シーン42 森は炎に包まれて
ジェリーのカーゴシップは草原を走っていた。
機体の下部から飛び出した三本のバランサーが、その先端を僅かに地面に接地させ、後方へと独特の砂埃を巻き上げている。
コクピットは機体の前方に位置していた。
全体的には小型宇宙船のような外観なのだが、そこだけはまるでトラックの運転席のような構造になっていて、狭く、座席も並ぶように二人分しか作られていない。
アタシはその後ろの居住スペース乗っていた。
なかなか快適な空間になっていた。
ここが、ジェリーの実際の生活空間なのだろう。
男性一人の住まいにしては小奇麗で、もしかしたらデュラハンの宇宙船にあるアタシのベッドスペースよりも、よっぽど片付いていた。
テーブルを挟むように、二人掛けのソファが二つ向かい合い、小型の冷蔵庫にはちゃんとアタシ向けのジュースも入っている。
ただ一つの難点は、ショックアブソーバーが老朽化しているらしく、せっかくのバランサーがキャッチした路面の変化を、機体がそのままに受け止めてしまう所だった。
小さめの窓の外には、見慣れてしまった荒涼とした風景が、相も変わらず流れていた。
アタシはソファを一つ占拠して、だらしなく横になっていた。
蒸れそうになるブーツを脱ぎ捨てて、背もたれに片足をひっかけるという超怠惰なポーズだが、そこはそれ、バロンもジェリーも見ていないのだから、たまには良いというものだ。
もう一方のソファには、ルナルナがどことなく難しい顔で座っていた。
マリアは当然のようにコクピットでジェリーの隣を死守しているし、エルドナに着くまでの道程では、特にやるべきことも無い。
大きくあくびをして、アタシは下になった手で頬杖をついた。
「そういえばさ。店は大丈夫なの?」
アタシは何気なく聞いた。
ルナルナが顔をあげた。
「問題は無いさ。あいつらに店を任せるのは、何も今回が初めてじゃねえんだ。それに、今回はアンタのカレシが厨房を守ってくれるしな」
「そのカレシって言い方さ、やめてくんない?」
「何でさ、そういう関係には違いないんだろ」
「正式には認めてないの。それに、バロンさんってその気になりやすいんだから。ルナルナがカレシ呼ばわりしてると、・・・その、調子づいちゃうのよ」
「調子に乗られると、困るのか」
「困るっていうかさ・・・」
「まったく、昔のお前を知る身としては、どうにも勝手が違うな」
「へ?」
ルナルナはアタシを見て、ふっと頬を緩めた。
「男のことで、顔を赤くするような奴じゃなかっただろ。いっつもギラギラしたナイフみたいな目をしてたしさ」
「あ・・・アタシって、そんなだったっけ?」
「自覚はナシ、か。・・・そうだな、少なくとも人前で横になって、だらしなく足を開いてるような女じゃなかった」
「ちょ、ちょっとルナルナっ!」
アタシは咄嗟に足を閉じて、むくりとソファの上に起きあがった。
「あははっ、でもよ、前にも言ったけど、あの頃よりいい顔になってるぜ」
「何なのよ、人の事上げたり下げたり。だいたいね、ルナルナだって・・」
昔とはだいぶ変わったじゃない。
と言いかけたところで、カーゴシップが上下に揺れた。
危うくソファから転げ落ちそうになって、しっかと背もたれにしがみつく。
窓の外を見ると、景色が少しだけ変わって見えた。
「丘陵部を抜けたな。ここから山岳地帯だ」
「この間、アタシがテシーアと戦ったあたり?」
「いや、そこは少し方向がずれてる。向こうからでもエルドナには回り込めるんだが、ストームヴァイパーの勢力圏になりそうだからな。若干悪路になるが、迂回路を使う」
アタシはブーツをはき直して、コクピットに繋がる薄いドアを開いた。
「ねえ、マリア。あとどれくらいで着くの?」
声をかけると、サブシートに座っていた彼女が振り向いた。
「3時間ってところですね」
「げ、けっこうかかるのね・・・っとお」
またしても機体が大きく揺れて、アタシは舌を噛みそうになる。
この揺れで三時間か。
これはなかなかキツイ耐久レースになりそうだ。
「ラライさん、あんた乗り物に酔う方じゃねえよな」
ジェリーが前を向いたまま声をあげた。
「あー、いや、どうかな~。結構重力あるところでの振動には弱いかも」
「ちっ、これだから宇宙育ちってのはだらしねえ」
「仕方ないでしょ、こういうのは体質なんだもの」
「酔い止めに飴でも舐めますか?」
マリアがポケットをごそごそと探って、エレス同盟圏内では比較的ポピュラーに流通しているミント系のキャンディを取り出した。
飴は遠慮なくいただくけど、さて、こんなんで効くかな。
指を伸ばしたところに、ジェリーが何かを投げてよこした。
アタシは咄嗟にキャッチした。
手を広げると、それは小さな電子キーだった。
「なんで鍵? これ、どこの?」
「居住室の奥にロッカーがあるから、そいつで開け」
「中に何があるの?」
「プレーンスーツが入ってる。惑星重力対応の調整機能があるから」
「ありがと、貸してくれるのね」
「本当は貸したくなんかねえんだが、中で吐かれるよりはましだ」
アタシはジェリーの好意に感謝して、居住スペースに戻った。
窓の外を眺めているルナルナの横を通り過ぎて、教えられたロッカーを開く。
中に納められていたプレーンスーツは、当たり前だが男性用だった。
どうにもブカブカだが、調圧機能をオンにすると、収縮して、どうにか着用する事が出来た。
「へへーん、どう、ルナルナ?」
プレーンスーツってのは、やっぱり快適だ。
アタシは得意げになりながら、ルナルナの隣に立って、自分も窓の外を見た。
驚いたことに、外には緑が多く見えるようになっていた。
よく見ると地面の色もレバーロックのあたりとは違って、やや黒っぽい。
「なんだか雰囲気が変わってきたわね」
「ああ。緑が多いのは結構だが、エルドナは蒸すんだよな。正直な話、あんまりオレは好きじゃないんだ」
「むこうは乾燥してるもんね。おかげで喉は痛くなるけど」
「どっちにしても、慣れだろうがね」
木々の緑は進むごとに濃くなって、気がつくと、完全な森になっていた。
まだ日中だというのに、光が遮られて、まるで夕方にでもなったような錯覚を覚える。
「この景色だと、いよいよエルドナのコミュニティも近いぜ」
「ジェリーが、今さっき三時間って言ってたよ」
「もう少しは早く着くさ。でも、結局到着は日暮れになりそうだな」
「じゃあ、デビーって人との交渉も明日だね」
「だろうな。まあ、向こうにも都合って奴があるだろうから、待たされるかもしれ・・・」
またしても、機体が大きく揺れた。
「ったく、なんだよジェリーの奴。もう少し大人しい運転は出来ねえのか」
ルナルナが悪態をつきかける。
ところが、その顔が一瞬ひきつって、止まった。
・・・!?
アタシは彼女の視線が、アタシを通り越して、窓の外に向いたのに気付いた。
咄嗟にアタシも外を見た。
何も・・・見えない?
だが、ルナルナには見えていた。
次の瞬間、彼女は走り出していた。
コクピットのドアを乱暴に押し開き、中に向かって彼女は叫んだ。
「ジェリー、囲まれてるぞ。森の中にホバーマシンがいる」
「ああ、こっちも今気付いた!」
ジェリーが叫びながら、機体を左右に振った。
大きな揺れに襲われて、アタシはバランスを崩して横倒しになった。
続けて起きた振動は、明らかに爆発によるものだった。
異常事態を告げるアラート音が、船内に鳴り響き始める。
敵の、奇襲か。
「くそ、まずいな。おいジェリー、この船に迎撃手段はあるか!?」
「機銃程度なら上にある。上部デッキだ。頼めるか」
「ああ」
ルナルナは視線を巡らせて、すぐにその位置を確認した。
「ラライ、オレが行く、ここは任せろ」
「大丈夫なの、射撃ならアタシも得意だよ」
「へへ、いざとなったオレにはこれがあるからな」
ルナルナは愛用のミサイルランチャーを斜め掛けして、小さく親指を立てた。
「気をつけて」
「おうよ」
彼女は強がるようにニッと笑って、素早い身のこなしでタラップを駆け上った。
アタシは窓辺に向かった。
上方から、銃撃の音が聞こえ始めた。
森に火の手が上がる。
実弾式じゃない、エネルギー弾タイプの機銃か。
だとしたら、それなりの火力だな。
ルナルナの腕は確かだった。
木々の間から、見覚えのあるストームヴァイパーのホバーマシンが現れた。
最初に仕掛けてきた時と同じ連中だ。
二人乗りの軽量な機体ながら、パッセンジャーの男がミサイルランチャーを持っているのがわかる。
そいつがこっちを見た。
撃たれる、と思った瞬間、ルナルナが先に機銃を掃射した。
数発のエネルギー弾がホバーマシンの揚力部を撃ち抜いて、機体を火だるまへと変えた。
森の木々の間で、たちのぼる炎が黒い烽火を生み出す。
やったあ、さすがルナルナ。
と、喜んでもいられなかった。
背後で、イヤな音と振動がした。
こいつはまずい。
格納庫の方だ。この感覚はランチャーで穴を開けられたか。
「くそッ!! 侵入してくる」
ジェリーの、焦りを含んだ叫び声が聞こえた。
「私、見てきます!」
マリアが慌てて立ち上がる。
彼女は腰から護身用のブラスターを抜いて、微かに怯えた表情を浮かべた。
これは、どうやら彼女に任せるのは酷なようだ。
「マリア、アタシも行く。援護するわ」
アタシは放り投げていたカバンから、金色に光る愛銃を取り出して、仕方なく安全装置を外した。
脳裏を嫌な予感が掠めた。
以前と同じ連中なら、ホバーマシンの他にセミプレーンもいる筈だ。
もし、そいつらが出てきたら、この程度の武装でどうにかなるのか。
掌に、じっとりと冷たい汗が滲んだ。




