シーン24 どこかで聞いた名前です
男の姿が、宇宙船の中腹あたりで視界から消えた。
その辺りに段差があるらしく、下からではもう様子がわからなくなった。
「登ってみるでやんすか?」
こともなげに、バロンが見上げた。
「そうは言っても、かなり急斜面だよ。道具も無いのにどうやって?」
「誰にモノを言ってるでやんすか」
彼は触手を得意げに揺らした。
ああ、そうか。
そりゃあタコ足人間のバロンだもん、吸盤で貼りついちゃえば、こんな切り立った宇宙船の外壁くらい、どうってことない。
「なんだか気になるよね、さっきの男の人」
アタシは今朝の臭いを思い出した。
ブラスターの焼きついた臭いを纏った男。
ここは無法者が流れつく街だし、もしかしたら特別な事じゃないかもしれないけど。
なんだか、妙に気に障る。
「・・・まあ、何かの仕事でやんすかね。でも、あんな所に何があるでやんしょ」
少し呑気な口調でバロンが言った。
アタシの方が気にしすぎているだけかもしれない。
朝の感じが悪かったから、やけに嫌悪感を抱いてしまったが、実際のところ、男の素性について何も知らないのだ。
「確かに・・・、普通に仕事とかだったら、邪魔しちゃ悪いかな・・・」
「でも、ラライさんは何かが引っかかってるって、感じでやんすね」
「うん・・・」
「だったら、その時はその時って事にすればいいでやんすよ。それに、あっしも登ってみたいでやんす。あのくらいの高さにいけば、この町の景色が見渡せるでやんしょ。展望台のつもりで登ってみるのは、どうでやんすか」
アタシは目を丸くした。
なんて素敵な発想の転換。
展望台のつもりか。
それなら悪くない。
ちょうど太陽も傾いているし、これから夕日の沈む景色を眺めたりしたら、それはすごくロマンティックだ。
そうと決まれば、行動は早かった。
アタシはバロンにおんぶされた。
「落ちないように、しっかりしがみつくでやんすよ」
彼の声が、どこか弾んだ調子になった。
「言っとくけど、アタシ腕の力は無いんだから、そこはバロンさんの責任よ。絶対に落とさないでね」
「じゃあ、ちょっと強く押さえるでやんす」
「お願い、でも、背中痛いんだから、優しくしてよ」
自分でも注文が多いと思うが、仕方ない。
彼は二本の触手で器用にアタシを固定した。
ぴったりと彼の背中に密着する。
カース人特有の柔らかボディに、アタシの胸がむにゅっと押し付けられた。
やだ、変に気持ちいい。
アタシの心臓の鼓動が、意に反して大きくなった。
それにしても。
この態勢って、端から見たらよっぽど変だよね。
「さ、行くでやんすよ。下を見ないようにでやんす」
「わかったわ、お願い」
バロンはレバーロックの外壁にとりついた。
吸盤の威力は素晴らしかった。
抜群の安定感で、切り立った外壁に、ぴったりと張り付く。それから数本の触手を器用に使って、少しずつ登り始めた。
景色がだんだんと高くなり、遊園地にある観覧車の景色というものは、きっとこんな感じなのだろうかと想像をめぐらせた。
幸いにして、アタシは高所恐怖症とは無縁だ。
何度も高い所から落ちる恐怖体験を繰り返してきた割には、一向に高い所が苦にならない。むしろ、高い所があると、つい登りたくなってしまうくらいだ。
僅か5分ほどで、バロンは男が消えたあたりまで登り切った。
少しだけ平たくなったところに、円形に溶けた巨大な物体が幾つも残っていた。
対艦用の砲塔の跡だと、アタシにはすぐにわかった。
この数と配置からして、この船はやはり軍艦だったようだ。
でも、形状に記憶が無い。
兵器マニアのアタシにわからないのだから、相当に古い時代のものではないだろうか。
「エレスの船ではないでやんすね」
「ドゥでも無さそうよ」
「そこまでわかるでやんすか」
「まあね、ドゥの船って、機能最優先で無個性だけど、それが独自性みたいなものなのよ、でも、この船は随分と無駄が多い構造をしてる」
「じゃあ、ルゥの船ってコトは?」
「それも無いと思う。ルゥの船なら、もっと華美な装飾があるはずだわ。軍戦なら、舳先に特徴的な師団刻印が入るしね」
少し周囲を見回したが、不思議な事に男の姿は見えなかった。
アタシは砲塔の間を潜り抜けるように歩きながら、ふと、目の前にぽっかりと開いたハッチに気付いた。
「ここから、中に入れるみたい」
覗き込もうとして、開かれたハッチの下に、削れた錆状の粉が残っているのに気付いた。
鼻腔を、金属の焼けたような臭いが刺激した。
ここは、ずっと前から開いていたわけじゃない。
おそらく、何らかの手段で、今開かれたばかりだ。
十中八九、男の仕業だ。
でも、一体何のために、何をしようというのだろうか・・・。
唇に人差し指をあて、音を立てないようにとバロンに注意した。
彼は無言で頷いた。
中を覗き込み、その暗さに視界が消える。
じっと目を凝らすと、足元に薄緑色の暗い明かりが幾つか点灯していて、結構奥まで続いているのがわかった。
さて、どうしよう。
行ってみたい気もするけど、さすがにちょっと怖い。
悪い事なんて何一つしていないのに、なんだか後ろめたい気持ちにまでなってきた。
でも、気になる。
中で男が何をしているのかも気になるが。
この正体不明の宇宙船のコトも、とても興味深い。
よし。
アタシは決心した。
少しだけ・・・、ほんの少しだけ中の様子を探ろう。
絶対に音を立てないようにして、数メートルくらいまで。
彼とアイコンタクトを交わし、アタシは足を踏み出した。
空気が一変した。
気の遠くなるくらいの間、ずっと密閉されていた船内はどこかカビた臭いがした。それに、すごく澱んでいる。
なんか、すごく嫌な感じ。
と思っていると、鼻がムズムズした。
かび臭い・・・?
そう、鼻にツンとくるこの感じは、・・・ちょっと苦手だ。
あれ、ヤバ、なんだか一気に吸い込んだ。
「はっくちょっつ!!!!!」
・・・。
・・・・・。
・・・・・・にゃっ!?
やってしまった。
音を立てない、どころか、僅か一歩半で、アタシは全力でくしゃみをしてしまった。
おもわず「てやんでぃちきしょーめ」って、言いたくなるくらい、潔い一発だ。
アタシはその場に固まって、耳を澄ました。
案の定。
「誰だ!?」
通路の奥から男の声が響いてきた。
あーあ。
こりゃ作戦変更だ。
いきなり中で鉢合わせするより良かったとでも考えるしかないか。
ここは、前向きにとらえて頭を切り替えよう。
「えーとっ、ど、どなたかいらっしゃるんですか~」
アタシは精一杯の猫なで声を出した。
背後でバロンが「やれやれ」って態度をとったのがわかった。
ジト目で彼を睨む。
バロンは素知らぬ顔で、頭の後ろに腕を組んだ。
なんだかムカつくわね。
そりゃ、音をたてちゃったのはアタシだけどさ。
バロンだけは、アタシの絶対的な擁護人のはずでしょ。
アタシは仕方なく、相手の出方を待った。
微かな靴音が、ゆっくりと近づいてきて、数メートル先で止まった。
ちょうど、姿が暗さに紛れてよく見えないあたりだった。
向こうからは、きっとアタシが見えている。
小さく。
「なんだ・・・」
と、呟く声が聞こえた。
ん。
なんだ、って、なんだ?
アタシは暗がりの中に、一瞬だけ、銃口のきらめきを見た。
それは、はじめアタシ達に向けられていた。
気付くのが遅れた。もし、男にその気があったなら、撃たれていたかもしれない間合いとタイミングだった。
だが、男は音もなく、その銃口を降ろした。
アタシはホッとしつつ、再び声をあげた。
「えーっとお、そこに居るのは、どこのどなた様でしょうか~。こんな所で、いったい何をしてるんですかあ~、あっ、ちなみにアタシ達はただの通りすがりで~」
「ら、ラライさんっ、こんな所で通りすがりってのは無理があるでやんすよ」
バロンが呆れたように言った。
えーい、アンタが突っ込まないでよ、一応アタシなりに、この間の悪い遭遇を誤魔化そうとしてるってのに。
「ともかくっ、なんだか今まで開いてなかったところが開いてたんで、ちょっと気になって覗いてみただけなんですけどー」
うん。
これなら良い、この話し方なら、アタシ達は時々ここに来ている事になるし、それとなく偶然っぽく聞こえるでしょ。
「・・・」
返事はなかった。
だが、暗がりの中から、アタシ達の事をじっと観察している。
銃口をあげるわけでもなさそうだし、もう一押ししてみるか。
「ここって、アブラム親方が管理してる場所ですよねー、一応は町のエネルギー源にもなっているし、中への立ち入りは制限してる筈ですよ~。もしかして、新しい技師の人ですか~?」
声をかけながら、こっそりと後ろ脚に下がった。
とりあえず敵意は感じない。それでも咄嗟に逃げられるようにしておかないと危険だ。
左足をハッチの外にかけたところで。
「技師じゃないが、アブラム氏の許可は得ている」
声が、思ったよりも近くから聞こえた。
男が突然姿を見せた。
それも、目の前にだ。
アタシは度肝を抜かれた。
気配が無かった。というよりも、男は気配を「ずらし」やがった。
奥に居る、と思わせておいて、いきなりこんな至近距離に現れるなんて。
驚きのあまり、華麗に腰が抜けた。
アタシはお尻からハッチの外に転げた。
あやうくまたしても背中を打つところだった。
バロンが背後から抱きかかえられ、アタシは三度目の悲劇を紙一重で免れた。
「っななな、何よ、びっくりさせないでよっ!」
さっきまでの猫なで声と敬語も忘れ、アタシは眼前に立つ男に向かって口走った。
身長は180くらい、細身で、サングラスをしているが、世間一般では良い男の部類に入るだろう。
年のころは・・・30代の半ばくらいに見える。といっても、この世界で外見はあまりあてにならない。
前髪が長く、イケメンを気取っているのだろうが、はた目に邪魔そうに思えた。
「驚いたのはこっちだ。こんな所に人が来るとはな。何者だ?」
「そ。それはこっちのセリフでしょ。アタシは一応この町の関係者よ」
アタシは少し強気に言ってみた。
関係者。まあ、それで間違ってはいないだろう。
「関係者? 本当か? 今朝、宿で見かけた顔だな、泊り客だろう」
おっと。
何て奴だ、今朝食堂で一瞬すれ違っただけなのに、アタシのコトをしっかり記憶してた?
「そ・・・そうだけど、ただの客じゃないのよ」
アタシは負けじと反論した。
「こうみえても、アタシはこの町の用心棒みたいなモノなの。・・・あんたこそ誰なのよ、怪しいわね、こんな所で、一体何をしていたの?」
「ふん、用心棒には見えないな」
男が、怪訝そうな口調になった。
まあ、出会い頭に驚いて、腰を抜かすような用心棒なんて、そりゃあ格好つかないけどさ。
「どちらにしろ、なぜお前に名乗る必要がある? その理由があるか?」
「それは・・・」
アタシがただ興味持ったからよっ!
っては、言えないよね。
「俺はアブラム氏に許可をとっている。嘘だと思うなら、確認すればいい。まったく、余計な口出しで、俺の邪魔をするな」
言い切られて、あっさりと言葉が詰まった。
駄目だ。
どうやらアタシの交渉力では敵いそうもない。
こうなったら、バロン、助けて。
アタシは彼に救いを求めた。
男の眼がアタシを通り越した。
バロンが気になったようだ。
サングラスVSサングラス。
・・・それはどうでもいいか。
「あっしはバロンという者でやんす」
彼は、いたって冷静な口調で話し始めた。
「見たとおり、しがない流れ者でやんすが、わけあって、今はこの町に協力をしているでやんす。仕事の邪魔をしたのはお詫びするでやんすが、最近は物騒な輩も多いでやんすからね、どうしても警戒してしまうでやんすよ」
よくもまあ、スラスラと言葉が出るもんだ。
アタシは感心して彼の横顔を見つめた。
ストームヴァイパーとの一件だって、今朝がた、少し説明しただけなのに、ちゃんと状況を理解してくれている。
「こんな所に人が居るなんて滅多にない事でやんしたからね、あっし達もちょっと驚いたでやんす。もちろんアブラムさんにも確認をするでやんすが、せめて名前だけでも、お聞かせいただけないでやんすか?」
「俺か・・・」
男は微かに口ごもった。
アタシだって同じことを訊いたつもりなんだけど、なんでバロンの話の方がちゃんと伝わっているんだろう。
話し方だって「やんす」「やんす」って鬱陶しいのに、何だか理不尽だ。
少し思案した挙句、男は仕方なさそうに答えた。
「カリブ・ライト」
男ははっきりとそう言った。
「カリブ・・・ライト?」
思わず反芻した。
半ば無意識に、アタシの唇はその名前を口ずさみ、そう遠くない記憶を揺さぶった。
「ああ、それが俺の名前だ」
男はサングラスの奥の瞳を、アタシに向けた。
カリブ・ライト・・・。
カリブ・・・ライト・・・か?
あれ?
あれ・・・、あれれ・・・。
その名前、どっかで聞いた。
どこだっけ、いつだっけ、・・・確か知り合いにそんな名前の男が居た。
デジャヴ?
いや、違う。
間違いない、初めて耳にした名前じゃないぞ。
「こう見えても、大学で教授をしている。この町に来たのは、研究の為だ」
男はそう言って、ポケットから身分証を出した。
「ノーフォーク中央大学 宇宙文明科・・・教授?」
大学の教授?
大学教授の・・・カリブ・ライト!?
アタシの記憶が繋がった。
この名前、この肩書、確かにアタシは知っている。
「えーっつ!? あんたがっ、・・・あんたがカリブ・ライトっ!?」
アタシが驚愕した理由がわからず、男は不思議そうに眉根をしかめた。




