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シーン30 その名はテシーア・ベント

 嫌な汗が全身を流れた。


 脱いだヘルメットを小脇に抱え、こぼれだしたシルキーブロンドの長髪をサラリとかきあげる。

 相貌を見つめて、アタシは愕然とした。


 ・・・。


 うん、全く知らない人だ。


 見覚えなんてまるっきりない。

 いくらアタシの頭がそんなに良くなくても、見知った顔ならピンとくる。ましてや、これ程までに特徴的で、しかも美人ともなれば、尚更だ。


 年のころは、だいたい20代後半に思える。

 だけど、あの態度からにじみ出る傲岸さといい、不遜な言葉遣いといい、もしかしたら、もう少し上かもしれない。

 外見年齢と実年齢はあまりリンクしない世の中だから、あれで40代以上って事も、十分に考えられる。


 最大の特徴は、その瞳だ。

 切れ長の瞳は、左目がグリーンで、右目が赤のオッドアイ。

 細く、やや神経質そうな相貌は、妖艶でありながら、見るものの心を委縮させるような独特の威圧感を放っていた。


「誰よ・・・アンタ。なんで、アタシの名前を知ってるのよ」

 アタシは絞り出すような声で、再び訊ねた。


 見ず知らずの女。

 だからこそ、驚きを隠せなかった。

 なんで、この女が、アタシのコトを「ラライ・フィオロン」だと知っているんだ。


 もしかして、町にスパイでも潜ませているのか。

 それなら十分に考えられるけど、本当に、そんな単純な理由かしら。


 女が再び唇を開いた。

 薄く引いたリップの色は、藤色に近い紫だった。


「私が誰か知りたいか。確かに、私だけが貴様を知っているというのは、多少フェアではないかもしれないな」


 フェアだって?

 襲撃のやり口といいい、この圧倒的な戦力差といい、どこにだってフェアなんて言葉は見つからないぞ。


「私の名は、テシーア・ベント」


 女はそう言って、アタシを見下すように腰に手をあてた。

 知っているか? と、言わんばかりだが。

 残念、聞いたコトも無いわ。


 アタシがあまりにも無反応なので、テシーアはフンと鼻を鳴らすような仕草をした。


「テシーア・ベント。一応、今はこのストームヴァイパーに身を置いている。まあ、雇われ者という意味では、貴様とあまり変わらないがな」

「傭兵なの? それにしては態度がデカいわね」

 アタシは訝しんだ。


 傭兵にしちゃ、何だか妙だ。

 岩山の上にいるセミプレーンの連中も含めて、全部が彼女の手下なんだろうか。

 だとしても、一介の傭兵風情が、敵をスカウトなんてする?

 どう考えても、もう少し立場が上の人間としか思えない。


「で、その傭兵サマが、なんでアタシの名前を知ってるの。一応確認するけど、アタシ達、今まで会った事ないわよね」

「ふふ、まあ、そうかもな」


 嫌な言い方、こいつ、かなり性格悪いな。


「まあ、そんな事はどうでもいい。問題は、今から貴様をどうするか、という事だけだ」

 テシーアはアタシの質問をはぐらかしたまま、話題を戻した。


「この場で殺すのは簡単だ。だが、私の狙撃をあそこまで読み切って回避するほどのパイロットに出会ったのは、貴様が初めてだ」

「まあね、確かにアンタの狙撃は悪くなかったわ」

 ただ、スナイパーとしては、もっと腕の立つ相手とも、アタシは戦った経験がある。

 誰あろう、ルナルナその人だ。


「すごい自信だな。 まさか、それほどの腕と度胸の持ち主とは思えなかったが」

「見た目で判断しないで欲しいわね・・・、って」


 こいつ・・・。

 アタシは直感した。

 やっぱり、アタシとどこかで会っているのか。

 単なるスパイからの情報とは思えない、まして、たまたまレースクイーン時代のアタシを知っていたとしても、今のセリフには不自然さしか感じない。


「途中から、こっちも手を抜いていた。それも見抜いていたか」

「当然よ」


 アタシは胸を張った。


 無論。

 そんなの見抜けてなんか、いない。

 こっちはアドレナリンが全開になっていたし、とにかく無我夢中で、一瞬一瞬を切り抜けるだけで精一杯だったんだ。


 でも、強がれるところまで、我を張っておかないと。

 ちょっとでも弱みを見せるとつけこまれる、こいつは、きっとそういう相手だ。


 テシーアは面白そうに顔をゆがめた。

 間違いない、サディストの眼をしている。

 獲物を追い込んで、じわじわとなぶり殺しにするのが大好きな奴。


 本能的に相容れないモノを覚えたのは、アタシにとっても珍しい経験だった。

 なんだろう、天敵に出会っちゃった感じ。

 アタシは彼女の声を耳にするたびに、ゾクゾクと背筋が震えた。


「もう一度聞く、我々の仲間になる考えは無いんだな」

「しつっこいわね、そんな答えなんか、訊かなくても分かってるでしょ、それよりも、こんな姑息な手を使って、一体どういうつもりよ」

「どういうつもり?・・・だと」

「そうよ、アンタって、どうしようもない嘘つきみたいだからね」

「ほう」

 テシーアは興味深げに、軽く首を傾げた。


「おかしいじゃない、こんな戦力差があるのにさ、なんでつまらない罠を巡らすの。そのSトレイアと、これだけの数のセミプレーンがあるなら、レバーロックを直接攻撃した方が手っ取り早いじゃない」

「こちらも、無駄な損害を出したくなかっただけだ、・・・と言ったら信じるか」

「小細工をする理由には乏しいわ、だったら、戦力差をそのまま見せた方が手っ取り早いに決まってるでしょ」


 はじめて、彼女の顔色が変わった。

 嘲笑が消えて、微かに眉が跳ねた。


「なるほど、ただの馬鹿女じゃあ、ないみたいだな」


 ばっ、馬鹿女だとっ。

 いきなりヘイトされて、アタシは心が砕けそうになった。

 いけない、感情を落ちつかせないと。


「貴様の度胸に免じて、一つだけ本当のことを教えてやろう。小細工をした理由、それは、貴様の存在だ、ラライ・フィオロン」

「んなっ、アタシっ!?」


 いきなり名指しされて、アタシは前のめった。

 そうくるとは思わなかった。

 え、どうしてアタシが関係するのよ。


「レバーロックが雇った用心棒の女。貴様がそうだと知って、最初は何の冗談かと思ったさ。 だが、いきなり、こっちのプレーンを三台も撃破されるときた。当然、こちらとしても、その正体を探らせてもらったさ」


 テシーアは目を細め、そのオッドアイにアタシの姿を映した。


「ラライ・フィオロン・・・。しかし、その名前も顔も含め、経歴を探れば探るほど、驚くほどに何も出てこない」

「それがどうかしたの、アタシ外宇宙出身の一般人だもん、データなんかなくても不思議じゃないでしょ」

「有り得んな。意図的にデータを消したとしか思えん。だとすれば、過去を消す必要がある人物だという事になる」


 やば。

 けっこういい所をついてきてるじゃない。

 アタシは顔面中に汗が流れ始めた。


「貴様の正体を探るうちに、数年前にぷっつりと姿を消した女海賊に思い当たったよ。そいつの顔は誰も知らないが、凄腕のプレーンパイロットとして、宇宙中に名を馳せていた」


 ちょ。

 ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待って。

 この人、何を不穏な事を言い始めているの。


 それってまさか、アタシの正体に、目星をつけちゃったってコト!?


「唯一の情報は、青い髪のセクシーな女だということだ。まあ、セクシーという部分に関しては、多少想像とは違っていたようだが。その髪の色は証言と一致するな」

「な、な、な、何を仰っているのか、アタシには皆目見当もつきません」

「ふふ、まあ、とぼけるだろうとは思っていたが」


 テシーアは、軽く左手をあげた。

 峡谷の上のセミプレーンが、一斉に射撃体勢に入ったのが見えた。


 どうやら、今度こそ本気で殺しにかかってくるって、ことかしら。


「貴様がもしも本人なら、と、仮定したよ。そうなれば、正面から戦っても、こちらの損害が計算できん。なにしろ、単機でエレスの戦艦を沈めるような悪魔だ。しかも、そいつは用意周到で、恐ろしい程の策略家だったと聞く」

「だから、その点に関しては、アンタの勘違いよ。もっとも、誰の事を言ってるのか、アタシにはゼンゼン見当もつかないけどね」

「白々しくよく言う」

「だって、本当だもん」

 嘘だけど。


「まあいい」

 テシーアは冷ややかに言った。


「いずれにせよ、仲間にならない以上は、ここが貴様の墓場になる。殺すには惜しい腕だが、後顧の憂いは断つとしよう」

「生憎そう簡単にいくかしら」

「この期に及んで、貴様に逃げ道など・・・」


 テシーアの言葉が途切れた。

 余裕しゃくしゃくだった表情が、突然、困惑と、それから怒りの色に変わった。


「ラライ、貴様っ」

「えーと、テシーアだっけ、アンタ結構甘いわね」

 アタシは不敵に言った。


 もう、こんな手はアタシだって使いたくはなかったけれど。

 アタシにだって、切り札の一つくらいはあるのよ。


「悪いけど、たとえ戦力的に有利だからって、わざわざコクピットを出てくるなんて、幾らなんでも不用心すぎたわね」


 アタシはテシーアに向けて、銃口を向けていた。

 愛銃、ルガーP08カスタム。

 黄金色に輝く銃身が、太陽の光を受けてきらめいた。


 どう、テシーアさんとやら。

 アタシの銃の腕、見せてあげようか。


 エネルギー弾を麻痺弾に交換しているけど、実はもう一つ隠し技がある。

 それは、これだ。


 アタシは撃ち放った。

 銃口から、一瞬炎が見えた。


 一発だけ、仕込んでおいた実弾の銃弾。

 薬きょうを排出する尺取り虫ギミックを応用して、エネルギー弾との切り替えができるようにしておいた。

 あくまで、緊急用だが、脅しには最適だ。


 銃弾は正確無比だった。

 テシーアが小脇に抱えたヘルメットの眉間を撃ち抜き、その反動で、ヘルメットは彼女の手を離れた。

 高さにして20メートル以上も落下し、ヘルメットが大地でひしゃげた。


「な・・・」


 テシーアの声色が変わって、さっきまでの余裕が薄れた。


 これぞ、形勢逆転ってやつだ。


 どうやら、アタシの銃の腕前を知らなかったようね。

 だったら勉強不足よ、アタシのコトを「蒼翼のライ」だと睨んだんなら、彼女が宇宙でも5本の指に入る銃の名手ってところまで、ちゃんと調べておかないとね。


 って。

 これじゃあ、アタシ自分から「ライ」って言っているようなもんじゃない。

 でも、まあ、この状況を切り抜けるには、多少危うい橋も仕方がないか。


「さあ、命が惜しかったら、そのプレーンを降りるのね。さもないと、アンタが攻撃命令を出す前に、その頭に風穴が開くわよ」


 彼女は無言で上げていた片手を降ろした。

 何とも言えない表情になって、さっきまでの威勢の良さが影を潜めた。


「ぼけっとしてんじゃないわよ、さっさと降りなさいよ!」

 アタシは脅すように叫んだ。


 テシーアが、小さく舌打ちしたのが見えた。

 少しだけ時間をかけて、仕方なさげに昇降用のベルトを降ろす。


 アタシはその様子を見ながら、内心小躍りしたい気分になった。


 これほどまでに脅しが上手くいくとは、我ながら機転が利いたものだ。

 アタシらしいやり方じゃないけど、悪党が相手なんだし、構ってられるか。


 それに。

 これは大チャンスだぞ。


 このまま、あのSトレイルを奪い取れば、一発逆転だ。

 アタシにプレーンがあれば、もう、誰にも負けやしない。

 もう二度とレバーロックに手を出さないって言わせるくらい、ストームヴァイパーを痛めつけてやろうか。


 アタシは彼女が降りてくるのを、内心で手もみして待った。

 悔しげな表情を見ると、ついつい勝ち誇りたくなる。


 やーいやーい、さっきまでの偉そうな態度はどうしたんだ。

 言っておくけど、銃を持ったアタシは、強いのよ。


 テシーアは地面に足をつけると、アタシのコトを憎悪のこもる眼差しで睨んだ。

 正面から目があって、アタシはその迫力に気圧されそうになった。


 うん。こうして距離が近くなったら、やっぱり怖いな。

 銃を持ってるから後れを取らない自信はあるけど、それでも出来れば離れていたい。


「ふん、降りてやったぞ、で、どうするつもりだ」

 テシーアは、膨れたように、腕を胸の前でくんだ。


「いずれにせよ、貴様に逃げ道は無いぞ。私を撃ち殺せば、すぐに上の連中が報復に出る」

「アタシだって死にたくはないわ、安心して、抵抗しなければ撃たないから。そのかわり、そいつはちゃんと、アタシが大事にしてあげる」

「このSトレイアを奪うつもりか」

「欲しいものは力づくで手に入れる。それがあんた達のルールなんでしょ。だったら、アタシもそれを適用させていただくわ」

「なるほど、それは道理だ。・・・だが、貴様も愚かだな」

「え、どうしてよ」


 思わず聞き返してしまった。

 なによ。

 今主導権をとってるのはこっちなのよ、なんでアンタが上から目線で話すのよ。


「いいだろう、そこまで言うのなら、このSトレイアは貴様にくれてやる。ただし、その後どうなろうと、私を恨むなよ」

「だから、どういう意味なのよ」


 ちょっと待って。

 何だか嫌な話の展開ね。

 その言い方って、もしかして。


 アタシはSトレイアを見上げた。


「もしかして、アンタこの機体に」

「当然仕掛けているさ。これだけの兵器、奪われれば脅威になる事くらいは予測の範疇でね。嘘だと思うなら試してみるか、こちらとしては遠隔でも十分だからな」

「ぬぬぬ・・・」


 アタシは歯ぎしりをした。

 さては、自爆装置を積んでいるのか。


 もしかしたらただのハッタリかもしれないが、もし本当だったら大変な事になる。

 どうしよう。

 プレーンは大好きだけど、プレーンで死にたいとは思わない。

 贅沢は言わないが、どうせ死ぬなら温かいベッドの中で、美味しいものを食べてから眠るようにいくのが良い。ついでに、死因は老衰あたりにしてほしい。


「くっそー、本当に嫌な奴ね、アンタ」

「誉め言葉として受け取っておく。悪いことは言わない、もう抵抗は諦めろ」

「アンタね、銃を持ってるのはアタシなの、諦めるのは普通そっちの方でしょ」

「貴様が私を撃ったとて、貴様の運命は変わらん。結局、追い詰められたのは貴様だという事実に変わりはない」


 ちくしょー。

 もっともなこと言いやがって。

 アタシは、こういう時に臨機応変な行動がとれるほど、頭の回転は速くないんだ。

 もう、どうしたらいい。


「大人しく銃を捨てろ、私もなんだか気が変わった。特別に、貴様がここで降伏するなら、命だけは助けてやる」

「とか何とか言って、銃を捨てたら掌返すつもりでしょ、その手には乗らないわ。あんたがビーノ達に何をしたか、アタシには分かってるんだから」

「役に立たぬクズを殺すのは当然だ。だが、貴様はまだ価値がある」


 アタシの中で、さっきまでの勝利感が完全に萎えた。

 テシーアはアタシが弱気になったのを見抜いて、その表情には、再びサディスティックな微笑が蘇ってきた。


 アタシの価値か。

 もし、アタシが「蒼翼」って事が証明されちゃったら、その通りかもしれない。

 アタシを憎んでる宇宙犯罪者は大勢いるし、懸賞金だってかけてる組織もある。


 アタシは最悪の事態を想像して、冷や汗が噴き出して止まらなくなってきた。


 まずいな。

 この状況は、かなりヤバい。


 とりあえず、こうなったら、最後の強硬手段に出るしかないか。

 アタシはもう一度、銃を握る手に力を込めた。


 これは賭けだ。

 この銃でテシーアを麻痺させる。

 それから、なんとか集中砲火を交わして、Sトレイアを奪う。

 テシーアはしばらく動けない筈だから、自爆装置の起動までだって、多少は時間が出来るだろう。その時間を利用して、一気にこの峡谷を脱出し、自爆させられる前に機体を捨てる。


 うん、なんてカンペキで穴だらけの作戦なんだ。

 だけど、その手に賭けるしか、今のアタシに道はない。


 アタシはトリガーにかけた指に、力を込めた。

 麻痺弾が放たれる直前だった。


「仕方ない。・・・この状況を続けても、どうやらお互いに得はないようだな。どうだ、一つチャンスをやろうか」

 テシーアが言った。


 ギリギリのところで、アタシの指は止まった。


「チャンス・・・?」


 テシーアは不敵な笑みを浮かべ、色違いの瞳を軽く細めた。


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