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シーン34 知らないことが多すぎる

 人類種によって、エレスシードの質や含有率に差があることを、アタシは雪路の説明で初めて知った。

 個人差があるのは知っていたけど、そもそも人類種によっても明確な違いがあるなんて、ちょっとしたカルチャーショックだった。


「おそらくは環境適応の必要性から生じた変化なのだと考えているわ」

 と、雪路は言った。


 彼女の説明は次のような内容だった。

 エレしシードによる人類種誕生が行われる過程において、環境の変化が少なかった惑星で、進化プログラムが完結した場合は、その環境下に特化した形で種が固定化される。

 この例に当てはまるのが、バロンのようなカース星人だ。

 早い時期に肉体の進化プログラムが完成し、そのかわりに、エレスシード自体も活動する必要性が薄れた。結果的に、エレスシードの含有率は低くなる。

 それに対して、短期間で大きな環境変化が繰り返し発生し、一つの繁殖域内に様々な異なる環境が混在した星々では、進化プログラムが多様化し、同時進行的に幾つかの人類種へと進化の幅を広げた。

 この場合、エレスシードもまた様々に変化する。

 交じり合い、優位性をつけながらも互いに生き残る事によって、その質は低下しながらも、含有率は向上するというのだ。


「例えば、その例がジェリーのようなベルニア人ね」

 雪路は彼を引き合いに出した。


「ベルニアは環境が複雑で、しかも人類種が繁栄した惑星が3つも近距離にあった。それは知っているわね」

「ええ、知識としては、ですけど」

「星間交流の技術も、結構早い段階で進んだ星域でね、結果として様々な人類種が同居する特異な星系に進化したわ」

「だから、ベルニアの人たちって、色々な外見の人が居るんですね」

「そういうこと。だから、彼らのエレスシードは一般的なテアードよりも高い含有率を示す傾向があるの。といっても、ほんの数パーセントだし、かわりに質が低下しているから、優位性は損なわれてしまったけどね」

「バロンさんはどの位なんですか?」

「カース人のシード含有率は、だいたいテアードの半分ね。ただ、質は割と高い」

「それって、結構な差ですね」

「まあ、だからといって、それが何かの優劣になるわけではないのだけれど」

「何か問題が起きる事とか無いんですか?」

「問題って?」

 雪路は目を細めて訊き返した。

 アタシは思わず視線を外して、誤魔化すように頬をポリポリと掻いた。。


「えと・・・その、他の人類種との間で結婚したり、子供を産むときとかって・・・」

「ふうーん。やっぱりそこに興味あるんだ」

「いや、興味って程じゃ無いけど、ほら、・・・何となく」

「何も問題ないわよ」

 雪路はあっさりと言った。


「受精率が低くなるわけでもないし。ちゃんと子供だって産めるわ」

「なんだ、良かった」

「うんうん、良かったわね」


 彼女に微笑ましく肯定され、はっとしてアタシは顔を真っ赤にした。


「いや、これはその、アタシも単なる学術的好奇心であってですね・・・」

「良いのよ、別に異性に興味を持つことは変な事じゃないし。ただ、私が気になったのは、あなたのエレスシードが特殊で、変質しやすい高濃度で質の高いものであるからよ。わざわざ抑制のために疑似遺伝子まで混入させているほどね」


 そういえば、前にそんな説明を受けたっけな。

 人工の疑似遺伝子か。

 アタシが生き延びて、ちゃんと成長できるようにと、きっと、アタシの両親が施してくれたものだ。


「そのことが、・・・仮にですけど、アタシとバロンさんとの間で子供を産もうとしたら、障害になるんですか? もしかして、エルザの時みたいに、特殊な治療が必要になるとか」

「もちろん、その可能性は否定できないわね・・・」


 雪路は少し考えこむような仕草になった。

 何か説明しあぐねている。どうも、そんな感じにも見えた。


「まあ、秘密にすることでもないか。当人のコトなんだし」

 しばらくして、彼女は自分に言い聞かせるように言った。


「あなたの細胞や組織を研究していたのには理由があるの。これは、あくまで推測の域を出ない話なんだけど。あなたのエレスシードは、おそらく非常に原始的な特徴を持っていると、私は考えているわ」

「え、原始的って?」

「現在の人類種の起源となった、古代エール人のそれに近いってことよ」

「そんな・・・、アタシは普通のテアードですよ」

「それは、確かにその通りなんだけど、実際、エレスの直系を名乗るドゥの人類種より、シードに含まれる情報量が圧倒的に少ないのよ」

「少ない? 多いじゃなくて?」

「少ないの。情報っていうのは、時代を経る事で少しずつ蓄積されていくものでしょう。だから、原始的なシードほど、その情報は少なくて、それでいて純粋なのよ」


 雪路は真剣な眼差しになっていた。

 これは、軽口を叩いているときの顔ではない。

 アタシはすぐに、その言葉に真実味を感じ取った。


「もしかしたら、本当に古代エール人の生き残りじゃないかしら? ・・・って思いたくなるくらい、あなたのシードは純粋で質が高いわ」

「まさか・・・アタシが古代エールだなんて」


 アタシが愕然として口をパクパクさせると、彼女は、ふっと緊張を解くみたいに、相好を崩した。


「とはいえ、結局のところ、テアードには間違いないけどね」

「えっ?」

「本当に古代エール人なら、疑似遺伝子で抑制する必要がないもの。古代エール文明人は、今では想像もつかないくらいのテクノロジーを持っていたから、自分たちのエレスシードには、抑制のためのプログラムを記録していた。そう、考えられいてるの」

「はあ~」

「これは、ドゥの研究者から聞いた話。エレスと違って、向こうでは軍部特権で研究が継続しているからね」


 話がアタシの想像力を、少しずつオーバーしてきた。

「古代エール人は自らの種の滅亡を予期して、のちの宇宙に自分達の子孫が再生する道を選んだ。それが、今の私達。このあたりは知っているわよね」


 アタシは頷いた。

 エレスの箱舟に繋がる話だ。

 さすがにそれについては、つい最近関わり合ったばかりだし、記憶に新しい。


「だけど、そうなると、様々な環境に適応して進化するためには、抑制プログラムはかえって障害になってしまうの。だから、私達にはその抑制プログラムが受け継がれていない」

「そうか、だからエルザが発症した時」

「そういう事。彼女の遺伝子暴走を止められなかったのは、それが理由なのよ」


 アタシはなんとなくわかった気になって頷いた。

 本当はちゃんと理解していないのかもしれないが。今は良しとしよう。


「ともかく、あなたの遺伝子は、いわゆる先祖返りしたものなんだと思う。そんな特殊なエレスシードと、他人類種のエレスシードが交じり合ったらどうなるか、ほら、興味が出てきたでしょ」

「まあ、興味が出たかでないかといえば、出てはきましたが・・・」

「研究者の私としては、できればカース人だけじゃなく、どうせなら色々な人類種と交じり合ってほしいところだけどね。ほら、なるべく沢山のサンプルを採取したいし」

「雪路さん、それはいくらなんでも」

 さすがにあんまりな発言だ。

 思わず目を吊り上げて彼女を見た。

 雪路は失言を悟って、慌てて誤魔化すように手を振った。


「冗談。単なる冗談よ。ごめんなさい、気を悪くしないで」

「いくらアタシでも怒りますよ。命ってのは尊いものなんですから」

「そうね、今度ばかりはあなたが正しいわ」


 ぺろりと雪路は舌を出した。

 まったくもう。

 冗談なんだか本気なんだか。

 煮ても喰えない相手ってのは、こういう人のコトなんだろうな。

 アタシは怒る気も失せて、ため息をついた。


「だけど、異人類種間で結婚した場合って、子供は全部テアードになるんですよね。だから宇宙にはテアードが一番多いんだって、昔、どこかで習いましたよ」

「うーん、まあ一応それも正解ね」

 あっさりと、彼女は肯定した。


「シードの含有率と質のバランスが一番理想的に保たれているのがテアードなのね。だから、普通はテアードの子供が生まれてくる確率が高いわ」

「じゃあ、ある程度、結果は分かってるみたいなものじゃないですか」

「そうなんだけど、あなたとカース人の組み合わせだと、少しだけ事情が違うのよ」

「どういうことですか?」

「カース人は、さっきも言った通り、含有率は低いかわりに質は高いの。対して、あなたのエレスシードは純度が高すぎて変質しやすい・・・。つまりバランスは決して良くないってわけ」


 バランスときたか。

 アタシは言葉の続きを静かに待った。


「もし、疑似遺伝子に子孫への伝達機能が備わっていないなら、どうなるかしら」

「え・・・と、純度の高いシードだけが受け継がれる、ってこと?」

「正解」


 満足気に頷いて、雪路はアタシのお腹をちょんと押した。


「その場合。あなたのエレスシードは、カース人のエレスシードによって変化を促される可能性がある。もしかしたら、全く新しい人類種の誕生、なんてことになるかもね」

「ええっ、新しい人類?」

「あくまで可能性の話よ。試算上は限りなくゼロに近い可能性なんだけど、この世界ではゼロじゃないってことも重要なのよね」


 アタシは言葉を失った。

 なんだか、いきなり変な重圧を背負わされた気分だ。

 カース人とお付き合いするのって、単なる外見上の問題くらいだと単純に考えていたのに、もしかして、結構大変な覚悟が必要なのだろうか。

 無意識に難しい顔になっていると、彼女は優しくアタシの肌にタオルを巻いた。

 あら、温かい。

 なんだかいつの間にか、体が冷たくなっていた。


 雪路はアタシをうつ伏せにして、それから優しくマッサージを始めた。

 彼女の暖かい手が、腰からお尻、そして太ももへと、優しく揉みほぐしていく。

 痛い部分も分かってくれていて、まるで魔法のようにアタシの気持ちを蕩けさせた。


「ここだけの話だけど、もし彼とそういう関係なったら、赤ちゃんは欲しい?」

 揉みながら、彼女は訊ねてきた。


「どうですかね・・・。興味はありますけど、アタシ、まだ誰かの親になるなんて、考えたことも無かったし」

「でも、もし、今よりも深い関係になれば、そういう選択だって迫られるかもしれないでしょう?」

「その時はその時かな・・・。だけど、さっきの話だと、何だか不安になってきますよね」

「あら、ごめんなさいね、そういうつもりじゃなかったんだけど」


 言いながら、雪路は足の指をほぐし始めた。

 くすぐったいような、それでいて妙に気持ちが良くて、アタシは吐息が漏れるのを抑えきれなくなった。


「異人類種の間で生まれる子供は、むしろ宇宙での生存適性が高いっていうデータもあるのよ。これは私の研究じゃなくて、一般論だけど」

「それは本で読みました。頭が良い子供になる事も多いんですよね」

「そうそう。もしかしたら、ベルニア人みたいに生命力が強くなるかもしれないし」

「ベルニア人って、生命力が強いんですか?」

「変化に耐えて進化してきただけあってね」


 雪路の手が足の指を離れた。

 今度は仰向けに戻され、首から肩甲骨にかけてマッサージを受ける。

 固まった筋肉が剥がれていくような、えもいわれぬ快楽がアタシを包んだ。


「環境への順応性が高いのはもちろん、病気やけがに対する抵抗力も高いの。それに加えて、他の人類種では考えられないような特徴を持っていたり」

「へえ~」


 アタシは感嘆して声をあげた。

 エルザの一件があってから、自分の事もあるし、アタシはエレスシードについてそれなりに調べたつもりだった。

 だけど、さすが雪路はその道の専門家だ。

 尊敬のまなざしを送ると、彼女はアタシがこの話題に興味を持ったことが嬉しかったらしく、更に饒舌になった。


「ベルニア人って言えば、ジェリーなんかもすごいのよ」

「ジェリーさん?」

「そう、彼」

 雪路は目を細めた。


「血液が万能なの。特別な処理をしなくても、テアードにも、ザンタ人にも、カース人にだって輸血できるスーパーブラッドの持ち主」

「そんなコト、可能なんですか!?」

「テアードやテラス、キリルみたいな近似種同士なら当たり前だけど、それでも血液型によっては抗原処理が必要でしょ。彼はそれすらも必要としないの」


 さすが、宇宙広し、とはよくいったものだ。

 まあ。

 同じ人類同士であれば、自然交配だって出来るんだし、輸血万能な人類がいたって不思議じゃないか。


「ジェリーさんみたいな外見の人って、ベルニア人の中でも、あまり見かけないですよね」

 アタシは何気なく訊いた。


「第二惑星固有の人類種だったんだけど、・・・ほら第二惑星って」

 雪路は、すこしだけ表情を曇らせた。


 なるほど、第二惑星の出身者か。

 確かにそりゃ、珍しいわけだ。

 泥沼の様相を呈したベルニアの内戦で、エレス参入派の第一惑星と、ドゥの支援を受けた第三惑星との間で、主戦場となってしまった星だ。

 自然豊かだった惑星は、その三分の二が焦土と化し、そこに住んでいた固有人類種の殆どが僅か100年で死に絶えた。


「数少ない、生き残りなんですね」

「そうなるわね。だから、彼のエレスシードもすごく貴重なサンプルになるの。だから、時々、研究に付き合ってもらっている、というわけ」


 なるほど・・・。

 本当に世の中には知らないことが沢山あるものだ。

 アタシは感心して、それから胸元に違和感を覚えた。


 いつの間にかタオルがはだけて、アタシの胸を左右から雪路の手が揉み上げていた。


「あのー雪路さん、それって何のマッサージですか」

「あら、気付いた?」

「そりゃ、気付きますよ」


 雪路の目が笑った。


「決まってるじゃない、バストアップ」

「ちょ、それはアタシ必要ないですっ」

「そう? けっこう効果あるって人気なのよ。アタシの全身マッサージ。この星じゃやってないけど、テアの衛星でクリニックをしていた時なんか、予約でいっぱいだったんだから。ほら、気持ち良いでしょ」

「気持ちいいけど、それは、その、あまり嫌です」

「だったら、任せなさい。特別サービスなんだから。普通の患者には、頼まれたってしてあげないのよ」


 雪路は有無を言わさなかった。

 何がどうしてなのかはわからないが、雪路はアタシのコトが気に入ったらしかった。

 それにしても、全身マッサージなんて初めてだ。

 ってーか、人にマッサージされること自体、初体験じゃないだろうか。


 抵抗しようにも、体はまだ麻酔がうっすらときいていて、あまり力が入らなかった。

 それに、丹念で丁寧な彼女の指使いは、アタシの意志とはかかわりなく、疲れ果てた肉体が欲する刺激を、的確に全身へと刻み込んでいった。


 仕方なく、アタシは観念した。

 受け入れると、あとは気持ち良さだけが支配した。


 彼女のテクニックは、言葉通り本物だった。

 行った事はないけど、エステって、もしかしてこういう感じなのだろうか。

 有償のサービスだとしても、間違いなく次回の予約を入れてしまうレベル。

 気分だけかもしれないが、本当に腰回りや足がスッキリしたように感じた。それに、背中や肩にあった痛みが、はっきりと和らいでいる。

 それに、なんだか肌までもが引き締まったようだった。


「どう良かったでしょ」

「あ・・・はい」

 終わり間際に声をかけられて、アタシはまだ全身を上気させたまま、ほぼ反射的に頷いていた。


「あなたさえ良ければ、またしてあげる」

「本当ですか?」

「本当よ、でも、そのかわり、これからも私の研究に付き合ってくれる。前みたいに痛くはしないから、時々あなたの遺伝子サンプルが欲しいの」


 ・・・。

 そう来たか。


 なんとなく予想はついたが。

 まあ、痛くしないというなら、別に断る事でもない。

 今回はそのおかげで命拾いしたのかもしれないし、アタシのエレスシードが特別だというなら、彼女と付き合いを続けることは、アタシにとっても悪い事ではないのかもしれない。


「・・・痛くしないって約束してくれるなら」

「しないわよ。私が信じられない?」


 心の底から。

 ってわけにはいきませんが。


 アタシはこくりと頷いた。

 雪路は満足したように、アタシの体に再びタオルを巻きつけた。


「うふふ、素直な子は好きよ」

 雪路は不必要にセクシーなウィンクをして、それから病室を出ていった。

 ようやく一人に戻って、アタシは大きく息を吐いた。

 十分にほぐれた体をいっぱいに伸ばす。

 明らかに、体が軽くなっていた。


 アタシはどうにか自力で着替えを済ませた。


 雪路からは安静にしているようにと言われたが、かといって眠くもなく、変化のない天井ばかりを眺めているのも嫌だ。

 アタシはこっそりと身を起こして、窓の外を眺めることにした。


 診療所を囲むように、木の柵がめぐらされていて、その内側には小さな花壇が作られていた。

 決して手の込んだものではなかったが、白と黄色の花が均等に並んで咲いている光景は、なんだか心を落ち着かせてくれる。

 けれど、柵の向こう側にはせっかくの景観をぶち壊すかのように、巨大な人工の物体が太陽の光をさえぎっていた。


 あれは、巨大な陸上用カーゴシップだ。

 セミプレーンなら4・5台は収納できそうな巨大コンテナを後方に積んだマシンの側面には、ディフォルメされた狼のマスコットキャラクターが描かれている。

 一目見て、ジェリーのカーゴだという事は想像できた。


 そういえば、フリーの運び屋だって話だったけど、なるほど、あのくらい大きなカーゴでもないと、こういった星では商売にならないのかもしれない。


 何気なく見つめていると、砂煙が見えた。

 一台の、見覚えのあるホバートラックが、ジェリーのカーゴシップに並んで止まった。


 アタシは自然と笑みになった。

 見間違えるもんか。

 バロンだ。

 彼が戻ってきた!


 視線の先で、運転席からバロンがぬったりと降りてきて、それから荷台の方にちいさな足場をかけた。

 荷台には荷物のかわりに人が乗っていた。

 これも、すぐに誰だかわかった。

 ルナルナに、マリアか。


 アタシは嬉しくなって、窓をいっぱいに開くと大きく手を振った。


 遠くで三人がアタシを見つけて、一斉に笑顔になったのが見えた。


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