シーン60 迎撃戦、開始
宇宙戦艦「テンペスト」は、町の上空に達した。
アタシはトルーダータイプの出力を一気に解放し、敵機体の下方に飛び出していった。
あっという間に敵のセンサーに感知される。
船の下部に露出した数十ある対地レーザーの砲門が素早く動くのが見えた。
機械反応は早くても、所詮人が操作してるんでしょ。
感知=無差別攻撃ってオートコントロールされていない限りはね。
アタシは上空に向けて、機銃を向けて連射した。
ライオンに豆鉄砲を撃ってるようなもんだ。
刺激することはできても効き目なんかない。
と、甘く見ないでよ。
狙ったのは対地レーザー砲門の先端についている照準用センサーだ。
で、撃ち込んだのはパルス弾。
僅かな狂いを生じさせることができれば、それでも十分。
そして、アタシの銃撃の腕は宇宙でも3本指に入ると自慢しておこう。
十数個ある砲門を的確に撃ち当てながら、アタシはちょろちょろと建物の合間を走った。
思った通り、相手はこちらの攻撃に反応をした。
警告も脅しも無し。
いきなり、撃ってきやがるのね。
だけど予想通りだ。
アタシを狙った対地砲撃はほんの少しの誤差を見せた。
駆け抜ける僅か数メートル後方の地面が熱線に焼かれて焦土と化す。
よしよし、こっちに気をとられた。
奇蹟的な回避を見せつつ、ほんのりと背中に汗をかきながらも、アタシは相手がこちらの術中にはまった事を確信した。
なかなか攻撃が当たらなくて焦れてきたかな。そうすると「テンペスト」の兵装なら、お次は・・・。
対地レーザーの雨が急に止んだ。
アタシはその時が来た事に気付いて、機体を反転させた。
まるで屋根のように覆い被さっている「テンペスト」の腹が、静かに開くのが見えた。
やっぱり実弾を使う気だ。
追尾型の高性能ミサイル。
さすがにアレを撃ち込まれたら、一発くらいは何とか迎撃できても、まあこのトルーダーの性能じゃお陀仏ね。
つまり。
撃たせちゃいけない。
このタイミングが全て。
アタシは待った。
ミサイルを格納した砲塔が露出し始める瞬間、その、数秒の隙を。
そして、その時はすぐに訪れた。
「ミゲル! 今よッ」
アタシは通信機に向かって叫んだ。
ここは賭けだ。
まあ、この戦い自体、全てが賭けのようなものなんだけど、その中でも最大の賭け。
戦い慣れないミゲルにこんな大役を任せるのは不安だったけど。
そしてアコ、彼女にも。
だけど、こんな最悪な状況の中で、自ら残ってくれた彼らの想いは信頼に値する。
彼らに、全てをゆだねるしかない。
アタシの呼びかけに対して。
・・・何の応答も返らなかった。
その間にも、アタシの命を確実に奪う事の出来る砲塔が、その無機質な脅威を浮かびあがらせてくる。
ミゲル、・・・どうしたのミゲル!?
アタシは顔面に、一気に冷たい汗が噴き出した。
あと数秒。それで相手は発射体制を終える。
・・・5、4、3.
まずい!
アタシが機体のスロットルを再び上げた瞬間、炎が上がった。
ミサイルが轟音をあげて放たれる。
アタシは視界の片隅で、その軌跡を見た。
炎の矢は、大地から放たれ、そのまま「テンペスト」の下面を直撃した。
射出体制に入りかけたミサイル砲塔の側面で炎を上げる。凄まじい爆発は、相手のミサイルが誘爆した証拠だ。
『やったー、ラライさんっ、見てくれましたかっ!!』
嬉しそうな彼の声が飛びこんできた。
「見たわよ! ミゲル! 最高のタイミングだったわっ!!」
アタシは喜んで機体を方向転換させた。
そこで、絶句した。
ミゲルの乗るモッドスタイプの姿がハッキリと見えた。
彼の機体は、町の入り口に積み上げられたコンテナハウスの上に立っていた。
ちょっと、そこって、バカ、誰からも丸見えじゃない。
アタシは悟った。
なんでミゲルの攻撃が少しだけ遅れたのか。
彼は確実性を選んだんだ。
モッドスのミサイルを確実に当てるために、あえて隠れた場所からじゃなく、相手を視認できる位置に移動して、ミサイルを撃った。
だけどそれって。
・・・。
それって。
対地レーザーが降りそそぐのが見えた。
ミゲルの乗ったモッドスタイプが一瞬で炎に包まれる。
・・・・バッカヤロー。
アタシは心の中で叫んだ。
命を落とすとわかって、無謀な行動に出た彼に対して。
そして、こんな無謀な作戦を立てた自分たちに対して。
ミゲル。
あなたって奥さんもいたんでしょ。
好きな人を残して勝手に死ぬのって、そんな無責任なコトはないのよ。
泣いている暇はなかった。
追撃型ミサイルは、一門だけではないのだ。
素早く隠れたアタシの機体を探して、一つ、また一つと、新しい追尾型ミサイルの砲塔が姿を見せ始める。
もうひと踏ん張りだ。
アタシは乱れる心を押し殺した。
押し殺さなきゃ、今度はこっちが死ぬ。
嫌だけど、ここはアタシという人格を押し殺すしかない。
今のアタシは。
ラライじゃない。
蒼翼のライだ。
アタシの中で、最後のスイッチが切り替わった。
アタシ。いや、アタシじゃない。
今のアタシはライなんだ。
・・・・・
ライは機体をバーストさせて「テンペスト」の視界に踊り出た。
対地レーザーが方向を変える。
すでに照準が修正されている。
普通の人間ならそこで終わる。だが、ライにとって、この程度の放火は慣れたものだ。
「甘いんだよ! この程度の射撃で墜とせると思うな!」
返事のない無線機に叫ぶ。
この無線の先に、かつての相棒、リンの姿を見ながら。
レバーロックの町が焼けていく。
容赦ない破壊は、いつの日か、この町を気付いてきた人々の目にどう映るのだろう。
それでも、今は戦うしかすべがない。
「テンペスト」の巨体が微かに動いた。
トルーダータイプを追う動きだ。
恐怖の追尾型ミサイルは・・・。
上手くいった、まだこっちを補足しきれていない。
よし。
第二の反撃に移る時が来た。
「アコっ、頼む。今だ!」
ライは叫んだ。
・・ ・ ・ ・
これまで一言も発することなく、ミゲルとライの言葉を聞き続けてきた彼女が、町の片隅でゴクリと唾を飲み込んだ。
手にした、小さなスイッチに指をかける。
今朝、ルナリーに手渡されたスイッチ。
アコの役目は、安全な位置で待って、指示があった瞬間にこのスイッチを押すだけ。
何が起こるかも知らない。
どういう作戦なのかもわからない。
だけど、大切な役目である事だけは確かだ。
『アコっ、頼む。今だ!』
声が飛びこんできた。
アコは震える指で、小さなスイッチのロックを外し、そして押した。
・・ ・ ・ ・
町のあちこちで、火花が上がった。
小型のミサイルが次々と射出される。
中には目測を失い町の中に落ちるものもあったが、それでも幾つかの砲撃は、「テンペスト」の腹部で炎の玉になった。
上手くいった。
ライは内心舌をだした。
今のミサイルは、決して対空用の迎撃ミサイルなんかじゃない。
いつもルナリーが担いでいた、小型のミサイルランチャーだ。
レバーロックに残されていた全部のミサイルランチャーを町中に配置して、それを連動で射出できるようにした。
しかも、幾つかのミサイルにはナパームを追加している。
それらのミサイルは殆どが発射時に衝撃で爆発したり、「テンペスト」に辿り着く前に誘爆したが、一発くらいはテンペストの腹を焼いただろうか。
だが、それでもいい。
今のミサイルの意味は、牽制だ。
あえて大きな爆発を見せて、こっちに火力がある事を知らしめる意味。
そして、いくら頑強な船とはいっても、底部に連続する被弾の衝撃は、決して気持ちの良いものではない。
そうすると、だ。
「テンペスト」は、回避に出た。
ミサイルの上がってくる方角を避け、そちらには無作為に対地レーザーを放ちながら、鬱陶しく機銃を撃ってくるライの機体を追ってくる。
全てがこっちの思惑通り。
ミサイルの配置も、タイミングも、敵の行動までも全部だ。
ライは苦笑して、彼女が味方であることに心から感謝した。
さすがだ。
多少のブランクなんて関係ない。さすがは「灰色の月」のたてた作戦だけの事はある。
···一方。
身を潜め続けていた「彼女」の視線から「テンペスト」の機体が真横を向き、微かに前に進み始めた。
この時を待っていた。
こっちは「動けない」。だったら、相手に動いてもらうしかない。
「角度、距離、ともによし。悪いが墜ちてもらうぜ、テシーア」
スコープを覗きながら、ルナリーは微笑した。




