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シーン23 憎いあんちくしょう

 バロンはアタシが一人なのを確認した。


 一本の触手で、自分の頬のあたりをポリポリと掻くのは、話しあぐねている時の彼の癖だ。

 といっても、助け船を出すわけでもなく、アタシは彼の言葉を待った。


 人と人の関係って、不思議だ。

 いつも顔を合わせているし、同じ部屋を共有して住んでいるくらい仲が良い筈なのに、突然、変化してしまう時がある。

 朝は普通に話せていても、夕方には理由もなくギクシャクしたり。

 かと思うと、まるで空気みたいに相手の存在が気にならなくなったりね。


 バロンとアタシも一緒。

 お互いを想う感情が溢れすぎる時もあれば、言葉を交わす事すらも億劫になる時もある。


 彼はそんなアタシの心の内を見透かした。

 小さく、ふうと息を洩らし。


「お見事だったでやんす、今日のところは、あっしの負けでやんすね」

 ようやく、言葉を洩らした。

 意外にもあっさりとした口調だった。


 サングラスを外して、マントの内側にそっと隠す。

 見慣れた筈の、つぶらな瞳がのぞいた。

 無意識に見つめ合う形になると、アタシの胸は、勝手に動悸を早めた。


 こいつ。

 良い顔してるのよね。

 こうしてみると・・・さ。


 アタシは、いつの間にか見惚れてしまっていた。

 頬に朱がさしたのがわかる。

 陽射しのせいにしたいけど、ここは日陰だっけ・・・。


 はい、そこ。

 アタシの美的センスがおかしいとか、言わない。


 確かに彼の顔は、アタシと同じような人類種のそれではない。

 生物学的には人間なんだけど、ドラム缶のようなずん胴ボディの上には首も無く、ただ少し膨らんで、半円形のつるんとした頭部になっている。

 そこにあるのは丸いつぶらな瞳が二つと、鼻の役割を果たす開閉可能な二つの穴。

 唇はたらこのように厚くて、その気になればアタシの頭を丸呑みしちゃうんじゃないかって程、大きい。

 辺境星域の人間や、宇宙人類種の多様性について知識のない人間が初めて目にしたなら、怪物だと思われてもおかしくない外見・・・・なんだけど。


 アタシの目にはとってもセクシーで、思わず頬をすりすりしたくなるような愛らしささえ感じてしまう。

 中身はちゃんと「男」らしさを感じさせてくれたりするし。

 こういうの、ギャップ萌えって言うのかしら。


「何かを狙ってるって感じはしたんでやんすが、まさかあんな手でくるとは思わなかったでやんす。・・・あっしも、まだまだ精進が必要でやんすね」

「偶然上手くいっただけよ」


 アタシは謙遜してみせた。

 謙遜、しただけだ。

 内心では彼をやり込めたのが嬉しくて、「もっと褒めろー」と、小躍りしたいほどだった。


「偶然で片付けられるテクニックでは無いでやんすよ、作業用モビルのジャンプ力なんか、たかが知れてるでやんすからね。久しぶりに、昔のことを思い出してしまったでやんす」

「昔のことって?」

 アタシは彼の表情に、認めたくない感情がよぎった事に気付いた。


「あの頃でやんすよ、まるで、ライと戦った時の感覚でやんした」

「ライと・・・」

「悔しかったでやんすね~。あと一歩まで追い込んでいる感覚はあるんでやんすが、最後の最後で必ず出し抜かれるでやんす。こっちのペースになっていた筈が、気付けばアイツの手のひらの上にいて・・・」


 彼の口から「ライ」の名前がこぼれる事は、少しだけ覚悟をしていた。

 でも、実際に声に出されると、複雑な気分だ。

 アタシは背もたれから体を離して、きしむような痛みに顔をゆがめた。

 少しだけ彼の顔に寄った。


「ライ・・・か。彼女の戦い方と。アタシの戦い方って、そんなに似ているのかな?」

「いや、似ているってのとは、ちょっと違うかもでやんす」

 彼は手を振った。


「ラライさんは、ライのファンでやんすからね~。前に、ライの戦法を真似てるって言ってたでやんすよね」

「そうね」


 アタシは分かっているかのように頷いた。

 実際には。

 そんな事を話したような気もするけど、あんまり覚えてなかった。

 いつも場当たり的に話してるからな~。


「だけど、今のラライさんの戦い方は、なんて言えばいいか、そう、個性的だったでやんす。きっとライなら、あんな戦法は選ばないでやんす。でも、それなのに・・・真似じゃないのに、ライの戦い方に共通したものがある・・・、あっしは、そんな風に感じたでやんすよ」

「へえー」


 アタシは彼の言葉を、頭の中で何度か繰り返してみた。


 アタシを「ラライ」として、ちゃんと認めてくれているのに、彼の中で「最強」である「ライ」と共通している・・・か。

 これって。

 彼の中で、アタシの評価が上がったってコトだよね。

 えへへ。


「バロンさん、もしかして、アタシのコト、今ものすごく褒めてくれたでしょ?」

「え?」

「違うの・・・?」

「あ、いや、そうでやんす。褒めたっていうか、本気で感心したでやんすよ。いつの間にレベルアップしてたでやんすか、最近はゲームシュミレーターもあんまりしてなかったでやんすのに」

「ふふ~、驚いた?」


 アタシが笑ったら、バロンは嬉しそうに頬を赤らめた。


「認めるでやんす。脱帽したでやんす」

 言いながら、彼はトレードマークのつば広帽子を、本当ににゅるりと脱いだ。

 つるんとした頭部が、撫でまわしたくなる程きれいにテカった。


「へへーん、ゲームと実戦は違うのよ。それにね」

 アタシはそっと指を伸ばして、彼の頬をつついた。


「これでチャラだからね。アタシ達の勝負は、一勝一敗っ」

「一勝って? 何の話でやんす?」

 彼は意外そうに首を傾げた。


「アタシが警備員してた時のコトよ。忘れたなんて言わせないわよ。あの時さ、悔しい思いしたんだから」

「ああ、あの時の話でやんすか。でもでやんす、あの時は機体差もありすぎたでやんすし、そもそも、決着がついたわけでは無かったでやんしょ」

「それでも悔しかったの、アタシ、勝ち負けを機体性能で片付けちゃうのは嫌いなの」

「その気持ちは、あっしも分かるでやんすが・・・」

「子供っぽい考えかもしれないけど、アタシ、プレーンの腕だけは、自信を持ち続けていたいの。負けたっていう感覚ってさ、いつまでも消えないじゃない。だから、そんな気持ちをずっと引きずっているのが嫌だったの」


 アタシは何も考えずにそう言った。

 微かに、彼の顔色が変わった。

 悲しげなような、それでいて、妙に寂しげな色が透けて見えた。


 アタシは、そんな彼の表情を見て、はっと、自分の言葉が持つ意味に気付いた。

 しまったなあ。

 珍しく褒められて、つい失言をしてしまった。


 負けたっていう感覚は消えないって・・・。

 そう。

 それはアタシに限った事じゃない。

 むしろ・・・。

 だから彼は「ライ」にこだわり続けているんじゃない。


 アタシの後悔を吹き消すように。

 彼は優しく笑った。


「ラライさんは、やっぱり素敵な人でやんすね」

「・・・え?」


 ちょっと待って、今の話の流れから、どうしてアタシが素敵って結論に達するの?

 アタシは次の言葉が出せなくなって、パクパクと唇を震わせた。


「感情を隠さずに言ってもらえるのって、なんだか気持ちがスッキリするでやんす」

 何かを言い繕うわけでも、自身の感情を誤魔化すわけでもなく、彼はそう言った。


「あっしとラライさんは、似た者同士かもしれないでやんすね。ラライさんのその気持ち、痛いほどよくわかるでやんす」


 アタシは頷いた。


 アタシも、そう思う。

 やっぱり、バロンも同じことを感じていた。


 結局のところ、アタシとバロンはそっくりな性格なんだ。

 まるで双子かっていうくらい、感情の根本が一緒のところにある。

 だから。

 こんなにも惹かれ合うし、同時に、ちょっとしたことですら、素直になれなくなるのかもしれない。


「あっしも、負けたままでは居るのは嫌いでやんす。負けたくない、きっといつか、アイツに勝ってぎゃふんと言わせたい。あっしはその思いだけで、、ここまで海賊を続けてきたようなもんでやんすよ」


 アタシを・・・か。

 アタシは複雑な思いで、彼の感情を受け止めた。


 もう、何べんもぎゃふんと言わせられたようなモノなんだけどな。


 彼の男らしさだったり。

 優しさや、可愛さだったり。

 時には強引さや、セクシーさだったりね。


「ライの野郎、今は一体、どこで何をしてるでやんすかね~。早く、もう一度姿を見せて欲しいでやんす・・・。 もし、次に戦う事があれば、今度こそ、あっしの強さを見せつけてやるでやんすがね・・・」


 半分は無意識の呟きだったのだろう。

 アタシは、それが自分に向けられた言葉ではないことを感じ取りつつも、もう少しだけ、彼の気持ちの深層を知りたくなった。


「ライ・・・か。でも、彼女に対して、憎いとか、そういう気持ちじゃないんだよね」

 彼は、少し意表を突かれたような顔になってアタシを見た。

 僅かに間が開いて、彼は答えを思案したようだった。


「いや、憎いでやんすよ・・・」

 ほどなく、乾いた声が彼の唇を離れた。


「・・・・」


 やっぱり、そうなのか。

 ライは、彼にとっても憎むべき相手、そう・・・なんだ。

 バロンはアタシの顔が曇った事に気付いた。

 繕うように、彼は声のトーンをあげた。


「言葉が足りなかったでやんす、人として憎いわけじゃないでやんす、そう、勝ち逃げされた行為が憎いってコトでやんす。 勝ち逃げを憎んで人を憎まずでやんす」

「勝ち逃げか~」


 そんなの、したつもりはなかったんだけどな~。

 アタシはただ、人として当たり前の幸せを探してみたかっただけでさ。


「勝ち逃げは良くないでやんす、だから、その行為が憎いんでやんす。憎いあんちくしょうでやんす」

 バロンは拳?を作って、高く突き抜けた青空を見上げた。

 それから、不意にアタシに視線を戻した。


「というワケでやんすね、ラライさんも覚悟をするでやんす」

「ほえ?」


 いきなり強気な言葉を受けて、アタシは変な声をあげてしまった。


「ラライさんを、今日の試合をもって、あっしのライバルとして正式に認定するでやんす。つまりでやんすね、ラライさんといえども、あっしからの勝ち逃げは許さないでやんすよ」

「え~っ、そんなの無いでしょ。だって、アタシは一勝一敗って言ってるじゃない。これで引き分けなんだもん」

「駄目でやんす、あっしは以前の戦いはカウントに入れてないでやんす。今日が始まりの日でやんす。その内、何かの機会に、この借りは返してもらうでやんすよ」

「もうっ、なんだかんだ言って強引なんだから、バロンさんはっ」


 彼はニヤッとして、再び帽子とサングラスを身につけた。


「わかったでやんすね、ラライさん」

 声に優しさが溢れた。


「それまで、あっしから・・・逃げちゃ、駄目でやんすよ」

 手を、そっと握りしめる。

 指の間を縫うように彼の触手が巻き付いて。

 アタシは・・・。

 彼の気持ちに捕まった。


「馬鹿。逃げないわよ、アタシは」

 からめた指に、お返しとばかり力をこめる。

 吸盤の感触が手の飛来に吸いついて、妙に心地よかった。



 それからしばらく。

 アタシ達はとりとめもない話を続けた。

 後で考えたら中身も無くて、すぐに忘れてしまいそうな話を、じゃらけるように交わし続けた。

 ここ数日、ちょっとだけアタシ達はすれ違ってたから、当たり前に彼と話すことが楽しすぎて、話が尽きなかった。


 アタシは、本当は話が下手だ。


 色々話したいことが重なると、すぐに起承転結も滅茶苦茶になって、説明不足で伝わらなくなってしまう。

 しかも、うまく理解してもらえないと、それを相手のせいにしてなじったりする。

 冷静になって後から考えると、理不尽なのはアタシの方なのだが、この性格はどうにも治る見込みはない。


 それなのにバロンはうんうんと、いかにも嬉しそうに聞いてくれた。

 最後には、アタシは彼に話を聞いてもらえた満足感だけで、胸がいっぱいになる程の幸せな気分に浸れた。


 喉が渇いてきて、小屋の前を離れる頃には、少し太陽が沈みかけていた。


 アタシ達はルナルナの店に戻ることにした。

 背中は痛いままだった。

 歩こうとすると、情けないへっぴり腰になった。

 彼がリードしてくれた。

 体を半分預け、まるで恋人と腕を組んで歩くような感じになる。

 でも。

 今日のアタシは恥ずかしさより、そうやって一緒に帰る事の方が嬉しかった。


 少し歩いた時だった。

 アタシはレバーロックのふもとに、一台のランナーが停まっている事に気付いた。


「あれ? ・・・バロンさん?」

 アタシは思わず無意識に指をさしていた。

 視線を向けて、彼は首?をひねった。


「どうしたでやんす、ただのオープンランナーでやんすよ」

「そうなんだけど、あのランナー、見覚えない?」

「見覚え・・・でやんすか?」


 彼はその機体をじっと見つめて、それからようやく記憶を蘇らせた。


「確かあの形、・・・ブルズシティで売っていた奴でやんすね」

「そう、まさにあれよ」


 オープンタイプのスポーツランナー。

 ぼったくりの郊外バザーで、プレーンが買えるくらいの高値がつけられていた機体だ。

 アタシ達のお金では、到底買う事が出来なかった、超高価なマシン。


「一体誰が買ったのかしら、あんな高いモノ・・・」

 呟きながら巡らせた視線の先で、アタシは人影を捉えた。


「見て、あそこ。・・・違うって、もっと上」


 それは、まるで大きな蜘蛛のように見えた。

 もちろん、外見はちゃんとした普通の人類種だ。だが、レバーロックの溶けた外壁にとりついて、ロッククライミングよろしく、するすると登っていく。


 見覚えがある。

 アタシはその人物が誰か思い当たった。

 よせばいいのに、俄然、興味がわいてきた。


 あれは確か、今朝ルナルナの店で見た泊り客だ。

 えーと、名前なんだっけな。

 とにかく、ブラスターの気配をさせていた、ちょっと感じの悪いサングラス野郎。


「あんな所に登って、あの人、いったい今から何をするつもりかな」

 アタシの呟きを、バロンは聞き流さなかった。

 珍しく、彼の表情に、悪戯っぽい遊び心が浮かんだ。


「ちょっと、見てみるでやんすか?」

 アタシは、ほんの少しためらったふりをして、それから、小さく頷いた。


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