シーン2 人は荒野に夢を見る
男はハリーと名乗った。
見ためは40代。ひょろりと背が高く、細い目は一見柔和そうに見えて、その奥に感情を隠していた。
「この街を離れるのなら、一応あてはあるぜ。行きたい場所は決まっているのかい?」
ハリーは聞いてきた。
「ランナーが手に入るの?」
アタシ達は突然声をかけてきた正体不明のテア星系人に、警戒しつつも答えた。
「いや、そうじゃないんだが、もしここを出て、他所に行くんなら、人を紹介してやるよ。」
「人? どういうコト?」
「ガイドって言うか、まあ、運び人みたいなもんだ」
ハリーはそう言って、アタシ達をまじまじと見た。
バロンの事は珍しそうに、アタシの事は、少しだけ邪念の混じったような目で。
「あんたらさっき、バザーでランナーを物色していただろ、そのなりからしてどう見ても旅行者みたいだし、きっとそうだろうと思ってね」
彼はわざと明るい調子で話しながら、アタシ達ににじり寄ってきた。
「この星には、まだまともな道路なんてもんもないし、ちゃんとした地図も無い」
気付けば、彼は息がかかるくらい近くにまできて、アタシの目を覗き込んだ。
「法律なんてもんもないからな、この街の外では、色んな連中が好き勝手に土地を自分のモノにして生きている。この星を訪れる奴らのほとんどが、そうやって新しい人生を探しに来るわけなんだが、あんたらは、ほら、なんとなく違うだろ」
「どうしてそう思うの? アタシ達だって移住者かもしれないよ」
アタシはずけずけと近づいてくるハリーに、なんだか生理的な嫌悪感を抱いた。
理由はわからないけど、ちょっと、嫌な感じだ。
「だったら、真っ先にビルズシティの移住局に顔を出すはずだ。管理エリアは都市周辺部だけだが、それでもこの星唯一の準政府組織だしな」
「なるほど、ハリーさんだっけ、・・・あなたって、まるで探偵みたいね」
褒められたと思ったのか、ハリーはにこりと口角をあげた。
「かといって、この星は普通の旅行者が来るようなところじゃない。だいたいにして多いのが、ここに住む誰かを訪ねてきた奴か、かなり肝の据わった商人かのどちらかだ」
おみごと、大正解だ。
ちょっと信用するには怪しいが、話をするだけの価値はあるだろうか。
アタシはバロンと顔を見合わせた。
彼は仕方なさそうに頷いた。
「レバーロックって場所にいる人に会いに来たの」
「レバーロック? 聞いた事ないな」
「え、そんな、確かに・・・」
アタシはルナルナから届いたメモリーキューブの内容を思い出した。
彼女はアタシに会いたがっていて、惑星フォーリナーのレバーロックという町に居ると、間違いなくそう言っていた。
ハリーは不安そうなアタシの表情を見て、すぐにまた、にやけた表情に戻った。
「いや、よくあることなんだ。さっきも言ったように、この星じゃあ、多くの移住者が、われ先にって開拓と土地の私物化を競ってる。でも、皆が皆争いを好むわけじゃないからな。あんまり強くない連中が集まって、小っちゃなコミュニティが幾つかできている、きっと、その一つなんだろうさ」
「だとすると、行き方がわからない・・・ってコト?」
「俺にはな。ああ、でも心配いらない、俺が紹介するガイドなら、それも大丈夫さ」
さて、どうしよう。
なんだか信用ならない男だが、話を聞く限り、仮にランナーが手に入っても、この広い星の上で、地図にも載っていない街を探すなんて、それこそ雲をつかむような話だ。
ハリーは、アタシ達が茫然としたのを見てとって、指を開いた。
「さて、取引だ。なに、そんなにぼったくる気はない。俺には紹介料として30万ニート、ガイドの方には、80万ニートと移動手段の提供代として50万ニートでどうだ」
「全部で160万ニート・・・か」
アタシは唸った。
ランナーを買うのに、普通の星でなら500万ニートくらいだ。だが、この星ではさっき見たやつですら、2500万ニートもの値がついていた。それを考えれば、高くはない・・・のだろうか。
ちなみに決定権はバロンにある。
何故なら。
アタシの所持金はそんなにないからだ。
こうみえても、アタシは現在無職だ。
バロンの恋人?というこじつけをして、半ば無理やり海賊船にただ乗りさせてもらっている身分である。
もちろん、収入がゼロ、というワケではない。
以前、リバティスターというレースチームのレースクイーンをした事がある。
チーム監督のアンディさんがアタシの事をすごく気に入ってくれていて、少し前に、再び声をかけられた。
いろいろ事情もあって、レースの現場には戻れないとお断りしたが、最終的にはチームのイメージガールとして契約をしてくれたのだ。
ファイルなどの公式グッズやパンフレットに、小さく水着写真を乗せる程度の内容で、契約料は年間で20万ニート(約8万円)。それに、収益の中から雀の涙程度の分配金がもらえることになった。
それでもお小遣い程度にはなった。
ただ、だからといって貯蓄ができる程の収入とは、とてもじゃないが言えない。
このあたりが。
『あのなあ、ラライ、それじゃああんた、バロンのヒモだよ』
と、宇宙海賊デュラハンの姐さんこと、シャーリィに言われてしまう所以である。
アタシは彼の表情を窺った。
バロンは難しい顔で腕組みをしたが、結局、背に腹はかえられないという判断をしたようだった。
彼はハリーと交渉をして、結果的には130万ニートでガイドを紹介してもらうことになった。
ハリーとは明日の朝、郊外の広場で落ち合う事を約束して、今日の所は宇宙港へと引き返すことにした。
これも街を歩いて気付いたのだが、まともなホテルというものが、この街には存在していなかった。
少し怪しげな界隈に、連れ込み宿や、いわゆる風俗店のような胡散臭い宿泊施設は幾つか発見したが、彼と泊まるにはどうも憚られたし、それに色々と危険な雰囲気があった。
宇宙港内には訪問者用のカプセルホテルが併設していて、本当に寝るだけなら、何とかそこで過ごせるようだった。
荷物を貴重品ボックスに預けてから、早めの夕食をとることにした。
といっても、もう一度街に出る気は起きず、港内の売店で、簡易宇宙食のパックを買ってきて、ロビーで並んで食べた。
「とりあえず一歩前進ね。それにしても、今日は疲れたわね」
「そうでやんすね、やっぱり外宇宙は勝手が違うでやんす・・・よっと」
彼はそう言って、眉間にしわを寄せた。
付属してきたドリンクの蓋を外すのに、苦戦しているらしい。
吸盤のついた彼の指は、基本的にはとても器用で優れているのだが、なにぶん爪が無いので、こういう固いものをひっかけて開けるという動作は苦手なのだ。
「貸して」
アタシはドリンクを受け取った。
少しぬるっとした彼の暖かい指に触れて、なんとなくホッとした気持ちになった。
「それにしても、ラライさんのお友達って人も、よくこんな辺境の星に住む気になったもんでやんすね~」
バロンは何気なしに言った。
「そうね、まあ、もともとあんまり社交的なタイプじゃなかったし、誰も知りあいのいないところで、イチから再出発したかったのかもしれないわね」
「そういう気持ちは、わからなくはないでやんすがね」
彼の視線が、ロビーの壁面を飾った、フォーリナーの原野を映したフォトグラフに止まった。
「そのルナリーさんとラライさんって、どんな関係だったんでやんすか?」
「あれ? 前に言わなかった? 宇宙船のもとチームメイトよ」
「あっしは初耳でやんす」
「そうか、今回の件について、シャーリィさんに相談した時、バロンさんはいなかったんだっけ」
アタシはその時のコトを思い返した。
ルナルナからキューブが届いて、アタシに会いたいというメッセージを受け取った日、、バロンはキャプテンや他の男性クルーと一緒に、飲みに出かけていたんだ。
そうそう、帰ってきた彼の衣類から、なんだか女物の香水の匂いがしてさ。
べつにジェラシーとかじゃないけど、話をしてもハッキリしないから段々イライラしてきて。
結局、詳しく説明しなかったんだっけ。
「姐さんからは、危ない星に行くみたいだから、護衛に着いて行ってやりなって言われただけでやんすからね。まあ、あっしは、言われなくてもそうするつもりでやんしたが」
「昔の話よ。アタシ、女だけでちょっとしたチームを組んでてさ、宇宙船で共同生活していたの。その時の仲間よ」
「それって、もしかして宇宙海賊・・・で、は無いでやんすよね」
アタシは内心、心臓が飛び出るくらい焦った。
アタシが元宇宙海賊のメンバーだったってコトは、察しの良いシャーリィあたりには気づかれていてもおかしくない。
それに、何故かはわからないが、キャプテンなんかはアタシが「ライ」だって事自体、最初から知っているような節がある。
だけど今まで、バロンがアタシの正体について、宇宙海賊かもって疑ってきたことはないはずだった。
「っど・・・・どど、どうしてバロンさん」
アタシはあまりにも不自然に口ごもった。
バロンはつぶらにも見える瞳でアタシを見た。
「いや、そんなワケないのは百も承知でやんすよ! ただほら、あのリンさんって人も一緒だったって話でやんしょ。確か、あのお方は、もと宇宙海賊スカーレットベルだったって、話でやんしたから」
ああ、そっちの方か。
アタシは安堵した。
「違うわよ。アタシと組んだ時は、リンはもうスカーレットベルは辞めていたもの。・・・その、言ってみれば宇宙の何でも屋みたいな感じよ、色んな事やってみたけど、結局上手くいかなくって、解散したの。それからは、知っての通り、アタシは借金背負っちゃったり、就職で騙されたりして、今ここにこうして居るってワケ」
「ラライさんも、苦労してきたでやんすもね~」
しみじみと、バロンは言った。
苦労と言えば苦労かな。
アタシは喉に詰まりそうな固形の栄養スティックにかじりついた。
「まあでも、アタシは今こうして無事に生きてるし。生きてることを楽しんではいるから良いんだけどね」
誰かさんのおかげでね。
思ったけど、言わなかった。
言ったら、調子に乗りそうだもんな。
「ラライさんは強いでやんすね。その、ルナリーさんって人も、きっと、強くて綺麗な人なんでやんしょ」
「そうね、とっても強い人だわ」
そして、彼の言う通り、とっても美人。
「あっしも会ってみたいでやんす。何しろラライさんのお友達でやんすからね」
アタシは彼と視線を重ねるようにして、壁面の風景に彼女の面影を重ねた。
ルナルナは、一言でいうなら、チームの頼れるお姉さんだった。
口調も荒っぽいし、自分の事を「オレ」なんて言うから、最初は怖い人かと思ったけど、その内面は愛情も深くて、それに誰よりもロマンチストだった。
リンやロアみたいに、アタシとは正面切って喧嘩したりすることも無かったが、どこかしら深い連帯感みたいなものが生まれて、解散する時には真っ先に同意したくせに、船を降りるのを一番名残惜しそうにしていたのを思い出した。
そうだ。
彼女は誰よりも「普通の生活」に憧れていて、それでいて誰よりも自分が「普通になれない」ことを悩んでいた。
その意味では、彼女とアタシは、一番似ていたのかもしれない。
ルナルナは、こんな荒涼とした星に、どんな夢を見つけたのかな。
アタシが思いをめぐらせていると。
急に、隣でバロンがむせった。
あの、のどに詰まる固形スティックだ。
まったく、そんなに急いで食べて、子供じゃないんだから。
ドリンクを口に含んで、バロンは何とも言えない表情になった。
まずくはないが、美味くも無い。
栄養優先のドリンクは、たいていそういうもんだ。
アタシは彼の口元にスティックのカスが残っているのに気付いて、ついてきたウェットタオルでそっと拭いてあげた。
彼は微かに顔を赤め、アタシはなんだかそんなちょっとした仕草が嬉しくなって微笑んだ。
それにしても、昔は顔の見分けすらつかなかったカース人の表情が、こんなに細かいところまで分かるようになるなんて、アタシ自身も思いもしなかった。