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シーン67 今、船は宙を征く

 

 ストームヴァイパー・・・いや、テシーアとの死闘から、10日あまりが過ぎていた。


 この、長いとも短いとも言えない時間は、アタシにとってはあっという間に過ぎていった。


 簡単に言えば、忙しかった。

 やる事・・・というか、やらされることが満載で、あの死闘すらも夢だったのではないかと思えるほど、目が回る程の毎日だったのだ。


 それは全部、シェードの言う「ここからの後始末」のせいだ。

「後始末」とは、いったい何だったのか。

 その答えは、アタシが今いる、この場所にある。


 驚くなかれ。


 アタシとバロンは、惑星フォーリナーの大地を離れ、遂に懐かしの宇宙へと、帰還を果たしていた。


 理由は、おいおい説明するとして。

 もう一つ驚くべきことがある。

 アタシ達が乗っているのは、お馴染みの星間移動用シャトルなどではない。

 幾星霜の間、レバーロックの町で巨石のように横たわっていた、あの宇宙船なのであった。


 あんな過去の遺物が、と、耳を疑ったのは、アタシだけじゃない。

 シェードからその話を聞かされた時、あまりに突拍子のない計画に、ルナルナさえも目を丸くした。


 だが。

 その突拍子もない計画は、見事に成功した。

 そうだ。

 アタシ達は、10日という僅かな期間で、あの宇宙船を宙に戻すことに、成功したのだ!


 アタシは、手元の操舵用パネルに映し出される光景に神経を集中していた。

 ここからでは、はっきりとは確認できないが、もともと焼けただれていた外装は、ついさきほどの大気圏脱出で、更に真っ赤に溶けだしていることだろう。


 我ながら、何と無茶な、とは思う。

 とはいえ、計算上は耐えきれると踏んでの決行だった。

 今のところ、船内にトラブルを告げる警報は出てないし、それ以外の機能にも大きな問題は出ていない・・・と思う。


 とりあえず、アタシはプレッシャーから解き放たれ、ホッと短い呼吸を吐いた。


 本来なら20人ほどでコントロールする広いコクピットには、僅か5人の乗組員しかいなかった。

 その中でも、メインパイロットとして操縦桿を握り、ここにいる全員の命を預かったのは、何を隠そうこのアタシに他ならない。

 どんな乗り物でも操縦できる自負はあったが、これほどまでに放置された過去の遺物を、それも大気圏脱出までさせたのだから、普段とは違う緊張があった。

 それでも、アタシはやり遂げた。


 もちろん、自分だけの力で、こんな大それた事が出来たとは思っていない。

 コクピットに居る全員の(約一名を除いた)、使命感にも似た思いと努力。

 そして、アタシの隣に座って、的確な指示を出し続けてくれた、彼がいてくれたからだ。


 ありがとうね、バロン。


 横目でちらりとみると、彼もけっこうな緊張をしていたようで、スペーススーツからのぞく触手には、汗のかわりに噴き出た粘液が、いつもの1.2倍くらいに滲んで見えた。


「えーと、よくやったな~。とりあえず最初のミッションはクリアだな」

 こっちの心労を無視するかのように、後方から軽い声がした。

 誰の声なのかは、言うまでもない。


 にしても、・・・このやろう。

 いくら今回の計画の立役者だからって。

 キャプテンシートに足を組んで、ふんぞり返りやがって。

 結局肝心な時には何もしないじゃないか。


 アタシは彼の態度にイラっとしながら、本来は戦闘用の防護シャッターを開いた。


 ああ、久し振りの宇宙っ。

 目の前に広がる星と漆黒と光の海。

 やっぱりアタシは、根っからの宇宙っ子なのね~。

 心が解放されて、段々と透き通ってゆくみたい。


 アタシはフォーリナーの地表に反射する光を見つめながら、あの星の上で過ごした最後の日々を思い出さずにはいられなかった。


 何から話せばいいだろう。

 そうね・・・まずはマリアの事からか。


 詳しい日付は、若干うろ覚えになっているが。

 マリアは、あの戦いから、確か二日後くらいに目を覚ました。


 彼女の回復に関しては、もうひとえに雪路のおかげだ。

 今回の件で改めて思ったが、彼女の違法とされる医療行為は、まさに神の領域だ

 顔の傷もすっかり癒えていたのはもちろん、どこをどう見ても、まるっきり最初から怪我など無かったかのような、完璧な回復だった。


 リップロットさんが涙を流して歓喜したのは言うまでも無い。

 ついでに言うと、駆けつけたジェリーの喜び方も、相当のものだった。

 彼女が目を覚まして、はじめて言葉を発した瞬間、あれほど毛嫌いしていたジェリーとリップロットが、思わず抱き合って喜びをわかちあっていた。

 その姿は、あまりにも微笑ましくて、アタシにとっても、忘れられない光景になった。



 では、彼女に関してはひとまず良しとして、次はアタシが、何をさせられていたかだ。


 アタシはあの日からずっと、来る日も来る日も重機型プレーンを操縦し、過酷な労働を強いられた。

 ちょっとだけプレーンのエアコンを強めにしたら、いきなりぶっ壊れて熱風地獄になるし。

 結局風防は全開にする羽目になり、アタシは荒野の砂塵に晒された。


 安全のために黄色い現場用ヘルメットを被り、暑苦しすぎて、途中からはタオルを首に巻いて、白いタンクトップ一枚で頑張った。

あー、もう、まるっきり工事現場のオッサンじゃないか。


 全部シェードのせいだ。


 レバーロックの宇宙船を修理する。

 そのとんでもない計画を実現するためには、アタシとバロンの技術力と知識が必要不可欠だった。

 撃墜したテンペストから使用できる部品を調達して、レバーロックの宇宙船に移植する。

 そんな冗談みたいなリペアを、これだけ限られた時間と装備で成し遂げられるのは、宇宙広しといえど、そうそういないだろう。

 自慢じゃないが、アタシとバロンには、それが出来てしまうのだ。


 アイツの最終目的がどこにあるかは、結局今もってわからない。


 だが、彼はこの船を再び宇宙へと羽ばたかす事を、かなり早い段階から、いや、最初から計画していたのかもしれない。

 あの日、ジェリーがブルズシティから持ち帰ったものは、オレンジ便を利用して彼が頼んでいた宇宙船のパーツだった。

 それに、いつだったか、まだサバティーノに化けていた時、ゴディリーが持ち逃げしたとかいっていた機械類。それもまた、全てこの船の修理に用いられていた。


 そうそう、あの地震もそうだ。


 レバーロックに急に発生するようになった地震。

 あれが、シェードが秘密裏にこの船の機関部をテストした際に発生したものだったと気付いたのは、実際にこの船を試験飛行させた時のコトだった。


 ・・・ったく。

 この黒の道化師って野郎は、本当に手に負えない。


 時系列を追ってアイツの行動を確認すると、最初にカリブ・ライトの名前で街を訪れたのは、この船を下調べするためだった。

 その時に、どうやら機体再生に必要な部分を、ある程度確認したと思われる。

 そこで、一度ブルズシティに戻った際、それらの部品を、運び屋オレンジへと依頼し、調達を図った。


 本物のサバティーノを貨物に詰めて宇宙へ送り出し、彼に扮したのもその時だ。

 何食わぬ顔でレバーロックの町に戻った彼は、サバティーノとして堂々と振舞いながら、時々姿を消しては、船の修理を進めてきた、と、まあこんな感じだろう。


 だが、そんなアイツにも、一つだけ手に入らない、肝心なメカニズムがあった。


 それは、通商時代の軍事プログラムに対応した亜空間航行システムだ。

 さすがにこればかりは軍事機密とあって、いくら運び屋オレンジとはいえ、そう簡単に手に入るものではない。


 そこで、目をつけたのが、なんと敵の母艦「テンペスト」だった。


 テンペストはエレス連合軍の運用機だ。

 エレス同盟は、かつての通商軍を傘下におさめ、勢力を拡大した過去を持つ。その結果、軍事技術の交流が行われ、現在にもその遺伝子は受け継がれている・・・。


 と、くれば。

 もう、わかったでしょ。


 アタシが重機プレーンでテンペストから頂戴したのが、その軍事プログラムの詰まった亜空間航行システム、というワケ。


 こうしてレバーロックの宇宙船は蘇った。

 在りしの日の姿、には程遠いけど、無事に修理を終え、遂に故郷とでも言うべき、宇宙へと戻る日を迎えた。


 ・・・・・。


 まあ、言葉にすればそれなりに感動的ね。


 ・・・でも、これはこれで、ちょっと複雑な思いになってくる。


 船をもう一度宇宙に飛ばすというのは、ちょっとしたロマンを感じる反面、それをしてしまうことに、アタシにはどうしてもためらいがあった。


 この船を飛ばすということ。

 それはつまり、レバーロックの町から、最後に残った大切なライフライン・・・エネルギー源を奪う事を意味している。


 この町は、既に水源を失った。

 多くの大切な命を失い、人びとは離れていった。


 その上、大切なエネルギーまでも失ってしまえば、もはやレバーロックを復興する力は失われてしまうのではないだろうか。


 けれど、シェードは言った。


「エレス同盟の支配を逃れるには、この船を飛ばすしか方法がねえ。・・・考えてもみな、この船がフォーリナーの地上にさえなければ、連中がこの星に介入する口実そのものが消えることになるんだ」


 それは、正論だった。


 確かに、Z型侵略兵器の所有が介入の条件なら、それさえ無くなれば、エレス軍はこの星を訪れる理由を失う。

 せいぜいテンペストの残骸を回収に来ることくらいはあるかもしれないが、それを理由に駐留するなんてことはあり得ない。

 テシーア達がレバーロックを、あんな回りくどい方法で制圧しようとしたのは、貫通力の強いエネルギー武器を使って、地下に眠る侵略兵器まで破壊するわけにはいかなかったからだ。


 でも、それって・・・。


 アタシはそれから悩みに悩んだ。

 だけど、結局、アタシにはシェードの考えを上回る代案を思いつくことはできなかった。


 心を鬼にして彼の作戦に乗る事にはしたものの、作業をする間、言葉には出来ない程の罪悪感に苛まれ続けた。


 ある日、アタシは良心の呵責に耐えきれず、リップロットに事情を話した。

 全てを離し終えると、リップロットは、肘掛椅子に腰を下ろしたまま、ふうと大きなため息をついた。

 てっきり、彼は、怒りだすものかと思った。

 だが、次に彼が発した言葉は、アタシが予想もしなかったものだった。


「お前さん達は、わしと、わしの大切な孫娘の命を救ってくれた。それで十分じゃよ」

 彼はそう言って立ち上がり、窓の外を見つめた。


「わしには沢山のユーグもいる。マリアも、そしてちょいとシャクじゃが、ジェリーの奴もついてくれている。便利さは失われても、なあに、昔を思い出してやるだけじゃよ」


 彼はアタシを振り返った。

 屈託ない笑みが浮かんでいた。

 その姿が、アタシには自らを開拓者と言ったマルティエの姿と、重なって見えた。


 アタシは決断した。

 そうと決まれば、エレス軍が来るよりも早く、船を復活させなければならない。


 アタシはバロンと一緒になって、昼夜を問わず修理を続け、そして遂に、今日という日を迎えたのだった。


 

 惑星圏から少し離れ、航行が安定してきた。

 フォーリナーの大地が遠くなり、その全景が視界におさまるようになっていた。


 本当に美しい星だ。

 こんなに綺麗な星の上で、どうしてあれほど醜い争いをしなければならなかったのだろう。

 宇宙の広大さの中で、ちっぽけな人間の愚かさに、なんだか悲しい気持ちになった。


「よおし、亜空間航行の進路計算が終わるまで、一旦休憩としようぜ」

 呑気に、シェードが声をあげた。


 アタシは大きく伸びをして立ち上がり、コクピットで計器を見つめているルナルナとアイコンタクトを交わした。


「酒はねえが、ジェリーに貰ったチェルダーのドリンクがあるぜ、奥で一息入れるか」

 ルナルナはわざとらしい明るい声で言った。


「どうしようかな。まだ何かあるといけないから、ここを離れるのはどうかな」

「あっしが残るので大丈夫でやんすよ」

 バロンがそう言って、一本の触手を立てた。

 アタシは少しだけ迷った。


 船の5人の乗組員。

 その一人がルナルナだ。


 彼女は、今さらながら自分の店を失ったショックと、信じていたサラに裏切られていたというショック、それに自分の作戦を全てテシーアに見抜かれていたというショックの三重奏で、しばらくの間は、大分悶々としていた。


 それは、まあ簡単に吹っ切れるものじゃない。

 アタシが宇宙船の修理をしている間も、彼女は雪路の手伝いをしながら、色々と迷っていた。

 しかし、修理作業にもめどがついて、出発目の試運転をしていた三日前の朝、彼女はアタシを訪ねてきた。


「オレも一緒に行くよ、席は空いているんだろ」

 と、彼女は笑って言った。


 レバーロックの乾いた荒野は、ナーバスな心を更に辛くする。

 もう一度宇宙に戻って、一からやり直したいと、彼女は言った。


 行く当てはないけれど、しばらくはアタシと一緒に居たいと彼女は言い、アタシには、それを断る理由はなかった。


 といっても、アタシの本業?は、海賊船の居候メイドなんですけどね。


 ルナルナったら、アタシと一緒にメイド服を着る勇気はあるかしら。


 なんて心配は別にして、今、実際に宇宙に戻り、360度モニターに映し出された宇宙を見つめる彼女の表情は、輝いて見えた。


 計器がピーと音を立てた。


「思ったより、小惑星帯が広いでやんすね。若干軌道を修正した方が良いかもでやんす」

 バロンが確認して呟いた。


 ここのアステロイドは質量が低いから、多少の衝突は問題ないけど、実際に衝突でもしたら、気分良くはないわね。


「ルナルナ、アタシはもう少しここにいるわ。安全確認してみる」

「そうか、じゃ・・オレも」


 言いかけたルナルナの肩を、最後の乗組員が叩いた。


「ルナリー、お邪魔虫は駄目よ。こういう時は二人にしてあげないと、ね」

 いつもの艶のある声は、雪路だった。


 そう、これまたびっくり。

 雪路こそ5人目の乗組員なのだ。


 彼女の同行には、さすがにアタシだけでなく、シェードも驚いた。

 てっきり彼女は、あの診療所を離れないものと考えていたのだ。


 でも、彼女はあっさりと言った。


「マリアも退院したし、テシーア達もすぐに治療が終わるわ。そうしたら、・・・ほら、こんなに人の居なくなった町じゃ、もう患者もこなくなるでしょう」


 確かにその通りだ。

 アタシは納得し、彼女の同行を認めた。


 でも。

 本当の理由がそれだけじゃなかった事を知ったのは、彼女が「宇宙海賊デュラハンの乗組員となった」後の話だった。


 そもそもだ。

 あの戦いのさなか、負けるとは微塵も思っていないテシーアが、雪路を狭いコクピット内に押し込んでまで同行する理由って、なに?


 つまりテシーアは、人質とする為に雪路を捕えたのではない。

 テシーアにとって、雪路は必要な人間だった。

 というより、ディープパープルという犯罪組織が、長年探していた人物だったのだ。


 その詳しい経緯を、今は語れない。

 だが、テシーアに居場所を知られた雪路は、あの場所でこれまで通り、診療所を続けるわけにはいかなかった。

 そして、少しでも信頼できるアタシ達のところへ、身を寄せてきたのである。


 ちなみにだが。

 デュラハンの連中め、アタシはいつまで経っても居候扱いのくせ、雪路だけは最初から賓客扱いで、すぐに正式な船医として、乗組員と認めやがった。


 ・・・ったく。


 そうだ。

 テシーアがどうなったのかも話しておかないと。


 彼女がどうなったかというと。


 実はどうという事もない。


 雪路の治療により傷が癒えたのち、ある日突然、診療所から姿を消した。


 帰してやった、と、シェードは言った。

 経緯はよくわからないが、シェードが彼女と何かの取引を交わしたことはうかがえた。

 おそらく、何らかの情報を、テシーアが提供するかわりに、シェードは彼女の身柄を解放したのだ。


 勝手にテシーアを逃したことに対して、ルナルナは激しく怒りをあらわにしたが、もはや手遅れだった。

 アタシも一応は文句をいったものの、彼はどこ吹く風だった。

 ただ、「これでもう、二度とストームヴァイパーと名乗る連中が、レバーロックを脅かす事は無くなったよ」と、彼はうそぶいて笑った。



 雪路はアタシとバロンに意味深なウィンクを残し、ルナルナを連れコクピットを出て行った。

 気が付けば、いつの間にかシェードの姿も消えていた。

 辺りは急にしんとして、バロンの計器を操る音だけが、静かに聞こえてきた。


 アタシは彼のつるんとした頭を見つめ、それから両腕を腰に当てた。


 なんで、こんなのを大好きになっちゃったんだろうなー。


 あらためて、自分の恋愛感覚に驚きを覚える。

 とはいえ、もう、好きになってしまったことは認めざるを得ない。


 ・・・・・。

 ・・・・・・。

 ・・・・・・・。


 ・・・えーと、実はそうなのだ。


 今回の事件のあと、・・・アタシは。

 ついに、彼の求愛に応えてしまったのでありました。


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