シーン35 心配するのも三者三様
アタシが起きているのを見た時の、三人の喜びようったら、なかった。
特にバロンは、アタシの死にかけた姿を間近に見ていたこともあってか、ほんの数日間にも関わらず、顔までもやつれてみえた。
それを泣き笑いでくしゃくしゃにして、彼はアタシに駆け寄ってきた。
抱き付いてくるのかな、と思ったが、予想が外れた。
ベッドの際で立ち止まり、そっと一本の触手だけをアタシに伸ばす。
ルナルナやマリアが見ているからかな。
さりげない風を装って、アタシはその手を握り返した。
自然に顔がほころんで、胸が熱くなった。
声をかけようとして、言葉に詰まった。
彼の手の感触が、なんだかすごく、かけがえのないものに感じた。
「この数日間、ずっと、心配してたでやんすよ」
結局。先に口を開いたのはバロンだった。
感情が高ぶっているのは、その唇の震えですぐにわかった。
溢れ出す想いを押しとどめて、彼は触手に力を込めた。
「もう、大丈夫なんでやんすね」
アタシは頷いた。
サングラスの奥で、彼の眼が潤んでいた。
どうせなら、素顔が見たいと思ったが、口にはしなかった。
目に見えて、彼は安堵した様子になった。
だが、落ち着きを取り戻していくと同時に、彼の表情からは笑顔が薄れた。
悔しげに、一瞬だけ、彼は唇をかんだ。
「雪路さんを信用しなかったわけじゃないでやんすが」
言葉は呟きに近かった。
「やっぱり不安だったでやんす。本当にひどいケガだったでやんすよ。それなのに、とんでもないやり方で、治療をするなんて言い出して・・・」
クローン医療の事だ。
確かに、古い時代の地球圏等であればいざ知らず、エレス同盟圏に育った者にとっては、道徳的なやり方ではない。
「ここが外宇宙でなかったら、絶対に認められないもんね。生体移植なんてさ」
「もう、雪路さんから説明は受けたでやんすね」
「まあね。正直言って、何の実感も違和感も無いから半信半疑だけど。でも、特別不安も感じないし、アタシって、意外と順応力高いのかな」
「あっしは、魔法を見せられた気分だったでやんす」
魔法か。
確かにそうかもしれない。
アタシは自分の胸元に手をあてた。
心臓がドクンドクンと脈打つ感覚が掌に伝わって、不思議と安堵感に包まれた。
「いつになったら目を覚ましてくれるのか、気が気でなかったでやんす。・・・だからずっとそばを離れたくなくて・・・今朝だって本当は・・・」
バロンは恨みがましい口調になった。
「あっしは、ラライさんの側に居たかった、でやんす・・・が」
彼の触手に込めた力がますます強くなった。
さすがにちょっと痛くなって、アタシは顔をしかめた。
バロンはハッと気づいた。
「ごめんでやんす、痛かったでやんすか!」
「大丈夫だよ。ちょっと、まだ力があんまり入んなくてさ」
「あっしとしたことが、つい、加減を間違えたでやんす」
「気にしないで。あっ、そのままで良いよ」
離れそうになる手を、アタシは掴み返した。
彼は申し訳なさそうな、それでいて嬉しそうな顔をした。
まったく、バロンったら愛い奴じゃ。
アタシは彼の頭を抱きかかえて、よしよし、ってしてあげたい気持ちになった。
もちろん、人の眼がある以上、そんな事はしなかったが。
二人っきりだったら、間違いなく、もう少し深いスキンシップに移っていたところだ。
それにしても。
アタシはバロンの表情に浮かんだ悔しさの意味を思った。
きっと彼の事だ。アタシが目を覚ます瞬間を、その目で見たかったのに違いない。
自分が彼の立場だったとしても、やっぱり同じ思いになるだろう。
それに。
アタシだって、どうせなら、その瞬間には、彼に居て欲しかった。
後になって聞いた話だが、バロンはこの数日間、意識の戻らないアタシの側を、本当に片時も離れなかった。
食事すらも喉を通らなかったみたいで、ジェリーや雪路が差し入れた栄養剤さえも、ほとんど口にしなかった。
昼も夜も、仮眠すらもとらず。
彼は、アタシが目を開けるのを待ち続けた。
だから、ジェリーが彼の事をアタシの恋人だと信じたのは、当然だったかもしれない。
バロンは、そこまで思いつめて、アタシの容態を見守ってくれていたのだ。
アタシは、もちろん嬉しかった。
彼のアタシに対する気持ちは、とっくにわかりきっている。
それでも、嬉しいものは嬉しい。
もし、今のタイミングで彼にもう一度愛の告白を受けたなら、アタシは今度こそ、観念してしまったかもしれなかった。
けれど、バロンはそうしなかった。
彼はこうみえても海賊だ。
時には力づくで何かを奪い取る事だって、ある。
だけど、アタシに対する彼はジェントルだ。
いやそれ以上、もしかしたら本当にナイトかもしれない。
少なくとも、弱っているアタシにつけこんで、想いを迫るような人間では無いし、彼がそういう人間であることも、アタシにはわかっていた。
安心できちゃうんだよな。
アタシは彼に気取られないように、少しだけ視線を逃がした。
この歯がゆいまでの距離感があるからこそ、アタシは心置きなく、彼を好きでいられるのだ。
それはともかく。
彼がアタシの側を離れなかったことは、冷静に考えれば、必ずしも正しい判断とは言い切れなかった。
それも当然だ。
レバーロックのすぐ近くまで戻ってきていたにもかかわらず、バロンは自分達が無事であることを、町の人たちに伝えなかった。
アタシが雪路の診療所に居るという事はもちろん、怪我をした事も、生きている事すらも、今の今まで、ルナルナやマリアには伝わっていなかったのだ。
バロンが町に行ったのは今朝だ。
それも、彼の意志ではなく、雪路に強制的に命じられたからだった。
バロンはアタシの側を離れる事を嫌がった。
だが、この診療所の女王ともいえる雪路の命令は絶対であり、いくら彼であっても、わがままを突き通せる相手では無かったのだろう。
それで彼はやむなく、大急ぎでレバーロックへ走った。
アタシは、なぜ雪路がそんな事を命じたのかを考えた。
雪路の事だ。今日あたりアタシが目覚めるのも予測できていたはずだ。
なのに、まるで意地悪するみたいにバロンを遠ざけた。
もちろん、町の人たちが心配してるだろうから、という動機も考えられる。
けれど、それならもっと早く指示を出しているはずだ。
そもそも、あの雪路が、そんな道義的な考えで人を動かすだろうか。
きっとそうじゃない。
アタシの容態が安定し、心配が薄れたからではなく、・・・おそらく、彼がいる事によって、先ほどの検査を邪魔されるのを嫌ったのだ。
「雪路さん、あっしの事を、無理やり病室から追い出したでやんすよ」
案の定、バロンは憤懣としてそう語った。
「雪路さんはラライさんの事を、興味深い研究材料みたいに考えてるでやんす。時々、ラライさんを見る目が妙に怪しく感じるでやんすよ」
「あはは、そんなこと」
アタシも同感だが、一応「無い」としておきたい。
「悪い人じゃないみたいでやんすけど、胡散臭い感じがあるんでやんすよね。あっしの思い違いなら良いでやんすけど・・・。ちなみに今日の検査で、雪路さんに変なコトはされなかったでやんすか?」
「トレース検査ってやつを受けたわ。初めてだったし、ちょっと気持ちが悪かったけど大丈夫。その後で、筋肉をほぐすマッサージをしてもらったし・・・」
「なら良いでやんすが・・・。ん? マッサージでやんすか?」
「そう。気持ちよかったよ」
何気なく答えてから、不意にその時の光景を思い返して、何だかアタシは赤面した。
バストアップとかなんとか言っちゃって、そういや変なところも色々と触られたな。
ちょっと経験したことがない位、気持ちが良かった。
「・・・そう、マッサージでやんすか、」
バロンは繰り返した。
これは・・・。
あっしがしたかった、みたいなことを考えている顔だな。
こういうとこ、すぐに顔に出るんだから。
「まあ、その件はおいといて。こうして無事に治療してもらえたところを見ると、雪路さんが名医なのは間違いないのかな。エルザの時だって、彼女がいてくれたからこそ助かったワケだしね」
「確かにその点に関しては、あっしも異論はないでやんす」
バロンの声のトーンが少し下がった。
「こほん」と、咳払いの声がした。
あ、忘れてたー。
見舞い客はもう二人いたんだった。
アタシが顔を向けた先で、病室の入り口に寄り掛かったルナルナが、待ちくたびれたように髪をかきあげた。
「嬉しいのは分かるけどさ、お二人さんの世界はそろそろ終わりでいいだろ。いい加減、オレ達にも話しをさせてくれよな」
彼女は、少しだけ呆れたような口調になっていた。
「これは失礼したでやんす」
「良いけどよ・・・、ま、手前の女が怪我をしたんじゃ、正気にもなれねえだろうしな」
「あっしの女だなんて。・・・いやいや、否定はしたくないでやんすが、あっしとラライさんの関係ってのは、その・・・まだ」
「いいよ、照れんなって」
ルナルナはバロンの背中を勢いよく叩いた。
「アンタ達の仲が深いのは、その姿を見りゃわかるって。・・・でもな、話があるのは、こっちも一緒でさ」
バロンに一度目を向けてから、あらためてアタシに顔を向けた。
小さなため息が、彼女の唇から漏れた。
「音信不通ってのは、やっぱり居心地が悪いじゃねーか。もちろん、お前がそう簡単に死ぬような奴じゃないってのはわかっていたけど、それでもさ」
いつものようにさばさばとした口調で彼女は言った。
「もう少し早く連絡ぐらいは寄越せよ」
「それは、あっしの責任でやんす」
「そう、だからそれはアンタに文句を言ってんだ」
ルナルナは両手を腰に当てた。
軽く胸を張ると、この世の男の半数以上を悩殺できそうな程の豊かなふくらみが、これ見よがしにプルンと震えた。
「で、当の本人は、けろりとしていやがるし」
「そうでもないわよ、体中が痛くて大変なんだから」
アタシは唇を尖らせた。
「どうせ打ち身が残ってる程度だろ。顔色は良さそうだぜ」
「それもそうだけど、実際ひどいケガだったみたい」
「ま、包帯は確かに大袈裟だけどな」
「大袈裟って言い方はないでしょ、ルナルナったら、もう少しくらい、心配してくれてると思ったのに」
「心配してたって」
ルナルナははぐらかすように目線を逸らした。
「また迷子になって、どっかでピーピー泣いてるんじゃないかってね」
「ひっど、だいたいね、迷子くらいでアタシが泣くか」
アタシは彼女に向かって舌を出した。
彼女はそれを見て笑った。
「昔から泣き虫だったくせに、説得力ないってーの」
「人より少し、感情が豊かなだけよ。」
まったくもう、素直じゃないんだから。
ルナルナとは昨日今日の付き合いじゃないし、彼女の言葉が額面通りでない事くらいはわかってる。
これは、アタシの彼女のスキンシップみたいなものだ。
彼女の言葉の端はしにも、表情や仕草にも、本来の優しさが見え隠れしている。
目元が少し震えているのは、きっとアタシのコトを死ぬほど心配してくれて、寝不足になってしまっていたからかもしれない。
ひとしきり他愛もなくじゃれ合うと、ようやく三人目の声が割って入った。
「ルナリーさん、そんなコトばかり言って・・・冗談でも良くないですよ」
マリアだった。
彼女は微かに非難めいた表情を浮かべてルナルナを見ていた。
「心配かけたわね、マリア」
アタシは彼女に声をかけた。
「いえ、でも、本当に良かったです」
マリアはあらためてアタシに視線を戻した。
彼女はアタシの無事が本当に嬉しかったみたいで、目と目が合うなり、満面の笑みを浮かべた。
だが、その後だった。
突然彼女の表情が一変した。
「ラライさん、こんな事になったのも私のせいです」
激しい口調になったのに、アタシは面食らった。
「え、いや、誰もアンタのせいでなんて・・・」
「私がグズグズしてたから、ラライさんを危険な目に合わせてしまって・・・、こんな、ひどい怪我までさせてしまって・・・」
「いいの、別にいいんだよ・・って、聞こえてない? マリア? おーい」
「本当に、すみませんでしたっ」
彼女はアタシの言葉すらも耳に入らない様子で、深々と頭を下げた。
ルナルナが、隣で面倒そうに眉をしかめた。
マリアは、アタシを囮にさせてしまったことを、この数日の間中、ずっと思い詰めていたようだった。
アタシの無事は嬉しいが、どんどんその時の行動がフラッシュバックされて、激しい後悔&自己嫌悪のスパイラルモードに入ってしまったのだ。
彼女ってば、根っこが真面目過ぎるからな。
こうなるとなんとも厄介だ。
まったくもう・・・。
こじらすと大変になるのは、バロンと比較しても、いい勝負じゃないか。
「そのくらいで止めとけよ、マリア」
ルナルナが口を挟んだ。
「あんまり思いつめるのも良くねえぜ。ラライも無事だったんだし、気にしてねえって言ってるんだからよ」
「だけど、ルナリーさん・・・」
「あーもう、その、『だけど』って言うの止さないかね」
ルナルナは渋面を作った。
彼女は元々がさっぱりした性格だけあって、こういう後ろ向きな態度は苦手なのだ。
でも確かに。
こんなに恐縮ばっかりされていたら、せっかくお見舞いに来てもらえたのに、かえって疲れが出てしまうってものだ。
どうやってなだめようかな、と、途方に暮れていると、不意に廊下から声が聞こえてきた。
耳に覚えのある、乾いたような男の声だった。




