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シーン56 例え患者は一人でも

 レバーロック宇宙船の格納庫に立ち寄ってミゲルを探したが不在だった。

 最後の保有戦力となった二台のセミプレーン・・・マリアの重機型一台と、バロンが乗っていたモッドスタイプが整備途中のまま放置されていた。


 大好きなはずの工業用油の匂いが、今日は何故か鼻についた。


 いつのまに手配していたのか、モッドスタイプの胸のミサイルポッドには、新しい弾が充填されていた。

 うまく直撃させられれば、フルタイプのプレーンにも対抗できる威力はある。

 とはいえ、こういうのは精度が問題だ。

 それに、もし相手がストームヴァイパーの宇宙船「テンペスト」だとしたら、いくらこいつでも撃墜はできないだろう。

 使いどころを考えながら、アタシはもう一台に目を向けた。


 マリアの重機型だ。

 残念ながら、このマシンにはもう使いどころがない。

 これまでのセミプレーン同士での小競り合いならともかく、この鈍重で遠距離攻撃の手段もない機体では、単なる動く棺桶になるだけだ。


「もう一つ上の火力があればな・・・、これじゃあ蟷螂の斧だぜ」

 手持ち用のミサイルランチャーの残数を数えながら、ルナルナが呟いた。


 まったくもってその通りだ。

 アイコンタクトを送ると、彼女は小さく肩を竦めた。


 ストームヴァイパーに最後まで抵抗すると決めた以上は、一つでも強い武器が、ついでに言えば、少しでも多くの仲間が欲しい。

 アタシはミゲルが戻ってきた時のためにと、雪路の診療所に居るとの書き置きを残して、一旦戻る事にした。


 Mランナーは快調だった。

 わずか半日も運転していないが、アタシはこの軽量マシンの操縦を完全にマスターした。

 多分、ルナルナよりも上手いかもしれない。

 口に出したら後ろから彼女に首を絞められそうなので黙っているが、まあ、自信過剰ではないだろう。

 これはもう、今回の事件が解決したら自分用のMランナーを買うべきだろうか。


 どんなのが良いかな・・・。

 このマシンはちょっとワイルドなイメージだけど、サーキット用のカッコイイのとか、悪路に振りきったモデルもあるんだよね。


 せっかくだから、バロンさんともタンデム出来るような・・・。

 って。


 馬鹿だな、アタシ。


 アタシはまた胸の奥からずしんと重くなって、考えを頭から追い払った。



 彼は、もう居ないんだ。


 納得なんて出来やしないけど、受け止められなくても、事実を受け入れないといけない。


 ・・・。

 無理だよね。そう簡単な事じゃない。



 アタシ達はまっすぐ診療所に戻った。

 なんだかまた、様子が変わっていた。

 すぐ近くに駐機しているジェリーのカーゴシップに、エルドナからの避難者たちが、続々と荷物を抱えたまま乗り込んでいく。


 どうしたものかとジェリーの姿を探していると、診療所の玄関で雪路と話している彼の姿が見えた。


「ああ、難しいかもしれない。さっきの話だと、ブルズシティに通じるルートは、ヴァイパーに監視されている」


 彼の表情が険しいのを見てとって、すぐに良くない話なのは見当がついた。


「何の話だい? なあジェリー、あれってどういう事だ」

 ルナルナが話に割り込んでいった。


「ルナリーか、足はもう大丈夫なのか?」

 ジェリーが振り向いた。


「ちょっと歩くくらいには回復したぜ、それよりも、お前の船に人が集まってるけど・・・」

「ああ、ブルズシティに避難したい連中さ」

「ってコトは、お前、ここを離れるのか。マリアは・・・、アイツまだ意識も回復してないんだろ」

「ああ、それはそうなんだが・・・」


 ジェリーが悔し気な表情になった。

 雪路が言葉を挟んだ。


「私からお願いしたのよ。治療の必要のない人たちで、特にここから離れたがっている人たちを、安全な所まで運んで欲しいって。・・・まあ、結局はほとんど全員だったけどね」

「雪路さん・・・」

「ここは診療所であって、避難所ではないし。健常者は私にとって不要だから」


「俺も危険を感じたんだ。だから、先生の依頼を受けることにした」

 ジェリーが言った。


 危険って?

 アタシが眉を細めると、彼は説明するように言った。


「エルドナの連中は完全にビビっちまってる。再び危険が迫ると知って、もうヒステリー状態さ。このままだと、恐怖のあまり暴走して、俺達に危害を加えてくる可能性がある」

「暴走って、そんなまさか」

「それが大袈裟な話でもねえんだ。こっそりと様子を探っていたが、俺のカーゴシップを強奪する算段まで始めそうな雰囲気だった」


 雪路が頷いた。

「そういう人たちには早急に退出してもらわないとね、ここは安静に治療を必要とする人が、少なくともまだ5人以上は居るんだから。もちろん、マリアも含めてね」

「マリアは大丈夫なんですか?」

「命に別状はない、って言いたいところだけど、まだ油断はできない状況ね。今はご禁制のナノマシンを使って内部から組織回復を継続してるけど・・・、全ての機能回復には早くてもあと240時間は必要だわ。その間は、生命維持装置を切り離すわけにもいかないし」

「240時間・・・だとすると、先生、逃げだせねえな」


 真剣な表情のルナルナに、雪路は一瞥して口元に微笑を浮かべた。


「そうね。私はヴァイパーの言う刻限までに、ここを逃げ出すわけにはいかない」

「じゃあ、どうするんだ、先生」

「どうするもこうするも、私には選択肢がないだけの話よ。何も無ければ真っ先に逃げ出しちゃうところだけど、生憎と私、患者だけは放置できない性格なのよね」

「ってコトは、マリアと一緒にこの診療所に残るんですか。たった一人の患者のために?」

 雪路の意図を知って、アタシも思わず口を挟んだ。


「一人じゃないわよ、患者は全部で五人もいるの。一番危ないのはマリアだけど、他の人達も、まだ診療所から出すには危険な状態だわ」

「だとしても、それだけの人の為だけに・・・雪路さん?」

「それだけ・・・ね」


 クスリと笑う彼女の相貌を見て、アタシは自分の発言の情けなさに気付いた。

 首もとが熱くなって、つい目線を逸らしてしまう。


「ねえラライさん、私はプロの医者なの。たとえ世の中じゃモグリとか、異端者だとか言われててもね。もし私を必要とする患者が一人でもいる限り、ここは私の聖域よ。たとえ相手が神だろうと悪魔だろうと、私はここに立ち続けるわ」

「・・・・・」


 アタシは言葉を返せなかった。


 やっぱり、雪路は本物だ。

 彼女も単なる流れ者の医者なんかじゃない。


 マルティエとはまた違うけど、信念・・・、そう、信念をもってここにいた。


 言葉に出来ない感動に、プルプルと肩が震えた。

 ルナルナが、そっとアタシの掌に触れた。


「まあ、そういう事だ。予定では明日の朝一に、俺はここを離れる。戻ってくるつもりで考えているが、どうなるかわからない。さっきそれで先生と話してたんだ」

 ようやくジェリーが話を戻した。


「状況を知らずにこっちに向かってきたブルズシティの商船が、途中でヴァイパーの奴らに襲われた。三人ほど生き残ってようやくこの町に辿り着いたんだが、連中はレバーロックを本気で孤立させる方針らしい。行きは良いとして、帰りはかなりリスクが高い状況だな」


 ああ、なるほど。

 アタシは頷いて、二人の話の続きを聞いた。


「いずれにせよ、俺のカーゴシップじゃ、奴らとは戦えねえ。幸い、ブルズシティに向かう分には襲ってこないらしいから、それを信じて走ってみる。・・・で、ルナリーにラライ、あんた達はどうするか決めたのか。ブルズシティに逃げるなら、折角だし乗せていくぜ」


「アタシ達は」

「この町に残るって決めた」

 ルナルナとアタシの声が混ざった。


 お互いに顔を見合わせる。

 短い言葉だったが、それだけでアタシ達がどういう決断をしたか、彼らには伝わった様子だった。


「そっか、それじゃあ先生、頼もしい用心棒が残ってくれたわけだ」

 ジェリーがどこかホッとしたように言った。


「ええ、そうね」

 頷く雪路の相貌にも、珍しく微かな安堵の色が見えた。

 一瞬だけ彼女が、その辺にいる普通の女性に見えて、アタシはなんだかドキリとした。


「だと、ここに残る人数は、全部で十一人か」

「十一人? 他に誰が?」

 アタシは首を傾げた。


 えーと、雪路とマリアを含めた患者で六人でしょ。祖父のリップロットさんは残るとして、アタシ達二人を含めても九人じゃない?


「私達も残らせてもらう事にしたんですよ」


 診療所の奥から、聞き覚えのある女性の声がした。

 姿を見せたのは、老若二人の女性だった。


「ミュズさん?」

「アコ、お前どうして!?」


 アタシとルナルナは意外な二人の姿に目を丸くした。


「私には、もともと戻る場所なんて無いでっす。サラを・・・あの子をあんな風に殺されて、一人だけ逃げるなんてアタシには無理。それだったら、あたしはルナリー姉に着いていくって決めてたから」

 涙ぐみながら、アコが言った。


「あたしもね、色々と考えたんだけどねえ。息子も無くしてしまって、今さら戻るところなんて・・・、考えたらもう無いのかもしれないって。それだったら、お世話になった雪路さんのお手伝いでもしようかなと」

 ミュズもまたそう言って、寂しそうに微笑んだ。


「アコ・・・、お前っ」

「戦力にはならないかもでっす」

「ったく、バカな奴だな。変な所で義理堅くしやがって」

 ルナルナの声が、言葉以上に嬉しそうに聞こえた。


 アタシはミュズを見つめた。

 彼女は恥ずかしそうに俯いていた。


 ミュズさん・・・。


 声をかけようとして、アタシは微かな違和感を覚えた。

 それが何か、アタシにはわからない。

 だけど、妙に腑に落ちなかったのは何故だろうか。


「あれ・・・そういえば、ウォルターさんは、どこに行ったんですか?」

 アタシは無意識にそう尋ねていた。


お読みいただいて、本当にありがとうございます。

今年一年間、色々な事がありました。

来年も、良い年なりますように。


雪村 4式

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