラギラさせる魔法マニアの呟きに思わず視線を下げ……サーラはまた、固まった。

けれど今度はほんの一瞬。すぐに意識を戻すと、リュカを抱いたまま立ち上がり、


「重……っえ、抱っこって、これでイイの……!?」


人間の子どもを抱っこする初体験に狼狽えながら、すかさず身体強化。リュカを落とさないようドキドキしながら、壁に掛けてあったエプロンを手に取った。


「ごめん、リュカ、ちょっと下りてね。風邪ひいちゃうから服着ようか。とりあえずで悪いんだけど……」


さすがに裸はいただけない。男の子の裸とか初めて見た……ってことじゃなくて! 男女関係なく、裸はダメだ。


「かぜ??」


「〜〜〜〜っ」


こてんと首を傾げる動きは、人化しても変わらない。ワンコでもヒトでも可愛いなぁと心臓を撃ち抜かれながら、きちんと二本足で立ったリュカに手早くエプロンを纏わせる。


「そう。寒くなっちゃうからね」


裸にエプロンってなんなのさ! と内心自分にツッコミを入れ、後ろのボタンを留めていく。だって手近にこれしかなかったし……袖のある割烹着スタイルのエプロンだから、とりあえずの寒さは凌げるだろう。


「わぁっ、可愛い!」


後ろのボタン、上から四つ目だけを開けたままにして、ふさふさ綺麗なシッポを出す。身長は……十歳前後というところか。生成のエプロンは、そのまま生成のワンピースに変身した。


「あら、ホントに可愛いわ」


リュカの可愛らしい顔立ちと長めの髪も相俟って、もう、美少女にしか見えない。こんな美少女、見たことない。


「サーラに妹ができたみたいねぇ」


「……かぁい? いもぉと?」


「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」


マジ可愛過ぎて言葉にならない。いつだって可愛いけど、これはこれで新鮮。すんっっっごく可愛い。


「リュカ、は……可愛い、弟、かな」


息も絶え絶えに告げる。


「おとぉと? ……あ」


ふいに、チャッと小さな音がした。足の爪が床を踏むかのような……


「あー……魔力切れかしらねぇ?」


(リュカが消えた!?)


動揺するサーラの前の床には、落ちたエプロン。その布の塊がモゾモゾ動いて、


「あん……」


白銀のもふもふ子神狼ワンコが顔を出す。


「あ、居た……良かった……」


どうやら、エレーヌの言う通りらしい。どことなく不本意な雰囲気も可愛らしくて笑ってしまう。


「リュカはどっちの姿も可愛いねぇ、どっちもだぁい好きよ」


抱き上げて頬擦りすれば、リュカも諦めたように「くぅん」と鳴いて、すりすりすりすり、体を寄せる。


「お喋りしたいって夢、叶えてくれたねぇ。ありがとっ」


チュッ。

濡れた鼻先にキスすれば、


「あん? あんっ」


すっかりいつもの調子に戻ったリュカがペロペロとサーラの顔を舐めた。ハァ、可愛い。癒される。


「そのうちまた魔力溜まりに行きましょうね、リュカちゃん」


「あんっ!!」


「……ねぇリュカ、どこか辛くない? 人化が負担だったりしてない?」


「あぅん? あんあんっあんあんあぅあんっ」


「ごめん、意味まではわかんないけど……」


「とりあえず大丈夫みたいねぇ? やっぱり余剰魔力だったのかしら。体が大きくなって、魔力を溜められるようになれば人化できる時間が延びるんでしょうね」


元気そうな姿にいつもと違ったところは見当たらない。本当に痛くも痒くもないのだろう。何よりだ。


「そうなんだぁ。リュカ、またそのうちお喋りしようねぇ? ……でも、ヒトになっちゃうと一緒にお風呂に入ったり寝たりできないから、そのうちでイイよ?」


うふふ、と笑うと「くぅぅん」と甘える、小さな弟。慣れている分こちらの姿の方が落ち着くが、人型もホント、神がかった可愛さだった。

見られて良かった。一生の思い出だ。


「午後のお昼寝までもう少し起きていられる? 遊ぼっか」


「あんっ! あんあんあんっ!」


「え? お散歩はまた明日にしようよ。今日はたくさん歩いたでしょう。あ、かくれんぼは?」


「あんあんっ!!」


「よぉし! ここ片付けちゃうからね」


「あんっ!」


小さいのは今だけ──。

人化したリュカは、サーラが考えていたよりずっと大きかった。下手したらすぐ、追いつかれる。


(今のうちにたくさん遊ばなくちゃね!)


妙な焦燥感に駆られながら、サーラはしみじみ、そう思った。


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