シーン41 あなたは一体誰ですか?
アタシが退院したのは、それから三日後のことだった。
三日後、という事は・・・だ。
雪路とルナルナの勝負がどうなったのかは、もはや説明不要だろう。
部屋での酒宴が行われた翌日の朝、雪路は何事も無かったように往診に顔を見せた。
あれほど飲んでいたにもかかわらず、全くそんな素振りも、酒の臭いすら漂わせていない。
おそるおそる彼女の事を訪ねると。
「うふふ」
雪路は妖艶な笑みを浮かべただけだった。
結局、ルナルナが姿を見せたのは、今朝になってからのことだ。
バロンのホバートラックで、一旦町に戻る事にして、二人で荷台に乗った。
さし飲みの顛末について尋ねると、ルナルナは顔を赤くした。
「あー、あれな、つーか、あの女化物だろ。人間じゃねえよ」
「ってコトは、やっぱり」
「ちきしょー。人が動けなくなったことを良い事に、二日酔いの治療だのなんだかんだって、好き勝手やりやがって。絶対一服盛られたんだ。でなきゃ、このオレがそう簡単に潰されるか」
「でも、証拠はないわけでしょ」
「ぐっ・・・」
ルナルナは言葉を詰まらせると、イヤな事を忘れようとするように話題を変えた。
「時間が勿体ねえからな、格納庫の所で多少装備を整えたら、すぐにジェリーに合流する。ラライもそれで良いな」
「いいよ。ってーか、別に整える装備も無いけど」
「だったら、そこらへんで待っててくれ。カレシともしばしの別れなんだ。少し話でもしておくと良い」
「うーん、とはいってもなあ」
アタシは操縦席の方をちらりと見た。
そうなのだ。
エルドナ鉱山に使者として向かうにあたって、レバーロック側の代表はルナルナとマリア、それにアタシという組み合わせになった。
理由はいくつかある。
一つには女である方が警戒をされにくい事、特に向こうの代表のデビーとかいう奴は女好きで有名らしく、少なくとも門前払いをされる可能性が低いと考えたのだ。
マリアが同行するのは、もちろんジェリーを動かすためだ。
なんだか二人の関係を利用するみたいで、あまり気は乗らないが、マリア自身が彼と一緒に居る時間を作れるならと同意した。
もちろん、彼女が直接そう口にした訳ではない。
でも、態度を見ていれば誰でもわかる。
で、バロンの事だ。
当然のように彼はアタシと同行したがって駄々をこねた。
だが、アタシとマリアがエルドナに行くとなると、町を警護する者が必要になる。
現在の戦力は、バロンのモッドスタイプとマリアの重機型セミプレーンの二台のみ。
先日のストームヴァイパーが見せた戦力に対したら頼りないと言わざるを得ないが、それでもその二台を稼働できるか否かは、町の防衛にとって重要なポイントとなる。
「ラライの事はオレが守るからよ、なあカレシはこの町の留守番を頼むぜ」
「そうだ、俺からも頼む。ミゲルの奴も、お前さんを随分と信頼しているみたいだしな」
ルナルナとアブラムの二人から熱心に頼み込まれると、最後には彼も折れざるを得なくなった。
アタシとしては彼に一緒に来て欲しい気持ちの方が強かったが、その反面、バロンが他の人たちから認められているという姿が、何だか自分のこと以上に誇らしく思えて、それ以上自分のわがままは通せなかった。
レバーロック宇宙船の見慣れた格納庫にトラックを止めて、ルナルナは装備品の選出を始めた。
アタシはせいぜい護身用のルガーさえあれば十分だったので、彼女を待つ間、言われた通りバロンと話をしようと考えた。
ところが、トラックを降りてすぐ、彼は自警隊のミゲルに捕まってしまった。
マリアの重機型プレーンを操縦するにあたっての相談みたいだが、こうなると、簡単に話は終わりそうにも無かった。
ったく。
バロンったら、面倒見がいいっていうか。
こういう時、もっとアタシのことを気にかけてくれたらいいのにさ。
アタシは手持ち無沙汰になって、仕方なく宇宙船の外壁に沿って少しだけ歩く事にした。
赤く焼けただれた装甲は、まるでむき出しの巨岩を思わせる。
軽く手をあてると、僅かに振動を感じた。
それもそのはずだ。
アブラムが動力を取り出すために手を加えた入り口がすぐ側にあるらしく、何本もの太いケーブルが近くに建設された配エネルギー用の施設まで伸びている。
何ヵ所か、外壁にハッチが開いているところもあって、人影が見えた。
何気なく近づいて、アタシはそれが見覚えのある人間であることに気付いた。
「あれ、サバティーノさん?」
声をかけると、彼は驚いた様子でアタシを振り返った。
サバティーノは近くにあるハッチに入ろうとしていて、咄嗟に足を止めた。
「やあ、ラライさんじゃないですか。ああ、もう退院できたんですね」
「今朝出てきたばかりよ。で、もうすぐ出ていっちゃうの」
「エルドナ鉱山に行くんですよね。でも、なんでこんな所に?」
「ちょっとした時間つぶしよ。・・・サバティーノさんこそ、ここで何をしてるの?」
なんだか、どこか周囲を気にしているようにも見えて、アタシは彼の様子がおかしい事に気付いた。
訝し気に彼を見ると、彼は人差し指を唇に当てた。
「困ったな、まさか人に見られるなんて。まあ、君でよかったけど」
「どういう意味、もしかして何か悪い事・・・」
「別に悪い事じゃありませんよ、ただ、アブラムの親方がうるさくてね。町の人間が、必要以上にこの宇宙船に触れるのを、あまり好まないんです」
彼は仕方なさそうに肩をすくめて、それからポケットをごそごそと探った。
取り出したのは、小さなメモリーキューブだった。
「それって何かのデータ?」
「いや、まだブランクです。今からデータをとろうかと思いましてね」
「データを。・・・もしかして、この宇宙船のデータを探るつもりなの?」
「ご名答」
「一体何のために? サバティーノさんって、研究者とかじゃないですよね」
「頼まれごとですよ。・・・それよりも、ここじゃちょっと目立ちますね。ラライさん、良かったら一緒に中に入りませんか。ああ、心配しないで、中で襲ったりはしませんから」
冗談でもやめてよ。
襲われたら勝てっこないし、まあ、銃はあるけど、知人を撃つなんてごめんだ。
アタシは迷ったが、この宇宙船の中に入るというのも、それはそれでちょっと興味深いお誘いだった。
まあ、根が好奇心旺盛だし、宇宙船は大好きだしね。
結局、彼の誘いに乗る事にした。
船内に入ると、このあたりは砂塵が入り込んで、計器類もほとんどが停止していた。それでも一部の動力が生きているのは確認できた。
サバティーノはまるで内部構造がしっかりと頭に入っているかのようだった。迷いもなく奥に進んで、小さな部屋に辿り着いた。
「さて、今のところ入れるのはここまでなんです。この先からは隔壁が降りてましてね、何としても開かない。アブラム親方が十年以上も解除を試みたけど、さすがは軍艦だけあってセキュリティの固さは折り紙付きです」
彼はそう言いながら、三台のモニターが並んだ操作パネルの前に座った。
さっきのデータキューブを取り出して、コネクタをリンクさせる。
「ここは警備室ね。文字を見る限り、やっぱり通商の船か」
「詳しいんですね。っと、よし、うまい具合にデータアクセスできそうだ」
「何のために・・・、一体何のデータをとるの? サバティーノさん、もしかして悪用するんじゃ」
アタシは彼の行動がだんだんと不審に思えてきて、微かに後退った。
「やだなあ、悪用なんて。僕は商人ですよ。こういうデータを欲しがる人が居るんです。例えば、この間会った情報屋の方とかね」
「えっ、じゃあ、それってシェードの依頼?」
「そこはノーコメントです。でも、変わった人もいますよね。こんな端末から読み取れるデータなんて、せいぜい機体名と、上手くいって所属部隊くらい。それも、大昔に無くなった組織のものです。そんなものを手に入れて、何がしたいものなのか。もしかして軍事マニアにでも売れるんですかね」
シェードの野郎か。
アタシは無駄にイケメンの、黒い髪をした男性を思い出した。
アイツの依頼だというなら、それは単なる趣味とかではありえない。
アタシとは違って軍事マニアでなんかあるはずがないし、そのデータを使って、何かしらの儲け話を追いかけているに決まっている。
だとしたら、それは一体何なのだろう。
「ねえ、本当にわかるのはその程度のデータなの?」
アタシは彼が操作している手元を覗き込んだ。
パネルには暗号のような軍艦特有の形式文字が浮かんでいた。
こういうのはアタシも得意だが、さすがに通商時代の船ともなるとわかりにくい。
「やだ、この嘘つき。航海データが残ってるじゃない」
「え、これってそうなんですか?」
「なに、そのくらい、見たらわかるでしょ」
なんだ、こいつ気付かないで操作してたのか。
アタシは腕を伸ばして操作しようとした。
せっかくだ、この船の素性をもう少し探れるかもしれない。
「ああ、ちょっと待って」
サバティーノはアタシが彼の邪魔でもすると思ったらしく、アタシの腕を払おうとした。
拍子に、手が変なスイッチに触れた。
モニターの一つに、パッと外の景色が映った。
なんだ、結構しっかりと機能が生きてるじゃない。
モニターもそうだけど、外部マイクもちゃんと音を拾っている。
と。
『おーい、ラライっ、どこ行ったんだー』
ルナルナの声が飛び込んできて、アタシは彼女の事を思い出した。
「やば、もう準備終わったんだ。戻らなきゃ」
「あ、道順は分かります? 一人で戻れる?」
「大丈夫よ。アタシ宇宙船の構造には詳しいの」
後ろ髪を引かれる思いになったが、今はこんな所に長居している場合ではない。
アタシは部屋を飛び出しかけて、ふと、踏みとどまった。
振り返った先で、サバティーノが、口元に薄ら笑いを浮かべたまま、アタシを見ていた。
その表情に、アタシはいつかも感じた嫌悪感を思い出した。
「ねえ」
アタシは半ば無意識に呟いていた。
「サバティーノさん。あなたって、誰? いったい何者なの?」
彼の微笑が凍り付いた。
緩やかに首を曲げて、人を小馬鹿にしたように両手のひらを上に向ける。
「お友達が待ってるみたいですよ。行かなくていいんですか」
「もう行くわ。ただ、訊いてみたかっただけ」
彼が何かを答える筈がない。
そんなわかりきった事に気付いて、アタシは踵を返した。
背中に、思いがけず彼の声が飛んだ。
「僕のことよりも、僕はあなたのことが心配ですよラライさん」
「どういう意味?」
アタシは振り向きもせずに答えた。
「悪いことは言いません。こんな町の用心棒なんて今すぐにやめて、宇宙へ帰った方が身のためです。この星に、君の命をかける理由はない」
「それは、警告って奴かしら」
「単なる忠告ですよ。まがりなりにも、友人と思える君に対しての」
友人・・・ね。
モニターからはアタシを探すルナルナの声が続いていた。
走り出したアタシの背中越しに、わざとらしい彼のため息が追いかけてきた。