シーン28 荒野には血の臭い
相も変わらず、眩しすぎる太陽が照り付ける下で、アタシは自警隊の精鋭達を前にして、仁王立ちになっていた。
精鋭・・・。
そう、精鋭としておこう。
早朝から訓練をするというので、頑張って早起きしたのに、結局、自警隊員の方が遅くて、もう昼前になってしまった。
こんな事なら、もう少し惰眠を貪れば良かった。
そうしたら、朝一から、不愉快な顔を見なくて済んだのに。
アタシは今朝の出来事を思い出した。
ブルーウィングを出てすぐ、アタシは二人の人物に出会った。
よりにもよって、サバティーノと、カリブ・ライトだった。
サバティーノはブルズシティに行く予定があると言っていた。通りに中型のトレーラーを運んできて、自分の商店から何やら大量の荷物を積み込んでいた。
カリブの方はというと、調査していたレバーロックの宇宙船が、彼にとっては期待外れの代物だったらしい。
こっちから聞いたわけでもないのに、予定を早めてブルズシティに戻ると言ってきた。
ちなみに、あの高級ランナーは、ブルズシティで再度売りに出すのだとか。
既にサバティーノが良い額を提示していて、向こうに着いたら、再度連絡を取り合おうと打ち合わせを行っていた。
まったく、要領の良い連中だ。
アタシはそういう勘定が苦手だから、二人の抜け目なさに、半ば呆れ、半ば感心した。
並んで店を出てきたアタシとバロンを見て、サバティーノは複雑な表情をした。
好色な笑みの裏に、侮蔑するような感情が透けて見えた。
アタシはまた腹の奥がぐつぐつと煮えたぎって、わざと見せつけるように、彼と手を繋いで歩いた。
バロンにとっては、ちょっとだけご褒美タイムになった。
ともかく。
そんな感じの悪い思いまでして、気合を入れて来たのにさ・・・。
結局、集まった自警隊員は、たったの5人。
一人はマリアで、あとは顔も名前も一致しない若者が4人だ。どうやら、全員アブラムが抱えている連中のようで、自分の意志で来たのでないのは、目に見えて明らかだった。
「すまんなあ、みな自分の仕事もあるからよ、それにビーノは鉱山行きの警護に行っちまったし。本当は20名以上隊員は居るんだが」
初訓練を見に来たアブラムが、申し訳なさそうに言った。
ちゃっかりと、ルナルナも見物に来ていた。
広場の隅にある物置小屋に、ちょっと庇がついている。彼女はその下に椅子を出してきて、今から始まるアタシのプレーン講習初級編を楽しみに待っていた。
どうやら、自警隊員の簡易休憩所がわりに使っている場所らしかった。
さて、アブラムさんはああ言ってくれたけど。
人の集まりが悪いのは、きっとそれだけが理由じゃないだろう。
多分、アタシのような女に偉そうな顔をされたくないって反発心が半分と。
もう半分は、おそらく、異人類種と付き合うような女は、信用が出来ないと、そういう事だろう。
でも、それならそれで上等だ。
むしろこの位の人数の方が、戦い方を教えるには、伝わりやすいのかもしれない。
「えーっとお、じゃあ、始めるわよ、準備は良い」
アタシは精一杯、声を張り上げた。
「はいっ!」
ひときわ威勢の良い返事が返ってきた。
誰だろう、なんて思うまでも無い。
声の主はマリアだった。
彼女は真剣な目でアタシを見つめていて、体中からやる気を漲らせていた。
なるほど。
これは、良い兆候だ。
アタシは内心嬉しくなってきた。
昨日の対決と、そして夜に聞いたジェリーとの話が、彼女に対するアタシの目線を変えた。
マリアは、単なる世間知らずで生意気な女じゃない。
この辺境の地で、屈折した目線の中で、己を貫こうとする気概のある女性なのだ。
彼女に教えるというのなら、それは、やりがいがある。
20人のやる気のない自警隊員なんかいらない、この一人の女戦士を鍛える方が、きっとこの町のためにもなる。
「よーっし、じゃあ、言葉よりも実戦よ。まずは機体に乗って準備して、話はそれからよ!」
アタシの声にマリアが大きく頷いて、ルナルナが感慨深げに目を細めた。
それから。
自警隊員へのプレーン戦闘訓練は、一日中続いた。
日暮れ近くにもなると、皆へとへとになっていた。
何しろ、訓練に使用する作業用モビルは、衝撃の吸収装置が最低限しかない。
数名の男達は、途中でプレーン酔いを起こしてダウンしたし、結局、最後までくらいついてきたのはマリア一人だった。
それと。
バロンがいてくれて、大変助かった。
何と言いますか。
アタシの教え方は、直感的すぎて、その、何とも伝わりにくいのだそうだ。
「ギューんとやって、それから、キューっっとしぼる、そしたら相手がそっちに行くはずだから、アンタとアンタが、エイってやれば、挟み込めるでしょ!」
と、アタシが叫ぶと。
「出力は最大の一歩手前まで出しておくでやんすよー。そうそう、シフトはあと一つ落としておいた方が良いでやんすね。あ、実戦でオートモードは厳禁でやんす。自動追尾ですぐに落とされるでやんすからね。両足の制御と全身制御を切り離して、下半身を急停止。そのままだと転倒するでやんすから、片足を軸にしてバランスをとれば反転するでやんしょ、そうしたらペリーさんとミゲルさんで、相手を挟撃出来るでやんす」
と、彼がご丁寧な説明をしてくれた。
いつの間にか。
4人の自警隊員はバロンの方を向いて話を聞くようになっていた。
それはそれで良いのだが。うーん、ちょっと複雑だ。
マリアだけが、アタシの言葉を一言だって聞き逃すまいと、集中を最後まで切らさなかった。
そういった訓練は3日ほど続いた。
4人のうち一人は脱落して来なくなったが、残りの3人は何とか続いた。
マリアはもちろん一番熱心で、ほんの数日しごいただけで、みるみると上達するのが見て取れた。
こうなると、アタシもマリアが可愛くて仕方なくなった。
いつの間にかアタシと彼女は最初の頃のわだかまりが嘘のようにとけて、気がつけば十年来の親友のように、言葉を交わすようになっていた。
「今日の午後、ビーノが帰ってくるんです。彼、アタシの覚えたテクニックを見たら、きっと驚いちゃいますよね」
お昼の休憩に入ったところで、楽しげに、彼女は言った。
エルドナ鉱山への往復便を護衛しているビーノは、向こうで何かしらのトラブルが起きたらしく、足止めを食っていた。
本当は一昨日のうちに戻ってくる予定が、今日の帰着に変更になったと連絡が来たのは、昨日の夕方になってからだった。
一方、ブルズシティに行ったサバティーノの方にも、何かしら予定外のコトが起きたようだった。
彼らの帰着も既に一日以上遅れていた。
いまだに共同経営者のゴディリーにすら、何の連絡も入っていないとの話である。
ゴディリーは顔面蒼白になって、昨夜から何度もアブラムに相談を持ち掛けていた。
アブラムはよくある話だと言って、それほど深刻にはとらえていない様子だった。
それでも、あまりにも不安がるゴディリーをそのままにはしておけなかったのだろう。
結局、お抱えの自警隊員二人を派遣する約束をした。
おかげで、今日の訓練はアタシとマリア。バロンの方がミゲルという若い褐色肌の男性と、マンツーマンでの指導に変わっていた。
「驚くなんてものじゃないと思うわよ」
アタシはマリアの瞳に応えた。
「ビーノさんは確かにプレーン操縦に慣れてる様子だったけど、あくまで重機としての操作だもんね。・・・アタシから見たら、可も不可もなくって感じ。実際、マリアの方がパイロットとしての素質はあると思う」
「本当ですか?」
「ウソついてどうするのよ」
自然と口角が上がった。
以前より柔和さを増した相貌が輝いた。
「ジェリーも、いつもそう言って私を褒めてくれてたんです。だから私、その気になっちゃってて・・・」
「話を聞く限り、良い人だったみたいね、そのジェリーさんて」
「ええ」
彼の話になると、途端にマリアは笑顔になった。
笑うと、異常なくらい可愛かった。
こういうのを、男性はギャップ萌えって言うのだろうか。
その気持ち、ちょっとだけわかる気がした。
「ジェリーさんの言葉はお世辞じゃないわね。マリア、あんたってさ、きっとプレーン乗りに向いている。そっちを活かしたら、これから先、色んな仕事ができるかもね」
「本当ですか、ラライさんに言われると、自信になります」
「もちろん本当よ」
とはいえ、戦いには向かないかもしれない。
アタシは内心で、その言葉を呟いた。
彼女の何かが悪いわけじゃない。
ただ、パイロットとして優秀なのと、戦士として優秀なのとでは、測る尺度が違う。
簡単に言えば、マリアは育ちが良すぎるのだ。
全てにおいて真っ直ぐすぎるし、それに、感情に裏表がなさすぎる。
つまるところ、とても良い子。
こういう子は、実戦では、・・・死にやすい。
自警隊として、身を護る程度の技量を身に着けるのは良いとしても、それを、これから先の生きる道にするのは、彼女にとってお似合いの未来とは、アタシにはどうしても思えなかった。
ハムの挟まったサンドイッチを口に運んだ。
ルナルナがさっき届けてくれたもので、新鮮な野菜と相まって、疲れた体に適度なエネルギーを補充してくれる。もちろん、味も美味い。
そのルナルナは、日陰になった小屋の外で、バロンとミゲルにも差し入れを手渡しながら、なにやら楽しそうな様子で、彼らと話しこんでいた。
「そういえば、ラライさんに一つだけ聞きたい事があったんです」
マリアが自分の分のサンドイッチを両手で持ったまま、ちらりと視線だけをアタシに向けた。
「なあに、プレーンのコト?」
「いいえ、その、プライベートのコトなので、恐縮なんですが」
「プライベート? アタシの?」
彼女は頷いて、それからほんのりと頬を赤らめた。
「聞いたんです。その、ラライさんはバロンさんと、・・・恋人として、お付き合いをされてるんですよね」
ああ、その話か。
そういえば、酒場で堂々と吹聴しちゃったから、この町の間では、そういう噂になってしまっていた。
「同じお部屋にお泊まりしているって聞いて、恋人同士・・・なんですよね」
「うーん、まあ、厳密に言えば、まだそうとは言い切れないけど、それに近い関係ね」
「それに近い…ですか?」
「まあ、アタシは彼のコトが好きだし、彼もそう。だから、キスくらいはするけど、・・・。そっから先の関係には、まだ・・・ね」
アタシは肩を竦めた。
そっから先の関係を想像して、また、頬が熱くなる。
ダメダメ、まだ昼間だぞ。変な想像をしちゃってはいけない。
「詳しくは話せないけどさ、色々と解決しないといけない問題があるし」
少しだけ、誤魔化すような口調になってしまった。
「それって、やっぱり、バロンさんが異人類種だからですか?」
彼女は真剣な顔で聞いてきた。
アタシは彼女の気持ちが手に取るようにわかった。
「違うよ、もっと別な理由」
微笑んで、視界の隅にバロンの姿を捉える。
彼が大きな口でサンドイッチを平らげるのが見えた。
「人を好きになるのに、人類種なんて関係ないと思ってるよ、アタシは」
半分は、自分に言い聞かせるように、アタシは言った。
「そう・・・そうですよね!」
マリアの声が大きくなった。
「アタシが誰を好きになろうと、誰とキスをかわそうと、それはアタシの勝手だもん。それだけは誰にも文句は言わせない。・・・もしアタシと彼との関係にケチをつける奴が居たら、そんな奴は後ろから思い切り尻を蹴ってやるわ」
足をぶるんと振り上げて、居もしない相手を蹴り飛ばすふりをした。
なんとなく、サバティーノの顔が浮かんだ。
ちなみに、後ろから蹴る、というのが、我ながら小心者だと思った。
マリアは光明が差したみたいに明るい顔になってアタシを見た。
「私もそう思います。好きになるのに、人類種なんて関係ないですよね」
「大事なのは自分の思いと、相手の思いが確かかどうか、きっと、それだけよ」
彼女は胸のつかえがおりたとみえた。
ホッとした表情で、サンドイッチにかぶりつく。
アタシはポットからコーヒーをついで、それから自分用に大量の砂糖を入れた。
マリアが無言で目を丸くした。
なんだか、この上なく穏やかな気分になってきた。
だが。
そんな安息の時間は、急に終わりを告げた。
休憩用の小屋の中から、けたたましい着信音が聞こえた。
ルナルナが中に走り込むのが見えた。
どうしたのかなと、思う間もなく、彼女は血相を変えて再び飛び出してきた。
「親方っ、ビーノからだ、襲撃を受けてる!」
「襲撃? 馬鹿な、警報は鳴ってねえぞ!?」
アブラムが驚いて立ち上がった。
警報と言うのは、レバーロックの周辺に仕掛けられた感知センサーだ。
セミプレーン以上の大きさの物体が接近すると反応するようになっており、前回ヴァイパーの襲撃を早期に発見できたのも、また、アタシがリップロットさんの牧場に侵入した時に、ルナルナが駆けつけてきたのも、そのセンサーが反応したからだった。
正直言って、レバーロックという辺境の町には過ぎた設備なのだが、これを整備したのがルナルナだと聞いて、アタシは納得した。
元テロリストで、トラップの名手、ルナルナ。
あの「灰色の月」が自ら張り巡らせた警備網なのだから、その信頼性は疑いようもない。
それなのに。
センサーを潜り向けて、襲われてるって?
「とにかく、応援に行かないと、親方っ、私出ます!」
マリアが叫んで、宇宙船のハッチへと走った。
ルナルナがアタシを見た。
大丈夫、言いたいことは分かってる。
「アタシも出ます、フロッガーを使うよ」
叫んで、マリアの後を追った。
「あっしも、あっしにも使えるプレーンはあるでやんすか!?」
バロンがひきつった声をあげた。
「バロン兄貴、モッドスタイプなら手足の換装が終わってる、けど、試運転はまだだ」
自警隊員のミゲルがハッチを指さした。
ところで、いつの間に、バロンはミゲルの兄貴分になったんだ。
アタシ達はレバーロックのハッチ内に駐機された3台のセミプレーンを始動させた。
こんなに唐突に実戦をする事になるなんて、ったく、無法地帯にもほどがある。
砂塵を巻き上げて、アタシ達は飛び出した。
マリアがすぐに座標を送信してくれた。
エルドナ山の方角へ、この機体のスピードでも、・・・くそ、30分はかかるか。
メインストリートを抜け、幾つかの起伏を超えて荒野へと進んだ。
途中で、ルナルナのMランナーを追い抜いた。
彼女はいつものようにミサイルランチャーを斜め掛けして、一人現場へと疾走していた。
アタシのモッドスタイプが一番速かった。
先行しすぎるのもどうかと思ったが、かといって、時間がかかればかかるだけ、ビーノたちが危ない。
何とか間に合ってくれ、と、祈るような思いで乾いた大地を駆けた。
遠くにエルドナ山の山影が見えた。
広大すぎて、遠近感が狂う。
なだらかな丘を越えると、やや低地が広がって、その荒涼とした大地の中央に、白い煙が上がっているのが見えた。
あそこか。
アタシは確認し、同時に胸が締め付けられるような感覚に襲われた。
煙が、白い。
そして、動かない。
それは、つまり・・・。
現場に辿り着き、そして、眼前に広がる、凄惨な光景に絶句した。
真っ先に見えたのは、機体の胴体を完全に貫かれ、巨大で無残な風穴を開けた、ビーノの重機型プレーンの残骸だった。
周囲には幾つもの焼け焦げた跡と、ちいさなクレーター。
サバティーノ商会の輸送トレーラーが二台横転し、積み荷だったであろうコンテナが散らばっている。
すでに、戦闘は終わっていた。
結果は、目の前の現実が全てだ。
おそるおそる、重機型プレーンのコクピットに目を向けると、風防が滅茶苦茶に割れているのだけが見えた。
『こ・・・これって・・・』
近接無線で、震える女の声が飛び込んできた。
マリアだ。
その後ろから、バロンの乗るモッドスタイプも見えた。
足元を、ルナルナのMランナーがすり抜けてきて、止まった。
『全滅・・・で、やんすか』
バロンの声が掠れた。
全滅・・・いや、まだわからない、生存者がいるかも・・・。
アタシはそれが絶望的な望みであることを知りながらも、そんな小さな思いに縋って、周囲を見回した。
「コクピットは破壊されてるけど、ビーノさんは乗ってない、助かってるかも」
『こっちのトレーラーにも、人は乗ってません』
マリアが横転したトレーラーを慎重に持ち上げながら確認した。
もしかして、せめて人が生きてるなら・・・。
アタシはフロッガーを前傾させて、機体を降りる準備をした。
「待てっ、ラライ」
声がアタシを止めた。
ルナルナだった。
彼女は、Mランナーを降りて、重機型プレーンの陰、ちょうどアタシ達から死角となる所を覗き込みながら、その相貌に心痛な表情を浮かべていた。
「機体は降りるな・・・、その必要はねえ」
彼女の声が意味する事を、アタシはすぐに知った。
重機型の背後に回ったアタシは・・・・見た。
見て、しまった。
10人を超える男達が、そこに並んでいた。
いや、もっと正確に言えば、並ばせられていた。
全て、死んでいた。
間違う事のない血の臭いが、アタシの鼻腔をついて、吐き気をもよおした。
これは、ただ遺体を集めたのではない。
生きた人間を捉えて、ここで一斉に殺したのだ。
つまり、・・・処刑だ。
『いやあああああっつ、ビーノッ!!!』
マリアの泣き叫ぶが聞こえた。
彼女は、苦楽を共にした相棒の、変わり果てた姿を見てしまった。
・・・・・。
・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・許せない。
アタシは全身の血が逆流するほどの怒りに震えた。
これほどまで感情が高ぶるのは、少なくとも、ライの名を捨ててからの人生で、初めてなのではないだろうか。
『くっそおつつつつ!!』
アタシは怒りに任せて、フロッガータイプのレバーを叩いた。
手がしびれる程にいたんだが、そんなの気にもならなかった。
「ラライっ、冷静になれ、何かおかしいぞ」
足元で、ルナルナが叫んだ。
彼女は走りだしていた。
自分のMランナーに飛び乗り、エンジンを急いでオンにする。
「どうしたのルナルナっ!」
「罠だっ、急いで離脱しろっ!!!」
「えっ、罠っ!?」
アタシは彼女の言葉の意味も分からないまま、咄嗟に機体を反転させていた。
一瞬、足元で何かが光った。




