シーン46 悪魔はその手を緩めない
「テンペスト」は、黒く光るティアドロップ型の機体を、ゆっくりと旋回させていた。
よく見ると、下部の外装がスライドして、一門の砲塔らしきものが姿を見せるのが見えた。
ルナルナがモニターを拡大した。
「ラライ、あれが何か分かるか?」
「もちろん。えーっとね」
アタシは目を凝らして、その砲塔の正体を確認した。
「8000口径の粒子圧縮鉱弾ね。あのバレル形状だと、トリトン社製かな」
「っつ、なんて物騒なものを!」
ルナルナが顔をしかめた。
「なんだそいつは? 聞いた事もないぞ!」
ジェリーが訊き返しながら、それでも危険さは感じ取ったのだろう、さっきよりも微かに走行スピードが増した。
「微粒子化された金属を圧縮して、射出と同時に高熱の実弾にする兵器よ」
「はあ?」
「単純なエネルギー弾だと、エネルギーフィールドで中和される場合があるでしょ、だから実弾化してネットを貫通させるってワケ。でも、実弾だと破壊力が弱くなるから、着弾した衝撃で再び粒子化する事で、炸裂弾に近い破壊力を生むの」
「バリバリの実戦兵器じゃねえか」
「問題は、何でそいつを使おうとしているかよ」
「まさか、こっちを狙ってんじゃねえだろうな!」
ジェリーの声が裏返った。
むき出しの牙の奥から、唸るような音が漏れる。
それに対して、ルナルナはやや落ち着きを取り戻したように見えた。
「ジェリー、その心配は無さそうだぜ」
ルナルナが言った。
「あの兵器は対戦艦用だ、威力が大きすぎる」
ルナルナの指摘は正しかった。
8000口径の破壊力は半端じゃない。
おそらくさっきの町くらいなら、一撃で壊滅状況に追い込める。
もし、このカーゴシップを狙うなら、小口径のレーザー砲塔の一つで事足りる。
あれだけの船で、レーザー砲塔を装備していない筈はないし、だとしたら、狙いは別の所にある。
それにしても。
アタシは妙な違和感を覚えずにはいられなかった。
あの船がストームヴァイパーの母艦だとして、あれだけの破壊兵器を所持していながら、なんで爆弾テロみたいな面倒な事をしたんだ。
一撃で、町の痕跡すら残さないくらいの破壊だって可能なはずなのに。
それではいけない事情が、何かしらあったのだろうか。
「見ろ、発射体制に入ったぞ、どこを狙ってるにせよ影響が来るとまずい、ジェリー、もっとスピードは出ないのか!?」
「これでマックスだ。おい、マリアは見えるか? はぐれてねえな」
「ぴったりとケツについてる、心配ねえ」
「くそ、それにしても走り辛え道だなっ!」
ジェリーは決して平坦ではない山岳の道を走り続けた。
時々、機体の一部が左右の岩肌にこすれて、イヤな振動と破壊音を響かせた。
後方で、放出された微粒子が実弾化する時の、集約する虹色の発光が見られた。
かと思うと、それは瞬く間に膨れ上がり、そこから一筋の軌跡を描いて、エルドナ山の麓へと放たれる。
轟音と、それ以上の振動が、機体を揺らした。
砲弾は、大地を抉った。
一瞬の沈黙ののち、マグマの噴出のように大地が盛り上がり、そこから幾条もの炎の柱が天に向けて立ち上っていく。
砕かれた岩石が舞い上がって、まるで弾丸の雨のように降り注いできた。
衝撃はカーゴシップと、マリアのトルーダータイプにも追いついてきた。
激しく突き刺さってくる破砕された粉塵が、カーゴシップの外装を情け容赦なく抉った。
マリアも逃げることはできなかった。
マシンガンの一斉掃射をくらったみたいに、彼女のマシンにも無数の傷がついた。
だが、幸いにして、それらは機体の表面を変形させたにとどまった。
内部に居るアタシ達は、その振動と、何よりも響き渡る音に怯え震えた。
数分の後、砂まみれになったモニターが回復して、周囲の景色が戻ってくると、ようやく生き延びて窮地を脱したことが実感できて、アタシ達は安堵した。
「マリア、無事か!」
近距離通信をオンにして、真っ先にジェリーが叫んだ。
『私なら大丈夫、バランサーの一部と、・・・ごめんなさい、後方のモニターが一つ死んじゃったみたい』
「良いんだ、お前が無事なら」
明らかにほっとした声になって、ジェリーが肩の力を抜いた。
アタシは後方に視線を向けた。
テンペスト型宇宙船は、まだそこに浮遊したままとどまっていた。
あの機体のスピードなら、その気になって追いかけてくれば、たちまちにこんなカーゴシップなんか射程内におさめてしまうだろう。
だが、今の様子を見る限り、そのつもりはない様子だった。
エルドナ山の麓は、目に見えて形が変わっていた。
「ちくしょう、鉱山を、潰しやがったな」
「え?」
「鉱山だよ。奴ら、坑道を完全に破壊しやがった」
ルナルナが、爪を噛んだ。
そうか・・・。
あの位置、奴らが狙ったのは、エルドナ鉱山の開発抗だったんだ。
アタシはそれを知って、驚きとともに、更なる怒りに体が震えた。
鉱山を潰したという事は、単にその坑道を利用できなくしたという事に留まらない。
その坑道に居たであろう、幾人もの命が奪われたことを意味しているし、いま、この船に救出した幾人もの人々の働く場所を、もっといえば、レバーロックに住まう人々の糧となるべき大切な資源を、奪い去ってしまったという事になる。
でも。
裏を返せば、ストームヴァイパーの狙いは、鉱山の利益ではなかった。
そういう事になるのだろうか。
じゃあ、一体本当に何の為、ストームヴァイパーの狙いはどこにあるんだ。
・・・いや。
サバティーノの言った通りだ。
アタシ達が戦っている相手は、もうストームヴァイパーという枠で考えるべき相手ではないのかもしれない。
ストームヴァイパーだと思うから、その目的が見えてこないのか。
「見ろ、離れていく」
顔をあげると、「テンペスト」型の機影が、ゆっくりとエルドナ山の向こう側へと、高度を落としながら消えていくのが見えた。
アタシはホッとして、そのままコクピット後ろの床の上に、お尻を落とした。
座ったというよりも、緊張が解けて、腰が抜けたみたいだった。
立とうとしても足腰に力が入らず、ちょっとこのままでいないと無理なようだった。
それから、数時間は走った。
とっぷりと日が暮れて、疲労を隠せなくなったアタシ達一行は、荒野のど真ん中で、とりあえずの休憩をとることになった。
この辺の荒野は野獣のカリオートが多く出る。
貨物室の人々には申し訳ないが、外に出るのを避けてもらった。
アタシもひと眠りしたいところだったが、運転しっ放しのマリアとジェリーを休ませることが先だ。
二人に安心してもらえるよう、アタシとルナルナが警護役を買って出た。
アタシはトルーダータイプに乗りこんだ。
とりあえずは、近くで待機っと。
それにしても、ほほう、なかなかの窮屈さですな。
トルーダータイプに乗るのは初めてだったので、ちょっとだけ興奮した。
座面の硬さは、いかにも軍用マシン独特の質実さだった。体を折り曲げないと乗り込めない程に狭いコクピットは、しかしながら、まるでマシンと自分が一体となったかのような錯覚を与えてくれる。
これは、良い!
アタシはうっとりとして、機体を待機モードから、ついつい起動モードへと切り替えた。
振動とともに、シートベルトが胸に食い込んできた。
こういう、ホールド性能の融通の利かなさも、また良いものだ。
アイマスクのように頭に被るタイプの照準器など、どう見ても時代遅れなデザインなのに、あえてそれを貫くあたりに、メーカーのこだわりを感じ取れる。
兵器マニアにして、ある意味フェチなアタシにはたまらない。
なんだ恍惚としてきてしまって、無意識に鼻息が荒くなった。
このあたりを、さらに詳細に語ると、多分、何時間あっても足りない。
せっかくなので語り尽くしたいが、さすがにフェティッシュになりすぎるので、今日の所は自重しておくとしよう。
どうせならその辺を乗り回したかった。
とはいえ、警備目的で乗ったのに、自分から騒ぐわけにもいかない。
仕方なく、アタシはその場でアームやレッグの動作性を試した後は、大人しくコクピット内のあらゆるパーツをチェックする事にした。
屈みこんで、使い込んだ操縦レバーのゴム臭を堪能してみる。
臭さに脳がトリップしかけたところで、無遠慮な近距離通信のコールに邪魔された。
ったく、せっかく良い所だったのに。
顔を上げて、サブモニターに映像を繋いだ。
ルナルナだった。
彼女はカーゴシップのコクピットに座ったまま、頭に旧式のヘッドセットを被っていた。
奥で繋がっている居住スペースでジェリーとマリアが寝ているから、話す声が周囲に響かないようにと思ったのだろう。
「どうかした? ルナルナ?」
尋ねながら、アタシも彼女と話したい事があったのを思い出した。
「ああ、ちょっとだけ良いか?」
彼女の声は、普段よりも随分と低く、小さく聞こえた。
やっぱり、周囲を気にしているようだった。
「エルドナの爆発について、よね」
「ああ」
彼女は頷いた。
やっぱりだ。
アタシが気になった事を、彼女もやはり、気付いているのだ。
「見覚えのある手口よね」
「ああ、そうだな」
ルナルナの唇が重く感じられた。
アタシはためらうことなく、言葉を続けた。
「準惑星アルカス」
アタシはその名前を口にした。
彼女の顔が歪んだ。
それもそのはずだ、きっと、彼女にとっては二度と耳にしたくはなかったであろう名前だからだ。
「あの破壊の仕方、爆発物を使って、人々を追い込むやり方。無差別と見せかけながら、計画的に逃げ場所を残しておいて、じわじわとその蜘蛛の糸を狭めていく・・・。あの時の恐怖は、正直今でも忘れてはいないわ」
アタシは彼女を真っ直ぐに見据えた。
ルナルナは、一瞬その視線から逃げるかのように目線を逸らし、俺から決意したように戻ってきた。
「忘れようったって、無理な話だよな」
「そうね。アタシだって人のことは言えないけど、消えない傷ってものはあるものね」
「否定はしねえ。お前の言う通りだ」
どこか観念した様子で、ルナルナは小さく肩落とした。
唇から漏れる溜息を聞き流して、アタシはさらに声をひそめた。
「あれは、貴女のやり方ね。ルナルナ」
彼女の長いまつげが、一瞬だけ、確かに震えた。




