シーン38 まさかアイツがこの星に
雪路の黒曜石を思わせる瞳が、ルナルナを、次にアブラムを見据えた。
「まったく、何だか騒がしいと思って来てみれば、病室で酒盛りなんて、どういう了見をしてるのかしら!?」
「はは、先生、こりゃすまん」
アブラムは怒られたことをさほど気にする風でもなく頭をかいた。
「俺達も彼女の退院を待っているほど、時間が無くてよ。どうせ話し合うなら、潤滑液がある方が口が回るってもんでな」
「何が潤滑液ですか。アブラム、貴方には先日、これ以上の過度なアルコール摂取を控えるようにと、注意をしたはずよ」
「過度じゃねえ、こいつはまだまだ適量の範疇ってもんだ」
雪路はあきれ顔になった。
「だいたいね、ケガ人も居るってのに。少しぐらい気を使うってことはできないのかしら。いくら他に入院患者がいないっていっても・・・」
「雪路先生、アタシなら大丈夫ですから」
「患者は自己判断しない!」
「はっ、はいっ」
一喝されて、アタシは縮こまった。
もう。
雪路ったら、カンペキに激おこモードじゃない。
「まあまあ、黙って始めちまったのは悪かったけどさ」
ルナルナが口を挟んだ。
「これも町のためを考えてのコトなんだ。・・・それよりな、先生」
彼女の眼が、半月の笑みを浮かべた。
雪路はほんの少し警戒した顔で、ルナルナを睨み返した。
「なに? ルナリー、話題を逸らそうっていっても、そうはいかないわよ」
「誤魔化す気なんか、さらさら無いさ。むしろ、せっかくだから一蓮托生ってね」
「まどろっこしいわね、だから何よ?」
「つまりさ、良かったら先生も一緒に飲らねーか、嫌いじゃないんだろ」
「・・・・!」
アタシは呆れて開いた口がふさがらなくなった。
事もあろうに、ルナルナは雪路に向かってカルツ酒のボトルを差し出した。
一瞬空気が凍った。
雪路は一瞬こめかみをピクリと震わせて、それから、ジトリとボトルに視線を落とした。
やばい。
これって、火に油を注いだって感じじゃない?
「ルナリー、貴女、そんなもので私が懐柔されるとでも思って・・・」
ほら、ね。
こんな提案、逆効果に決まってる。
アタシ、し~らないっと。
雪路がかんしゃくを起こすのを恐れて、アタシは布団の中に隠れようとした。
シーツの端を引き寄せたところで。
「私は・・・こう見えても医者なの。医者にとって、酒なんてものはね」
冷たい、雪路の声が聞こえた。
「日本酒以外は認められないの!」
・・・。
・・・・。
・・・・・へ?
アタシは耳を疑った。
が、雪路ははっきりと、続けて断言した。
「蒸留酒なんて、ただのアルコールよ。酒は日本酒と相場が決まってるでしょ!」
な、なんだそれ?
「ルナリー、日本酒を用意なさい! だったら話くらいは聞いてあげるわ。言っておくけどあれよ、甘いのは駄目よ、きりっとした辛口のを出して」
思わず絶句した。
雪路さん、一体あなたは何を仰ってるの。
日本酒って、確かアレよね、ツッチーが好きだった、米で作るお酒。
「あちゃー、日本酒か。さすがに持ってねえな」
ルナリーは舌を出した。
「日本酒が無いなんて、それでよく酒場なんて商売ができるわね」
「いや、まれに問い合わせはあるけどさー」
「海賊にはラム、医者には日本酒、その位は常識でしょ」
雪路は理不尽に彼女を睨んだ。
さすがのルナルナも困り顔になった。
すると、思い出したようにジェリーが口を開いた。
「日本酒・・・ああ、ジャパニーズ・ライスワインか。それならカーゴに積んであるぜ。エルドナからの受注分だが、まあ、数本くらいは余分があるだろ」
マジか・・・。
「よくやったジェリー!」
ルナルナは、ジェリーの背をバンバンと叩いた。
「ルナリー、言っておくぞ、タダじゃねえからな」
「心配すんなって、ちゃんと親方が払ってくれるからさ」
アブラムが、飲みかけのカルツ酒を噴き出しそうになった。
文句を言いかけるものの、ルナルナにウィンクをされては、彼も頷くしかない。
「じゃあ、私がとってきますね。ジェリー、カーゴの鍵を貸してくれる」
「ああ、悪いな。積み荷の位置は分かるか?」
「飲料品用のケースでしょ。大丈夫。どんなラベルかだけ教えて」
「白い紙のラベルで、茶色の瓶だ。花の絵が描いてある。普通のワインに比べるとデカいボトルだから、見分けはつくと思う。」
「わかった、大きいのね。・・・待ってて」
ジェリーから鍵を受け取って、マリアが小走りに出ていった。
背中を目線で追って、雪路は長い溜息をついた。
「まったくもう、仕方のない人達ね、本当に」
おもむろにイスに座り、艶めかしく足をくむ。
意外に短いスカートから、むっちりとした太ももが現れた。
これはなかなか刺激的なポーズだ。
アブラムとサバティーノが盗み見をするのがハッキリと見えた。
ったく、男ってのはどうしてこうなんだ。
雪路は確かに美人だし、色っぽいし、わからなくはないけど。
アタシはバロンの様子を窺った。
彼はアタシの視線に気づいて、素知らぬ顔をした。
うん。
この顔は「クロ」だな。
彼も多分、さっきの瞬間には彼女の太ももを凝視していたに違いない。
アタシは無言でにっこりと微笑んだ。
「で、一体何の話をしていたの? ・・・だいたいは想像がつくけど、また、例によってストームヴァイパー対策なんでしょう」
「さすがに察しが良いな、先生」
アブラムとサバティーノが素早く目くばせをした。
「まったくその通りです。ええと、どこまで話しましたっけ」
「たしか、ブルズシティで何かの噂を聞いてきたってところまでだ」
「あ、そうそう、そうでした」
サバティーノはポンと手を叩いた。
「プレーンを仕入れるために、運び屋のオレンジを訪ねたんですよ。彼の事は、皆さんもご存じでしょう。ほら、前はレバーロックまで来ることもあったから」
オレンジ・・・か。
アタシは因縁ある宇宙運送便屋の顔を想い浮かべた。
そういえば、アタシにルナルナのメッセージを届けてくれたのも彼だっけ。
「アイツか、そういや最近はあんまり顔を見てねえけど、また、この星に来てたのか」
ルナリーはそう言ってから、アタシにちらりと顔を向けた。
お前も分かるよな、って顔だった。
「彼を待っていたせいで、戻るのが遅れたんです」
「食えねえ野郎だ。仕入れなんか頼むと、結構ぼったくられるって噂を聞くぞ」
怪訝そうな顔をしたのはアブラムだ。
「こんな辺境の星からの受注を受けてもらえるだけでも、ありがたい話ですよ。それに、変な組織に与していないだけ、こちらとしては安心できます」
「金を出すのは俺達だ。無駄にはできん」
サバティーノはアブラムの言葉を聞き流した。
「彼のところで、ちょっと変わった情報屋に会いましてね」
「運び屋の次は情報屋か。どんな奴だ」
「信用のできそうな印象でしたよ」
「お前も意外に人が良いな。印象で人を信じるのか?」
「まあ、僕も商売人として、少しは見る目があるつもりではいます」
「商才があるのは認めるが、人を・・」
「アブラム、ちょっとストップ。話が進まねえ」
ルナルナが噛みつくように言った。
「おっと、スマン」
アブラムは首を竦めた。
サバティーノはクスリと笑った。
「僕だってレバーロックの一員ですからね、少しでも有用な情報があればと思って話を聞いてみたんですよ。・・・その、ストームヴァイパーの事で」
「で、何か聞きだせたのか?」
「ええ、もちろん」
サバティーノの眼が真剣な光を帯びた。
「ドクトール・レヴィンという男はご存じですか?」
その名前を聞いて、アブラムがピクリと肩を震わせた。
「知ってるも何も、ストームヴァイパーの指導者じゃねえか」
「ええ、レクセス戦線で活躍し、ストームヴァイパーを組織した張本人です。ですが、・・・そいつがですね」
ごくり、とつばを飲み込む音が聞こえた。
「どうも最近になって、殺されたって言うんです」
「・・・!?」
「な・・・殺された?」
アタシ達は驚きのあまり、お互いに顔を見合わせた。
ストームヴァイパーのトップが、殺された?
それって、どういう話なの?
「少し前にストームヴァイパーの中で内部抗争があったらしいです」
「内部ってコトは、反乱か何かか?」
「そんな感じでしょうかね。詳しい事情までは分かりません」
「意外だな。レヴィンはそれなりにカリスマ的なトップだ。そいつを殺したら、組織自体が瓦解しそうなものだぞ」
「僕もそう思います。ですが、現実には皆さんもご存じの通りで」」
「むしろ、力をつけているようにさえ感じるな」
アブラムが深いため息をついて、腕を組んだ。
「じゃあ、いったい今のストームヴァイパーを指揮してるのは、どんな奴なんだ」
ルナルナが聞いた。
「さすがに、そこまでは聞き出せませんでした」
「にわかには信じられねえ話だな」
「そう思うのは当然です。ですが、僕は真実だと感じます」
「ふん、お前にそこまで言わせるとは。さぞかし名のある情報屋だったか」
「ええ、彼の通り名を聞けば、きっと親方も納得しますよ。なにしろ、宇宙一の情報屋とまで、噂される男ですからね」
アタシは乾いた喉にジュースを流し込もうとして、ブッと噴き出してしまった。
「う、宇宙一の情報屋って・・・ま、まさか」
「あれ、ラライさんもご存じなんですか。彼のコト」
アタシはバロンを見た。
かれもどうやら、同じ人物を頭に描いたようだった。
「えーっと、まあ、自称宇宙一、を名乗る野郎が、一人だけ知り合いに居るでやんすが」
「同じ人ですかね。名前は?」
「シェード。・・・シェード・エルクスって野郎でやんす。別名で言った方がわかりやすいでやんすかね、・・・黒の道化師と呼ばれている奴でやんすよ」
「おっと、・・・それ、ビンゴです」
サバティーノは右手で銃を作るようにして、アタシに指先を向けた。
げ・・・マジか。
アタシは変な不安感に包まれた。
シェード・エルクス。
別名、黒の道化師。
宇宙一の情報屋にして、探し屋。
そして、まごう事なき稀代のトリックスターであり、トラブルメーカーでもある。
金になる事なら、何にでも首を突っ込み、掻き回すだけ掻き回して、自分だけが漁夫の利を得ようとする、最低な男。
その上、女には手が早いドスケベの変態野郎だし、まあまあ、いい所が思い浮かばない。
それでいて。
何故か悪党とは決めつけられない、なんとも掴みどころのない男だ。
ただ、間違いなく言えることは。
あの男が動いた時は、ろくなことが起きない。
それだけは確かだ。
「ったく、よりにもよってシェードがこの星に来てるなんてね」
「まだ、この星に滞在していると決めつけるのは早いでやんす。もしかしたら、ちょっと立ち寄っただけかもしれないでやんすよ」
「だといいけど・・・」
アタシは小声でバロンと言葉を交わして、肩を竦めた。
「黒の道化師・・・か。俺も噂だけは聞いた事がある」
アブラムが苛ついた声をあげた。
「くそ、なんだか妙にごちゃごちゃした話になってきやがったな。だとすると、いま俺達の町を襲ってるストームヴァイパーは、もしかしたら以前の連中とは、中身が違ってるかもしれねえって、つまりはそう言う事だよな」
「そうですね。これは僕の勘ですが、もしかしたら、違う組織が内部に入り込んだのかもしれません。むしろ、最近の攻勢と、異常に拡大した戦力を考えたら、そう考えた方が妥当ではないでしょうか」
内部に違う組織・・・か。
あれ?
アタシはふと、峡谷で相対した女の相貌を思い出した。
あの女。そう言えば自分たちは傭兵だって言い方をしていたな。
つまり、サバティーノの推測を裏付ける存在じゃないのか?
「テシーア・ベントかあ・・・」
アタシは何気なく呟いた。
あの時、女が名乗った名前。
アタシには全く聞き覚えが無かったけど。
「今、なんて言った?」
突然、真剣な声で訊き返されて、アタシは顔をあげた。
「え。アタシ?」
「ああ、お前だ。今、誰かの名前を言っただろ」
「うん。えーと、テシーア・ベントって・・・」
「テシーアだって!!」
ルナルナが、愕然とした声をあげた。
彼女の美貌を、恐怖ともとれる感情がよぎったのに、アタシは気付いた。