シーン33 関係ないじゃないですか?
彼女の本名は「森永雪路」といった。
豊かな黒髪の美女で、高級なクラブやリゾート惑星が似合いそうな、何となくゴージャスな雰囲気をまとっている。
スリースタイルも見事だ。
ボンキュッボンの官能的な肉体が、ラフに着こなした白衣の下にありながら、隠しようのない存在感をアピールしていた。
それにしても。
シャーリィといい、ルナルナといい。
どうしてアタシの周りには、こういう肉感的美女が集まってくるのだろう。
「まさか、あなたとこんな星で再会するなんてね、夢にも思わなかったわ」
言葉ほど驚いた顔もせず、雪路は言った。
「それはこっちのセリフですよー」
夢も夢、むしろ悪夢だわ。
思ったが、とても口になど出せるわけはない。
もっとも、嫌いというワケではない。
色々あって、個人的にはすごく苦手な相手ではあるが、アタシの小さな友人の命を救ってくれた恩人には違いなく、その意味では、彼女に感謝もしている。
笑顔の下に隠した「マッド」な部分さえなければ、とても信頼できる医者なのだ。
「とりあえず、世間話はあとにしましょうね。意識も戻ったことだし、さっそくだけど、全身のヘルスチェックを始めるわよ」
「え、検査か何かですか?」
「肉体組織の再生具合を、ちゃんと確認しないといけないの。・・・言っておくけど、すごいケガだったのよ。あなた、そのあたり、自覚は無かった?」
「わりと派手に怪我をしたのは覚えてますけどー。でも、鏡を見たわけでもないし。すぐに気を失っちゃったみたいだし」
「それはそれで良かったかもね」
意味ありげに笑って、雪路は角の棚に置かれたコップに気付いた。
「あら、チョコレートなんか飲んだの? さてはジェリーの仕業ね。まったく、患者の検査も終わらないうちにこんなもの飲ませるなんて」
「美味しかったですよ」
「内臓の回復具合だって確認していないのよ、気持ち悪くなったらどうするの」
「アタシの内臓がどうかしたんですか?」
「激しい外圧を受けたせいでしょうね、大事な臓器が幾つか損傷していたわ。手首は骨折してたし、頭の裂傷も深くてね、致命傷になりかねないレベルだった」
「そんな」
「アタシの所に担ぎ込まれるのが、少しでも遅れていたら、今ごろは間違いなく冷たくなっていたわよ」
「う・・そ」
アタシは絶句した。
マジで? アタシってば、死にかけてた?
骨折だけならともかく、内臓損傷って。
全身に震えが走って、急に寒気がした。
でも、おかしいな。
そんなにひどいケガをしたなんて実感がない。
手足だって動くし、体は確かに痛いけど、それほど深刻な状態には思えない。
もしかして、メディカルボックスに入ると時間の感覚が失われるみたいに、意識を失ってから、こうして目を覚ますまで、実は結構な日数が経っているのだろうか。
アタシの顔が青ざめたのを見てとって、雪路は「ふふ」と笑った。
「まあ、悪運が強いのも、あなたの生きる力のなせる業よ。私がこの星に居たのは偶然だけど、偶然は結果として必然であるものね」
「そういえば、雪路先生はずっとこの星に?」
「雪路で良いわよ」
さばさばとした口調で彼女は言った。
「違法のドクターが必要とされるのは、こういう辺境の星なの。幸い、私も本職は外科だし。こういう荒っぽい星なんかだと、待遇が良くてね」
「てっきり、専門は遺伝子治療だと思ってました」
「そっちは一応、禁忌分野よ。エレスだけじゃなく、ドゥの目も厳しいから、表向きにはしていないわ。実際のところ研究は続けているけど、あくまで趣味の範疇よね。本業はこっち、さあ、手を出して。えーと、包帯を巻いてない方」
指先がアタシの手首に触れた。
軽く脈をとり始める。
意外に柔らかい手をしていて、それに、暖かかった。
「普通の医者にかかっていたなら、少なくとも数か月は入院だったでしょうね。それだって、これ程までには回復できないでしょうけど。傷だって残ったかもしれないし」
彼女は手を離すと、立ち上がった。
部屋の隅の戸棚をあさって、小さな手鏡を取り出す。
「ほら、自分で確認なさい」
アタシは自分の顔をまじまじと見つめた。
頭にはグルグルと包帯が巻いてあったが、顔には小さな傷一つついていない。
正直、心の底から安堵した。
一応だけど、アタシだって女なのだ。
「以前、あなたから採取させてもらった細胞や体液から培養をして、研究用に生体移植できる肉体組織や臓器サンプルを作ってあったの。まさか直接本人に移植実験ができ・・・コホン、治療が出来るなんてね」
・・・雪路さん。
いま実験って言ったよね。はっきり。
「まあおかげで、外見だってシミ一つなく元通り、本人の細胞だから拒否反応だってゼロ。奇跡的な大成功になったわ」
雪路は誤魔化すようににっこりと笑った。
まあ、成功したから文句は言えないけど。
勝手に人の体からご禁制のクローン臓器を作っていたなんて、どういう話だ。
これだからモグリの名医ってのは油断が出来ない。
。
なんだか釈然としない気持ちが残ったが、結果論で納得する事にした。
「あわせて治癒促進もかけておいたから、骨もちゃんと繋がったはずよ。」
「確かに、腕も曲げ伸ばしはできますね。あまり力が入らないけど」
「筋力は元の値を増強できるわけじゃないし、普段からの運動不足を恨むのね。・・・あなた、運動嫌いでしょう」
「もちろんですよー。なんでわざわざ自分から疲れる事をするのか、アタシにはまったく理解が出来ません」
「その考え方が駄目ねー。せっかくの若い肉体がポンコツになるわよ。気をつけなさい」
「・・・・・。」
ち、まるで本物の医者みたいなことを言いやがって。
「ちなみに、今の回復度合いからすると、包帯だって外せそうね、まずはちゃんと検査してからになるけど」
「検査って、痛くはないですよね」
「痛くはないわ。安心なさい、臆病なお嬢ちゃん」
「お嬢ちゃんって年じゃないですよ」
「私より年下は、みんなお嬢ちゃんよ」
彼女はまるで子供に言い聞かせるように言って、それから腕につけた金色の古い腕時計に視線を向けた。
「それにしても、私の方が驚かされるわ。ここまでの回復に、たったの58時間だもの。エレスシードの含有量が高いから回復スピードが速い事は予測できたけど、想定値の5倍以上ね」
アタシは彼女の言葉に違和感を覚えた。
「エレスシードの濃度って、回復にも影響するんですか?」
「もちろんよ、知らなかったの?」
彼女は拍子抜けしたような顔でアタシを見た。
そこまでは知らなかった。
ってーか、そんな詳しい話なんてスクールでも教えてくれないし、きっと世の中の常識にはなっていない。
エレスシードが多い人の特徴は、せいぜい、他人類種との自然交配がしやすい位だと思っていたのに。
「もちろん、ただの自然治癒で、それほどの差が出るわけじゃないわ。あくまで私の医療技術が伴っての話だけどね」
「ですよね。・・・でも、クローン技術かあ」
アタシは自分のお腹をそっと触った。
どの程度の治療だったのかはわからないが、雪路の話を鵜呑みにするなら、アタシの体内には、クローン培養された人工の組織が移植されたのだ。
なんだか出口のない不安感が、静かに心の底に広がった。
「なにか心配?」
アタシの表情を見て、雪路が言った。
「クローン医療って、重大な違法行為じゃないですか。大丈夫かなって」
「それなら安心なさいな。クローン治療は施術した人間は罪に問われても、受けた方は特に処罰の対象にはならないから。それに、あくまでエレス同盟圏内か、ドゥの支配星域内での行為に限られてるし」
「それは知ってます」
アタシが不安なのはそういう事じゃなくって。
思ったが、彼女と、そんな事で問答を続ける気にはなれなかった。
お腹の奥で腸がごろごろと音を立てた。
さっきのチョコレートドリンクかな。どうやらアタシの肉体は順調にカロリーを摂取して、エネルギーへと変換しようとしているようだ。
「でも、なんでクローン治療とか遺伝子治療って禁止されているんですかね」
アタシは少しだけ話題の方向性を変えた。
「医療技術としたら、夢の治療法じゃないですか。特別危険なことだってなさそうなのに」
「歪んだ道徳思想の押し付け・・・って、昔は私も思っていたわ」
雪路は、軽く首を傾げた。
「ただ、ドゥがエレスシードをはじめとした遺伝子研究にストップをかけ、敵対していた筈のルウも、エレス同盟もそれに恭順した。そこに、何かしら理由はあった筈よ」
理由か。
うーん。専門家でもないアタシには想像もつかないわ。
「もどかしいけど、その答えに辿り着けるだけの研究成果は、私もまだ持っていないの。あと少しのところまで辿り着いた人はいたけど、不幸な事件で亡くなってしまったし」
「それって、誰のコトですか?」
「私とモランの恩師にあたる人よ。あらやだ、あなたにこんな事を話しても、仕方がないのにね」
雪路ははぐらかすように笑った・
雪路さんの恩師か。
やっぱり違法なドクターだったのだろうか。
ぼんやりと形にならない輪郭を脳裏に描いていると、雪路はわざとらしく声のトーンをあげた。
、
「さて、と。じゃあ検査を始めましょうか」
言いながら、アタシの頭を優しく撫でる。
これ以上、この話題には触れるな、ってコトかな。
アタシはお利口さんに振舞って、彼女が次に何をするのかを待った。
「じゃあ、裸になって」
「え、裸ですか?」
「当然よ。どうしたの、もしかして恥ずかしいの?」
「そりゃあ、ちょっとは恥ずかしいですよ」
「我慢して。着衣の上から検査できるほど、ここの施設は充実していないの。文句を言いたいなら、OPRS透過装置を寄付してから言いなさい」
「・・・聞いた事ない装置ですけど、なんだか高そうですね」
「たった7億9千620万ニートよ。今、一番安く手に入るところで」
「・・・脱ぎます。手を貸してくれますか」
「聞き分けの良い子は好きよ」
雪路は白衣の袖をまくった。
胸元に手を伸ばしてきて、おもむろに前合わせのボタンを外し始めた。
戸惑う隙も与えず、彼女はあっという間にアタシの病院服をはぎ取ってしまった。
グラマラス、には程遠いけど、それなりに均整の取れた胸が露わになる。
自分の体なのに、やけに肌の色が白く見えた。
彼女はサングラスとイヤホンがセットになったようなヘッドセットをかぶり、小さなペンライト状の端末で、アタシの胸元を照射し始めた。
ポピュラーな医療器具だ。
光がセンサーになっていて、レントゲンのように、光が当たった部分の体内を「目視」できる。
きっと彼女の眼には、アタシの心臓が鼓動する様が、はっきりと見えているに違いない。
「軽く横を向ける?」
彼女が言いかけたところで、突然バタンという音がした。
誰かが来た。
アタシは悲鳴を上げかけた。
「先生、道具を一式持ってきたぜ。って、ありゃ、取込み中だったか」
ジェリーの呑気な声がした。
アタシも驚いたが、それ以上に雪路が慌てた。
咄嗟にアタシにタオルをかけて、空気を読まない闖入者を振り向く。
「ジェリー、あなたね」
雪路が珍しく厳しい目になって睨んだ。
彼は手に黒い大きなカバンを持っていた。
中に何が入っているのか、見た目以上に重そうな様子だ。
「すまねえ、でも、さっき頼んだのは先生だぜ」
「だとしてもノックぐらいはしなさいよ。もういいわ、そこに置いといて」
「へい・・・」
ジェリーは申し訳なさそうにカバンを置いた。
アタシにちらっとだけ視線を向けてから、わざとらしく手で顔を隠した。
「大丈夫、見てねえよ」
うわ。嘘っぽい。
ったく、男ってのはどいつもこいつも・・・。
「いいから、さっさと出ていきなさい」
雪路が冷たい口調で言った。
ジェリーは悪気のない態度を続けたが、程なく追い出された。
彼女は、一つ大きくため息をついて、念入りに鍵をかけた。
「まったくデリカシーってものが無いんだから、男ってのは」
「本当ですね」
アタシはバロンの事を思い出してしまった。
そういや彼も、すぐにアタシを盗み見するもんな。
「まあ、こういう星では良くある事だけど、数的に男の社会になってしまうと、どうしてもマナーや礼儀ってものが欠如してくるのよね」
「そんなものなんですか」
「ええ、どっちにバランスが悪くなってもそう。男だけでも秩序が崩れてくるし、逆に女だけでもおかしくなってくる。結局そういう事なのね」
「なんとなく、わかる気がします」
「そう考えると、世の中に男と女が居るっていうのも、まあまあ良く出来た仕組みよね。実際のところ、私は永遠に男なんていらないと思ってるし、自分ながら矛盾している考えだとは思うけど」
「矛盾してるのって。アタシは人間らしくて好きですよ」
「あら、それって面白い考えね」
彼女はにこりと笑った。
素敵な笑みだった。
不思議と、彼女に対する警戒心が和らいだ。
雪路さんって、こんなに親しみやすい人だったんだ。
まあ、前回お会いした時は、色々あって切羽詰まった状況だったし、こんな風に二人きりで話をする機会もなかったしな。
「それじゃあ、検査を再開しましょうか」
彼女は、再びアタシの胸にセンサーをあてた。
アタシはなんとなく気を許して、彼女の診察を受け入れた。
しばらくして。
検査は、滞りなく終わった。
時計を見たら、一時間くらいしか経っていなかった。
だけど、アタシにはその時間がまるで数倍にも感じられた。
最初のうちは、センサーで体内を見るだけだから、特に何の苦痛も無かった。
問題は、その後だ。
「どうしてもこれじゃあ確認できない部分があるわね。ラライさん、トレース検査をしてもいい?」
彼女にそう聞かれて、あまり深く考えもせずに「はい」と答えたのが運の尽きだ。
生体トレース。
アタシはその技術を知らなかった。
それは、初めての体験だった。
アタシはどろりとするジェリーが詰まった、酸素カプセルのような形の器具に押し込まれた。
窒息するかと思ったが、不思議と呼吸が出来た。
それからすぐに、なんだか全身が生暖かくなった。
ここまでは、シャワーでもしているみたいで、気持ちが良いくらいだった。
だが、実際のトレースが始まると、アタシの肉体は、一瞬にしておぞましい感覚に襲われた。
肉体にある穴という穴から、・・・それこそ鼻の穴から全身の毛穴まで、何か得体のしれない物質が侵入してくる、それは、そんな感覚だった。
アタシはカプセルの中で溺れるように苦しくなってもがいたが、気付けば全身に力が入らなくなって、まばたきすらも出来ない金縛り状態になってしまった。
それなのに、意識ははっきりとしているし、目はカプセルの外で起きている状況も見て取れる。
まるで生きたままホルマリン漬けの標本にされてしまったかのようになって、アタシはなすすべもなく時が過ぎるのを待った。
後で聞いた話によれば、それはアタシの感覚だけの話だった。
実際には、体に侵入した物質などは無かった。
ただ、肉体を構成する分子すらもすり抜ける、中性微子というものに、ほんの少しの質量を加えたものが、全身を通過したらしい。
ジェリーに思えたのは、空間を変圧してアタシの肉体を空中固定するための仕組みで、その空気成分に僅かな麻酔作用があったため、アタシは動けなくなってしまったのだ。
ともかく。
その微子とやらが、アタシの臓器や骨、神経にいたるまで、綺麗にトレースし、立体的なサンプルデータを疑似実体化させた。
雪路はそうやって取り出したアタシの臓器コピーを幾つも並べ、わざわざアタシの目の前でみせつけるように、解体を始めた。
いや・・・、ね。
もともとアタシは、スプラッターとかさ、血が出たりする光景とか、あまり好きな方ではないのよ。
むしろ、苦手なくらい。
なのにさ。
目の前で、さもアタシから取り出された様な肉塊が並べられ、それも次々に切り刻まれていくんだから、これは、気持ちが悪くならない方がおかしい。
全ての「検査」が終わった時、アタシはまるで自分自身が解剖されたような感覚と、全身を中性微子とやらで掻き回されたショックで、半ば廃人と化していた。
「どうしたの、そんなに痛くはなかったでしょ」
美しい悪魔は、うつ伏せのまま肩息をするアタシをそっと撫でた。
全身にびっしりと汗をかいてしまっていたが、もう身動き一つする元気がなくなっていた。
「風邪ひくわよ」
言いながら、雪路はアタシの体を暖かいタオルで拭いてくれた。
背中からお尻にかけて、それから、アタシを仰向けにして、膨らんだ二つのふくらみの合間も丹念に。
全身が敏感になってしまったみたいで、アタシはその感触に、小さく呻いた。
肌がやけにつるつるに見えた。
これは、例の中性微子とやらによる副次効果らしい。
まるで十代に戻ったみたいに、ハリときめ細やかさが戻ってきていた。
「いいお肌ね。羨ましいくらい。これは元がいいからよね」
雪路は呟いた。
お世辞ではなさそうだ、アタシの肌を、彼女の手が悪戯っぽく撫でていった。
アタシは顔を半分彼女に向けて、恨みがましい目を向けた。
目が合って、彼女は微かに口角をあげた。
「いきなりでビックリしたみたいね? トレースは初めてだった」
「ええ、こんな気持ち悪いものだなんて知らなくて」
「あらそう? 慣れればそんな悪いものでもないわよ」
まあ、体の感覚だけならそうだろうけど。
一番こたえたのは、あなたの解体ショーなんだけどね。
「トレース検査って、どこの医療機関でもするものなんですか」
アタシは訊ねた。
「もちろんよ、安全で確実な医療技術だから。一般的には麻酔を濃くして眠ってる間にやるんだけど、・・・ほら、こういう所じゃ、麻酔薬もなかなか高くて手に入らないでしょう」
いやいやいや。
今度からぜひ、眠らせてください。
多少ならお金を払いますので。あ、もちろんツケでだけど。
アタシは言葉には出さずに、涙目で抗議した。
雪路はカルテらしきデータ端末に、何かしらの記録を入力した。
「臓器も正しく機能しているし、消化器系にも炎症や内出血は一切起きていない。神経系も正常に繋がってるわ。ただ、部分的にけっこう痛みが残っていると思うけど、それは正常な反応だから心配しないで。急激な回復による一時的な反動が、筋肉に起きてるだけ」
「それは、良かった・・・です」
ぐったりしたままのアタシに、彼女はあらためて寄り添い、ベッドの端に腰を下ろした。
「それにしても・・・ね」
ふいに、耳元に顔が近づいた。
「トレースついでに確認しちゃったけど、あなたって、いまだにバージンなのね」
「なっ・・・」
思いもかけない言葉をかけられて、アタシは赤面した。
ちょっと、いきなり何を言い出すんだ。
いくら医者だからって、もし法律のある星の上なら、セクハラで訴えてやるような話だぞ。
「バロンって人と、付き合ってるんじゃなかったの、もしかして、あんまり上手くいっていないとか」
「待ってくださいよ、どうしてそんな話。・・・それに、アタシ達、そもそも、つき合ってなんかいませんよ」
ちょっとムキになってしまったみたいに、声が大きくなってしまった。
「あら、そうなの?」
「誰がそんなこと言ったんですか、アタシ達は仲のいい友達ですよ」
「前に会った時に、シャーリィって人から話を聞いたのよ。それに本人だって、ジェリーとそれらしい話をしてたし」
ったく、また、あのお節介女か。
いつの間に雪路と接点を持ったんだ。
「とにかく、アタシ達はまだそんな関係じゃないんです。ほっといてください」
「そうなの、なんだ、残念」
彼女はつまらなそうな顔になった。
何で彼女が残念がるんだ。
アタシがバージンだろうが、雪路に関係なんてないはずなのに。
「ごめんね、でも興味あったのよ。あ、誤解されないように言っておくけど、あくまで個人的な学術的興味からね」
雪路は悪気ない様子で、アタシの頬を指で突いた。
「学術的・・・ですか?」
「そう。だって、こんなの滅多にないケースだからね」
「カース人とテアードの組み合わせなんか、別に普通にありますよ。といっても、本で見ただけですけど。・・・意外と上手くいくみたいですよ」
「ううん、そうじゃなくて。・・・あくまで、あなただから気になったの」
「アタシだから?」
「そう」
雪路は、少しだけ真面目な顔になった。
「特殊なエレスシードを高濃度で持つあなたと、よりにもよってエレスシードの含有率が、既知の人類種の中で最も低いカース人のカップルだもの。遺伝子の結合がどんな結果を生むのか、想像しただけでもワクワクするじゃない」
「エレスシードが低い? バロンさんが?」
「そうよ。もしかして知らなかった?」
雪路はアタシの反応に、意外そうに目を丸くした。




