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シーン31 死の峡谷を駆けあがれ

 「私とて命は惜しい。やけになった貴様に撃たれるのは本意ではないからな」

 テシーアは少しでも余裕を見せつけるように、軽く胸を張るようにして腕を組んだ。


 アタシは、構えた銃口はそのままに、彼女の次の言葉を待った。

 できれば、こっちだって撃ちたかないわよ。

 もし間違って殺しでもしたら、夢見が悪くなるなんてもんじゃないしね。


「逃げる時間をくれてやる。そうだな、3分だ。その間は、上にいる連中にも手出しをさせないと約束する。それで、どうだ」


 どうだ、って、言われてもね。


「信用できないわね。アンタ、絶対に人を陥れるタイプでしょ」

「信用するかどうかは貴様の勝手だ。だが、断ればお前はここで確実に死ぬ」

「どうかしら、まだわからないわよ」

「いくら貴様が優れたパイロットでも、・・・いや、優れたパイロットだからこそ、既に気付いているはずだ。この峡谷で上の連中がランチャーを放てばどうなるか」


 アタシは言葉を返せなかった。

 確かに、これは大ピンチだ。

 ミサイルそのものを躱すのは、完全に不可能というワケじゃない。

 けど、爆発によってこの岩壁が崩れ出したら、アタシのセミプレーンなんかは簡単にぺしゃんこになってしまう。

 まして、むき出しのコクピットにいるアタシなんか、きっと即死だ。


「選択の余地はなさそうね・・・」

 アタシは観念せざるを得なかった。


 テシーアが勝ち誇ったような表情になった。

 彼女の掌から逃れきれない悔しさに、アタシは奥歯の奥を噛み締めた。

 思わず、敗北感が表情に滲み出てしまう。

 彼女はそれを見逃さなかった。

 支配欲望にかられた人間特有の嫌味さを溢れさせ、テシーアは峡谷の奥を示した。


「特別に教えてやる、この峡谷の先は、エルドナ鉱山のコミュニティに繋がっている。そこまで逃げ込めれば、お前の勝ちだ」

「この先に、エルドナの町が?」

「まだ、嘘だと思うか」


 確かに、方角的には合っている。

 簡単に信用することはできないが、かといって、この状況を打破する方法が思いつかない。


 だとすれば、ここは彼女の言う「チャンス」を、モノにするしかない。


「いいわよ、やってやろうじゃない」

 アタシは覚悟を決めて答えた。


 3分か。

 あってないような時間だな。


 Sトレイアの能力だと、このフロッガーの倍近いスピードでは走れるだろうし、もしこの峡谷の先が見通しのいい直線になってしまったら、レイ・ライフルはどこまでも脅威だ。

 そして彼女の、この余裕たっぷりの表情。

 この先に罠を仕掛けてある可能性だって、否定はできないか。


「では、準備は良いか」

「スタートのタイミングは、こっちに任せてくれる? それくらいは良いでしょ」


 ダメもとで言ってみた。

 思いがけず、テシーアはあっさりとアタシの提案を受け入れた。

 どうやら、アタシを自分の土俵に乗せたことに満足しているようだ。

 だけど、そういうのを慢心って言うのよ。


 アタシはルガーP08を懐にしまった。

 操縦桿を握り直し、それから、視線を正面に向ける。

 Sトレイアの横に、セミプレーンが一台通り抜けられるくらいの余裕があった。

 アタシがそこを通り抜けるのを予測して、テシーアが横に避けた。


 今だ!

 アタシはフロッガーの出力を一気に解放した。

 微かに前傾した機体が、ホバー機能を最大に利用して前方に跳ねる。

 進路は、Sトレイアの横。

 と、見せかけて、アタシはテシーアのいる方向に走った。


 彼女は、一瞬自分に何が起きたか分からなかっただろう。

 通り過ぎざまに、彼女のひきつった表情が見えた。


 フロッガーは、テシーアの頭上を飛び越えた。

 むき出しの岸壁を勢いよく蹴って、再びホバー機能を最大にする。

 愚鈍なはずのセミプレーンが、地上20メートルほどの上空まで、一気に跳んだ。


「バカがッ、その程度の跳躍では、崖の上になど届かんぞ!」

 ようやくアタシの行動に気付いたテシーアの声が届いた。


 確かにね。

 崖上までは、目測で現在の倍の距離がある。

 一気に跳ぶのは、幾らなんでも性能的に無理。

 だけど、それは足場が無い場合よ。


 あるじゃない

 目の前にさ。


 アタシはSトレイアの肩口を掴んで、その上に飛び乗った。

 さしものカスタムプレーンの装甲が、フロッガーの重量を受けて変形し、そのまま機体バランスが崩れた。

 安定感が無いし、このままだとSトレイアごと転倒するか、ずり落ちる。

 けど、そうはいくか。


「てりゃああああっ」

 アタシは叫びながら、右腕のブレードをSトレイアの首元に叩き込んで、機体を安定させた。

 その位置は、あらら、偶然にもコクピットじゃないの。

 けっ、本当は狙ったんだけどね。


 これで、仮に崖上まで届かなくても、Sトレイアの追撃は防げる。

 完全破壊とはいかなくても、大ダメージのハズよね、


「ラライっ、きっさまーッ!!!」

 テシーアの悲鳴にも似た絶叫が響いた。


 無視。


 アタシは視線を再び上空へと向けた。

 崖の上で状況を見守る敵のセミプレーンも、異常に気付いた。

 慌てた様子でこっちに照準を向け始める。


 でも、撃てない筈よ。

 だって、ここで撃ったら崖下のテシーアが巻き込まれるもんね。


「せーのっ」

 アタシは気合を入れて、再びフロッガーを跳躍させた。

 岸壁に再度蹴りを叩き込んで、その反動でもう一段高く跳びあがる。


 もう数メートル。

 届けっ!


 あと少し・・・なんだ。


 けど。

 無念っ!


 アタシのフロッガーは、たった一メートル手前で失速した。

 機体の描く放物線が下降方向へと変わり、崖の端が遠のく。


 くそ、駄目か。


 アタシは唇を噛み締めた。

 さすがに、これ以上の跳躍はこの機体に望めない。

 諦めかけた、その時だった。


 不意に、前方の断崖が破裂した。

 爆風が一瞬視界を奪い、直後、砕けた岩場がむき出しになってアタシの前に出現した。


 これは!

 もう、無意識だった。

 アタシはフロッガーの両足を砕けた断崖にたたきつけ、最後の足場に変えた。

 三度目の跳躍。


 その場にいた誰もが目を疑った。

 これこそ、奇跡の大逆転ジャンプだ。


 アタシのフロッガーはまるでサーカスの軽業師のように、空中で半円を描き、それから反対側の崖上に着地した。

 岩だらけの足場が砕けて、ついでにフロッガーの脚部の関節も砕けた。


 どーだ。

 崖下からの大脱出、成功させてみせたわよ!


 って、ガッツポーズをしている暇はなかった。

 対岸からミサイルポッドを向けるのが見えて、さらに、こちら側にいた数台のプレーンがアタシに向かって突撃を開始してくるのがわかった。


 避けなきゃ。

 って、思ったが、アタシはそのまま機体バランスを失って倒れた。


 しまった。

 機体の耐久度を測り損ねた愚かさを呪ったが、もう遅かった。

 足がもたなかった。

 さっきの着地で砕けた膝間接が完全に折れて、アタシの機体は横倒しになってしまった。


 アタシはコクピットから投げ飛ばされた。

 岩盤にあたる瞬間、体を丸めたが、激しい衝撃に意識を失いそうになった。

 地面を数回転し、再度に頭を何かにぶつける。


 死んだかと思った。

 否応なしに襲い来る痛みが、まだアタシの生命が続いてくれている事を教えてくれた。

 痺れる手で頭を押さえる。

 ぬるりとした感触が指先に伝わって、状況の深刻さに気付いた。


 こりゃ、やばい。

 裂傷で出血か。

 ショックと不安が胸の鼓動を早めた。

 無意識に呼吸が苦しく思えてくる。


 だが、それどころじゃなかった。

 聞き覚えのある発射音が耳に届いた。

 コイツは、ミサイルの放たれた音だ。


 駄目だ、今度こそ、死ぬ。

 アタシは恐怖に目を伏せた。


 すぐ側で爆発音が響いた。


 爆風が無慈悲に襲ってきて、アタシの体をふわりと浮かせた。

 またしてもゴミくずのように地面を転がったアタシは、激痛に呻いた。


 多分、ほぼ瀕死。

 骨折したかもしれないし、下半身は痺れて反応しない。

 いや、もう目だって半開きだ。


 けど、アタシ死んでない。

 まだ生きている。

 思考だけはまだ、止まってない。


 でも、どうしてだろう。


 あれだけのミサイルが飛んできたのに・・・。

 例え直撃じゃなくても、こんな軽傷で済むわけは無いのに。


 アタシは状況を理解出来なかった。

 それでも生きる残るチャンスに賭けて、思考を巡らせた。

 もちろん、体が動ない以上、何一つもう出来ることはなかったが。


 視界の片隅に、襲い来るセミプレーンが見えた。

 ああ、もう駄目。

 いくらアタシでも、さすがに終わった。


 アタシは目を閉じて、その瞬間を待った。


 踏みつぶされるか?

 それとも、撃ち殺されるか?


 ああ、やっぱり死にたくない。

 せめて捕虜にしてくれないかな。


 悔しいけど。

 生きていたいな。

 アタシ。


 蔑まれてもいい。

 生きてさえいれば、いずれ何とかなる。

 だから、こんなところで終わるなんて、そんなの、イヤだ。


 左手が、微かに動いた。

 ブルブルと震えながら、それでも精いっぱい立ち上がろうとする。


 くそ、くそ、動け、アタシの体。


 激しい激突音が響き渡って、アタシは驚いて目を見開いた。


 プレーンの背中がそこに在った。


 いや、正確言えば。

 襲い来る敵のプレーンが2台に対し、それを迎え撃つ、プレーンの背中が。


 見覚えのあるモッドスタイプが、アタシを護るように立っていた。

 ためらいもなく胸部のロケットミサイルを発射し、一瞬で二台のプレーンをスクラップに変える。

 それから高速でターンして、崖の向こうから放たれた二度目のミサイル射撃を迎撃。

 威力のない機銃だが、その射撃は正確無比だった。

 ミサイルの信管を確実に撃ち抜き、着弾前に全てを誘爆させた。


 アタシはようやく、何が起きたのかを理解した。


 跳躍に失敗したと思った時、何故目の前の崖が爆発して、足場が出来たのか。

 さっきのミサイルが、なぜアタシの命を奪わなかったのか。


 全部。

 彼が守ってくれたんだ。


「無事でやんすか、ラライさんっ!!」

 間違えようもない、バロンの咆哮がアタシの胸を震わせた。


 モッドスタイプは、そのまま対岸にミサイルを放った。

 胸部に搭載されるのは、全部で10発。

 着弾を確認する事もなく、彼の機体はアタシを拾い上げた。

 両手で、大事そうにアタシの体を抱え上げる。


「このまま離脱するでやんすよ!」


 彼の声が優しく響き、アタシは安堵のあまり目を閉じた。

 返事も出来ず、ただ、しっかりと太いプレーンの指にしがみつく。

 モッドスタイプが走り出し、振動がアタシを包み込んだ。


 彼はアタシを追いかけてきてくれた。

 『ラライさんは、今度こそあっしが守るでやんす・・・』

 その言葉に嘘はなかった。


「しっかりとしがみつくでやんす、少し揺れるでやんすよ!」

「大丈夫、お願い」

 精一杯大きな声で叫んだつもりだが、喉から漏れたのは、掠れた呻きだけだった。


 追撃が来るというのに、恐怖は不思議と感じなかった。

 ただ、彼が来てくれたという安心感だけがアタシを満たして、幸福感へと変わった。

 アタシは彼に全ての運命を託した。


 決して平坦ではない岩山を、モッドスタイプは全身がバラバラになるほどの衝撃を受けながら駆け抜けた。

 彼は必死にアタシのコトを気遣う運転をしてくれた。

 それでも、無機質なプレーンの腕の中では、巨大な撹拌機の中にいるようなものだ。

 激しく全身が揺さぶられ、気付けば外聞もなく嘔吐していた。


 うはあ、よりによって彼の前で吐いちゃうなんて最低。

 ・・・。

 でも、しょうがない。

 そもそも、これが初めての経験じゃないし。


 敵の追撃はまだ続いているようだった。

 時折、後方へ流れるような爆発の音が耳に入る。


 彼はこの区域からの離脱を最優先にしているのは明らかだった。

 もはや方角も何もわからない。

 そのうちに再び大きな衝撃に襲われると、アタシは目の前が暗転した。

 視界が暗くなり、それからやけにかすみ始める。


 そういや、頭から出血してたっけな。

 あれ、これやばいかも。


 意識飛んだら、目を覚ませないなんて、洒落にならない。

 けど。


 ・・・あ、駄目だ。


 アタシの意識は急激に薄れて、抗いようのない眠りに襲われた。

 そのうちに何も聞こえなくなって。

 何も、考えられなくなった。


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