表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/71

シーン58 行くも地獄、残るも地獄

 ・・・数時間前・・・他所・・・


 空気が妙に湿っている。


 全身が痛み、強張り、呼吸するのさえも面倒な程、全身を倦怠感が包んでいる。


 冷たい金属製の床が、時折不気味に振動していた。

 ここが何処かはわからないが、高級なホテルの一室では無い事だけは理解できる。

 男は、体を壁にもたれさせたまま、自由にならない両腕に視線を落とした。


 電子ロックのちゃちな手枷と、足枷だ。

 オモチャみたいなものだが、それがどうしても外せない。数日前に受けた麻痺弾のせいにしては、その効果がいつまでもとれなかった。


 ・・・寝ている間に薬を投与されたか。


 どっちにしろ、男を拘束した奴は、彼を簡単には見逃す気は無さそうだ。

 だが、かといって殺すつもりもないらしい。

 半ばあきらめに近い心境で、彼は暗い天井を見上げた。


 壁面には計器類があり、緑色のランプが灯っている。

 明るいとはお世辞にも言えないものの、目が慣れたせいか、室内の様子は見て取れた。


 殺風景な部屋だった。

 少なくとも居住用の部屋ではないが、監獄という様子でもない。おそらくは荷物室のようなところに、とりあえず彼を勾留したというところだろう。


 沈黙に耐えかねて、大声を出して誰かを呼んでみたが無駄だった。

 声は室内にこだまするだけで、そのうちに体力を使うのが馬鹿らしく思えてきた。


 そんな状況のまま、何時間が過ぎただろう。


 突然入り口のドアが開き、光がなだれ込んだ。

 男は驚いたが、体はやはり自由に動かなかった。

 眩しさに顔をしかめ、それでも、僅かな期待をこめてドアを見た。


 背の高い男性のシルエットが立っていた。

 中に入ってくるかと思ったが、予想は外れた。


「目が覚めたようだな、ミスターウォルター」

 聞き覚えのない声が彼の耳を通り抜けた。


 残念、期待外れだ。

 誰かが救出に来てくれたワケではない。

 この声の主は、彼を拘束した側の人間・・・つまり、敵だ。


「そう怖い顔をするな、ウォルター。ええと、本名は確か、ヴァルター・ヴィ・ディシクッドで間違いはなかったかな」

「手前・・・誰だ? 何でそれを」


 拘束された男、ウォルターは驚愕して眼を剥いた。

 ヴァルター・ヴィ・ディシクッド。

 確かにそれは彼の名前だ。

 だが、あくまで過去の話。捨て去った辺境の記録に過ぎず、今の彼は只のウォルター、仲間内では逃がし屋ウォルターと呼ばれるアウトローに過ぎない。


「軽く調べさせてもらったさ。なにぶん、君がどのような道化だったのかを知る必要があったものでね。なるほど、うまく経歴を変えてある」

「・・・っ!?」


 ウォルターは逆光で顔の見えない相手を睨んだ。

 暗闇に目が馴染みすぎていたせいで、余計に男の輪郭が判別できなかった。


「地球系の逃がし屋ウォルターか。まあ、身代わりにはもってこいの人物をさがしたね。···宇宙犯罪者としては小物の部類に入るだろうし、指名手配も個別星系に留まっている。これなら、仮に本人として捕まったとしても、大きな罪にはならないだろう・・・」

「・・・それが、どうした」

「ちょっと、腑に落ちなかったものでね」


 男は両腕を広げた。

 その仕草はどこか芝居がかっているようにさえ見えた。


「君自身の犯罪歴を見る限り、このフォーリナーに逃げ込んでくるだけの理由があるとは思えない。生粋の宇宙生活者が、わざわざ外宇宙の星に新生活を求めるだけの理由がね」

「先の仕事で、必要のない殺しをやってバレた。それで身を隠したんだ、それのどこが悪い!? この星はどうせそんな奴らの溜り場だろ」

「なるほど、殺しをね」


 シルエットの男が軽く笑ったように見えた。

 ウォルターは一瞬、背筋が寒くなるのを覚えた。


「つまらない嘘は止めるんだ。こちらは君の本名がヴァルターであることを掴んでいるんだ。それがどういう意味かわかるだろう」

「それは・・・」


 ウォルターは言葉に詰まった。

 そうなのだ。

 この男は、もはや彼の過去を掴んでいるのだ。


「ヴァルター、なるほど君が選ばれた理由は、君が地球系とよく似ているからだね」

「・・・」


 ウォルター···いや、ヴァルターは押し黙った。

 暑いわけではない筈なのに、じっとりと額に汗が滲んだ。


「本物のウォルターがどうなったかも、調べてある。こちらもすぐに所在がつかめた。可哀想に、既に殺されているね。表向きは、仕事の遂行中に行方不明になっているとされて···ああそうか、君が殺したって言うのはこの本物のウォルター君の方かな」

「お前、一体何者だッ! なんで、なんで俺の事を調べやがる!」


 男は返事をしなかった。

 かわりに、かちゃりと聞き覚えのある嫌な音がした。

 この金属の掠れる音は、銃がホルスターを離れる時のそれだ。


「君に質問をする権利はないよ。訊くのはこちらの特権だ。なあに、それほど難しい質問じゃない」

「俺が、そう簡単に口を割るとでも・・・って、おい、お前まさかっ!?」

「口を割らせるのは簡単さ。方法はいくらでもある」

「撃つ気か!? 畜生、その程度の脅しっ・・・ひっ」


 ヴァルターの声が上ずった。

 銃口が光を放った


 ヴァルターは銃弾の痛みを想像し、思わず目を閉じた。

 銃弾は彼の肩を直撃した。

 彼は悲鳴を上げた。

 だが、驚いたことに、痛みは殆ど無かった。


「・・・、っ、今のは」

おそるおそる方の傷口に目を向けて、視界がぐらりと揺れるのを感じた。

 揺れたのは自分自身の体だったと、気付くまでに相当の時間を要した。


 視界が床と平行になり、ブーツのつま先がゆっくりと迫ってくるのが見えた。


「すぐにクスリが効いてくるさ。では、話を聞かせてもらおうか。ミスターウォルター、君の・・・。いや、お前達の目的が何なのかを、な」


 男は屈みこみ、それからヴァルターの耳元で囁いた。


「・・・まあ、といっても、所詮、答え合わせくらいの意味しかねーんだけどさ」

 声が変わっていた。


 その声が、鐘の音のように、頭の中で何度も繰り返した。



 ・・・・・数時間後・・・・



 レバーロックの宇宙船に、朝の日差しが注いでいた。

 黄金色の光を浴びて、いつも以上に深みのある赤肌が浮かび上がり、周囲の大地までもがほんのりと赤らんで見える。


 遠くから小さな砂煙をあげて、一台のMランナーが近づいてくるのが見えた。


 運転しているのは見覚えのある青い髪の女だ。後ろにはもう一人、桃色の髪をした魅力的な女性が乗っている。


 ランナーは彼の横を通り過ぎようとして、急ブレーキをかけた。


「って、ウォルターさんじゃない! こんな所に居たの!?」

 青い髪の女、ラライ・フィオロンが振り向きざまに叫んだ。


「へえ、その調子だと、多少は元気になったようだな」

 立ち止まった男、・・・「ウォルター」はいつものように肩身を狭くした様子で彼女を見た。


「急に居なくなったし、てっきりブルズシティに戻ったものだと思ってたのよ。どうしてまだ町に居たの?」

「ブルズシティに行きたくても、足が見つからねえんだ」

 彼が肩をすくめたのを見て、ラライと桃色の髪の女、ルナリーは顔を見合わせた。


「だったら診療所に居れば良かったのに、ああん、今朝もう出発しちゃったよ」

「出発って? 何が?」

「ジェリーのカーゴシップよ。ブルズシティに行きたいなら、彼が乗せてってくれたのに」

「マジかよ」


 茫然として言葉を無くした彼を見て、ラライは心から同情するような顔をした。


 ウォルターは気付かれないように目を伏せて、そっと彼女の肢体を盗み見た。


 相変わらず、不思議と気を惹かれる女だ。

 隣にいるルナリーという女性も魅力的だが、このラライという女性が滲みだす色気は、彼が知る中で、一種独特と言わざるを得ない。


 ・・・これであの変な彼氏の存在が無ければ、遠慮なく手を出している所なんだが。


 彼はそんな事を思いながら、彼女の肉体を想像する。

 この星特有のパイロット風スーツから垣間見える細い腕やふくらはぎがやけに白く印象に残った。


「今からどこに行くの? あてはある?」

「いや、特にねえな。どこかに動くランナーでも残っていればと探してたんだが」

「望み薄だろうな。えーと、ウォルターさん、だっけ」

「ああ」

「徒歩でもなんでも、この町を離れるなら今のうちだぜ。あと3日後にはヴァイパーが攻めてくるからな」

 ルナリーという女が言った。


「そいつは分かってるんだけどよ。このまま町を出たところで、その3日も持たずに干からびちまうぜ、何せ昨日から飲料水すらも見つからねえんだ」

 ウォルターは疲れた様子で腕を広げた。


「この町に居たら戦闘に巻き込まれる、それでも良いのかい?」

「行くも地獄、残るも地獄ってやつだな。ちぇ、八方塞がりさ。・・・ったく、つくづくこんな星来るんじゃなかったぜ」


 毒づくウォルターを見て、ルナリーがあからさまに嫌そうな顔をした。

 ウォルターは不貞腐れるふりをして、今度は桃色の髪の美女を観察した。


 ・・・いい女だが、随分と感情を隠さない奴だ。

 見た目だけならラライよりも肉感的で好みだが、自分との相性は悪そうだ。

 ウォルターは自分勝手に思った。


「そういうアンタ達は、これからどうする気だ? まさかこの期に及んで無人の町を守ろうなんて、馬鹿な事は言わねえよな」

 胸中の不埒な感情を隠して、ウォルターは二人に向かって言った。


「あら、無人なんかじゃないわよ」

「へえ?」

「数える程かもしれないけど、まだこの町に残ってる人はいるわ。アタシはその為にこの町に来たのよ。最後まで戦うに決まってるじゃない」

「はあ、マジで言ってんのかよ。この間の宇宙船も見ただろ。アンタ達二人くらいの力で勝てる相手じゃねえぜ。悪いことは言わねえ、やめときなって」

「それは・・・やってみなくちゃわからないわよ!」


 ラライが頬を膨らませた。

 ルナリーも、そんな彼女を諫める様子もない。という事は、彼女達二人が下した決断は、そういう事なのだろう。


 まったく。

 呆れたもんだ。


 ウォルターは頭をかいた。

 その仕草が二人の目にどう映ったのか。


「町はずれの診療所!」


 ラライの声が、ウォルターの耳に飛び込んだ。


「場所は分かるでしょ。そこでなら水も食料もあるわ。あんたに一緒に戦ってくれなんて言わないけど、とりあえず今日をしのぐ程度なら来ても良いわよ。あー、え、と、ミュズさんもいるわよ」


 ミュズ・・・か。

 ああ、ミュズ、ね。


「そうだな、もう少しうろついてみるが、あてが見つからねえときは世話になる」


 ウォルターは軽く片手をあげた。

 ラライは再びMランナーのアクセルを回した。砂煙を残して、二人の背中が遠ざかっていく。


 やれやれ・・・だ。


 こうなる予感は最初からしていたが、つくづく想像を裏切らない女だ。


 ウォルター。

 そう彼女達が呼ぶ男は、口元に薄い笑いを浮かべ、レバーロックの宇宙船を見上げた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ