シーン25 歓迎する者、されぬ者
ついつい、声が大きくなってしまった。
アタシは「カリブ・ライト」の名前を知っていた。
といっても、アタシが知っているのは、目の前にいる中途半端なイケメン男ではなく、もっと脂ぎった顔で、鬱陶しいほど喋りかけてくる、好色そうな残念系オッサンだ。
それは、アタシがツアーコンダクターをしていた時の話だ。
始めはオプショナルツアーの客として出会い、その後、何の因果か、一緒に武器取引をめぐる陰謀に巻き込まれた。
そいつの名前が「カリブ・ライト」。
実はそれが偽名であった事を、アタシは事件の途中で知ったのだけど、そいつもやっぱり大学教授を名乗っていた。
さて・・・、それじゃあ目の前にいる、この男は一体・・・。
「何でそんなに驚く? 待てよ、どこかで会った事があるのか? もしかして、昔、俺のゼミを受けた事があるとか・・・」
カリブは首を傾げた。
「ち、違うの・・・。その、なんて言ったらいいか。ちょっとした知り合いに、同じ名前をした人がいて」
アタシはしどろもどろになった。
そのうちに、ようやく子細が飲み込めてきた。
そうか。
「カリブ・ライト」って大学教授は、実在していたんだ。
かつて、あの中年男が名乗っていたのは、単なる架空の人物じゃなかった。
実在の人物がいて、その経歴を下地になりすましていたって事だ。
あっちが偽物だったのは既に判明しているわけだから、つまり今、目の前に居るのが本物の「カリブ・ライト」なんだろう。
だけど。
釈然としない気持ちは残った。
大学教授って、ブラスターの臭いをプンプンさせるものかしら。
「珍しいな、俺と同姓同名か。あまり多い名前じゃないんだが」
「偶然って、あるものなんですねー」
「・・・」
カリブは胡散臭そうにアタシを観察した。
と、そこへ。
「なるほど~、大学教授でやんしたか、じゃ、何かの研究でこの町へ?」
バロンが口を挟んだ。
「それほど大層な理由じゃない。休暇がてら、奇妙な遺構があるという噂を聞いて、確認しに立ち寄っただけだ」
「奇妙っていえば、確かにそうでやんすね。こんな星に宇宙船が廃棄してあるなんて・・・、それも軍艦でやんしょ。やっぱり古いものでやんすか?」
「ああ、古い」
カリブはハッチの外に出てきて、あらためてレバーロックの外装を見上げた。
巨大な宇宙船は、まだまだ高くそびえていて、アタシ達が立っている部分は、機体の中腹に過ぎなかった。
「とはいえ、数えられるレベルの年代だ。・・・もしかして、古代エールの遺産と期待していたんだが、当てが外れた」
言葉ほど落胆した様子でもなく、カリブは言った。
アタシは彼の言わんとする事に、察しがついた。
「この宇宙船ってさー、多分だけど、エレス同盟が出来る前の、銀河通商時代の船じゃなくて?」
「ほう、わかるのか?」
はじめて、カリブの声に不信感以外の感情が伴った。
アタシに対する、さっきまでの警戒心が、ほんの少しだけ薄れた。
「通商時代の、それも第一次ドゥ戦役のものだと俺は見ている」
「第一次かあ、確かにこの対宙砲の配置はそれっぽいもんね~。でも、アタシは第二次だと思うな」
「何故だ?」
カリブは眉を吊り上げた。
まさかこんな若い女が、古い宇宙戦艦の知識を擁しているなんて、思いもしなかったのだろう。
ふふ。
アタシはこう見えても兵器フェチ&マニアなのだ。
「一次戦役で使われたエネルギー循環経路だとしたら、放置すればリサイクルブースターが千年くらいで結晶化しちゃうでしょ」
アタシは得意げな顔になって、知識を披露した。
「もちろん状態が良ければ保つかもしれないけど、この星の環境と、外装の状況からしてその可能性は低いと思うの。ほら、この船ってまだ生きてるワケだし。・・・ってコトは、クリプトル集積材が一般化された、第二次戦役以降に建造された船の可能性が高いってコトになるわ」
「なるほど、確かに通商の船はマリス式循環経路だからな」
カリブは否定するわけでもなく、あっさりと頷いた。
自論を否定されたにもかかわらず、彼は表情を崩さなかった。
「ゼミでの回答なら80点をくれてやる。まあまあ合格点だ」
それは彼なりの賛辞だったのだろう。
だけどアタシ的には、少し納得はいかなかった。
80点て何よ、ほとんど正解でしょ。
100点満点ではなくても、99点くらいは貰わないと。
アタシがやや不満を抱いた事に、カリブは気付いたようだった。
「だが」
と、彼は言った。
「その答えは、この機体を通商サイドと仮定しての話になる」
「えっ、違うの?」
「あくまで可能性の話だ」
「なんだ脅かさないでよ」
まったく、あたしの知らない特徴とかがあったのかと思っちゃったじゃない。
「とはいえ、もし前提が変われば答えも変わる。ドゥ側の船なら、クリプトルの実装は数百年以上も早い。確かにこの機体には師団マークや、独特の特徴はないが、独立部隊などの特務機なら、それもあり得る」
「可能性はなくはないけどさー、それだったらかなりのレアケースよ。それに、特務機をドゥが放置しておくかしら」
「正論だが、それではつまらん。・・・当たり前の事を想像するより、特異な状況を思い描く方が、ずっと面白いだろう。想像力の欠如は視野を狭めるぞ」
へえ、「面白い」ときたか。
男を見る目が、少し変わった。
なるほど、大学教授ってのは、あながち嘘ではなさそうだ。
こういう視点は、技術職にはあり得ない。カリブは目の前の事実認識の優先順位を、その物を通り越した先のストーリーに見出している。
でも。
この上から目線的な発言はどうしても気に食わないな。
「中枢データにアクセスできたら、どっちの意見が正しいか、はっきり出来るかもね」
アタシは暗い通路に視線を泳がせた。
もっとも、本気でそんな答え合わせなど、するつもりは無かった。
「ところで、この奥って居住エリアに繋がってるの?」
「残念だが行き止まりだった。・・・ハズレではないが、奥で防護壁が降りている。さすがに、きちんとした道具が無いことには開けられん」
「まあ、そりゃ、そうか」
アタシはちぇっと指を鳴らした。
軍艦レベルの防護壁となると、爆弾の一つや二つじゃヒビも入らない。
解除コードを分析するには、それなりにツールも必要になるだろうし、少なくとも、市販ルートレベルの汎用品では太刀打ちなんてできないだろう。
「それじゃあ、出直すの?」
「まあ・・・な」
言いかけて、カリブは突然言葉をのんだ。
耳の後ろが、みるみるうちに赤くなった。
突然ぶっきらぼうな調子に戻り、わざとらしく視線を外した。
「ち・・・余計な話をした。・・・もう十分だろ、こっちは名前も素性も明かしたんだ。疑いも晴れたんなら、あとは俺の邪魔をするな」
「えー」
「話は終わりだ。もしこれ以上何かを聞きたいって言うのなら、あとはアブラム氏を通してからにしてくれ」
手を突き出して、思いきり拒否の姿勢を見せつけてくる。
アタシは唇を突き出してブーたれた。
邪魔なんてしてないと思うけど。
それに、そっちだって、結構ノリノリで話してくれたじゃない。
ったく、なんて面倒な性格の野郎だ。
アタシはバロンと顔を見合わせた。
カリブはアタシ達と関わるのが余程嫌と見えて、逃げるようにハッチの奥へと戻って行ってしまった。
後にはアタシ達二人だけが残された。
「変わった人ね」
アタシが誰にともなく呟くと、隣でバロンが大きく頷いた。
「大学教授なんて、基本的には偏屈者と相場が決まってるでやんす、でも、特別悪さをしているようでも無さそうだったでやんす」
「確かに、悪人ではないみたいだけど」
「アブラムの親方には、後で話を聞くとして、今日の所は、そっとしておいた方が良いかもしれないでやんすね」
「これ以上ちょっかいをかけると、本気で怒られそうだしね」
「でやんす」
少しだけ後ろ髪を引かれたが、アタシ達はそれで納得する事にした。
そうと決まれば、町に戻ろう。
再びバロンにおぶさって、切り立った外装の際に立った。
そこで、思わず息を飲んだ。
夕日が待っていてくれた。
大気の屈折のせいか、見たことがないくらい巨大な夕焼けが、視界いっぱいに広がって、圧倒的な迫力で世界を染め上げていた。
紫とオレンジと、言葉では表現のできない幽玄な雲の流れ。
アタシ達は、しばらくの間、その光景に見惚れた。
自然、そう、これこそ自然が作り出した刹那の芸術だ。
こういった壮大な景色は、心を蘇らせてくれる。
なんだか、今日を生きている事が、とても素晴らしいと思えた。
そして。
この星に来てよかったと、つくづくそう思った。
結局、ブルーウィングに戻った頃には、周囲はすっかり暗くなっていた。
店内からは暖かな光がこぼれていて、すでに客が入っているらしく、道路の向こうまで喧噪が響いていた。
観音扉を押し開けて、その異常な熱気に立ち竦んだ。
目を疑う程に大勢の客が、まさしくごった返していた。
どこからこんなに集まったのか、店内に入りきれない連中までも出てきて、気付けば表で騒いでいる奴らもいる。
これはどうした事か、と思っていると、突然見ず知らずのオッサンがアタシを指さして叫んだ。
「あーっ、ほら、来たぞ、例の女だ!」
例の女?
なんだ。
いきなり人を指さして「女」とか呼ぶのって、ちょっと感じ悪くないか。
と、腹を立てる間もなく、アタシは男達に取り囲まれた。
「ちょ、何するでやんす~~!?」
バロンが突き飛ばされて、あえなく引き離された。
アタシは誰かに腕を掴まれ、そのまま店内に引きずり込まれた。
「おおーっ、戻ってきたぞ~!!」
「どれどれ、そいつがマリアに勝ったっていう女か!?」
「すげえよな、これから町を守ってくれんだろ」
「マジかよ、可愛い女じゃねえか、誰だよ、ゴリラみたいな女だって言ったの!?」
周囲から、訳の分からない言葉と腕が伸びてきて、アタシは震えあがった。
半ば強引にアタシとシェイクハンドしたり、かと思うと、酒をすすめてきたり、よくわからないが自己紹介してくる奴もいる。
やだ、どこ触ってんのよ。
今、どさくさに紛れて、アタシのお尻をもんだ奴は誰っ!?
それにしても。
これは、一体どういう状況なんだ・・・!?
「あーっもう、どきなどきな野郎どもッ、ラライがビビっちまってんじゃねーか!」
ようやく、聞き馴染みのある啖呵が飛んできた。
ガタイの良い男どもをかき分けて、ルナルナがアタシの前に体をねじ込ませてきた。
「ルナルナっ」
ちょっと涙目になってしまった。
さすがにこれだけの男に囲まれると、かなり怖かった。
彼女がアタシの王子様に思えた。
ルナルナはアタシの腕をしっかりと抑え、詰め寄せる男達を押しやりながら、何とかカウンターの奥まで連れてきてくれた。
「言っただろう、とんでもねえコトになるって」
彼女はアタシを保護すると、口元に半笑いを浮かべた。
「基本的に荒くれ者の町だからな、根っこは単純なのさ。ただでさえ外見も良い女が、めっぽう強くて味方となりゃ、そりゃお近づきになりてえって、思うのは当然だろ」
「じゃあ、今夜のこの客って・・・」
「みんなお前が目当てだよ」
アタシはきょとんとなって、目を三回まばたきさせた。
ちらりと店内側に目を向けると、数えきれないほどの男達が、カウンターの向こうからアタシを好奇の目で見つめていた。
「さて、こうなりゃしょうがない、少しだけ相手してやってくれ。心配するな、いくら酔っぱらいどもでも、オレの店で乱暴はさせねえ、殆どが地球系の連中だからな、握手の一つもしてやれば、それで満足するさ」
ったく、アイドルじゃああるまいし、こんな所で握手会ってさ。
アタシはげっそりとしたが、彼女の言う通り、その位のサービスをしなければ、つめかけた客たちは納得しそうにもない様子だった。
それにしても。
アタシはルナルナの言葉で、ふと気づいた。
言われてみれば、確かに。
このフォーリナーに来て以来、顔を合わせる人の殆どがテア星系・・・それも地球系の人類種ばかりだ。
ザンタ人も、カース人も、それどころか、トーマ人やキリル人と言ったありふれた人類種の人も、ほとんど見かけていない。
これは、何か理由があるのだろうか。
アタシの疑問をよそに、ワケの分からない握手会は始まった。
次から次と、男達が目の前に現れては、口々にアタシに対する賞賛や、どう反応して良いかわからない自己PR、もしくはぶん殴りたくなる卑猥なジョークを発しながら入れ替わっていった。
ルナルナはちゃっかりとその場をしきって、アタシと話をしたい客には必ず一杯以上の酒を注文させていた。
この調子だと、開店以来の大儲けになっているのではないだろうかと、アタシは勝手に推測した。
客が一巡するころには、アタシの右手は腱鞘炎を起こす一歩手前になっていた。
数時間はそうしていたんじゃないだろうか。
いつの間にか夜も更けて、店内には、やや空席が見えるようになってきた。
今日ばかりはサラとアコも客を探す余裕も無かったらしく、ぐったりとした様子で客席に交じって、腰を落ちつけていた。
アタシはふと、視界の片隅にバロンの姿を見つけた。
入り口で弾き飛ばされて以来、どこに行ったのかと思ったら、バロンはカウンターの端で、一人チビチビとカルツ酒を飲んでいた。
アタシはなんだか妙な違和感を覚えた。
昼の摸擬戦で、バロンはものすごい接戦を演じた。
あの戦いだって、町のみんなが見ていた筈だし、第三者から見たとしても、彼の技量の高さは明らかだったはずだ。
アタシはほら、見た目も可愛いし、人気が出るのも当然だけど、バロンだって多少騒がれたっておかしくない。
それなのに。
バロンの周りには妙な空間が出来ていて、客のだれ一人、彼に近づいて話しかけようという者はいなかった。
アタシの瞳に宿った疑問に、ルナルナが目ざとく気付いた。
「彼氏のコト、気になるみたいだね」
ルナルナはアタシにホットミルクを手渡しながら、どこか申し訳ないような口調で声をかけてきた。
「うん。バロンさんだって腕利きのパイロットなのに、アタシばっかり注目されて、いくらアタシが女だからって、ちょっと変かなって」
「まあ、ここじゃあ仕方ないのさ」
「仕方ない?」
「ああ」
彼女は小声になった。
「歓迎される者と、されない奴がいる。どうにも理不尽な固定観念が、ここの連中には強くあってね」
「それって、ここの住人が地球系なのに、関係がある?」
「大ありさ」
彼女は頷いて、それからアタシのコトを厨房の奥に招いた。
「もともと、レバーロックを開拓した連中は、地球の内戦から逃げだした奴が中心なんだ。エレスの多様な人類種社会を知らないままに、コミュニティが作られて、それが少しずつ大きくなっていった。そのせいかな、排他的って言葉にすれば大袈裟だけど、特異な外見の人類種に対して、あまり寛容じゃない風土が出来ちまった」
「人類種差別があるってコト?」
「まあ、それに近い傾向はあるな」
ルナルナはそう言って、バロンに気の毒そうな目を向けた。
「悪くはとらないでくれよ。こういう辺境の開拓地じゃ、良くある話なんだ」
「まあ、理解はするけどさ」
アタシはそうとだけ答えた。
理解はするけど、納得できるかっていったら別問題よね。
気分のいい話ではない。
アタシは店内に戻ると、飽きもせず声をかけてくる客たちを無視して、わざと悠然と歩き、バロンの隣の席へと腰を下ろした。
「なんだか疲れちゃったわ、バロンさん、それ食べていい?」
指を伸ばして、彼の前にあったお皿から、香ばしくローストされたナッツをひとつまみ貰った。
「あっという間に人気者でやんすね」
バロンはアタシの前に、自分が頼んだオードブルの皿を差し出してくれた。
「どうだか。殆どの人は、冷やかし半分でアタシを見に来ただけよ」
「じゃ、残り一部の人はどうでやんす?」
「せめてもの酒のつまみに、新しい話題が欲しい人たちでしょ」
「いつになく辛辣でやんすね」
バロンが面白そうに低く笑った。
「ちょいと混ざるぜ、良いよな」
ルナルナが珍しく、カウンターを出てきて隣に座った。
アタシは二人に挟まれる形になった。
カウンターの中にはサラが立たされて、仕方なさそうに客の注文をさばいていた。
「なあバロン、アンタにも礼を言いたくてね、良い試合を見せてもらったしさ」
「あっしでやんすか? いやあ、それほどでもないでやんす」
「なに謙遜してんだよ、それほどでもあるって」
ルナルナの声は、思ったよりも大きく響いた。
後ろの方で、何人かの男達がアタシの方に興味をそそられているのがわかった。
「お世辞でもなんでもねえ。アンタのおかげで、ラライの技量がちゃんと証明できた。・・・それにな、正直、マリアにとっても良かったと思ってる」
「マリアさんでやんすか?」
「ああ、こういうのってさ、意外と伝わりにくいんだよ。ラライが単に特別強かったってワケじゃなく、実戦を経験している連中は総じてレベルが高いって、マリアはあの摸擬戦を見て、感じ取ったはずだ」
いや。
アタシ達は特別だけどね。
つい、言いたくなったが、我慢して口を閉じた。
マリア・・・か。
アタシは彼女を思い浮かべた。
最初は生意気で敵対心バリバリだったけど、最後にはアタシに肩を貸してくれたっけ。
もう少し色々と話してみたいと思ったけれど、さすがに今夜は顔を出さないか。
彼女の祖父のリップロットさんも、今夜ばかりは店に来ていない。
「彼女も色々と仔細があるみたいね」
アタシはナッツを貪る手を休めた。
大変美味しいのだが、だんだん喉が詰まりそうになった。
「そういえばさ、ジェリーって名前、何度かマリアが言ってたよね、それって誰?」
思い出して訪ねると、ルナルナの顔に翳が差した。
「ああ、アイツか」
彼女は声を顰めた。
周囲の男達が耳をそばだてるのを気にするように、顔を寄せてくる。
「なんとなく、想像はついてるんだろ」
ルナルナはそう言って、自分用のボトルを手にした。




