シーン63 最後に笑うのはどっちだ
・・・七日前 ブルーウィング・・・
『・・・繰り返す。レバーロックの住民に告げる。これは警告である』
外から響き渡る大音声に、店内に居た街の要人たちが一斉に入口へと席を立った。
厨房に居たバロンは出遅れた。
「私もちょっと見てきますね」
ウェイトレスのサラが、バロンに声をかけカウンターに持っていた盆を置いた。
「あっしも行くでやんす」
バロンは慌てて厨房の火を止める。
追いかけようとしたところで、目の前に人影が立った。
見上げると、サバティーノだった。
彼は、ぐったりとして動かない男を肩に担いで、少しだけクセのある笑みを浮かべた。
「ねえバロン君、ちょっとだけ手を貸してくれませんか?」
口調はいつになく優しかった。
バロンは彼のそんな口調より、彼がこの店に来ていた事に驚いた。
「サバティーノの旦那? いつの間に来てたでやんすか? 確か今朝、居なくなったって皆が探してたでやんすよね?」
「ああ、そうみたいですね」
悪びれる様子もなく、ちょっと困ったように首を傾げた。
「アブラムさんが大袈裟なんです。実際には運悪く、数時間ばかりすれ違った程度の話ですよ。それより、早くしてくれませんかね、ちょっと一人じゃ重すぎまして」
言っている側から、よろりとバランスを崩す。
バロンは慌てて、サバティーノが担いでいる男を脇から支えた。
「あれ、ウォルターさんでやんすね?」
サバティーノは頷いた。
「お知り合いでしたか。困ったものです。こんなにつぶれるまで飲んでしまって・・・」
「カルツ酒は強いでやんすから。とりあえず、外で夜風にあてるでやんすか」
「そうですね。・・・ああ、でも、それより」
サバティーノが奥に向かって歩き出したので、バロンもやむなく、一緒になって歩いた。
裏口に向かうのかと思ったら、急に体の向きを変えた。
彼は躊躇いもなく、厨房に足を踏み入れ、そこでふいにかがみこんだ。
動かないウォルターの体重が、いきなりバロン一人にのしかかってきた。
「おっとっと・・・でやんす」
慌てて全部の足で彼の体を支えるが、意外にウォルターは重かった。
「急にどうしたでやんすか、サバティーノの旦那」
「すみません、少し待ってください」
彼はしゃがみこんで、床をじっと探るように触っていた。
どこか焦っている、そんな様子に見えた。
外からの音は続いていた。
『・・・・もし7日の後、この町に残る者があるとすれば、・・・我々がその者たちに一切の容赦を・・・・・。焼き尽くし、殺しつくす・・・・』
女の声だった。
何だか物騒な言葉が聞こえると、バロンは外に飛び出したい気持ちになった。
しかしながら、ウォルターは重いし、何よりも目の前のサバティーノの不審な行動を前にして動けない。
「あった、ここだな」
サバティーノの声が微かに弾んだ。
と同時に、足元の床が開いて、ルナリーの自室へと繋がる階段が現れた。
「ちょ、何してるでやんす! さすがにここは入っちゃいけないと言われてるでやんすよ。ルナリーさんのシークレットな秘密満載のプライベートルームでやんすから」
バロンは慌てて叫んだ。
慌てすぎて、ルナリーが厳重に仕掛けていた筈の部屋のロックを、サバティーノが僅か数秒で解除したことに気付いていなかった。
「なあに、緊急事態ですから許してくれますよ。酔い止めの良い薬が中にあるんです」
「へ、酔い止めでやんすか?」
「そう、だから早く」
彼が立ち上がってウォルターを再び担ぐ、と見えた瞬間だった。
何がどうなったのか、バロンは足もとをすくわれたようにバランスを崩し、そのまま二人で階段を転げ落ちた。
普段なら八本足の吸盤で落ちるのを防いだところだが、咄嗟にウォルターを守る事を優先してしまった。
どうにか彼を支えながら下の階に着いたところで、再び入り口が閉じていくのが見えた。
「な、どういう事で・・・!?」
驚いたバロンの声をかき消すように、閉まりかけの入り口から声がした。
「いいか! そのままそこでじっとしていろ。俺が開けるまで、絶対に出てくるな。そこならきっと安全だ。・・・ち、思ったよりも時間がねえ」
「・・・!?」
入り口が完全に閉じて、一瞬の沈黙が訪れた。
それから、10秒もあっただろうか。
大きな振動と、頭上から響く爆発の音が、室内にこだました。
茫然として、バロンは薄暗い天井を見上げ続けた。
外で何かが起きたことは分かった。
だが、男の声が耳に貼りついていた。
あの声は・・・・確か。
混乱する頭を冷静に押さえつけ、バロンは待つ事にした。
そして数時間。
ふたたび階上への入り口が開かれた時、彼は新たなる真実と嘘を知った。
・・・ 現在 レバーロック郊外 ・・・
混乱したアタシの前で、バロンの乗るプレーン「ディアブロス」は三機目と四機目のSトレイアを同時に戦闘不能に追い込んでいた。
接近戦を挑んだ一機は重力剣ディックブレードで胴体を貫かれた。
一機は挟み撃ちを狙って、距離をとって背後に回り込んだ。
だが、「ディアブロス」の背には、背面攻撃用の隠しアームがあるのを知らなかった。
そして、それを同時に操る事の出来るバロンの技量を。
彼は隠しアームに装着したブラスターで、背後の敵を炎に包んだ。
ことプレーン戦においては、バロンは間違いなく宇宙で最高の一人だ。
その鮮やかな動きを目の当たりにして、アタシは体の芯が熱くなって、お腹の奥がきゅーっとなるような感覚に包まれた。
『残るはアンタ一人でやんすよ!』
ディックブレードを引き抜いて、行動不能になったSトレイアを蹴り飛ばす。
倒れたSトレイアは爆発もせず、ただ衝撃でコクピットハッチが開いたのが見えた。
『貴様、・・・調子に乗るなよ』
テシーアの低い怒りを込めた声が聞こえた。
Sトレイアの頭部モニターが「ディアブロス」に集中するのがわかった。
アタシの事はもうガン無視になってる。
いまのうちに・・・っと。
アタシはスクラップになったトルーダータイプを抜け出した。
せっかく貸してくれたジェリー、ごめんね。
やられちゃったけど、あなたのトルーダータイプ、最高の働きをしてくれたわよ。
悲しき残骸に別れを告げて走り出す。
安全とは言えないまでも、その辺にあったコンテナハウスの陰に走り込み、アタシはひょこりと顔だけ出して、バロン達の戦いを見上げた。
二人の戦いは空中戦になっていた。
驚いた事に、テシーアのパイロットテクニックはかなりのものだった。
他の連中とは全くレベルが違う。
バロンの直線的な攻撃をしのぎながら、機体の軽さを利用して上空へと躱していく。
あのSトレイア、見た目以上にカスタムしているな。
「ディアブロス」相手に、一回のバーストであれだけ間合いをとるのは、並みのプレーンじゃ不可能だ。
だけど、おかしいぞ。
アタシはテシーアの戦闘に不自然さを感じ取った。
ヒット&アウェイで翻弄するのは分かるけど、どうして、あそこまで高度をとる必要がある?
Sトレイアは、長時間の飛行には向いていない。
いってみれば長いジャンプを繰り返しているようなものだ。
あんな戦い方じゃ、エネルギーを消耗するばかりで、メリットなんか無い。
アタシはじっと観察して、そしてハッと気づいた。
まずい。
彼女は囮だ。
アタシは周囲を見回して、それから前方に倒れているSトレイアに向かって走った。
腹部の動力部を貫かれてぶっ倒れた機体によじ登り、コクピットを目指す。
開いているコクピットハッチが見えた。
ドキドキして中を覗き、すでにパイロットが脱出しているのを確認した。
ホッとした。
いちおう銃は持ってるけど、生身の撃ち合いなんて、今さらしたくないからね。
と、安心している場合じゃない。
アタシは中に乗り込んで、拡声通信器の機能を確かめる。
よし、生きてる。
レシーバーマイクは、っと、これか。
アタシは緊急用ヘッドセットのマイクを口元にあて、大声で叫んだ。
『バロンさんっ! 空中戦は駄目っ! テシーアの奴、誘い出しにかかってるわ!』
瞬間的に回線につないだつもりだけど、あんな戦闘中に届いてるかな。
何の反応も戻ってこないし。
え・・と、拡声機能もオンになってたよね。
アタシは祈る思いで再び空中を見上げた。
戦闘は続いていた。
ダメだ、あのままじゃ、テシーアの術中にはまる。
危ない!
と思った時。
テシーアを追いかけようとした「ディアブロス」は、勢いよく反転した。
間一髪だった。
彼を狙ったレーザーの一撃は、横倒しになった「テンペスト」から放たれていた。
ったく。
ルナルナと同じ戦法じゃないか。
テシーアの奴、動けなくなった「テンペスト」とこっそり通信して、生きている砲門の前にバロンを誘導していたのだ。
『助かったでやんす! ラライさん』
通信機から彼の声が届いた。
なんだ、アタシの声、ちゃんと届いていたんじゃない。
もう、ハラハラさせないでよ。
Sトレイアが仕方なく高度を下げ始めた。
見えているわけでもないのに、テシーアが機体の中で、歯ぎしりをしたのがわかった。
へへ、いい気味だ。
アタシとバロンが組んだら、そりゃあ最高のタッグなんだから。
アタシはコクピットの中でほくそ笑んだ。
と、思ったら。
何ですと!!
Sトレイアが急降下していた。
ん、あの角度、距離。
もしかして。
アタシに向かってきてるんですけど・・・!
うわわ、テシーアの奴、アタシが邪魔したので怒った?
ってーか、アタシを先に殺るつもりか?
アタシはじたばたとSトレイアのコクピットを抜け出そうとした。
だが、こういう時にかぎって、いつものどんくささが出るものだ。
何処に引っ掛けたのか、パイロットスーツのズボンが何かに挟まって、アタシは身動きが取れなくなった。
きゃああああああ。
Sトレイアの足がああああああ。
・・・・・!?
またまた、間一髪だった。
バロンの突進がSトレイアの機体を弾き飛ばした。
テシーアの機体は住宅を押しつぶしながら、地面にたたきつけられる。
白煙と黒煙が周囲から一斉に巻き上がった。
アタシは目を凝らした。
かなりの衝撃だけど、どうなったかな。
白煙の奥で、巨大なプレーンはまだ動いていた。
各部から火花をあげながら、それでも体を起こそうとする。
だが、途中で力尽きた。
テシーア機は、上体だけを起こした姿で、そのまま停止した。
「ディアブロス」のショルダータックルは強烈だ。
ただでさえ分厚いレスト鉱の装甲に、スパイクまでつけてある。
単なる体当たりとはいえ、いわゆるモーニングスターを叩きつけられたような状況だ。相手が普通のプレーンなら、それだけで立ち上がれない程のダメージを負うだろう。
事実、テシーアの機体はそこから立ち上がってくることはなかった。
アタシは半分腰を抜かしていた。
それでも、どうにか生存本能が勝った。
引っかかったズボンを無理やりに引っ張って、ようやくコクピットを出る。
はずみでズボンの横が大きく破れ、まるでスリットのような状態になってしまったが、構ってる場合じゃない。
『ラライさん、無事でやんすか?』
彼の声が響いて、巨大な機械の腕が迫ってきた。
ああ、これで助かる。
アタシはへっぴり腰のまま駆け寄って、鋼鉄の指に縋りついた。
彼はアタシを大事そうに持ちあげた。
それから慎重に向きを変え、テシーア機へと銃口を向けた。
『勝負はついたでやんすね、降参するでやんす!』
先程よりも落ち着いた彼の声が響いた。
そうだ。
これは勝利だ。
ついにテシーアを打ち負かした。
ストームヴァイパーの戦艦も撃墜したし、プレーン隊も壊滅させた。
これでテシーアを捕らえさえすれば、実質的な敵の幹部も居なくなる。
レバーロックへの脅威は、これで終わるんだ。
アタシは・・・いや、アタシ達は勝った。
アタシはホッとして、プレーンの手の中で泣きそうになった。
戦いの中で失われた命。
アブラムやサラ、ビーノ、それにミゲル。
彼らの顔が浮かんで、離れない。
体中の力が抜けて、少しの間、立てそうも無かった。
テシーア機は、指先一つさえも動かない状態だった。
衝撃で気を失ったのだろうか。
覗き込むと、急に機体のアイランプが光り、拡声器が蘇った。
『まだだ。この程度で勝ったと思うな・・・』
テシーアだった。
その声には明らかな憎しみを帯びていた。
ちょっとだけ、怖かった。
とはいえ、Sトレイアはもうまともには動かない筈だ。
こんな状態で、これ以上何ができるものか。
まったくもう、負け惜しみにもほどがある。
素直に負けを認めたらいいじゃないの・・・って?
Sトレイアのコクピットハッチが開いた。
一人の女が立ち上がるのが見えた。
テシーアか、結局諦めて出てきたのね。
アタシはホッとしたのと、相手の悔しがる表情が見たくなって、身を乗り出した。
顔を見て、アタシは凍り付いた。
女は、黒髪を乾いた風になびかせていた。
彼女は・・・。
違う、テシーアじゃない。
あの顔は!?
「ゆ、・・・雪路さん!?」
アタシは叫んでいた。
なんで、テシーア機のコクピットに雪路さんが!?
アタシは大混乱に陥った。
バロンも同様だった。
思わず敵意を失ってしまった。
Sトレイアに向いていた銃口を、つい逸らしてしまう。
瞬間を狙って、テシーア機の腕が動いた。
セットされていたレイライフルが火を放ち、ディアブロスの足が撃ち抜かれた。
それは手痛い一撃だった。
足には大事なブースターと、重力バランサーがある。
そこをピンポイントで破壊され、機体は情けなく膝をついた。
アタシは振り落とされそうになった。
必死に指先にしがみついたが、体が逆さまになって、頭に血が上った。
「アーッハッハッハ」
高笑いが周囲に響き渡った。
「油断したなライ、いや、バロンか、まさかお前が生きていたとはな」
笑ったのは雪路?
いや、違う。
雪路の後ろから、パイロットスーツの女が立ち上がった。
銃口を雪路の背に向けている。
よく見ると雪路は、いつか見た拘束着で、両腕を後ろに固定されていた。
テシーアめ、いつの間に雪路を捕えてたんだ。
ってーか、じゃあ診療所はどうなったの?
ミュズは、マリアは無事なの!?
焦るアタシの目の前で、パイロットはヘルメットを脱ぎ捨てた。
そこからのぞいた顔に、アタシは再び声を失った。
雪路に銃を向ける女。
その女もまた、アタシが知るテシーアではなかった。
・・・ミュズ!
なんでミュズが銃を持ってるの!
唖然とするアタシを見つめて、アタシがミュズと信じていた女は、嬉しそうに紫色の唇をゆがめた。




