天使な子犬の正体は……? (後)
「わざわざやって見せてくれるなんて、リュカってばなんて優しいの!? 可愛くてカッコよくて強くて優しいとか、最強じゃない!? ウチの王子様、間違いなく世界一!!」
すご過ぎて、サーラの感情は振り切れた。
犠牲になった兎には申し訳ないが、小さな肉食獣に道理を説いても仕方ない。サーラだって兎を狩るし肉も食べるのだから、ここは余すところなく美味しくいただくということで許してもらおう。
「お母さぁんっ!! ちょっと!! 見て!! すごいから!! ちょ、ホント、研究どころじゃないって!!」
挙句、サーラは片手にリュカ、片手に兎で母親の元へ突撃した。この興奮を分かち合いたい。
当然、エレーヌは渋い顔だが、
「へぇ……」
話しを聞いて、何事かを考え始めた。
リュカを家族に迎えた時もそうだったが、この微妙に淡白な反応がサーラとしては気に入らない。兎のことだけではなく、兎のぬいぐるみのことも持ち出し、リュカが如何に優雅に跳び上がったか力説する。
可愛くて存在自体が癒しで出会えた奇跡に感謝しない日はない我が家の絶対的アイドルなのに、さらに優美で俊敏で果敢なのだ。こんなの、平静でいられるわけがない。
「リュカがヒトだったら結婚したい! いや、もう家族なんだけどね!?」
エレーヌにリュカの素晴らしさを伝えるという当初の目的からは多少ズレたが、サーラの力説は尚も続く。それを、
「ねぇサーラ。あなた、リュカから魔力を感じたことはないの?」
落ち着いた母の声が遮った。決してサーラのようなハイテンションではないが、エレーヌの視線は真剣そのもの。なのに、見られているリュカは我関せずでカシカシと後ろ足で首の辺りを掻いている。その豪胆さ、愛らしいうえに大物だ。
「この子にイヤーカフをつけるとき、魔力の微調整にわたしが苦労していたことは覚えているかしら。ほら、取れないように固定しようとして、やけに時間がかかったじゃない?」
「あぁ……。わたしが自分の分をつけてる間に、お母さんがリュカのを調整してくれてたよね。……あれって、苦労してたんだ?」
そこまで前の話ではないから、サーラだって覚えている。けれど……そうか、時間がかかったのは、リュカの可愛さを最大限引き出す工夫をしていたせいじゃなかったのか。まさかこの母が魔力の扱いに苦戦することがあるとは思わなかった。
「どうもリュカちゃん、弱い魔力は弾いちゃうみたいなのよね。それで時間がかかって……まぁ、それもあって、この子、魔狼なのかなと思ってたんだけど……」
「ん?」
「でも最近、それにしてはなんだか色がおかしいじゃない?」
森に住むのは野犬や狼が多いが、奥地に行くと魔力を持った魔犬や魔狼なんかが稀に出る。動物ではなく魔物に分類されるそれらは、ひどく好戦的で危険だ。
ちなみに、見た目は普通の犬や狼と変わらない。心なしサイズが大きいくらいだろうか。彼らの魔力は、主に戦闘時の身体強化に使用される。
「白銀の魔狼なんて、聞いた事ないわ。それで、もしかしたら──」
「はぃ? ちょっと待って、え、魔狼? ……魔狼!? リュカが!?」
目をギラギラさせて急に早口になったエレーヌに、今度はサーラがついて行けない。
(てか、初耳なんだけど!?)
そういえば最初の日、エレーヌはリュカのことを「狼かもしれない」と言っていた。番犬としては、そちらの方が好都合だ、とも。
「リュカ、普通の犬じゃないの!?」
だが、その後決定的なことは何も言わなかったから……サーラが「子犬」と表現しても訂正は入らなかったし……。もしやエレーヌの中では確定事項だから、敢えて言う必要を感じなかっただけ、だとか……?
案の定、
「何言ってるの? どう見ても狼系じゃない」
「いや……どこ見て言ってるのかわからないんだけど……」
この子大丈夫かしら、というかのような母親の視線が痛い。
サーラにとって、わかりやすい犬と狼の違いは体格と、鳴き声くらいだ。まだ幼いリュカでは正直、何一つ区別がつかない。
「むしろ、狼にしてはリュカ、毛が長いんじゃ……?」
「教えたことなかったかしらね。犬と狼って、歩き方が違うのよ。リュカちゃん、歩く時頭を少し下げるでしょ? 地面と並行にして歩くのは狼」
「ふー……ん??」
そんな癖あったっけ……。リュカはリュカとしてマルっとそのまま認識しているせいだろうか。言われてみればそうだったような気もするが、種族差として認識したことはなかった。サーラは、腕の中のリュカを下ろし、
「ごめんリュカ。ちょっと歩いて見せてくれない?」
お願いする。
「くぅん?」
不思議そうにサーラを見つめる濃い金色のつぶらな瞳。この愛くるしい顔が、大きくなったら強面になるなんて……信じられない。
「ほら、頭、下がってるでしょう?」
「うーん……そう、なのかも……?」
見慣れた、いつも通りのリュカの姿にむしろサーラは、
(じゃあ犬の歩き方ってどんななの……?)
混乱が深まる。
結局、「まぁリュカはリュカだということで」、と自分を落ち着かせたものの、そういえば母の話には続きがあったような気も……。
「うーんと、あ、それで、魔力っていうのは……?」
「え? あぁ、そうそう。リュカちゃん、魔力あるみたいなのよね。だからイヤーカフの固定に手間取っちゃって」
その時に、ただの狼じゃなく魔狼なんだな、と確信したとエレーヌは言った。
ただ、今はちょっとそれも疑っている、とも。
「特別な魔狼って線も無くはないけど……」
てっけてっけてっけてっけ。
軽い足取りで歩くリュカを、エレーヌは危なげない手つきで抱き上げる。
「あん?」
サーラに向かって戻る途中で抱き上げられたリュカは、「あれ?」とばかりに首を傾げた。キョトンとまん丸になった目元がなんとも言えず、エレーヌも思わず微笑む。
「ねぇリュカちゃん。あなた、どこから来たの? 資料を信じるなら……神狼、よねぇ?」
「あぅん? あんっ!」
「白銀の毛並み、黄金の眼、胴体と同じ長さの尾、突出した魔力と身体能力。かなり一致すると思うんだけど……」
「きゅん、きゅぅん」
たおやかなエレーヌの手に撫でられつつも、リュカはサーラをじっと見つめ、甘えた声でアピールする。「抱っこされるならそっちが良い」といった風情の小さな声に、母子は顔を見合わせて苦笑した。
「おいで、リュカ。……ねぇ、神狼って、何?」
腕を伸ばしてまだまだ軽い子犬……じゃなくて子狼、でもなくて、子神狼(?)を受け取り、サーラはエレーヌに向き直る。
今日はビックリすることばかりだ。誰よりもリュカのことを知っているという姉の自負が……ガラガラと崩れていく。
「その名の通り、神の力の片鱗を与えられた幻の魔狼のことよ。神殿……ってあなたを連れて行ったことあったかしら?」
「神殿? 創世教の? んー……ないと思う」
「昔は一大勢力だったとはいえ、今じゃ熱心な信者はまずいないものねぇ。でも、基本的なことくらい知ってるわよね?」
「まぁ、たぶん……」
街に住んでいれば年に一度、神殿主催のお祭りがあるらしいが、森暮らしでは縁がない。それでも、一般教養の範囲ならば本で読んだから知っていた。
一神教で、今や信心深い信者は減ったが、代わりに薄らと世界中に根付いている宗教だ。
「創世神の絵とか、必ず何匹か生き物を連れてるでしょう? あれ、地方によってわりと変わるんだけど、どこに行っても必ず描かれているのが神狼なのよ」
「創世神の使徒、ね?」
「そうそう。っていうのも、描かれる中で神狼だけが、遥か昔に実在が確認されてるらしくって。まぁ、眉唾モノの御伽噺よ? でも、一応古文書が残ってるのよねぇ……」
「へぇ…………って、待って!? リュカが神狼!? ってことは、リュカ、創世神の使徒なの!?」
(ええええええええええっ!?)
イヤーカフの効果も考慮して、サーラは心の中で絶叫した。
(すごいすごいすごいすごい!! 神々しいとは思ってたけどリュカ、本物の神気を纏ってたってこと!?)
「そうなるわよねぇ」
うっとりとした表情でサーラに撫でられるリュカを眺めるエレーヌの表情はなんとも言い難い。ちょっと……胡散臭げですらある。
「わたしも専門じゃないから断言はできないんだけど……。調べてみた方イイかしらねぇ?」
「わたし、調べる!! 本はあるんでしょ!?」
「まぁ……大した量はないと思うわよ? 古い話だからどうしたってあやふやだし」
「イイ!」
姉バカサーラ、名誉挽回のチャンスだ。誰よりもリュカに詳しいのは自分でありたい。
「ね、リュカ! 頑張ろうね!」
「あんっ!!」
調べたところで個体差があることはわかっている。結局は個性なのだ、と。それでも。
(リュカのこと、したり顔の誰かに指摘されるとか、耐え難い!)
エレーヌに指摘されたのが痛恨過ぎて。同じリュカの家族という立場だからまだしも、第三者に出張って来られた日には自分がどうなるかわからない。
驚きの連続の1日の〆は、留まるところを知らない衝撃だったけれど……もう大丈夫! サーラは大きく頷くと、「文献漁りと並行して、リュカ日記をつけてみよう!」と、気合いを入れてた。