シーン3 ホバーマシンは原野を駆ける
フォーリナーの太陽は朝から元気だった。
襲い来る日差しの強さに耐えかねて、アタシは24時間営業している宇宙港併設のマーケットで現地の気候にあった薄手の服と帽子を買ってもらった。
つば広のアイボリーの帽子は生地も柔らかく、長めのあごひもで軽くとめる作りになっている。同系色のワンピースは、ウエストの切り返しの所がやけにくびれていて、スカートはふんわりと広がって、カントリー感のあるコーディネイトだ。
なんだかレトロチックなフォルムだが、この星の女性の間では流行っているらしく、街を歩いても何の違和感も無かった。
うん。適度に涼しいし、悪くはない。
それに、アタシを見るバロンの目が久しぶりにハートマークになっていて、それだけでも着替えた価値はあったようだ。
彼と居ると、自分に自信がもててくる。
それに、その土地にあった衣装を着るというのは、意外と楽しい。この辺りが、あたしの趣味がコスプレだと、周囲に誤解されている原因なのかもしれない。
ちなみにバロンはいつものように長めのマントで体を覆い、目立つカース人の足を器用に隠して、帽子とサングラスで顔を隠していた。
こういった星系だとカース人は人目につきやすいから、そういった服装をしたくなる気持ちも分かるのだが、かえって不審者に見えてくる。
そして結局、アタシと一緒に歩くと、どっちにしろ目立ってしまった。
打ち合わせた広場に到着すると、ハリーは先に来て待っていた。
彼の隣に、見慣れない男がもう一人立っていた。
ラフな服装に、黒いカウボーイハットをかぶっている。ハリーと同年代くらいの印象だが、無精髭には白いものが混じっていた。
おそらく、彼が「ガイド」なのだろう。
少しだけ緊張を覚えながら近づくと、驚いたことに、そこにはさらに先客がいた。
小さなベンチがあって、そこに年配の、老人と言ってもいい様子の女性が一人、所在なさげに腰を下ろしていた。
更にその側に立つのは、ちょっと場違いな銀色の宇宙服を身に着けた若い男だった。やや神経質そうな目をしているが、腕を組んで、やけに気忙しそうに足先をバタバタと上下させていた。
この二人、初めて見る顔じゃない。
アタシはこの老女と男性が、昨日のシャトルで乗り合わせていた面々だった事に気付いた。
「あんたらで最後だな。じゃあ、カート頼む」
ハリーが黒い帽子の男、カートに声をかけた。
バロンは彼の分のクレジットキーを手渡して、それからカートという男に向き直った。
「乗り物はこっちだ、ついて来い」
カートは低い声で言った。
老女が慌てた様子で立ち上がり、銀色の服の若い男も、相変わらずそわそわした様子でついてきた。
どうやら、この4人全員、乗り合わせて移動することになるのだろうか。
気になって、互いの目的地について尋ねようと思ったが、そんな時間もなかった。
数分もしないうちに、アタシ達はカートの言う「乗り物」に辿り着いた。
一目見て、アタシは口がぽかんと開いた。
てっきり大きめのランナーでも用意してあるのかと思ったら、何と珍しい、今どき圧縮エアーで浮上する、ホバートラックだった。
ホバートラックを含む「ホバーマシン」とは、重力制御で走る「ランナー」が一般普及する以前に使われていた旧時代のマシンだ。
現在では販売会社の殆どが事業を打ち切り、今やその存在自体が過去の遺物といっていい。
目の前の一台も、そんな時代の生き残りで、エレス宇宙同盟圏内なら近代博物館に収納されていてもおかしくないレベルの骨董品にみえた。
「へえ~」
アタシが物珍し気に眺めていると。
「何をしてる、早く乗れ」
カートから、不機嫌そうな声で急かされた。
乗れっていわれてもさ。
まともな座席・・・無さそうなんだけど。
結局、クッションも何も無い荷台に乗る羽目になった。
バロンが気を利かせて自分のマントを敷いてくれたが、それでも座り心地は最悪だった。
「目的地はレバーロックで良いんだな」
前方の運転席にもぐりこみながら、カートが確認した。
「アタシ達はそれで大丈夫です」
アタシは答えてから、気になって残る二人に目を向けた。
年老いた女性の方が、顔を上げた。
「私はエルドナとかいう山の麓にある街としか聞いてないんだけどねえ、そこがレバーなんとかいう街なのかい?」
「エルドナ山なら、確かにレバーロックの近くだ。付近にはもう一つ別のコミュニティもあるが、まあ、レバーロックの方が、少しだけ人が多いな」
「なら、そこで良いのかねえ」
女性はやや不安そうに言った。
「そっちの兄ちゃんも大丈夫か。レバーロック行きで間違いないな」
カートは残る一人に声をかけた。
若い男はいらだった様子で顔をあげた。
「俺は、どこだっていい。早く出してくれよ」
男の声が、微かに震えているのを感じた。
あまり詮索するのもなんだが、どうも様子がおかしいと感じたのは、きっとアタシだけではないだろう。
ともかく、カートはそれ以上は踏み込んでは来なかった。
「なら出発する。生憎と多少揺れはあるぞ、気持ち悪くなったときは・・・悪いが手前で始末してくれ。ただし、くれぐれも中に向かっては吐くな」
カートはそう言って、ホバートラックを出発させた。
周囲の地面から驚くほどの砂塵が舞い上がって、周囲を黄色く包んだ。
うわ。これじゃあ髪がギシギシになっちゃうじゃない。
思っている暇もなく、トラックは発進した。
このタイプの乗り物は生まれて初めてだ。
想像以上にスピードが感じられて、横にかかる重力が、宇宙育ちのアタシには厳しかった。
1時間もすると、ブルズシティは視界から消え失せた。
周囲は荒涼とした原野だけの、なんとも乾いた景色へと変わる。
遠くには山も見えるが、全体的に穏やかな広がりを見せ、正直いって目印になるようなモノが何も無かった。
これじゃあ、何も知らないで飛び出してきたところで、すぐに迷子になってたな。
「ねえ、これ食べますか?」
女性に声をかけられ、あたしは彼女の方を向いた。
彼女は荷物の包みから数枚のクッキーを取り出して、アタシの前に差し出してくれた。
「すみません、いただきます」
「あっしもいただいていいでやんすか、こりゃどうも、ありがとうでやんす」
遠慮というものを知らないアタシ達は、喜んで受け取った。
口に含むと、焼き菓子特有の香ばしい風味が広がって、甘いもの大好きなアタシはなんとも言えない幸福感に包まれた。
お返しに飴玉を渡して、とりとめもない話をした。
女性は名前をミュズと名乗った。
この星で資源鉱山の仕事をしている息子が怪我をしたという知らせを受けて、はるばる決死の思いで会いに来たという。
もう一人の男は、一切話に入っては来なかった。
せっかくのお菓子も受け取らず、いかにも「構わないでくれ」と言わんばかりに荷台の一番後ろで小さくなっていた。
太陽がかなり高くなった。
運転席のカートとは少し距離があって、あとどのくらいでレバーロックにつくのかも見当がつかなかった。
お尻はだんだん痛くなってくるし、さすがにちょっと疲れが出てきた。
ミュズさんも、あんまり旅慣れてはいないらしく、見るからに顔色が悪くなっていた。
ちょっと休憩をお願いできないかな。
そう思って運転席の様子を覗き見ようとした時だった。
前方に建造物らしきものが見えてきた。
街に着いたのだろうか。
少し期待が高まったが、近づくにつれて、それは街ではなく、広い原野の中にポツンと立った巨大なコンテナだとわかった。
もっと正確に言えば宇宙船のコンテナ部を利用した、簡易の居住小屋だ。
その周辺には簡単な土塁が組まれて、数本の木が囲うように立っている。
ホバートラックは迷わずに、その敷地内へと侵入していった。
「もしかして、休憩所かしら?」
ミュズが戸惑うような声をあげた。
荒野のど真ん中に、休憩所か。
だけど、そういう施設なら、看板くらいあってもよさそうだ。
それに。
トラックが土塁の横を通り抜ける瞬間、その僅かな隙間に、銃を持った男が潜んで立っていたのが目に入った。
武装している?
無法地帯と言われるくらいだし、この星ではそれが当たり前なのかもしれないが、それにしても、何か妙だ。
無言のまま視線を向けると、バロンが小さく頷いたのがわかった。
ホバートラックが止まった。
カートが首を鳴らしながら降りてきて、ちらりと荷台の上のアタシ達を見上げた。
口元に不愉快な笑みが浮かんでいた。
「さ、着いたぜ、さっさと降りな」
彼の言葉に、ミュズたちの顔には困惑の表情が浮かんだ。
かといって、降りろと言われれば、そうせざるを得ない。
それに、この荷台に座り続ける苦痛から解放されるのは有難かったし、なによりも、目の前の小さな広場には小さな井戸が見えて、喉の渇きを潤せるのではないかという期待感もあった。
アタシ達は言われるがまま荷台を降りた。
最初に若い男が、続いてバロンが居りて、アタシとミュズは彼に支えられながら、微かに震える足で大地の感触を味わった。
ミュズが、怪訝そうに周囲を見回した。
「ここが、レバーロックとかいう場所なのかい?」
彼女の呟きは、笑い声でかき消された。
アタシは声の方を振り向いた。
予想通り、視線の先に居たのはカートだった。
だが、それだけでは無かった。
どこに潜んでいたのか、カートの向こうから、にやけた笑いを浮かべた男達が歩いてくるのが見えた。
どの顔も日に焼けて赤黒く、目だけがやけに白く見えた。
男達は銃を持っていた。
「ここがどこだって?」
先頭に立った、やや腹の出た体格のいい男が、見た目通り、底意地の悪そうな声をあげた。
雰囲気から言って、どうやらこの場所のリーダー格だろうか。
またもや周囲からゲラゲラという品の無い笑いがこぼれた。
「お前達・・・いったい」
アタシ達と一緒に来た若い男が、焦ったように声を引きつらせた。
なるほど、事態は段々と飲み込めてきた。
こりゃあ、まあ、そういう事か。
簡単に言えば、アタシたちはハリーとカートに一杯食わされた。
つまりは、余所者を狙った手の込んだ追剥集団って奴だ。
「カート、なかなか良い女を拾ったな、おい野郎ども、そいつだけは殺すなよ。他の連中は、・・・フン、生かしとく必要はねえな」
リーダーが非情な言葉を洩らした。
彼が片手をあげた。
周囲に居た数人の手下たちが、めいめいに手にした銃をアタシ達に向ける。
っと、これは、まずい。
今の口ぶりだと、幸いにしてアタシだけは撃つ気がないようだ。
アタシは咄嗟に3人を庇うようにして前に出た。
「あんた達、一体何のつもりよ、こんな真似して!」
精一杯強がった声で叫んだ。
「ほう」と、腹の出たリーダーが、アタシを楽しげに見た。
思わず身震いのする目線だった。
この野郎、アタシの体を舐めるみたいに見て、きっと、良からぬ妄想をしたに違いない。
「威勢がいいな、だが、その位の方が面白い。奪い甲斐がある」
「奪うって・・・」
アタシはあまりにも下品な口調に辟易して絶句した。
「この星じゃあな、まともな法律も警察もねえんだ。強い奴が弱い奴から奪う。金も、命も、あとは人の尊厳なんかもな。勝ったもんが正義。それが一番のルールなんだよ」
「ついでに言えば、バカな奴より、賢い奴が生き残る。へへ、俺を恨むんじゃねえぞ」
カートが相づちを打って笑った。
何て奴らだ。
無法者にも程ってもんがあるぞ。
女や老人を襲って、強いも弱いもあるもんか。
アタシは怒り心頭になりながらも、どうにかして男達の意識を自分に引き付けようとした。すこしでも、こいつらに隙を作らせることが出来たら、こっちにだってやりようがある。
じり、と、リーダー格の男が前に進み出た。
否応なしに高まる緊迫した空気は、次の瞬間、意外な方向から破れた。
「や、やめてくれーっ、うっ、撃つなー!!」
悲鳴が上がった。
状況に耐えかねたのか、アタシの横から、例の若い男が情けない声をあげて走り出した。
バカ、こんな時に目立つ行動をしたら!
「待って、止めてっ!!」
弾かれたように、男達は逃げた若い男に向かって、一斉に銃を向けた。
アタシの制止は届かなかった。
立て続けの銃声が耳に飛び込んで、硝煙の匂いが周囲に立ち込めた。