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シーン1 未開の惑星に招かれて

本編スタートです、よろしくお願いします

 大気圏を突破する独特の圧迫感が体を離れた。

 肉体が、久しぶりに本物の重力を感じて、かすかな戸惑いを覚えている。


『本機は無事に成層圏を突破しました。数秒後に防護ウィンドウが開きます。シートベルトはそのままで、しばらくお待ちください』


 無機質にも聞こえる女の声が船内に響き渡り、アタシは、ふうっと一つ息を吐いた。


 大気圏突入の経験は何度もあるけれど、他人が操縦をするシャトルでの航行はちょっとだけ緊張する。それも、明らかに整備不良な格安の違法運航便とくれば尚更だ。

 もっとも、こんな方法でしか訪れる事が困難な星なのだから、今さら文句を言っても仕方がない。


 アタシは鮮やかなブルーの髪をさっとかきあげて、ゆっくりと開かれる側面のウィンドウに目を向けた。

 まだ防護カバーが半分残っていて、アタシの顔が映った。


 アタシの名前は、ラライ・フィオロン。

 エレス宇宙同盟圏では一般的なテア星系人類種で、このトレードマークともいえる青い髪は、アタシの地毛だ。

 年齢は公表してはいないが、おおよそ20代くらいで間違いはない。スタイルは・・・自分では最近たるんできたような気がしていたけど、周りからは羨ましがられることがよくあるので、そう悪くも無いのだろう。

 どうにも中途半端な身長のせいで、見る人によっては多少印象が変わるようだ。


 窓が透明度を取り戻すのに合わせて、入り込む光がアタシの顔を消していった。


 喋らなければ可愛いとよく言われるアタシのベビーフェイスから、窓の外は輝く星の風景に変わった。

 青く突き抜けるような空の色と、黄色い広大な大地が視界に広がる。


「すごいでやんすねー、これがフォーリナーの大平原でやんすね!」

 アタシの隣から、興奮気味の声が飛び込んできた。

「砂漠みたいなところだと思ったけど、湖とか、少しは森もあるみたいね」

 アタシは額を窓に押し付けて、その美しくもどこか荒涼とした景色に見とれた。


「都市みたいなのは、見えないでやんすか?」

「そうね、噂通り、あんまり発展はしてないみたい」


 隣の席の彼が、にょろり、と体を伸ばしてアタシの横の窓に顔を近づけた。


 にょろり?

 そう、にょろりだ。


 アタシは隣の席の彼に視線を戻した。

 見慣れない人なら、ちょっと驚くような外見の男性がそこに居た。


 彼の名前は、バロン。

 真っ赤な肌をして、コイノボリを縦にしたような服を着た巨大なタコを想像してほしい。

 ずん胴の軟体ボディの下には八本の吸盤付き触手がついて、一見すると、決して人間には見えない。


 だけど、彼はアタシ達と同じ人間だ。

 この宇宙で、人間の定義とは人類種共通の特殊遺伝子「エレスシード」を持つ種族の事を指している。

 彼は、エレスシードを持つれっきとしたカース星系の人類種で、その意味では、アタシのようなテア星系人種や、地球系人種とも繋がりを持つ、同じ人間なのである。


 彼はしかも、ただのカース人ではない。

 何を隠そう、現役バリバリの宇宙海賊の一員で、凄腕のプレーン(人型汎用マシン)アタッカーでもある。


 そして。

 これは、まだアタシがそうと認めきったわけではないが。


・・・その、一応。

アタシのプライベート上のパートナーということになっている。


 念のため言っておくけど、別に、そんなに深い仲じゃあない。

 お互いに、相手の事を好きだっていう気持ちはあるし、最近では、時々だけどキスをするくらいの関係にはなった。

 だけど、だからといって、恋人と呼ぶにはどこかで抵抗がある。

 周りからしたら、完全につき合ってるって見られているんだろうし、その事自体を、絶対に否定したい、というわけじゃない。


 ・・・。

 それなのに、・・・ねえ。


 アタシは、どうしても彼の気持ちに素直に応えられない。

 応えてはいけない、という葛藤、・・・心の壁が残っていた。


 理由の一つは、アタシがかつて、宇宙の英雄とまで言われた伝説の宇宙海賊「蒼翼のライ」その人であるという、紛れもない事実だった。


 彼=バロンは、その昔、「赤い悪魔」として、アタシ=「蒼翼のライ」に挑んだ。

 数にして三度。

 アタシ達は互いをそうと知らず戦い、結果、全てアタシが勝利した。


 そんな過去の記憶は、彼にとって深い屈辱となって胸に刻まれた。

 同時に、彼が「ライ」という存在に対して、幻想的ともいえる憧れを抱いているのも、アタシにはわかる。


 彼は、彼女を超えるパイロットになることを目的にここまで生きてきた。

「蒼翼のライ」は、彼にとって永遠の敵であり、最強にして最大のライバル。


 決して、フルーツパフェとジュースが大好物で、彼のチェアーを横取りして、胡座をかきながら煎餅をむさぼる娘であってはならない。


 同時に。


 彼が好きでいてくれる「ラライ」が、本当は多くの人々を殺してきた、憎しみと血で汚れきった女だと知られてしまうのは、正直言って怖かった。


「ライ」という名前に決別をしてから、アタシはその過去を、ひた隠しにして生きてきた。

 理由は幾つもあるけれど、アタシは正義の二文字を大義名分にして、自分の行いを正当化してきた過去を、今では心から憎んでいる。


 正義を貫くためには、人命を犠牲にする事も厭わなかったし、悪人なら殺してしまってもいいと、本気で思っていた。


 今だって。

 本当に憎むべき相手と相対した時は、殺してやりたいと思ってしまう事はある。

 だけど、アタシが敵の宇宙船をひとつ破壊した時、そこで失われた命の中には、決してそんな目にあう必要が無かった人たちだって、沢山いた筈だ。


 アタシが奪い去った人々の未来は戻らない。


 だからこそアタシは、彼の気持ちを素直に受け入れる事が出来なくなっていた。

 もちろん、今の中途半端な恋人ごっこの関係を、どこまで続けられるのかはわからない。

 けれど、そこに微かな安らぎがあるのは事実で、アタシはその温もりのポケットの中で、感情の流れるままに、憂鬱な日々を騙して生きていた。


 『間もなく、本機は惑星フォーリナーの第一都市ブルズシティの宇宙港へと到着します。着陸の際は、多少揺れる場合がありますので、いましばらくそのままでお待ちください』


 再びアナウンスが流れた。


「いよいよでやんすね」

 バロンが言った。


 そう。

 いよいよだ。


 アタシは期待と興奮、それに少しだけの不安を抱いて彼と顔を見合わせた。

 着陸までの僅かな時間が、なんだかやけに長く感じられた。


 ・・・・・・・・・


 惑星フォーリナー。

 外宇宙に属するこの惑星に人々が移住を開始したのは、そう古い話ではないらしい。

 アタシ達エレスシードを持つ一般人類種にとって、自然移住が可能な惑星は、意外に多く存在する。

 その理由は、超古代に強大な宇宙文明を開いた古代エレス人が、全宇宙に進化及び惑星開発のプログラムを遺したためと言われている。

 実際には、そのプログラムというのはアタシの理解を超えるモノであるようだが、ともかく、そのおかげで生命は宇宙中で花を咲かせていた。


 ちなみに。

 この宇宙には大きく3つの勢力が存在する。

 ドゥ銀河帝国。ルゥ惑星王国。そしてアタシ達が住むエレス宇宙同盟だ。

 更に、この3つの勢力に含まれない星域や惑星を、外宇宙と定義している。


 このフォーリナーもそんな外宇宙惑星の一つだった。

 訪れるのに、違法シャトルを使わなくてはならなかった理由もそこにあって、外宇宙と認定されている以上、3つの宇宙圏に何らかの籍を置く人々は、訪問する事すら許されない。旅客便の定期運航なんかは当然あるわけはないし、それどころか、民間にせよ、公的機関にせよ、基本的には外交自体が規制の対象となるのである。


 もちろん、表向きは、という言葉がまとわりつくのは、言うまでもない。


 アタシ達の不安をよそに、シャトルは無事に宇宙港へとたどり着いた。

 宇宙港がある事自体が矛盾なのだが、まあ、そういうものだ。


 これはアタシの持論だが、世界というものは矛盾が無ければ成り立たない。矛盾こそ繁栄への第一歩で、人が勤勉であると同時に怠惰でなければ生きていく事が出来ないのと、要は一緒なのだと思う。


 バロンは旅慣れていた。

 小さく荷物をまとめていて、バックパック一つを持って、身軽に機体を降りた。

 アタシはというと。

 荷物に押しつぶされかけていた。

 着替えやお菓子や夢の詰まったボストンバックを斜めがけして、何が入っているのかも忘れたけど、バカに重いチャック付きのトートバックを左肩に、更にはこれまた重量級の手提げバックを右手に抱える。

 まるでお婆ちゃんになったみたいに腰を曲げて、よろよろとゲートをくぐった。


 外に出た瞬間、乾ききった風が顔を撫でていった。

 ちょっと後悔するほどの気温の高さだ。それに、やけに埃っぽいのは、この大地の砂塵のせいか。


「思ったよりは発展してるみたいでやんすね、ちょっと安心したでやんす」

 荷物の重さに四苦八苦しているアタシを横目に、バロンはうきうきした様子で周囲の景色に目を輝かせていた。


 確かに、この光景は想像とは少し違っていた。

 フォーリナーという星の情報は非常に少なかったが、それでも、無秩序状態で未開の惑星、それも、無法者が多く住み着いた危険な星、という噂が頭に焼き付いていた。

 けど。

 この「ブルズシティ」は、明らかに標準的な都市の構造を見せていた。

 縦横に走るストリートの左右には、数少ないがビルディングも見えるし、タイヤの無い移動用の重力走行マシン「ランナー」もちらほらと走っている。


 だが、その先に視線を向けて、アタシはやっぱりと納得した。

 直線状に伸びたストリートは、どこまでも続いて・・・は、いなかった。

 そのまま、広大な原野へと繋がって、途切れているのだ。


「やっぱり、まだ作りかけの星なのね、他にはきちんとした都市が無いのかな」

「かもしれないでやんすね、まあ、惑星国家として認識すらされてない星でやんすからね」

「政府もないってコト?」

「一応このブルズシティには市長がいるそうでやんす。宇宙港の実権も握ってるみたいでやんすから、実質、今のところは最高権力者って事になるでやんすかね」

「ふーん」


 いわゆる田舎にありがちな、お山の大将って感じかな。


「とにかく、足がいるでやんすよね。あっしはレンタルランナーを手配してくるでやんす。ラライさんは、あの辺で休んでると良いでやんすよ」


 バロンがそう言って、宇宙港前の小さな広場のベンチを指さした。

 荷物の重さに辟易していたこともあって、アタシは言葉に甘えることにした。

 ベンチは僅かなひさしがついていて、あっという間に肌を焼いてしまいそうな強い日差しを遮ってくれた。

 アタシは腰を下ろして、一つ大きな深呼吸をした。


 まあ、よくこんな星に来てしまったもんだ。

 周囲を見回して、あらためて思った。

 一応理由がある。

 そうでもなければ、わざわざ快適ニート生活が大好きなこのアタシが、こんな気温調整もない星に来るはずがない。

 アタシは数日前の事を、ぼんやりと思い浮かべた。


 この数か月、アタシは宇宙海賊デュラハンの船に居候して、充実したぐだぐだライフを堪能していた。

 とういうのも、少し前に大変な事件に巻き込まれて、やっと就職した警備会社もあっさりと駄目になったし、肉体と精神のリハビリを兼ねて、彼ら親切な宇宙海賊の御厄介になっていたのだ。


 船の整備を兼ねて、違法宇宙生活者のオアシスとも言うべき星、通称ドッグ星に寄港した時の事だった。


 アタシを訪ねてきた人が居た。

 その人物とは、宇宙の運び屋だった。

それも、かつてアタシのことを、荷物と一緒に見知らぬ星に置き去りにした憎むべき男。

オレンジ運送の「バレンシア」だった。


 バレンシアは悪びれもせず、というか、アタシをそんな目に合わせた事すら覚えていないという調子で、アタシに「お届け物」を手渡していった。


 それは、小さなデータキューブだった。

 手のひらの上で記録データを解凍して展開すると、懐かしい女の顔が浮かんだ。


『久し振りだな、ライ。今は、ラライって名乗っているそうじゃねえか・・・』


 声は、全く変わっていなかった。

 艶のある唇に、セクシーな眼差し。

 薄桃色のふわりとした髪と、見るものすべてを虜にする豊かな胸。

 そのくせ。

 ぶっきらぼうで、男のようなこの喋り方。

 ルナルナ、こと、ルナリー・ティリアの妖艶な美貌がそこに映し出されていた。


「ラライさ~ん」

 回想を、バロンの声が遮った。


 見ると、彼はぬたぬたと駆け寄ってくるところだった。


「バロンさん、どう? ランナーは借りれた?」

「それがでやんすね、ぜんぜん無いでやんすよ」

「無いって? だって、さっき看板だってあったじゃない」

「お店はあるでやんす。でも、街の中で使用する用途限定でしか、貸し出してくれないでやんすよ。街の外に出るなら、バザーにでも行って買うしかないって、そう言われて来たでやんす」

「えーっ、わざわざ買えって!?」


 アタシは驚いて声が大きくなってしまった。

 ランナーを買うなんて、それこそこんな辺境の外宇宙で、冗談じゃない。

 しかも、こういう所のバザーは正規の値段の数倍はとられるって噂を聞くぞ。


「どうするでやんす、この街以外の生活圏に行くには、徒歩じゃあ絶対無理ってコトでやんすよ・・・」

「そりゃあ、そうだよね~」


 アタシは気が遠くなる思いになって、目の前が真っ暗になった。

 着いて早々、いきなりつまずいた気分だ。

 でも、だからといって、このまま帰る気にもなれないし。


「もう一回、別な方面を当たってみるでやんす。もう少し、ここで待っていてくれるでやんすか?」

 アタシの表情を見て、バロンはそう言った。

 でも、他を当たるって言っても、そんなにお店が沢山あるような街にも思えない。


「とりあえず、アタシも一緒に探すよ。行ったり来たりも大変でしょ」

「良いでやんすか、じゃあ、荷物一つ、お持ちするでやんすよ」

 それはありがたい。

 そう言えば、バロンって結構力あるのよね。じゃあ、遠慮はいらないか。

 アタシはさりげなく一番重いトートバックを渡した。

 バロンは軽い気持ちでバックを受け取って、一瞬だけその重量に驚いた顔になった。


 それから、かれこれ1時間ほど、歩き回った。

 レンタルランナーの店は、3件ほど見つけたが、結局、どの店も郊外向けの長期貸し出しは行っていなかった。

 アタシ達は相談した結果、仕方なく教えられた郊外のバザーに足を運んだ。


 中心部を少し出ただけで、すぐに近代都市とはかけ離れた風景に変わった。

 雑然とした広場に、ボロボロのテントのような店が並んで、商品かゴミか判別のつかないようなモノが、驚くような高値で取引されていた。


 中古のすぐに稼動出来そうなランナーを探したが、そこは流通の滞った辺境惑星だ。

 そう都合よく売りに出されているわけでもなく、やっと見つけたオープンタイプの一台は、足元を見ているのか、プレーンの一台も買えるほどの値段が提示されていた。

 こんなの、どう考えたって買えるわけがない。

 やはり需要と供給の問題は、どちらかと言えば売り手優位というのがこの星の現状らしかった。


 結局、アタシ達はランナーを諦めることにした。

 広場の端に戻って、法外な値段で買ったドリンクを口にした。

 途方に暮れて、天を仰いだ。


「仕方ないわね、今日の所は泊るところを決めて、明日もう一回探してみましょうか」

「そうでやんすね~」

 アタシの提案に、さすがのバロンも疲れた声で答えた。


 重い腰を上げようとした時だった。


「あんた達、足を探しているのかい」

 突然背後から声をかけられて、アタシ達は驚いて振り向いた。


 


ブックマーク・感想・コメントなど、お待ちしています。

引き続き、よろしくお願いします。

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