表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/71

シーン63 最後に笑うのはどっちだ

 ・・・七日前 ブルーウィング・・・


『・・・繰り返す。レバーロックの住民に告げる。これは警告である』


 外から響き渡る大音声に、店内に居た街の要人たちが一斉に入口へと席を立った。


 厨房に居たバロンは出遅れた。


「私もちょっと見てきますね」

 ウェイトレスのサラが、バロンに声をかけカウンターに持っていた盆を置いた。


「あっしも行くでやんす」

 バロンは慌てて厨房の火を止める。

 追いかけようとしたところで、目の前に人影が立った。

 見上げると、サバティーノだった。

 彼は、ぐったりとして動かない男を肩に担いで、少しだけクセのある笑みを浮かべた。


「ねえバロン君、ちょっとだけ手を貸してくれませんか?」

 口調はいつになく優しかった。


 バロンは彼のそんな口調より、彼がこの店に来ていた事に驚いた。


「サバティーノの旦那? いつの間に来てたでやんすか? 確か今朝、居なくなったって皆が探してたでやんすよね?」

「ああ、そうみたいですね」

 悪びれる様子もなく、ちょっと困ったように首を傾げた。


「アブラムさんが大袈裟なんです。実際には運悪く、数時間ばかりすれ違った程度の話ですよ。それより、早くしてくれませんかね、ちょっと一人じゃ重すぎまして」

 言っている側から、よろりとバランスを崩す。

 バロンは慌てて、サバティーノが担いでいる男を脇から支えた。


「あれ、ウォルターさんでやんすね?」

 サバティーノは頷いた。

「お知り合いでしたか。困ったものです。こんなにつぶれるまで飲んでしまって・・・」

「カルツ酒は強いでやんすから。とりあえず、外で夜風にあてるでやんすか」

「そうですね。・・・ああ、でも、それより」


 サバティーノが奥に向かって歩き出したので、バロンもやむなく、一緒になって歩いた。

 裏口に向かうのかと思ったら、急に体の向きを変えた。

 彼は躊躇いもなく、厨房に足を踏み入れ、そこでふいにかがみこんだ。

 動かないウォルターの体重が、いきなりバロン一人にのしかかってきた。

「おっとっと・・・でやんす」

 慌てて全部の足で彼の体を支えるが、意外にウォルターは重かった。


「急にどうしたでやんすか、サバティーノの旦那」

「すみません、少し待ってください」


 彼はしゃがみこんで、床をじっと探るように触っていた。

 どこか焦っている、そんな様子に見えた。


 外からの音は続いていた。


 『・・・・もし7日の後、この町に残る者があるとすれば、・・・我々がその者たちに一切の容赦を・・・・・。焼き尽くし、殺しつくす・・・・』


 女の声だった。

 何だか物騒な言葉が聞こえると、バロンは外に飛び出したい気持ちになった。

 しかしながら、ウォルターは重いし、何よりも目の前のサバティーノの不審な行動を前にして動けない。


「あった、ここだな」

 サバティーノの声が微かに弾んだ。

 と同時に、足元の床が開いて、ルナリーの自室へと繋がる階段が現れた。


「ちょ、何してるでやんす! さすがにここは入っちゃいけないと言われてるでやんすよ。ルナリーさんのシークレットな秘密満載のプライベートルームでやんすから」


 バロンは慌てて叫んだ。

 慌てすぎて、ルナリーが厳重に仕掛けていた筈の部屋のロックを、サバティーノが僅か数秒で解除したことに気付いていなかった。


「なあに、緊急事態ですから許してくれますよ。酔い止めの良い薬が中にあるんです」

「へ、酔い止めでやんすか?」

「そう、だから早く」

 彼が立ち上がってウォルターを再び担ぐ、と見えた瞬間だった。


 何がどうなったのか、バロンは足もとをすくわれたようにバランスを崩し、そのまま二人で階段を転げ落ちた。

 普段なら八本足の吸盤で落ちるのを防いだところだが、咄嗟にウォルターを守る事を優先してしまった。

 どうにか彼を支えながら下の階に着いたところで、再び入り口が閉じていくのが見えた。


「な、どういう事で・・・!?」

 驚いたバロンの声をかき消すように、閉まりかけの入り口から声がした。


「いいか! そのままそこでじっとしていろ。俺が開けるまで、絶対に出てくるな。そこならきっと安全だ。・・・ち、思ったよりも時間がねえ」

「・・・!?」


 入り口が完全に閉じて、一瞬の沈黙が訪れた。

 それから、10秒もあっただろうか。


 大きな振動と、頭上から響く爆発の音が、室内にこだました。


 茫然として、バロンは薄暗い天井を見上げ続けた。

 外で何かが起きたことは分かった。

 だが、男の声が耳に貼りついていた。


 あの声は・・・・確か。

 混乱する頭を冷静に押さえつけ、バロンは待つ事にした。


 そして数時間。


 ふたたび階上への入り口が開かれた時、彼は新たなる真実と嘘を知った。



 ・・・ 現在 レバーロック郊外 ・・・



 混乱したアタシの前で、バロンの乗るプレーン「ディアブロス」は三機目と四機目のSトレイアを同時に戦闘不能に追い込んでいた。

 接近戦を挑んだ一機は重力剣ディックブレードで胴体を貫かれた。

 一機は挟み撃ちを狙って、距離をとって背後に回り込んだ。

 だが、「ディアブロス」の背には、背面攻撃用の隠しアームがあるのを知らなかった。

 そして、それを同時に操る事の出来るバロンの技量を。

 彼は隠しアームに装着したブラスターで、背後の敵を炎に包んだ。


 ことプレーン戦においては、バロンは間違いなく宇宙で最高の一人だ。

 その鮮やかな動きを目の当たりにして、アタシは体の芯が熱くなって、お腹の奥がきゅーっとなるような感覚に包まれた。


『残るはアンタ一人でやんすよ!』


 ディックブレードを引き抜いて、行動不能になったSトレイアを蹴り飛ばす。

 倒れたSトレイアは爆発もせず、ただ衝撃でコクピットハッチが開いたのが見えた。


『貴様、・・・調子に乗るなよ』


 テシーアの低い怒りを込めた声が聞こえた。

 Sトレイアの頭部モニターが「ディアブロス」に集中するのがわかった。

 アタシの事はもうガン無視になってる。


 いまのうちに・・・っと。

 アタシはスクラップになったトルーダータイプを抜け出した。


 せっかく貸してくれたジェリー、ごめんね。

 やられちゃったけど、あなたのトルーダータイプ、最高の働きをしてくれたわよ。


 悲しき残骸に別れを告げて走り出す。

 安全とは言えないまでも、その辺にあったコンテナハウスの陰に走り込み、アタシはひょこりと顔だけ出して、バロン達の戦いを見上げた。


 二人の戦いは空中戦になっていた。

 驚いた事に、テシーアのパイロットテクニックはかなりのものだった。

 他の連中とは全くレベルが違う。


 バロンの直線的な攻撃をしのぎながら、機体の軽さを利用して上空へと躱していく。


 あのSトレイア、見た目以上にカスタムしているな。

「ディアブロス」相手に、一回のバーストであれだけ間合いをとるのは、並みのプレーンじゃ不可能だ。


 だけど、おかしいぞ。


 アタシはテシーアの戦闘に不自然さを感じ取った。

 ヒット&アウェイで翻弄するのは分かるけど、どうして、あそこまで高度をとる必要がある?

 Sトレイアは、長時間の飛行には向いていない。

 いってみれば長いジャンプを繰り返しているようなものだ。

 あんな戦い方じゃ、エネルギーを消耗するばかりで、メリットなんか無い。


 アタシはじっと観察して、そしてハッと気づいた。


 まずい。

 彼女は囮だ。


 アタシは周囲を見回して、それから前方に倒れているSトレイアに向かって走った。


 腹部の動力部を貫かれてぶっ倒れた機体によじ登り、コクピットを目指す。

 開いているコクピットハッチが見えた。

 ドキドキして中を覗き、すでにパイロットが脱出しているのを確認した。

 ホッとした。

 いちおう銃は持ってるけど、生身の撃ち合いなんて、今さらしたくないからね。


 と、安心している場合じゃない。


 アタシは中に乗り込んで、拡声通信器の機能を確かめる。

 よし、生きてる。

 レシーバーマイクは、っと、これか。


 アタシは緊急用ヘッドセットのマイクを口元にあて、大声で叫んだ。


『バロンさんっ! 空中戦は駄目っ! テシーアの奴、誘い出しにかかってるわ!』


 瞬間的に回線につないだつもりだけど、あんな戦闘中に届いてるかな。

 何の反応も戻ってこないし。

 え・・と、拡声機能もオンになってたよね。


 アタシは祈る思いで再び空中を見上げた。

 戦闘は続いていた。


 ダメだ、あのままじゃ、テシーアの術中にはまる。



 危ない! 


 と思った時。

 テシーアを追いかけようとした「ディアブロス」は、勢いよく反転した。


 間一髪だった。

 彼を狙ったレーザーの一撃は、横倒しになった「テンペスト」から放たれていた。


 ったく。

 ルナルナと同じ戦法じゃないか。


 テシーアの奴、動けなくなった「テンペスト」とこっそり通信して、生きている砲門の前にバロンを誘導していたのだ。


『助かったでやんす! ラライさん』


 通信機から彼の声が届いた。

 なんだ、アタシの声、ちゃんと届いていたんじゃない。

 もう、ハラハラさせないでよ。


 Sトレイアが仕方なく高度を下げ始めた。


 見えているわけでもないのに、テシーアが機体の中で、歯ぎしりをしたのがわかった。

 へへ、いい気味だ。

 アタシとバロンが組んだら、そりゃあ最高のタッグなんだから。


 アタシはコクピットの中でほくそ笑んだ。


 と、思ったら。


 何ですと!!


 Sトレイアが急降下していた。


 ん、あの角度、距離。

 もしかして。

 アタシに向かってきてるんですけど・・・!


 うわわ、テシーアの奴、アタシが邪魔したので怒った?

 ってーか、アタシを先に殺るつもりか?


 アタシはじたばたとSトレイアのコクピットを抜け出そうとした。

 だが、こういう時にかぎって、いつものどんくささが出るものだ。

 何処に引っ掛けたのか、パイロットスーツのズボンが何かに挟まって、アタシは身動きが取れなくなった。


 きゃああああああ。

 Sトレイアの足がああああああ。


 ・・・・・!?


 またまた、間一髪だった。

 バロンの突進がSトレイアの機体を弾き飛ばした。

 テシーアの機体は住宅を押しつぶしながら、地面にたたきつけられる。

 白煙と黒煙が周囲から一斉に巻き上がった。


 アタシは目を凝らした。

 かなりの衝撃だけど、どうなったかな。


 白煙の奥で、巨大なプレーンはまだ動いていた。

 各部から火花をあげながら、それでも体を起こそうとする。

 だが、途中で力尽きた。

 テシーア機は、上体だけを起こした姿で、そのまま停止した。


「ディアブロス」のショルダータックルは強烈だ。

 ただでさえ分厚いレスト鉱の装甲に、スパイクまでつけてある。

 単なる体当たりとはいえ、いわゆるモーニングスターを叩きつけられたような状況だ。相手が普通のプレーンなら、それだけで立ち上がれない程のダメージを負うだろう。


 事実、テシーアの機体はそこから立ち上がってくることはなかった。


 アタシは半分腰を抜かしていた。

 それでも、どうにか生存本能が勝った。

 引っかかったズボンを無理やりに引っ張って、ようやくコクピットを出る。

 はずみでズボンの横が大きく破れ、まるでスリットのような状態になってしまったが、構ってる場合じゃない。


 『ラライさん、無事でやんすか?』

 彼の声が響いて、巨大な機械の腕が迫ってきた。


 ああ、これで助かる。


 アタシはへっぴり腰のまま駆け寄って、鋼鉄の指に縋りついた。

 彼はアタシを大事そうに持ちあげた。

 それから慎重に向きを変え、テシーア機へと銃口を向けた。


 『勝負はついたでやんすね、降参するでやんす!』


 先程よりも落ち着いた彼の声が響いた。


 そうだ。

 これは勝利だ。


 ついにテシーアを打ち負かした。

 ストームヴァイパーの戦艦も撃墜したし、プレーン隊も壊滅させた。

 これでテシーアを捕らえさえすれば、実質的な敵の幹部も居なくなる。

 レバーロックへの脅威は、これで終わるんだ。


 アタシは・・・いや、アタシ達は勝った。


 アタシはホッとして、プレーンの手の中で泣きそうになった。

 戦いの中で失われた命。

 アブラムやサラ、ビーノ、それにミゲル。

 彼らの顔が浮かんで、離れない。


 体中の力が抜けて、少しの間、立てそうも無かった。


 テシーア機は、指先一つさえも動かない状態だった。

 衝撃で気を失ったのだろうか。

 覗き込むと、急に機体のアイランプが光り、拡声器が蘇った。


 『まだだ。この程度で勝ったと思うな・・・』

 テシーアだった。

 その声には明らかな憎しみを帯びていた。

 ちょっとだけ、怖かった。


 とはいえ、Sトレイアはもうまともには動かない筈だ。

 こんな状態で、これ以上何ができるものか。


 まったくもう、負け惜しみにもほどがある。

 素直に負けを認めたらいいじゃないの・・・って?


 Sトレイアのコクピットハッチが開いた。

 一人の女が立ち上がるのが見えた。


 テシーアか、結局諦めて出てきたのね。


 アタシはホッとしたのと、相手の悔しがる表情が見たくなって、身を乗り出した。

 顔を見て、アタシは凍り付いた。


 女は、黒髪を乾いた風になびかせていた。


 彼女は・・・。

 違う、テシーアじゃない。

 あの顔は!?


「ゆ、・・・雪路さん!?」


 アタシは叫んでいた。

 なんで、テシーア機のコクピットに雪路さんが!?


 アタシは大混乱に陥った。

 バロンも同様だった。


 思わず敵意を失ってしまった。

 Sトレイアに向いていた銃口を、つい逸らしてしまう。

 瞬間を狙って、テシーア機の腕が動いた。

 セットされていたレイライフルが火を放ち、ディアブロスの足が撃ち抜かれた。


 それは手痛い一撃だった。

 足には大事なブースターと、重力バランサーがある。

 そこをピンポイントで破壊され、機体は情けなく膝をついた。

 アタシは振り落とされそうになった。

 必死に指先にしがみついたが、体が逆さまになって、頭に血が上った。


「アーッハッハッハ」


 高笑いが周囲に響き渡った。


「油断したなライ、いや、バロンか、まさかお前が生きていたとはな」


 笑ったのは雪路?

 いや、違う。


 雪路の後ろから、パイロットスーツの女が立ち上がった。

 銃口を雪路の背に向けている。


 よく見ると雪路は、いつか見た拘束着で、両腕を後ろに固定されていた。


 テシーアめ、いつの間に雪路を捕えてたんだ。

 ってーか、じゃあ診療所はどうなったの?

 ミュズは、マリアは無事なの!?


 焦るアタシの目の前で、パイロットはヘルメットを脱ぎ捨てた。


 そこからのぞいた顔に、アタシは再び声を失った。


 雪路に銃を向ける女。

 その女もまた、アタシが知るテシーアではなかった。


 ・・・ミュズ!

 なんでミュズが銃を持ってるの!


 唖然とするアタシを見つめて、アタシがミュズと信じていた女は、嬉しそうに紫色の唇をゆがめた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ