シーン5 再会のミサイルランチャー
「あーっ、これってサイコー!!」
オープンタイプのコクピットに、熱気を含んだ風が流れ込んだ。
左右から巻き込まれてくる砂塵を吸わないように、アタシはスカーフを口元に巻きつけ、目は、ちゃっかりと拝借してきたゴーグルで守った。
暑苦しいし、息苦しいし、さっぱり快適ではない筈なのに、プレーンで大地を疾走するという原始的な喜びは、それ以上の快感を体の奥底から目覚めさせてくれた。
前方を、バロンの運転するホバートラックが走り、その荷台の上では少しばかり増えた荷物に囲まれながら、ウォルターが不安そうな顔でアタシの雄姿を見つめていた。
『このままのスピードで行けば、あと数時間でレバーロックに到着するでやんす、あそこに見えてきたのが、おそらくエルドナって山でやんすよ』
通信機から、バロンの声が飛び込んできた。
遠くに山影が浮かんでいた。
ごつごつとして、いかにも荒々しいシルエットは、幾重にも連なる岩の山だ。
濃茶色の大地を照らす日差しがすこしだけ傾いて、山肌に深いコントラストを描いていた。
『フィオロンさん、休憩しなくて大丈夫ですか?』
ホバートラックの助手席に座るミュズが声をかけてきた。
野盗のアジトを出て、もう4時間は経つ。
こう見えてかなりの高速で走っているから、移動距離はざっと数百キロにはなっただろう。だけど、ことプレーンの運転に関しては、アタシはそう簡単に疲れたりはしないのだ。
それに、この機体にはランナーと同じ重力を利用した推進装置が装備されており、起伏のないこういった地形ではホバートラック以上に安定した走りができる。
とりあえず、念のため機体のセルフチェック機能をオンにした。
正直言って機体の整備状況はかなり悪いし、特に各関節部のクッションはへたり過ぎて交換が必要かもしれない。それでも、戦闘を想定しなければ充分だ。
自動診断の結果が、モニターの下部に赤く表示された。
若干のオイル漏れが起きてはいるが、この位なら、想定内のレベルにおさまっている。
「アタシなら大丈夫、ミュズさん、バロンさんは?」
『こっちも大丈夫でやんすよ~、もう少しスピードを上げるでやんす~』
バロンが意気揚々と声をあげた。
景色がわずかに変わり始めたのに、アタシは気付いた。
砂漠とも言える程の乾いた大地に、いつの間にかちらほらと草木が見え始めた。
足元からこみ上げるような熱気が薄れて、風が微かに涼しさを纏ってくる。
これは、目的地に近づいてきた証拠かな。
アタシは周囲に目を凝らした。
レバーロックか。
いったいどんな場所なんだろう。
古い地球の映画に出てくる、西部劇の舞台みたいな町かな。
それとも、砂漠の中のオアシスみたいなところだろうか。
『前方に人工の障害物発見! ・・・これは、柵があるでやんす、注意して迂回するでやんすよ』
バロンの声が聞こえた。
すると確かに、それは木をツギハギして作った長い柵だった。
高さはせいぜい1メートルくらい。その気になればプレーンなら簡単に飛び越えられる作りだが、わざわざ囲ってるくらいだし、あえてそうはしなかった。
「結構な長さね、あれ? 何か見えるわ」
アタシは柵に沿って走りながら、内側で白い物体が動いているのを見とめた。
真っ白い、牛みたいな生き物がいっぱいいる。
もしかして、ここって牧場みたいなところかしら。
そんな事を考えながら、僅かにスピードを緩めた。
でも・・・なんかおかしいな。
アタシはその白い動物が、やけに猛スピードで走っている事に気付いた。
群れを成して走る姿は、どうもそういう気質の生き物という感じには思えない。
どうにも興味をそそられて見ていると、どこかで、パンパン、という小さな破裂音が鳴るのが聞こえた。
これは、聞き間違いではない、銃声だ。
『ラライさん、どうしたでやんすか?』
「ちょっと、気になる事があるの、すぐに追いつくから先に行ってて!」
アタシは通信機に向かって叫んだ。
プレーンの望遠カメラを使って柵の内側を素早く確認する。
モニターが、走り回る白い動物を映しだした。
「・・・!?」
これは、なんだ?
群れの中を縫うように、違う生き物が走っている。
大きさは白い牛に比べると半分以下だけど、色黒で明らかな肉食系動物の特徴を備えている。それも一匹だけではなく、少なくとも10頭近くはまぎれているぞ。
この動き、集団で狩りをする狼みたいだ。
なるほど、これでこの大騒ぎか。
だいたいの状況はつかめた。
だけど、それじゃあさっきの銃声は何だったんだろう。
思ったところで。
アタシは、一人の人間が獣の群れの中に飛び込んでいくのに気付いた。
それは、あまり体の大きくない男だった。
男・・・いや、老人と言った方が的確かもしれない。
痩せこけた体に、まるでスナイパーのようなライフル銃を持って、なにか大声で叫びながら、獣に向けて銃口を向けていた。
さては牧場主か。
だけど、あれじゃ危ない。
獣の動きが早すぎて、ぜんぜん照準が追い付いていない。
それどころか。
「やばっ、あの人の方が狙われてるじゃない」
アタシの目は、獣が左右に分かれ、老人の死角に走った数頭が、彼の背後に回るのを見た。
迷っている暇はなかった。
アタシは瞬時にプレーンを歩行モードに切り替えて、柵を飛び越えた。
そのまま老人のいる方向に猛ダッシュする。
一応、装備武器はあるのね。
ハンドマシンガンか、よし、それなら使える。
アタシはプレーンの右腕にセットされたマシンガンの銃口を構えた。
突然現れた巨大な機体に、白い牛たちが、泡を吹きながら方向転換を始めた。
獣たちが算を乱し、老人は呆気に取られて足を止めた。
よし、そのまま動かないでよ。
アタシはトリガーを引いた。
思ったよりも威力のあるエネルギー弾が発射されて、老人の背後に迫っていた獣を一気に吹き飛ばした。
上手くいった。
よし、次は、残りの獣を追い出してやる。
アタシは白い群れの中から、獣たちが一斉に離脱し始めるのを確認した。
随分と賢い奴らだ、それに統制もとれている。
プレーンを脅威だと感じ取って、すぐに敵わないと判断したようだ。
だけど、生かして返したら、禍根を残すかしら。
アタシは逃げる獣たちに銃口を向けて、迷った。
抵抗しない相手を撃つなんて、なんだか気が引ける。
さて、どうしよう。
再びトリガーに指をかけた。
照準の中の獣の影が、どんどんと小さくなる。
えーい、仕方がない。
ようやく決心をつけた時だった。
「バッカもーん!!」
アタシは足元から怒鳴り声を受けて、思わず固まった。
咄嗟に指を離して、アタシは声の主を探した。
プレーンの足のところ、ちょっと見えにくい所に、老人のやけにつるつるとした頭頂部だけがのぞいていた。
「敷地内にプレーンで入り込みおって、ユーグの食べる牧草を台無しにする気か!!」
「え、ユーグ? 何!?」
アタシは聞きなれない言葉に混乱し、その上、急に怒鳴られたことに焦った。
「踏んどるんじゃー、早う、浮かばせんか!!」
ああ、そうか。
歩行モードから走行モードに切り替えれば、多少地面から浮き上がる。
アタシは焦ってスイッチに手を伸ばし、目測を誤ってレバーを押した。
機体が前のめりにガクンと沈んで、バランスを取ろうと振り上げた腕が、あろう事か老人に向かって伸びた。
「うおおおおおっ、何をっ!!」
「ごっ、ごめんなさいっ!!!」
アタシは間一髪で腕を止めたが、老人は恐怖のあまりその場に腰を抜かしてしまった。
あっぶなー。
危うく助けるつもりで、叩き殺してしまう所だった。
「お。お、おまえ何をするんじゃ!?」
老人が震える声で言った。
「すみません、ちょっと操作を間違えちゃって、悪気はないんです。むしろ助けたかったっていいますか~」
アタシはコクピットから半身を乗り出して、老人に向かって話しかけた。
あ、ゴーグルとスカーフは外した方が良いわよね、怖がらせるかもしれないから。
アタシはゴーグルに手をかけて、ふと、機体の周囲センサーがピーと音を立てたのに気付いた。
この音ってなんだっけ。
何かの・・・接近?
アタシはコクピット内のモニターに目を向けた。
どうやら熱源反応だ。
それも、アタシの背後から?
アタシは機体を通常体制に戻しながら、反応の正体を探ろうと振り向いた。
センサーに頼るまでもなく、視界の中に、高速で移動する物体が入った。
思った以上に小さい。
あれは、一人乗りのオートバイ型重力走行機、Mランナーだ。
そこに、颯爽と跨っているのは・・・女?
長い桃色の髪を風になびかせ、女は真っ直ぐにこちらに向かってきていた。
アタシの機体に鋭い眼光を向けるや、何を思ったか、背に斜め掛けした筒状のものを器用に持ち直して、構える。
・・・・。
・・・・・げ。
あの形には、見覚えがある。
対戦車用ハンドミサイルランチャー。
なんて物騒なものを持ってるのよ・・・って、もしかして!?
「リップロットさん、離れな!!」
女が叫んだ。
艶のある、それでいて張りのある、「懐かしい」声が響いた。
マジか。
本気で撃ってくる?
嘘でしょ、こんな近距離で!!
「懲りねえ連中だな。二度目は無いと、警告しただろう」
あ、もしかして。
アタシはその事に気付いた。
この機体、彼らにとっては「敵」だったりした!?
ミサイルランチャーが火を噴いた。
これ以上ない程の歓迎の実弾が、一直線にアタシを目がけて放たれた。