シーン6 それがアタシの特権です
直撃したら、マジで死ぬ。
いや。
これがアタシでなかったら、完璧に死んでた。
猛スピードで接近するミサイル弾を交わす程の機動性は、この機体には無い。
だが、アタシは彼女が引き金を引く直前に、咄嗟に足で操作レバーを蹴っていた。
それは僅かコンマ数秒の判断・・・というより直感だった。
機体が前傾した。
瞬時に機体制御装置をオフにして、そのまま背中の推進装置をフルバーストさせる。
アタシのプレーンは地面に向かって猛烈な勢いで突っ伏し、機体前方の装甲を傷だらけにしながらも、間一髪でミサイルの直撃をかわした。
だが、これだけじゃ駄目だ。
ミサイルには追尾機能がある。
目測を外しても、反転して襲ってくる。
その起動を予測して、見えもしない方向に向けてアタシはマシンガンを乱射した。
背後の方で、猛烈な爆音が響き渡った。
うひゃあ、危機一発。
「な・・・、この距離で躱すのかよ!?」
驚愕した女の声が、聞こえた。
Mランナーの独特のエンジン音がすぐ側で止まった。
まったく・・・なんて歓迎の仕方だよ。
「こんな馬鹿みたいな神業が出来るパイロットなんて・・・まさか」
ええ、そのまさかよ。
アタシは真横になったプレーンを起こしもせずに、むき出しのコクピットから風防に足をかけた。
目測をつけて、格好良く飛び降りる。
くそ、着地でよろけた。
女が立っていた。
桃色の豊かな髪に、引き締まりながらも、メリハリのあるグラマラスな肉体。
ベージュ色の飛行服みたいなつなぎを着て、アタシと同じようにゴーグルをかけている。
彼女はゆっくりとゴーグルを頭上にあげた。
やや赤みのある琥珀色の瞳が、どこかクールな印象を与える美貌に、ほんのりと柔らかさを生んでいた。
「再会早々、殺されかけるとは思わなかったわ」
アタシは、まだ状況が飲み込めずにいる彼女に向かって言った。
「その声・・・嘘だろ・・・、もしかして・・・お前なのか!?」
彼女の声が、震えた。
アタシは口元を覆うスカーフを降ろした。
「久しぶり、元気そうねルナルナ」
「ライ!!」
彼女・・・ルナリー・ティリアは大声でアタシの名を呼んだ。
かと思うと。
アタシもビックリするくらいの勢いでアタシに抱き付いてきた。
おっと。
ちょっとこの反応は想定外だ。
アタシよりも身長も高い彼女に突進されて、アタシは危うく後ろ向きに倒れそうになった。何とか踏ん張ったが、軽いサバ折りをくらった状態になって、背中のどこかがゴキっと音を立てた。
「嬉しい。本当に来てくれたんだな・・・、ライ、 ああ、もう信じられねえ」
ルナルナは力いっぱいアタシをぎゅーとハグした。
彼女のふくよかな胸のふくらみが体に押し付けられる。ふんわりと良い匂いがして、それにとても気持ちが良かった。
「アタシも、会えてうれしいよ。もう、・・・ちょっと苦しいって」
アタシは苦笑いしながら言った。
ルナルナは一瞬だけ手の力を緩めたが、すぐにもう一回アタシを抱きしめた。
今度は顔が柔らかい谷間に埋もれて、窒息するかと思った。
「本当に会えて嬉しいぜ。オレ、ずっと心配してたんだぞ」
「え、アタシの事?」
「他に誰が居んだよ? お前の事に決まってるじゃねーか」
彼女は優しくアタシの髪を撫で、ようやく少しだけ解放してくれた。
え・・・。
ルナルナったら、ちょっと涙ぐんでる?
「だってお前ってさ、世間知らずだし、騙されやすいし、それに、・・・ちょっとだけ頼りない所もあるし。一人でやっていけるのか心配でさ・・・。だけど、チームを解散したら、二度と会わないようにしよう、なんて約束した手前な、そう簡単に連絡したら悪いと思っててよ・・・」
「ルナルナ・・・」
アタシは、言葉に詰まった。
確かにあの時。
アタシが「普通の生活に戻りたい」なんて言い出して、「蒼翼」を解散した時、これからはお互い見ず知らずの他人に戻って、過去の事を忘れて生きよう、なんて話をしたんだっけ。
・・・。
まあ、いつの間にかそんな事も、気にならなくなっていたけど。
それにしても・・・だ。
何だかアタシまで涙腺が緩んできてしまった。
ってーかさ。
これまでも元「蒼翼」メンバーと再会したことはあったけど、ここまで素直に喜んでもらったってコト、一回でもあった?
リンなんか、再会したと同時にアタシの事をボコボコにしたし。
ロアはもう開口一番「ボク、キミの事キライなんだよね」と、きた。
アタシって、リーダーだった割には、もしかして人望無かったのかって、こう見えても少しは傷ついてもいたりしたんだ。
それなのにルナルナったら。
アタシと会えて「良かった」なんて言ってくれちゃって。
めちゃくちゃ嬉しいじゃないか。
こうなったら仕方ない。
アタシは彼女の胸に向かって、今度は自分から強く抱き付いた。
ルナルナは、やっぱりアタシの仲間だ。
っていうより、これはもうかけがえのない親友って言った方が良いな。
感動の再会は、しばらく続・・・かなかった。
「ルナリーさんや、この人はアンタの知り合いかね?」
割って入った声に、アタシもルナルナも、すぐ側にさっきの老人がいたことを、ようやく思い出した。
ルナルナは顔を真っ赤にして、ぱっとアタシから離れた。
「リップロットさん、ああ、こいつは」
彼女は気付かれないようにそっと涙を拭って、彼にアタシを紹介した。
「オレの親友で、ら・・」
「ラライ・フィオロンです。えーっと、ルナルナに会いに来たんです」
アタシは彼女の機先を制して名乗った。
そう。
今のアタシは「ライ」ではなく、「ラライ」なのだ。
聡明な彼女は、その一言だけで、その意味を察してくれたようだった。
「ああ、ラライってんだ」
ルナルナはそう言って、意味ありげにアタシを見た。
「はあ、お友達かね・・・」
言いながら、リップロットと呼ばれた老人は不思議そうにルナルナを見た。
「それにしても、ルナルナというのは・・・」
彼にその名を呼ばれて、彼女は微かに頬を赤らめた。
「それは・・・その、オレのニックネームっていうか、といっても、こんな呼び方をするのはこいつだけなんだけど」
「はあ~、なるほどのう」
何がなるほどなのか、リップロットは適当に頷いて見せた。
ルナルナは微かにちょっとだけ非難めいた顔をした。
そんな目で見られても困る。
ルナルナは、アタシにとっては昔からルナルナだし、別に良いじゃない。
彼女の事をこんな可愛い愛称で呼べるのは、ある意味アタシだけの特権なのだ。
その呼び方を始めたのは理由があった。
かつて、アタシは彼女と・・・、稀代のテロリスト「灰色の月」と称された彼女と、命をかけた戦いを演じた時期があった。
数度の邂逅を経て、最後に勝利を収めたのは、彼女の方だった。
アタシは生まれて初めての敗北を喫した。
だが、彼女は手痛い裏切りにあった。
彼女の実力を恐れた組織は、あまりにもあっさりと彼女を捨て駒にした。
結果。
ルナルナは瀕死の重傷を負い、アタシと共に宇宙の藻屑となりかけた。
アタシ達は、目前に迫った危機の中で咄嗟に力を合わせた。
お互いの命を拾い、好敵手から、もう一歩進んだ関係になりたいと思った。
そして、アタシは彼女をチームに招き入れた。
当時はまだロアが仲間になる前で、メンバーはアタシとリン、それに宇宙船のメインパイロットをしていたツッチーの3人組だった。
二人は、はじめルナルナを仲間として迎えることに反対した。
「灰色の月」の悪名は高かったし、何よりも自分たちを追い詰めた彼女に対する怖れも、多少なりはあったに違いない。
また、彼女も昔は今以上に挑発的で、乱暴な口調と過激な発言が相まって、余計に周囲の不信感につながったのだ。
だから、アタシは彼女の事を「ルナルナ」と呼び始めた。
本人も最初は嫌がったが、呼び続けるうちに、だんだんと受け入れてくれるようになった。
それは、思ったよりも良い影響を及ぼした。
「ルナルナ」という可愛い愛称。
そして、それに応えてくれる彼女の姿が、次第にメンバーの心から、警戒心とわだかまりを解いていってくれた。
アタシは、そう思っている。
「では、街に招待をせんといかんな。なに、ちいとばかり乱暴じゃったが、わしのユーグたちを、あのカリオートから守ってくれたんじゃ、お礼もせんといかん」
リップロットはそう言って、倒れたプレーンを気の毒そうに見た。
そうだった。
アタシがせっかく手に入れたばかりのプレーン、壊れたりはしなかっただろうけど、思いきり傷つけちゃったじゃないか。
今度はアタシが非難めいた顔をする番だ。
わざとらしくルナルナを睨むと。
こら、てへぺろじゃねえ。
いつからアンタ、そういうキャラクターになったのよ。
アウトローも震えだす「灰色の月」はどこに消えた。
「ごめんごめん、でも、まさか、そんな機体に乗ってくるなんて思わないだろ。それに、偶然かもしれないけど、そいつさ、ついこの間、街を狙って来た連中と同じ機体なんだぜ」
彼女の言葉を聞いて、アタシはなるほどと納得した。
そういう事なら、彼女がいきなりミサイルを撃ってきた理由も納得出来る。
「ってーか、多分これ、まさしくその機体だよ」
アタシは言った。
「だってこれ、来る途中で強盗団をやっつけて、拝借してきた奴だから」
さらりと言ったアタシの言葉に、ルナルナとリップロットの目が、一様に丸く見開いた。
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