シーン29 激情憤怒に身を任せ
轟音と火柱。
どちらが先だったのかはわからない。
あとほんの一瞬、コンマ数秒でも遅れていたら、アタシはプレーンごと炎の中に居た。
爆発を回避できたのは奇跡に近い。
アタシの乗る機体が、それなりに機動性の優れたフロッガーだった事と、ルナルナの叫びに思考よりも手足が先に動いてくれたからに他ならない。
数メートル先で起こった爆発は、そのまま上方へと衝撃を押し上げ、砂煙が巻き上がった。
『大丈夫でやんすか、ラライさんっ』
まだ後方に居て難を逃れたバロンの声がした。
『アタシは大丈夫、マリア、それにルナルナは?』
風防が衝撃でヒビだらけになっていた。
こんなの、もう役にたたない。
アタシは風防を叩き割って、視界を確保した。
『何とか無事です、でも、ルナルナさんは見えません・・・』
「オレなら大丈夫だ、それより、注意しろっ!」
二人の女戦士の声が耳に飛び込んで、アタシはとりあえず安堵した。
それにしても・・。
今の爆発は、ビーノたち町の人々の遺体の下に仕込んであった。
ただ容赦なく人の命を奪っただけでなく、その哀れな肉体までも罠にするなんて、これ程の悪意を目の当たりにしたのは、いつ以来になるのだろうか。
アタシが高ぶる感情を堪えきれずに震えていると、通信機から、ルナルナの声が飛び込んできた。
『聞こえるかラライ、何か変だ。今の爆発の仕方、こっちの機体を狙っただけじゃない』
バロンのモッドスタイプのコクピットに、ルナルナがよじ登っていた。
彼の体を無理やりに押しのけ、通信機に向かって叫んでいる。
『このやり方は、昔のオレと同じだ。こいつは合図だ、二次、三次の罠が来る!』
「そんな、まさか!?」
アタシは小さく呟いてから、はっと思い当たった。
確かに、そういえば気になる事がある。
ビーノのプレーンの破壊され方だ。
ボディに大きな風穴が開いていた。
誘爆もせず、高熱で熔解させられた傷痕。
あの抉られ方は・・・。
少なくとも、セミプレーンの火力じゃあり得ない。
アタシは、半ば本能的に顔をあげていた。
機体の穴が指し示す方角。
エルドナ山を向いて、斜め右。遠くに巨大な岩山と切り立った岩群が見える。
そこで、何かが光った。
『マリアっ! バロンさんっ! 緊急離脱よ、丘の向こうに逃げてっ!!』
光は、アタシの声が終わるまでも待たなかった。
アタシのフロッガーの左腕が吹き飛ばされていた。
間違いない。
この火力、そしてこの弾速。
レイ・ライフルだ。
遥か数十キロ先で、きっと狙撃手は舌打ちしたに違いない。
今の一撃は、カンペキにアタシの機体を捉えていた。
腕一本で済ませたのは、ほとんど奇跡にも近い回避行動の結果だ。
『い・・・今のって、一体、何なんです?』
マリアの茫然とした声が聞こえた。
「ライフルよ。すぐ、第二射撃が来るわ」
「そんな、まさか・・・、一体どこから」
「方角は見えたでしょ、早く後退して」
「えっ、あ、でも」
後方で、マリア機がガクンとバランスを崩した。
慌てたのか、普段ならあり得ないほど、余裕のない動きになっている。
ちっ、狙撃されるのは、はじめてか。
目に見えない恐怖に飲まれて、まるっきり浮足立っているじゃない。
でも、そのままそこでグズグズしてたら、完全に敵の的よ。
それに対して、バロンの方は。
アタシは彼を気にした。
上手い。
伏せるように後退することで、丘陵の起伏を利用し、しっかりと身を隠している。
「マリア、逃げれないなら、いっそ機体を捨てなさい、その鈍足プレーンじゃ、殺してくださいって、言ってるようなモノよ」
「そんな事言われても・・・!」
マリアはゆっくりとした動作で、機首を上げ、後退を開始した。
その動作で間違ってはいないけど、ええい、随分と時間をロスしている。
さっきの一撃から、16秒。
もう、これが限界だ。
アタシは機体を最高出力にして、荒野へと踊り出た。
アタシが今まで居た場所を、再び光弾が走り抜けた。
ふう、間一髪。
あの光弾の走り方、そして正確性を見る限り、レイ・ライフルの中でも、機体固定型の高出力タイプに間違いない。
アタシは、全身から汗が噴き出すのを感じた。
冷静になれ、アタシ。
確かに相手の武器は、こっちとは比べようもない程に凶悪だが、それでも立ち向かう方法は、きっとあるはずだ。
固定型のレイ・ライフルの特性を、アタシは脳裏に思い浮かべた。
あの弾道と光弾色は、ADL-15型の遠距離砲だ。
正確性が高い一方で、確か、連射があまり得意ではなかった筈だ。
エネルギーの再充填に、早くて10秒。
人が照準を合わせているなら、再射撃への間合いは15秒から20秒。
アタシはそれを知っているから、撃たれる前に回避したのだ。
今なら後退して、安全圏まで退却も出来る。
だが、その選択肢を選ぶほど、アタシは非情にはなれなかった。
マリアがまだ視界の中にいた。
今、アタシが退いたら、彼女がどうなるか。
その答えは、火を見るよりも明らかだ。
アタシは前に出ざるを得なかった。
『ラライさん、危険でやんす!』
そんなの言われなくても承知だ。
でも、やるしかない。
迷ってる暇なんてない。
さもないと、・・・アタシが囮にならないと、マリアが狙われる。
死ぬのはもちろん怖いけど、アタシは誰かの死を、これ以上この目にしたくはないんだ。
「頼むから早く逃げなさいよ、バカッ!!」
アタシは虚空に向かって叫んだ。
マリアだって、必死に退却しようとしていた。
だけど、焦れば焦るほど、操縦桿を握る腕は固くなる。それに、重機型マシンの鈍足さは、操縦テクニックだけで、なんとかなるものではない。
もう少し、時間を稼がないと。
つまりは、アタシの腕次第ってコトか。
風防も失ったフロッガーのコクピットには、直接砂塵が飛び込んできて、アタシの頬を容赦なく打ちつけた。
アタシは狙撃手の方角を睨んだ。
さて、どうするアタシ。
ぺろりと、舌なめずりをする。
頭の中は敵への怒りで沸騰寸前のハズなのに、不思議と気持ちが冴えていった。
アドレナリンが、心地よく肉体を目覚めさせ、全ての感覚が、かつて死線を潜り抜けていた頃の熱い血が、鈍りきった肉体の内側で蘇る。
馬鹿にしやがって。
アタシの前で・・・。
アタシの前で、人を殺したな。
アタシ達を・・・殺そうとしやがったな。
何かのリミットが外れた。
アタシは、機体をフルバーストさせた。
後方へ? いや、違う。
狙撃手に、敵のいる方向に向かって、アタシはプレーンを走らせた。
理由は囮になるため、だけではない。
回避するには、正面を向き続ける必要があるのだ。
背中を向けることは、狙撃手に優位性を与える。それでは、いかにアタシの腕が良くても、いずれハチの巣にされる。
それに、このセミプレーンも、前方への動作において、最も機動力を発揮する。
つまり、後退回避では狙撃を避けきれないと、アタシは判断した。
当然のように、敵はアタシを集中的に狙ってきた。
立て続けの銃撃を避けながら、次第にアタシは荒野の中央へと引きずり出された。
どこまでも広い原野は、同時に、どこにも隠れようのない巨大なステージだった。
さてと、逃げ場を失ったぞ。
アタシは舌打ちしたが、後方では、ようやくマリアの機体が丘の向こうに隠れた。
とりあえず、アタシの最低限の役目は終わった。
あとは、どうやってこの場を切り抜けるかだ。
グルグルと周囲を見るが、その間にもライフルの狙撃は続いていた。
どうやら、もはや選択肢は限られているらしい。
九死に一生を得ようとするなら、相手の死角に飛び込むしかない。
となると。
やっぱり、敵の懐に飛び込むしかなさそうだ。
アタシはその結論に辿り着き、大きく息を吸った。
覚悟を決めるしかない。
突破口は一つ、敵の潜む岩山に突っ込み、敵の眼から逃れる事だ。
まさか、正面退却することになるとはね。
一瞬、おびき出されたかもしれない、という思いが、脳裏をよぎった。
岩山に近づくと、ライフルの銃撃に加えて、熱線による掃射がアタシを襲った。
どうやら敵は一体ではない。
5台・・・いや、もしかしたらその倍は隠れているか。
最も脅威となるレイ・ライフルはさすがに一門だけのようだが、前方に見える岩山のあちこちから、灼熱のブラスター弾が放たれる。
そのどれもが、アタシを焼き殺そうと、大地を抉った。
所詮、セミプレーンのフロッガーには、まともな耐久性能など期待できない。
一発でも直撃すれば、それで終わりだ。
恐怖?
そんなもの、あるに決まってる。
だけど、今日のアタシには、そんな恐怖よりも、怒りの方が勝っていた。
「なめんなってーの・・・」
アタシは知らず知らずのうちに、声を洩らしていた。
「このアタシを、蒼翼のライを、この程度の腕で殺せるなんて思うなっ!!」
誰の耳にも届くことのない叫びを上げて、アタシは弾幕の中を突き進んだ。
その光景は、敵の目には、悪夢と映ったかもしれない。
途切れることのない熱線の雨の中を、ものともせずに走るアタシの機体。
おそらくは数キロ以上もの距離を、僅かにも身を隠すこともせず、全ての銃撃を躱し切りながら走る。
アタシはついに、岩山に辿り着いた。
山肌を駆け上り、そのまま跳躍する。
視界に、一機のセミプレーンの姿が入った。
ブラスターで散々撃ってきた奴の一人だ。
アタシはそいつの上を目がけて跳んだ。
パイロットが、恐怖に慄いた顔で、アタシを見上げたのがわかった。
敵機を踏みつぶし、足場にして次へと跳んだ。
パイロットはどうなっただろうか。
コクピットへの直撃は避けておいたから、怪我くらいで済んでいるとは思うけど、いちいち確認している場合じゃない。
振り返りもせずに、次の標的を探した。
残った右腕に仕込まれた唯一の対プレーン武器、ショートブレードを抜く。
銃撃の雨が、再びアタシの機体を追いかけた。
といっても、所詮大した腕じゃない。
この程度のブラスター弾幕なら、躱しきれる。
焦りすら覚えることなく、冴え切った思考が、銃撃の方向を見定めた。
アタシにブラスターを浴びせてくる奴は阿保だ。
自分から居場所を教えてくれているだけのコトだから。
「そこッ!」
岩陰に隠れた敵機を発見し、再び猛然と襲いかかる。
殆どが中距離支援型の軍事プレーンだ。
得意の掃射をあっさりと回避され、顔面蒼白になった敵パイロットは、飛びかかってくるアタシを前に、機体を投げ捨てて逃げ出した。
無力化した敵機を蹴り飛ばし、三度次の標的を探す。
入り組んだ巨岩の奥で、数機のセミプレーンが後退するのが見えた。
退却か、それとも、戦略的展開か。
どっちでもいい。
結局は逃がさないんだから。
せっかくの機会だ、一機でも多くの敵を撃破して、戦力を削いでやる。
接触すれば機体が大破しそうな岩山の突起を避けながら、アタシの機体は高速で疾走した。
敵機を発見し、すぐに肉薄する。
相手は、慌てて迎撃に移ろうとした。
「遅いって」
一瞬で2機のプレーンを戦闘不能に追い込んだ。
しかし、ここまでくると、さすがにフロッガーの機体にかかる負荷も大きくなって、出力限界を警告するアラート音が鳴り始めた。
くそ、こんな雑魚には興味ない。
さっきのやつはどこにいる。
ビーノを撃った奴。
レイ・ライフルを持った機体だ。
深追いは危険だと、頭の片隅で警鐘が鳴ったが、ここまで来たからには、更にもうひとダメージを与えてから離脱したい。
それに、あのレイ・ライフルをそのままにしておけば、安心して退却も出来ないというものだ。
アタシは不意打ちを仕掛けてきた5台目のセミプレーンを返り討ちにして、胴体に、深々とブレードを叩き込んだ。
見つけた。
アタシの直感が、そう告げた。
視界の先に、岩山に挟まれた峡谷が見えた。
遠距離型の支援機が潜むには、ぴったりの場所だ。
きっと、そこに敵機がいる。
レイ・ライフルを撃つのは、容易ではない。
あれだけの効果力を制御するには、セミプレーンでは不可能だ。
となると、何らかの機動兵器が隠れているはず。
対プレーン用の自走砲か。
それとも。
フルサイズのカスタムプレーンか
その想像をして、アタシは下半身がぶるっと震える感覚を覚えた。
レイ・ライフルを撃てるほどの、高出力プレーン。
もし、そんな奴が潜んでいたら、いくらアタシでも、このフロッガーで立ち向かう程の勇気はない。
一瞬のためらいの後、アタシは息も絶え絶えなフロッガーに活を入れて、峡谷へと機体を躍らせた。
ここまでして危険を冒すなんて、アタシもよっぽどの馬鹿だ。
そんなコトは百も承知だが、どうしても突っ込まずにはいられなかった。
ビーノたちの命を奪った奴。
レバーロックの平和を暴力で破壊しようとする奴ら。
そんな悪党どもを、このまま見逃すなんて出来ない。
せっかくだもの、その正体くらいは見極めてやる。
半ば意地だった。
峡谷を進んで数分。
違和感を覚えて、アタシは機体を止めた。
さっきまで、うるさいほどにアタシを狙ってきた砲弾が止んでいる。
それに、さすがにこの狭い一本道は、ちょっと危険すぎる。
もしかして、誘い込まれたか。
ジトリと額に汗がにじんだ。
予感は、残念ながら的中した。
突然、背後で轟音がして、土煙が周囲を充満した。
しまった、背後を断たれた。
アタシは上空を見上げた。
背後を塞がれた以上は、峡谷を抜けるには、前に進むか、この切り立った断崖を登るしかない。
だけど、片腕のこの機体で、そんな芸当が出来るだろうか。
やはり、前に進むしかなさそうだ。
そう思って、機体を再度発進させようとした。
地響きのような音が、周囲にこだました。
これは、足音だ。
それも、巨大な二足歩行の音。
アタシは、自分の勘が当たった事を知った。
とはいえ、どうせなら外れて欲しかった方の、答えだ。
数秒の後。
アタシの眼前に、そいつは姿を現せた。
フロッガーの、軽く倍以上はある巨体に、凶悪なライフルと、分厚い防護外装をカスタムした本物のプレーンが、まるで地獄から這い出た悪鬼のように、堂々と立ちはだかっていた。
「!」
アタシは左右にも気配を感じた。
一体、どれだけ戦力を増強しているんだ。
峡谷の上から、二桁は超えるであろう数のセミプレーンが、アタシに向けて砲門を向けているのが見えた。
さて・・・と、調子に乗ってここまで来たけれど。
もしかして、絶体絶命って、奴か。
その割には、なかなか撃ってこない・・・な。
アタシは眼前の敵機に集中した。
威容に気圧されていても仕方がない。
冷静に考えろ、いくら化物に見えても、相手はプレーンだ。
これまで戦ってきた相手と、そう違うワケじゃない。
ベースはカザキ社のSトレイア。
アタシはカスタムの奥に隠された正体を見抜いた。
スピードは大したことが無いけれど、頑強で火力も高く、戦闘用に改造するには最適の一台だ。
正直言って、このフロッガーのブレードでは、装甲に傷一つつけられそうにないし、正面からやりあったら、数秒と持たないだろう。
だとしたら、さて、どうするアタシ。
とりあえず、撃ってこない以上は、出方を窺う事にした。
こういうのは、焦った方が負けだ。最初の一手さえ凌げれば、何かしらやりようはある。こっちに逃げ場が少ないのも確かだが、この狭い峡谷にあのデカいプレーンは、明らかにオーバーサイズだ。向こうの動きだって制限されるに決まっている。
突然、Sトレイアが動いた。
アタシは緊張で身をすくませたが、相手は攻撃態勢には入らなかった。
銃口が上を向き、待機モードへと移行したのがわかった。
エアーを調節する音が響き、首元のハッチが開く。
さすがにまさかパイロットは姿を見せるとは思っていなかったので、アタシは驚いて相手を見つめた。
人が、姿を見せた。
ハッチの外に伸びたステップに半身を出して、アタシの方を見つめた。
思ったよりも小柄な人間だった。
細身で、しっかりとプレーンスーツを身につけている。
顔を見ようとしたが、スモークの入ったヘルメットのせいで、相貌はおろか、性別すらも見極める事が出来なった。
わざわざ顔を出して、何をするのか、と見ていると、そのパイロットは、ゆっくりと拍手を始めた。
まるで、アタシの奮闘を小馬鹿にするような仕草に見えた。
イラっときたが、声には出さずにおいた。
アタシは無言のままで睨み返した。
敵愾心が伝わったのか、そいつは拍手する手を止め、それから鷹揚に腰に両手をあてて胸を張った。
腰から胸元に流れるラインを見て、アタシは直感的に、そいつが女だと確信した。
「見事なものだ。そのプレーンを操る腕前、まるで人間業とは思えんな」
声が峡谷にこだました。
生声ではない。拡声器を用いているのはすぐにわかった。
思った通り、女の声だった。
聞いた事が無い、筈なのに、どこかで聞いたような気もする。
「貴様のような奴を、天才というのだろうな。敵ながら、認めざるをえないだろうよ。正直言って、殺すには惜しくなった」
そりゃ、どーも。
アタシは心で舌を出した。
プレーンに関してだけは、天才なのは自覚しているので、今さら褒められたところで、嬉しくもなんとも無い。
でも、殺すのが惜しいって言ったわね。
じゃあ、これからどうするつもり。
女はそんなアタシの疑問に答えるように、再び声を張り上げた。
「どうだ、悪いようにはしない。レバーロックに味方するなどやめて、我々の味方にならないか」
はっ、そうきたか。
アタシは唾を吐きかけてやりたい気持ちを堪えて、女の言葉の続きを待った。
「貴様にその気があるならば、それなりの待遇を約束しよう。我々は力のある者を無下にはしない。レバーロックを手中に収めたあかつきには、望むだけの報酬を与えてやろう。どうだ、考えてみる気にはならないか」
冗談じゃない。
アタシがそんな言葉に惑わされるとでも、本気で思ってるのか。
アタシは怒りを必死に堪えて、ぐしゃぐしゃと髪を掻いた。
それから彼女の方を睨みつけて、出せる限りの大声で叫んだ。
「ふざけんじゃないわよ!」
吐き出した感情は、その一言では治まらなかった。
「アタシを馬鹿にしないでッ、少なくとも、金や報酬で動くほど落ちぶれちゃいないわ!あんた達みたいな人殺しの仲間になるくらいなら、ゴキブリの仲間になった方が、まだましってもんよ」
一気にまくし立てて、腕まくりをするポーズを見せた。
「人殺しか、まあ、確かに否定はしないね」
女はアタシのそんな激情を一笑した。
「何が可笑しいのよ」
「その、らしからぬ直情さだよ。これが笑わずにいられるか」
「さっきからムカつくわね、その上から目線。言っておくけど、そうやって余裕ぶっこいてると後悔するわよ」
「おお怖い。だが、そんなスクラップ寸前のセミプレーンで、これ以上何ができるのかな」
「何も出来ないと思ってるなら、それこそ大間違いだわ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
女が笑いを止めた。
無言で、じっとアタシを見つめている。
いや、ヘルメットで顔は見えないが、その目が笑っていないことを、アタシは感じ取っていた。
アタシも口をつぐんで、精一杯、相手を睨んだ。
普段のアタシなら怖くてブルってしまう状況だけど、知人を無残に殺されたという事実が、アタシの肉体を支えていた。
さっきの光景が、まだまぶたに焼き付いていた。
きっと、無抵抗だった。
襲撃を受け、護衛のセミプレーンも破壊されて、彼らは仕方なく降参したんだろう。
せめて、命だけでも助けてくれ、と。
だがこいつらは、そんな彼らを一列に並べ、容赦なく銃殺した。
まるで、虫けらを殺すかのように、無慈悲に、呆気なく。
そして、その遺体を弔う事もなく、あろう事か駆けつけたアタシ達を巻き込むためのトラップのエサにした。
そんな奴らに、例え一瞬でも怯んだ姿を見せられるか。
無言の対峙はしばらくの間続いた。
峡谷を見下ろすセミプレーンたちも、指示が出来ているのか、均衡を破ろうとはしなかった。
どれほどそうしていただろう。
ついに、女が先に口を開いた。
その言葉に、アタシは耳を疑った。
「断るのは、愚かな選択だぞ。・・・ラライ・フィオロン」
「・・・・・!?」
口から心臓が飛び出るかと思った。
な、なんで。
何でこいつはアタシの名前を知ってるの!?
こいつは、一体誰なの!?
「ど、・・・どうしてその名前を!!」
動揺が声に現れてしまった。
女はそんなアタシを冷ややかに見降ろして、それから、ゆっくりと自らのヘルメットに手をかけた。




