シーン48 即席天使は忙しい
翌日、アタシ達はレバーロックに戻り、そのまま、まずは雪路の診療所に直行した。
ケガ人を多く抱えていたこともあるし、いきなり何十人もの人々を町に連れていっても、不安を煽り、混乱を招くだけだ。
とりあえずジェリーのカーゴシップの貨物室を開放して、簡易的なベースキャンプを張る事にした。
ジェリーは自身のカーゴシップを半ば占領される事に最初は難色を示したが、彼もなかなかのお人よしと見えて、結局、渋々ながらその状況を認めた。
アタシ達は、比較的怪我の浅い連中にはそこに居てもらって、怪我の酷い人から優先的に、診療所内の病室に運んだ。
雪路が驚いたのは言うまでもない。
田舎ののんびりした診療所が、突然野戦病院さながらの状況に変わったのだ。
彼女は始めのうち戸惑って見せたが、子細を飲み込むと、俄然目が覚めたようにテキパキと指示を出し始めた。
「とりあえず、ラライにマリア、あなた達は私の手伝いをして。あっ、ちょっと待って。そんな汚い格好で患者を扱っちゃ駄目でしょ、私の部屋に殺菌用の光シャワーがあるから、すぐに浴びてきて。あと、服も着替えて!」
アタシとマリアは従わざるを得なかった。
地下にある雪路の部屋に降りて、大急ぎでシャワーを済ませる。
それから、案内されたロッカーを開けて、中にあった衣服を手に取った。
袖を通そうとして、はっと気づいた。
って、これは、ナース服ではありませんか。
アタシが戸惑いながら、隣を見ると、マリアがアタシ以上に恥ずかしそうな顔をして、薄桃色の看護服を見つめていた。
「これ、着ないと駄目ですよね」
ぽつりとマリアが言った。
「まあ、本職のお手伝いだから、仕方ないのかな・・・」
「そうですけど、・・・、なんだか恥ずかしいです」
「そうね~」
ためらいはあったが、外で待っているケガ人たちのことも考えると、それほど待たせるわけにもいかない。
「ま、泥と砂だらけの戦闘服よりはマシでしょ」
アタシは思い切って、薄桃色のコスチュームに身を包んだ。
ご丁寧に白のストッキングまで用意してある。
さすがにナースキャップは無かったので、髪をポニーテール気味に後ろで束ねた。
即席、白衣の天使完成、って感じかしら。
うん。久し振りのコスプレだな。
どうせアタシは、仲間の海賊からはそういう趣味があると思われてるんだ、今さらナース服の一つや二つ、どうというコトはない。
身支度を終えて、おかしい所がないかチェックしていると、マリアが、ぽーっと上気した顔でアタシを見た。
「ラライさん・・・」
「ん、どしたの?」
「ラライさんって、そういう服、似合うんですね」
「あ、そう。なんだか、マリアに言われると照れるな~」
「すごく良いです。その、・・・可愛いです」
マリアはそういって、自分も意を決したように、ナース服を身に着けた。
ほー。
アタシはそんな彼女の姿を見て、思わず目尻が下がった。
アタシのことを可愛いと言ってくれたけど、なかなかどうして、マリアもすごく似合っているじゃないか。
初々しくて、普段のきつめの印象とのギャップが、やたらと可愛い。
同性ながら、こりゃ、なかなかの眼福だわ。
もしかして、シャーリィがアタシにやたらとコスプレまがいの格好をさせたがるのは、こういう気持ちなのかもしれないと、アタシは妙に納得した気分になった。
「そんなに見られると、なんだか恥ずかしいです」
マリアは微かに頬を赤らめた。
その仕草は、もしここにジェリーが居たら理性を失うんじゃないかと思うほどに、新鮮で、彼女本来の魅力に満ちていた。
「ねえ、あなた達まだ準備できないの。早く手を貸して欲しいんだけど!」
階上からやきもきした雪路の声が響いてきた。
いけね。
早くいかないと。
急いで顔を出すと、待ってましたとばかりに、次々と雪路の指令が飛んだ。
アタシ達は、本職の看護士にでもなったかのように、走り回る事になった。
ナース服の可愛らしさ? はずかしさ?
そんなものどうでもよくなるほど、それからの数時間は目まぐるしかった。
ちなみに。
アタシ達の白衣の天使ぶりは、想像の内にとどめておいて欲しい。
見た目は良かったので、最初は治療の必要なさそうな男達までがアタシ達に群がってきたけど、ひと通りの治療行為が終わる頃には、何故か誰も近づいてこなくなった。
とりあえず、頑張った。
その間に、ジェリーはアブラム達の所へと、状況を伝えに走った。
この診療所は、レバーロックの自治区内とはいっても、結構はずれにある。
歩くと中心部までは一時間はかかるので、貨物室に積んでおいたルナリーのMランナーに乗って出ていった。
出がけにバロンへの言伝をお願いしておいた。
そうでもしないと、彼は心配し過ぎてパニックになっちゃうだろうから。
ほぼ全員の患者を診終わった頃には、お昼を少し回っていた。
それにしても、雪路の医者としての腕と知識は、まさに名医と呼ぶにふさわしかった。
これまで、もぐりのアブナイ医者と考えていたけど、やっぱりやる時はやる人だ。
少しだけ尊敬の念を抱いてしまった。
少しだけ・・・、だけど。
ようやく一息つけるようになったので、アタシとマリアは休憩をとることにした。
といっても、休憩する場所もロクに無い。木陰に緊急用のシートを広げて、二人で並んで座った。
「喉が乾きましたね、ラライさん、よかったら飲みますか?」
「あっ、ハシェットのチューブゼリー! ありがと、大好きなんだ」
アタシは彼女が用意してくれたチューブゼリーを受け取った。
どうやらジェリーの積み荷から拝借してきたらしい。
甘酸っぱさが口の中いっぱいに広がって、乾ききった喉を一気に潤してくれた。
アタシは慣れない看護で凝り固まった体をストレッチでほぐし、あらためて周囲を見まわした。
テントに、医薬品を並べたテーブルが目に入った。
その向こうには、息の詰まる貨物室内を出て休息をとる人々の姿。
彼らの背中が一様に小さく見えて、アタシは胸が切なくなった。
これから、この人たちはどうなるんだろうか。
住む家も、生活の糧も全て奪われて。
それだけじゃない、家族を失った人もいて・・・。
漠然と思いながら、自分だって結局根無し草なのを忘れていた。
しばらくして、アタシはふと、見知った顔が居ないのに気付いた。
そうだ。
ミュズとウォルターはどこに行ったんだろう。
そういえば、さっきから見かけていないような気がする。
気になって立ち上がろうとすると、バタンと音がして、診療所から誰かが出てきた。
雪路だった。
相変わらずムチムチの太ももを露出させ、白衣の裾をはためかせながら、彼女は気だるそうに首を回した。
「ラライ、マリア、ここに居たのね」
雪路はアタシ達に気付いて声をかけてきた。
「ちょっと休憩してました。まだ、お手伝いすることありますか~」
「ううん、もう大丈夫。幸い、後は急を要する患者はいないわ」
「さっき運んだ人、随分具合悪そうでしたね、どこか悪かったんですか?」
「まあね。外傷はないように見えたけど、熱を吸ったのね、肺にダメージを負ってたわ。放置してたら手遅れになったかもしれないけど、安心して、治してみせるから」
頼もしい一言を言って、雪路は得意げに二の腕を叩いた。
「雪路さんもどうですか?」
「あら、いただこうかしら」
マリアが差し出したチューブゼリーを、雪路は遠慮なく手にした。
「ところで雪路さん、アタシの知り合いの姿が、見当たらないんですけど」
アタシは何気なく口にした。
「ルナリー? あの子なら怪我してるくせに無理しようとするから、拘束着を着せて、私の部屋に転がしてるわよ」
「ちょ・・・そうじゃなくて・・・って、拘束着?」
「そう。自傷行為を防いだり、患者が暴れないようにするやつよ。あの子の足、折れちゃいないけど、筋肉が剥離しかけてたの。回復を早める専用のギブスで固定したから、まあ、2日は安静が必要ってところかしら」
「そんなに酷かったんですか」
「少なくとも痛みは相当だった筈ね。我慢強いのはいいけど、素直に寝てるような子じゃないモノね」
彼女は楽しそうに微笑んだ。
それにしても、あの男勝りのルナルナを「あの子」呼ばわりするなんて、雪路って、やっぱりすごい人かもしれない。
「ルナルナの事は分かったけど、違うんです。ミュズが・・・、エルドナから連れてきた女の人なんですけど、何だか見当たらないみたいで」
「女性? ああ、割と年配の方?」
「多分そうです。あと、若くてちょっと拗ねた感じの男の人と」
「それなら見かけたわ。数時間前に、怪我の軽い人たちと一緒に町の方に向かったけど」
「町って、レバーロックの方ですよね」
「他にどこがあるのよ。多分、サバティーノ商会が仲介して鉱山に行ってた連中ね。きっと彼の所で保護してもらうつもりでしょ」
アタシはどことなく腑に落ちない気分で頷いた。
確かに思い起こせば、ウォルターはサバティーノが派遣した鉱山の交代要員としてエルドナに向かったんだし、一応は彼に雇われた形になっているのだろうから、彼の所に戻ろうとするのは不自然じゃない。
だけど。
ミュズはなんでアタシに一言もなく行っちゃったのかな。
そりゃ、顔見知りってだけで、別に気心の知れた友人ってワケじゃない。それにしても、なんとなく一言くらいあっても良さそうなものだ。
雪路の目が、何かを見つけた。
視線の先を追って、マリアがぱっと笑顔になった。
「ジェリー! こっちよ!」
嬉しそうに大声を上げて手を振ると、彼はMランナーに跨ったまま顔を向けた。
「マリア、遅くなったな」
近づいてきて、彼は急に動揺した顔になった。
「って、お前、なんて格好してるんだ」
「ああ、これのこと」
答えるマリアが、自分の姿に気付いて、気恥ずかしさが蘇ったのか顔を真っ赤にした。
「だって、雪路さんが着替えなさいっていうから」
恨みがましく言うのも気にせず、雪路は素知らぬ顔でゼリーをずずーっと音を立てて吸った。
「それにしても・・・なんつーか」
ジェリーは対処に困った様子で視線を逸らした。
目が泳いでいた。
本当は彼女を見たいのに、真っ直ぐに見れなくなってしまって、動転しているのだ。
おお。
これは初々しい反応ですな~。
いつもバロンとのやり取りをからかわれてばかりだが、他人ごとになると、なんとも見ていて楽しいものだ。
アタシはなんとなく、面倒見の良い近所のおばちゃんにでもなったような気分で、二人のやり取りを観察した。
「若いって良いですね~」
無意識に言葉にすると、隣に佇んでいた雪路が、ジトリ目でアタシを見た。
「貴女も十分に若いくせに、何を言ってるんだか」
「マリアよりは年上ですもん。もう、オバちゃんに片足突っ込んじゃいますよ~」
「それは、私に喧嘩でも売っているのかしら」
「め、滅相もないっ。ってーか、雪路さんも若いじゃないですか」
「その取り繕うような言い方が、腹立つわね」
半分冗談なのは分かってるが、彼女に睨まれるとマジで怖い。
アタシは得意の愛想笑いでその場を切り抜けた。
「ところで、貴女の彼も到着したみたいよ」
「えっ?」
雪路に言われるまで気付かなかった。
本当だ。
診療所の横に見覚えのあるトラックが止まっていた。
見えた。バロンと・・・あれ、サラとアコまで来ている。
彼らはアタシを探す素振りも無く、トラックから荷物らしきものを降ろしている所だった。
「おーい、バロンさーん!」
アタシは手を振って、彼に走り寄った。
「ラライさん!」
バロンが嬉しそうにパッと振り向いた。
近づくと、彼が何をしようとしているのかがわかった。
荷台には、プレートに乗せたパンや、果物。それに飲料水のボトルなどが積まれていた。
これって、もしかして彼らなりの支援物資か。
アタシはバロンに飛びついた。
彼はアタシがナース服を着ていた事に、一瞬だけ顔を白黒させたが、すぐに状況を理解して、優しく頷いた。
「勝手に持ってきたでやんすけど、良いでやんすよね。ルナリーさんならきっとそうするって、サラさん達も言ってくれたでやんす」
「サラさんに、アコさんも!」
「へへー、そういうワケでっす」
アコの方がもともと愛嬌のある顔に、更に魅力的な笑顔を浮かべた。
どちらかといえば、少し大人びた顔のサラが、奥からひょこっと顔を出した。
「ところで、ルナリーさんはどこに居るんですか~」
「ああ、彼女ね~」
言いかけて、口ごもった。
そう言えば、ルナルナは拘束されてるんだっけ。いくらなんでも、この子たちに彼女のそんな姿は見せられないだろう。
アタシが何とか誤魔化そうとしていると。
「ルナリーなら中にいるわよ、顔を見ていく?」
情け容赦のない声が、背後から飛んだ。
あちゃー。
振り向いた先で、雪路が、いささかの悪気も無く、いつものように妖艶に笑っていた。




