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シーン17 真面目過ぎるのも難しい

 マリアの隣にはビーノというプレーン乗りの顔も見えた。

 ひょろりとした長身の彼は、アブラムにぺこりと頭を下げた。

 ゴーグルやヘルメットを外した彼は、頬の縦皺が深く見えて、昼間会った時よりも、幾分老けて見えた。

 もしかすると、マリアの言動に困惑して、表情が硬くなっているためかもしれない。


「ビーノよく来たね、カルツ酒でいいかい」

 ルナルナが気付いて声を張り上げた。

「ああ、俺ゃあ発泡酒でいいっす」

「また、安いのにするねえ、どうせアタシのおごりなんだから」

 昼間の約束をルナルナは忘れていないようだった。

「へへ、それが好きなんすよ」

「そうかい、で、マリアは?」

「私はいりません。今夜は、お爺ちゃんを迎えに来ただけですので」

 マリアは静かな口調でそう言った。


 ゲホゲホと、せき込む音が聞こえた。

 入り口側のテーブルで、いつの間にかリップロットが酪農仲間と飲んでいた。

 マリアの声が聞こえたのか、リップロットはわざとらしく情けない顔をして、仲間たちを笑わせていた。


「それよりも親方、私はこの町の住人でもない人の力を借りるのは賛成しません」

 マリアは毅然としてアブラムに対した。


「そうは言うがな、マリア」

 アブラムが苦い顔をした。

 まるで聞き分けのない娘と接する父親のような顔になっていた。


「わざわざ、こんな星にまで来てくれたんだ、・・・あのルナリーが太鼓判を押すくらいのパイロットだぞ、俺達の力になるに決まっている」

「腕があれば良いというものじゃない、以前、そう言ったのは、親方の方ですよ」

 マリアはストレートの長い髪を軽く手で後ろへ撫でつけた。


「ルナリーさんがわざわざ手を尽くしてくれたことは有難く思います。でも、ちゃんとした戦闘用プレーンと武器さえあれば、私達はそれだけでも戦えます」

 彼女の目がアタシを睨みつけた。


 こりゃあ、明らかに敵視されてるな。


 アタシにはその理由がさっぱりわからないけれど、これってアタシが余所者だからかな。

 でも、この町はもともと流れ者が集まって出来た筈だし。

 マリアがアタシの事を受け入れようとしない理由って、本当にそんなところにあるのだろうか。


 ・・・いや。

 彼女の憤懣は、アタシを通り越して、その先に向いている。


 なんだか、アタシをだしにしているだけで、実際には別の不満に対する、当てつけをしているような感じもするぞ。


 うーん。


 アタシはどうすりゃいいんだ。

 別に自分から喜んで手助けに来たわけでもないし、手伝わなくていい、と言われれば、はいそうでうすか、ってそれまでだけど。


 とりあえず、アタシはひきつった愛想笑いを浮かべた。

 状況も分からないのに、余計な口を挟むのは、まだ早い。

 ここは、もう少し成り行きを見守ることにした。


「マリア、お前も感じているだろ。ストームヴァイパーの連中は、どこで資金を手に入れてるのか知らんが、どんどん戦力を増強させてきやがる。今日は撃退できたが、次に攻めてくる時は、更に本腰を入れてくるかもしれねえぞ」

「私とビーノだって、経験は積んできています」

「それは分かってる。だがな、あのシャフトまで、殺られちまったんだ。大枚をはたいて手に入れた唯一の軍事用プレーンも失って、このままじゃジリ貧になるぞ」


 マリアは折れなかった。

 シャフトという名前をアブラムが口にした途端、彼女の顔には微かな冷笑が浮かんだように見えた。


「それこそ、余所者を信頼しすぎたせいだと思いませんか、あんな人に頼らなくたって、私達にはもっとちゃんとしたパイロットが居たのに」

「シャフトは余所者じゃねえ、いずれ、この町に腰を据えるつもりでいた」

「どうだか、私には彼がテアードで、それに元傭兵という肩書があったから、それだけで皆が歓迎したようにしか思えなかったわ」


 随分と、とげのある物言いに聞こえた。

 仮にも相手は町を代表する男のはずだ。

 彼女が気の強い性格なのは分かったが、この口ぶりからして、それ以上に何か深い理由があるのではないだろうか。


「あの人の事は、どんなに彼が頑張っても、認めてすらくれなかったくせに・・・」

 呟くように言って、彼女はきっと唇を引き締めた。


「お前はまだ、ジェリーの事を恨んでるのか。あれは、自分で決断して出ていったんだ」

「みんなが彼を受け入れなかっただけじゃない。人種が違うからって。バカみたいな理由で」

「マリア!」


 アブラムが思わず声を荒げて、ちょっとだけマリアがびくりとした。


「まーまー、マリアちゃんも親方も、そう熱くならないでくださいな~。はいコレ、カルツ酒の追加と、そっちの兄さんには発泡酒ですね。お待たせっ」

 二人の間をわざと横切って、サラが注文の品を届けた。


 なかなか良いタイミングだわ。

 もしかして、ルナルナが指示を出したわね。


「これは差し入れ。お礼はルナリーさんにどーぞ」

 サラはビーノの前にフライドポテトの盛り合わせを置いてから、マリアにはマグカップを差し出した。


「これもルナリーさんからです。温かいココア、美味しいよ」


 あら、良いわね。

 ココアはアタシの好物でもあるんだけど。

 ねえねえ、ルナルナ、アタシには?


 マリアは仕方なしにカップを受け取って、少しだけ呼吸を整えた。

 甘い香りが周囲にふんわりと広がって、ほんの少し殺伐とした空気を緩ませた。


「あの人はアタシ達と一緒に戦う気はあったのよ」

 マリアはマグカップの中を覗き込むようにして、呟くように言った。

「今だってそうだわ。私たちが声をかければ、きっと、この町に戻ってくる」


 アブラムは渋面を崩さなかった。

 アタシはルナルナを見た。

 いったい誰の事を話しているのか、きっと彼女なら知っているに違いない。

 彼女はアタシの視線に気づいて、首を小さく横に振った。

「ジェリーの事は、後で話すよ」

 誰にも聞こえない程の小声で彼女は言った。


「それよりさ、マリア、お前、本気でラライの手助けがいらないって言ってんのか」

 ルナルナがカウンターの向こうから身を乗り出した。


「え・・・」

 アブラムに意識が向いていた彼女は、突然のルナルナの問いかけに、微かにたじろいだ。


「だとしたら、どうやってストームヴァイパーと戦う気だ? お前とビーノが戦力なのは、オレも認める。けどよ、親方の言う通り、もし次、今日以上の戦力で攻めこんできたらどうする。本当に二人で立ち向かって勝てるのか」

 ルナルナは、ビーノを見た。

 彼はピクリと肩をすくめて、情けない声を出した。


「すまねえっす、俺は、正直勝てる気がしねえっす」

「ビーノ!?」

「マリア、悪いけど、俺はそんなに自分に自信がねえんだわ」

 ビーノがあっさりと白旗をあげると、マリアの額には厳しい非難の色が浮かんだ。


「相方はそう言ってるぜ」

「ビーノは臆病なだけです。それに、あんな重機用プレーンで戦い続けるのは、私だって限界があると思ってます。だけど・・・、だからこそ、ちゃんとした戦闘用のプレーンを手に入れる事が出来れば・・・。そうしたら、私達二人でだって、きっと連中に勝てます」

「そんな機体どこで買えるんだよ。ブルズシティのバザーにだって、軍用機なんざ、そうそう滅多には出回らねえ。それに、購入資金はどうする? 一台で数千万ニートはくだらないって知ってるか」

「町のみんなが本気で一丸となって、お金だって出し合えば、なんとかなります。鉱山の人たちだって困っているし、彼らとも手を組めれば」

「世間知らずのお嬢様ってわけでもないだろうに、随分と甘っちょろい考えだな~、税金も法も無いこの町で金を集めるなんて、それほど簡単な話じゃないぜ」


 ルナルナは首を振って、アブラムを見た。

 彼は頷いて、彼女の言葉を継いだ。

「その通りだ、俺達には新しい武器を買う金も手段も足りねえ。加えて言えば、じっくりと軍備を整えるだけの時間もねえ。出来ることは限られてんだよ」

「それなら、やっぱりジェリーを呼び戻すべきだわ。彼だって一流のプレーン乗りなんですから」


「それは許さんっ!!」

 突然、老人のバカでかい声が響いた。

 アタシは自分が叱られたみたいに、その場で固まった。


「マリア、お前って奴は、まだ奴の事を未練たらしく思っておるのか」

 声の主はリップロットだった。

 彼は興奮した様子で、孫娘の腕を掴んだ。


「そんなんじゃありません、私は、ストームヴァイパーと戦うにはどうするべきか、ただその事について話しているだけです」

「ええい、まだ言うか」


 何があったのかは知らないが、リップロットはものすごい剣幕になった。

 今にも自分の孫娘に向かってこぶしを振り上げるのではないか、そんな風にさえ思ってしまった。


 ・・・。


 もう。

 なんだか埒が明かない状況だわ。

 仕方ないなあ。


 アタシはこの殺伐とした状況が、いい加減、嫌になってきた。

 彼女達の事情はよくわからないけど、話が脱線してきている事だけは理解できる。


 えーと、話をもとに戻しましょうか。

 要するに、アタシが協力する事を、彼女に納得させればいいのよね。


 アタシはリップロットの機先を制して、口を開いた。


「ねえマリアさん、軍事用のプレーンがあれば勝てるって、本気でそう思ってるの?」


 急にアタシが口を挟んだものだから、皆が驚いてアタシを見た。

 幾つもの視線が、一気にアタシに刺さる。

 そりゃそうだ。

 話の渦中にありながら、これまで殆ど話に口を挟まなかったアタシが何を言い出すか、誰もが気になったに違いない。


「ええ、もちろんよ」

「ってコトは、マリアさんって、本当は自分の実力に自信が無いのね」

「な・・・!」


 彼女は絶句した。

 アタシは精一杯嫌味っぽく笑みを浮かべた。

 こういう時は、憎まれ役をやってみるのが一番だ。

 少なくとも、感情の矛先を向けていただこう。


「だってそうでしょ、勝ち負けは機体性能の差で決まる、アンタはそう考えているって事だもの」


 彼女の顔が強張り、それから、一気に紅潮した。

 アタシの言葉を、彼女に対する侮蔑と受け取ったのだろう。


 まあ、実際の所、そう聞こえるように言ったのだし。

 この反応は予測の範疇だ。


「だったら、ちゃんちゃらおかしいわ。そんな考えじゃアンタもシャフトとかいう人と同じ運命ね。・・・町を救うなんて到底無理。まあ、せいぜい我を張って、プレーンを自分の棺桶にするのがオチってところかしら」

「あなた・・・一体、何を根拠に・・・」


 マリアの肩が怒りでわなわなと震えはじめた。

 おお、怖い。

 多分素手でやりあったら、アタシの方が半殺しにされちゃうわね、きっと。

 自慢じゃないけど、アタシは生身だと普通に弱いから。

 だけど、アタシは余裕の表情を浮かべて、彼女を見つめ返した。


「無駄死にすんなって言ってんのよ! アタシは」

 声に、少しだけ感情を乗せた。


 アタシはこのマリアって子が嫌いなわけじゃない。

 むしろ、真面目で可愛い子だな、ってくらいに感じている。

 だからこそ、彼女が自分の狭量な視野で話すのがやるせない。

 プレーン戦だけじゃない、こうだから勝てる、って考えるのは、それこそナンセンスだ。

 戦いに、絶対というものはない。

 ただ、その中で心から信頼できるものがあるとすれば、負けたくないという想いと、それを積み重ねていく自身の経験、ただそれだけだ。


「・・・ねえ聞いて、プレーンパイロットにとって大切なのは、優秀な機体が全てじゃないわ」

 アタシは、自分自身の言葉を噛み締めるように言った。

 静かに耳を傾けながら、厨房の奥で、一人静かに頷いた者がいた。


 言うまでも無い。

 バロンだ。


「必要なのは機体じゃない。どんな機体であれ、そいつの持てるスペックを最大まで引き出すことのできる腕がなければ、話にならない」


 アタシは彼女を見つめた。

「生き残ろうという意思と、勝ちたいという気持ち、それが全てよ」

「勝ちたいという・・・気持ち?」

「そう。勝てる、という思いなんていらない。勝つという気持ち、信念を持てるかどうかよ」

「そんなの、ただの根性論じゃないですか」

「その通りよ。でも、実際そうなの」


 アタシは、自らの過去を、そして、つい先日目にした光景を、脳裏に浮かべた。

 そう。

 その思いさえあれば、戦える。


「本物のパイロットなら・・・」

 アタシは、一瞬だけ彼をみた。


「たとえ操るのが市販のプレーン機だとしても、あのドゥの殲滅兵器、チェリオットにだって、立ち向かう事が出来る」

「そんな・・・馬鹿な事できるわけ・・・」

「出来るって言ってんのよ」


 アタシは叫ぶように言った。

 思いがけない気迫に、マリアはもちろん、ビーノやあのアブラムの親方までが身を竦めた。

 ルナルナだけが、懐かしいものを見るような、優しい顔をした。


 アタシは忘れていない。

 少し前。ドゥに囚われたアタシを助けるために、勝てる筈のない機体でチェリオットに単身立ち向かった彼の雄姿を。

 ボロボロになりながら、それでも諦めることなく挑んだ、その心を。


 結果だけで言えば、彼は勝つことはできなかった。

 だけど、決して負けなかった。

 それだけじゃない。


 帝国が誇るチェリオット騎士のプライドに、消え去る事のない傷痕を、彼は遺した。

 そして。


 生き延びた。


 そうだよね、バロン。


「マリア、明日アタシに付き合う時間はある? 見せてあげるわ。本物のプレーン乗りって奴が、どんなモノなのか」


 ルナルナがにやりと微笑むのが見えた。

 マリアは引くに引けなかった。


「望むところです。良いでしょう、貴女のその大口が本物かどうか、しっかりと見極めさせていただきます」

 こみ上げる怒りを必死に押し殺し、彼女は拳を握りしめた。

 リップロットが、ようやく我に返った。


「マリア、もう良い、ワシは帰る、なんだか酔いが醒めてしまったわ」

 潮時と見たのだろう、彼女の腕を引いて、ちらりとアタシに視線を合わせた。

 なんだか、申し訳なさそうな顔だった。


 親方に軽く非礼を詫びて、マリアは祖父とともに出ていった。

 見送ってしばらく経ってから、ビーノが大きくため息をついた。


「マリアも悪い子じゃないんすけどね~、まあ、根が変に真面目っすから」

 繕うような口調には、そういう彼自身の気真面目さが滲んでいるようだった。

「まったくだ、お前のその性格を、少しぐらい分けてやれ」

 アブラムが呆れた口調でった。

 ようやく空気が和んで、周囲から久し振りに笑いが起こった。

 彼は、そんな笑いに紛れるようにアタシを見た。


 ―それじゃあ、マリアの事を頼んで良いんだな?

 その目はそう語っていた。


 ええ、良いですとも。

 アタシは無言で頷いた。

 ルナルナが全てを察して破顔した。


「よし、ってコトはつまり、明日はお前の雄姿が久しぶりに見られるって事だな。そうと決まれば、飲みなおすとするかい、みんな」

 景気の良い声をあげると、男達は嬉しそうに喝采を送った。

 さっきまでの緊迫した空気が嘘のように、店内には活気が戻って、またルナルナとサラは目を回すような忙しさになった。


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