シーン4 舐めてもらっちゃ困ります
アタシは目を見開いたまま、なすすべもなく、銃撃が生んだ悲劇の光景を見つめた。
一気に周囲がシンと静まり返る。
やや遅れて、ミュズの甲高い悲鳴が響き渡った。
彼女の頭では何が起こったのか、理解すらできていないかもしれない。
アタシにとっては何故か日常茶飯事でも、普通の人にとっては、目の前で銃が乱射される状況なんて、一生に一度だって遭遇する機会はないだろう。
しかし、これはまぎれもない現実で、立ち込める焦げた臭いは、黒い銃口から漂っている。
震えあがるミュズを横目にして、アタシは驚くほど冷静に周囲の様子を確認した。
何でこんなに落ち着いていられるかって?
その答えは簡単だ。
危険は、去ったからだ。
ふうと一つ息を吐いて、アタシは視線を足元に落とした。
もっとはっきりと言えば、目の前に倒れた男達に向かって。
響き渡った銃声は、男たちの銃が発したものでは無かった。
あとコンマ数秒遅れていれば、それは現実になっただろう。
だが、彼らの引き金を引くスピードよりも、「こっちの切り札」の方が早かった。
男の呻く声がした。
腹の出たリーダー格の男が、驚愕に震えた顔でアタシを見上げていた。
足と手を同時に撃たれて、立つ事も出来なければ、もはや銃を持つ事も出来なくなっている。さっきまでの憎々しい態度はどこへやら、自分に起きた状況も把握できないまま、それでも這うように逃げ出そうとしていた。
アタシはさっきの侮蔑的な言葉を思い出して、その尻を思い切り蹴った。
悲鳴を上げ、男は頭を抱え込んで丸くなった。
ふん、ざまあないわ。
アタシは他の男達も同様に倒れたのを確認すると、ファインプレーを演じた我が盟友を振り向いた。
「ざっと、こんなもんでやんす」
バロンだった。
彼はアタシの隣に進み出た。
まだ煙を上げている黒い銃身に向かって、気障にふっと息を吹きかける。
その仕草が、アタシの目にはとてもカッコよく見えてしまった。
「さすがバロンさん。久しぶりに見せてもらったけど、ますます腕が上がったんじゃない、その8丁拳銃」
「咄嗟でやんしたからね、今日は6丁拳銃だったでやんす」
バロンはにんまりと笑った。
彼はマントの下に8丁の銃を隠している。
それを、8本の触手それぞれで、一斉に撃つという特技は、宇宙広しと言っても、彼をおいて他にはいない。
しかも、ただ乱射するのではなく、射撃そのものの腕前も、なかなかの技量だ。
「どっちにしても助かったわ。バロンさんが居てくれてよかった」
「それ程でもないでやんすよ。ラライさんが上手く気を引いてくれたおかげでやんす。チームワークの勝利でやんすね」
サングラス越しにウィンクを投げかけられた。
彼ったら、ちゃんとアタシの事をたててくれるのよね。
こういう自然な彼の言葉が、ちょっと嬉しい。
「ところで、あっちの旦那は無事でやんすかね」
彼は銃で帽子のつばを押し上げて、逃げた若い男の方を見た。
そういえばそうだった。
アタシ達が顔を向けた先で、男が頭を抱えるような格好でうずくまっているのが見えた。
あの感じだと、自分に向かって撃たれたと思って、恐怖で腰を抜かしてしまったのだろう。
その後ろ姿はあまりにも滑稽で、カッコ悪いを通り越して、なんだか呆れてしまった。
まあ、無事みたいだから良かったけど。
軽はずみな行動は、周りを危険にさらすことだってあるんだ。
今回は結果的に陽動になってくれたものの、どうやら彼は信頼に足るような人間ではなさそうだ。
バロンは自分が倒した男達に近寄って、一人一人傷の具合を確認し始めた。
「さすがに手加減できる状況じゃなかったもんね。どう、命に関わりそう?」
アタシは少しだけ心配になって訊ねた。
「急所は外したつもりでやんすが、わざわざ治療してやる義理は無いでやんすよね。・・・死んでも恨まないで欲しいでやんす」
バロンは肩を竦める仕草を見せた。
アタシは肯定も否定もしなかった。
ガン、と音がした。
アタシは、敵がもう一人残っていたことに気付いた。
あれは、カートだ。
彼は銃を持っていなかったため、バロンの標的にならなかったのだ。
どこに身を伏せていたのか、カートはホバートラックに向かって駆けだしていた。
さっきの音は、運悪く、足元に転がっていたオイル缶を蹴った音だ。
慌てふためいたカートは、トラックに飛び乗ろうとして、焦るあまり、少し高めのタラップから足を踏み外した。
「逃がすかっ!」
アタシは思わず叫んだ。
今度はアタシの番だ。
咄嗟にトートバックに手を突っ込み、固くなじんだグリップを握りしめる。
アタシの手に、黄金色の銃が輝いた。
これは、今のアタシの愛銃だ。
もともとは地球製の博物館級名品で、その名もルガーP08をベースにした改造銃だ。
尺取り虫と言われた弾倉充填のギミックはそのままに、フルオートでエネルギー弾を発射できる優れもの。
といっても、アタシは人殺しをしないと心に決めているから、弾倉には特注のパラライズ弾を詰めていた。
火薬の音がして、銃身から薬きょうが飛び出した。
このレトロな音、そして一見無駄な動作が、マニアなアタシにはたまらない。
軽い反動が、細い腕を心地よく弾いた。
あえて言おう。
銃の腕前なら、バロンにだって負けない。
ってーか、正直アタシの方が上だ。
アタシの放った一撃はカートを正確に撃ち抜いて、一瞬でその場に昏倒させた。
どう『ざっとこんなもん』よ。
女だからってね、舐めてもらっちゃ困るのよ。
こう見えても、もと宇宙海賊なんだから。
アタシは両手でガッツポーズを作った。
カートはトラックの運転席から転げ落ちて、それきりピクリとも動かなくなった。
麻痺弾だから死にはしない。
アタシも一度麻痺した経験はあるが、意識は残っていても肉体が反応しない状態になるのだ。おそらくは、24時間くらいは指の一つも動かせない状態が続くだろう。
「とりあえず、あとこれで、他に仲間はいないようね」
アタシは再び周囲を見回した。
ミュズと目が合った。
彼女はカタカタと震えながら、信じられないものを見るように、怯えた表情でアタシ達を見返した。
あーあ、これは大分怖い思いをさせちゃったかな。
悪いとは思うけど、こういう星だもの、それでも最悪の事態は防いだのだから、良しとしてもらおう。
「大丈夫よ、もう危険はないわ」
少しでも安心させるように、アタシは微笑んでみせた。
「危険・・・じゃ、無いの?」
「見ての通りよ。びっくりさせちゃってゴメンなさい。だけど、本当にもう大丈夫だから安心して、悪い連中はとりあえずやっつけた」
グラビアでも好評を博した得意の愛想笑いは、同性にも通用するらしかった。
彼女はようやくホッとしたのか、トラックに背中をもたれさせ、へなへなとその場に腰を抜かした。
「ラライさん、とりあえずここに長居をするのも危険でやんすよね、他にも仲間が居たりしたら面倒でやんすし」
バロンが声をかけてきた。
「確かにね、でも、へたに荒野に出ても迷子になるわよ。こいつらには悪いけど、ちょっと物資をちょうだいして、ついでに地図を探してみましょ」
「ならあっしは、まずトラックを見てみるでやんす」
「アタシは小屋と、コンテナハウスの方を見てみる。あと、あっちの大きめの倉庫みたいなのと」
アタシは彼らが居住しているであろうコンテナを指さした。
アタシの足元で、奪う側から奪われる側に変わった腹の出た男が、呻きながら恨みがましい目をアタシに向けた。
まだ日は高いままだった。
アタシとバロンは、悪党連中を木々に縛り上げて、ついでに手分けして周囲を物色した。
ホバートラックの運転席にもぐりこんだバロンが、嬉しそうに大声をあげた。
「ラライさん、こいつ、ちゃんとマップが登録してあるでやんすよ。これならあっしの運転でも、レバーロックに行けるでやんす!!」
「本当! やったあ」
アタシは素直に喜んだ。
近くの日陰では、若い男・・・ウォルターの足首に、ミュズが添え木をして、包帯を巻いていた。
ウォルターは逃げた際に、自分で転んで足を捻ったのだ。
まったく、情けないにも程がある。
彼らの耳にもバロンの声は届いて、二人は明らかにほっとした表情になった。
アタシはコンテナに足を踏み入れた。
中に入るや否や、雑然とした様子と鼻をつく悪臭に、チョットだけ後悔した。
散乱した、卑猥で思わず赤面してしまうような雑誌。
無造作に放置された、どう見ても洗った様子のない下着や、カビて変色しきったタオル。
菓子の袋が半開きになって、床に落ちたくずには虫がたかっている。
アタシはなるべく周囲に触れないように気をつけながら、仕方なく奥に進んだ。
冷蔵庫を見つけた。
中の状況を想像して、すこし気が重くなった。
とはいっても、ここは開けてみるしかない。
意を決して開くと、意外にも中はちゃんと使われていて、何本かの冷えた飲料水ボトルと、当面の食料になりそうなものが幾つか見つかった。
とりあえず。
せっかくなので、貰えるものは貰った。
悪人になった気分だが、そもそも、強い奴が奪っていいルールだって言ったのは、アイツらの方だ。
それで恨まれる筋合いはない。
どうせなら、もっと金目のものはないだろうか。
食べ物を手に入れると、不思議と次の欲が出るものだ。
あんまり長居もしたくはなかったが、せっかくなので、一番大きな貨物用コンテナも物色する事にした。
中は薄暗くて、最初は何があるのか分からなかった。
だが、次第に目が慣れてきて、そこに格納されているものの正体に気がつくと、アタシは感激のあまり、思わず胸の前で両手を組んだ。
これは!!!
なんて素敵な贈り物!!!
アタシの目は完全なハートマークになった。
それは、人型の巨大な物体だった。
はい、もうお分かりですね。
ええ、そうですとも。
なんと、プレーンではありませんか!!
アタシは駆け寄って、その独特のフォルムを眺めた。
宇宙で一般的に使われている、フルサイズの汎用プレーンではない。
大きさは半分以下、高さにして、せいぜい7~8メートルもあるだろうか。
角ばって、やや前傾したボディの上にはコクピットがむき出しになっていて、前方のみ風防ガラスがついている。
短いが安定感のある足と、角ばった長い腕は、なんとなく動物のゴリラをイメージさせるスタイルだった。
一見すると不格好。
でも、そこが良い。
何だか涎がこぼれそうよ。
「珍しいのを持ってるでやんすね~」
シャッターが開く音がして、向こうからバロンがやってきた。
「セミプレーンでやんすか。もとは工事用の重機でやんすかね」
彼の言葉に、アタシは首を横に振った。
「さしものバロンさんも、セミタイプには疎いようね」
無意識に、勝ち誇った言い方になった。
「セミプレーンは正解だけど、これはれっきとした軍用モデルよ。ダイヤ重工の0306ダップラー型重歩兵支援用機。通称フロッガー」
「ラライさん、さすがに詳しいでやんす。おみそれするでやんすよ」
ふふ、驚くバロンの顔が小気味良かった。
「まあね、局地戦用に安価で投入できる機体として、トーマの内戦では通常のプレーンよりもよく用いられたわ。でも、パイロットの死亡率が高くてね、ウィドウメイカーの汚名を背負ったりもしたけど」
それでも、生身で戦う歩兵達にしてみれば、この一台が配備される心強さってのはあっただろう。実戦で活躍した機体ならではの風格には、そう言った戦士たちの思いすらも背負って来たかのような生々しさが宿っていた。
アタシは機体をじっと見上げて、どうにも気持ちを押さえられなくなった。
うん。
欲しい。
欲しいぞ・・・・。
貰っちゃって、いいかな。
アタシはバロンをちらっと見て、にこりと微笑んだ。
そして、おもむろに機体の側面にある搭乗用のバーに足をかけ登り出した。
「ラライさん、もしかして、動かすつもりでやんすか」
彼がちょっと驚いた様子で駆け寄ってきて、アタシの方を見上げた。
当然よ。
そこにプレーンがあるのだもの。
「あ・・・」
バロンがアタシを見上げて、ぽかんと口を開けた。
ん?
どうした?
アタシの行為に、何か問題があるとでも。
危ないからよせとでも言われるのかと思ったが、彼は特別アタシを止めるでもなく、そのままじいっとアタシを見つめていた。
なんか、変だな。
あと一歩でコクピットに辿り着く、という所までよじ登って、不意に、彼の熱視線の意味に気付いた。
・・・って。
どこ見てんのよ、このスケベたこ!
そういえばスカートでした。
彼は真下から、ちゃっかりとアタシのスカートの中を覗いていやがったのだ。
「バロンさん!! もしかして見たわね!?」
「・・・!! いや、な、何のことでやんす? あ、あっしはピンクの水玉なんて見ていないでやんす~」
バロンは慌てた様子で、ぴゅーっとシャッターの方へ走っていった。
バロンめ、ベタなリアクションをしやがって。
まったくもう。油断も隙も無い。
アタシはコクピットにもぐりこんだ。
思った以上に固めのシートだが、それが妙にしっとりと体になじむ。
うんうん、これはなかなか良いですよ。
操作パネルとレバーに手をあてると、微かな電流が流れて、自動で簡易モニターがオンになった。
なるほど、ちゃんと整備してある。これは、動かせそうだな。
ゴゴゴゴと低い音が響いて、プレーンが出入りできる程度まで、正面のシャッターが開き始めた。
これはどうやら、バロンが気を利かせて操作してくれたようだ。
アタシはぺろりと唇をなめた。