シーン15 たまには頼って貰うのも
「うーそーつーきー!!!」
アタシはベッドに仰向けになったまま、悲鳴を上げてのたうった。
何が「痛くしない」だ。
消毒液は傷口に染みまくるし、湿布なんか張り間違えやがって、しかもはがす時に髪の毛にくっついて何本か毛根から引き抜かれた。
腰の打ち身に、固すぎるコルセットなんていらない。
逃げようとしたらムリヤリに巻き付けられて、あまつさえ腹の皮を挟まれた。
「だってよー、痛くするっていったらお前、絶対抵抗しただろ」
笑顔の確信犯は、そう言ってアタシのむき出しのお尻をぺチンと叩いた。
この嘘つき女め。
断言する。
ルナルナに看護士は絶対無理。
彼女の手当てなんて、二度と受けるもんか。
彼女はベッドの端に腰を下ろしたまま、自分も器用に湿布を貼り始めた。
「アタシが張ってあげようか」
「いや、いい」
きっぱりと断ってくれるわね。
やり返されるとでも思ったのかしら。
確かに、そのつもりはあったけど。
手当が終わると、彼女は戸棚をあさった。
「さすがに下着は持って来てるよな」
「それは大丈夫・・・あっ、でも、上の部屋だ」
「じゃあ、今だけオレの着ておけよ」
「下だけ借りていい? どうせ、胸のサイズは合わないだろうし。わざわざ自信を無くすようなことはしたくないしね」
ちょっぴりの皮肉を込めて自嘲気味に言うと、彼女は不思議そうにアタシの全身を眺めた。
「自信って・・・、お前、胸のサイズとか気にしてんの?」
「別に気にしてるって程じゃないけど」
「だってさ、お前この間までレースクイーンしてたり、グラビアモデルをやってたりしたんだろ、自分に自信が無いなんて、ちょっと謙遜しすぎじゃねーか?」
「そんなコト・・・って、ルナルナ、グラビアの事知ってたの!?」
「ああ、もちろん」
彼女は、ベッドサイドに手を伸ばして、幾つか重なった本の束から、一冊の雑誌を抜き取った。
それは、少し前に発売されたプレーンレースGⅩ1のパンフレットだった。
表紙の片隅には、並み居るベテランパイロットに交じって、元「蒼翼」メンバーのロロノア・コルトが笑顔を浮かべて写っている。
「泊っていった客がさ、この雑誌を忘れていったんだ。そしたら、表紙にロアがいるから驚いちまってよ、そんで中を見たらさ」
ルナルナは頁をめくった。
何度もそのページを見返したらしく、本には折りくせがついていて、すぐに目当てのページが開いた。
それはチーム「リバティ・スター」の紹介ページだった。
当然のようにメインパイロットのリカルド・マーキュリーが大きく掲載されていて、隣にサブパイロットのロアが自信満々の表情を浮かべている。
だが、ルナルナが注目したのはそこでは無かった。
左下に公式グッズの通販案内が掲載されていた。
幾つかのファングッズに交じって、水着姿のアタシが写ったファイルがしっかりと映りこんでいた。
「こいつのおかげで、お前が元気だって分かったんだよな」
ルナルナは写真とアタシを見比べた。
アタシは顔が赤くなった。
なんだか、そういう写真を知り合いに見られるってのは、想像以上に恥ずかしいものだ。
「お前みたいなスタイルって、オレは好きだけどな。むしろ憧れるっていうかさ。・・・きっと野郎どもだって、オレみたいに無駄な体型より、お前みたいな体つきの方が好きなんじゃねーのかな? 」
「そんな、アタシなんてっ。最近、お腹の肉だってたるんできたみたいだし」
「そりゃ10代のころに比べれば、肉はついてくるさ。けど、イイ感じだぜ。ちゃんとおっぱいだってあるし、ウェストもちゃっかりくびれてるしな」
「ちゃっかりって何よ」
「他人の目から見たら、十分にセクシーだってコト。全く自覚のない顔しやがって、・・・あのな、それだけ恵まれた体形してるくせして文句言ってたら、宇宙中の女っていう女を敵に回すぞ」
ルナルナは下着を放り投げて寄越した。
彼女の体形にしては小ぶりな白い下着は、まだ値札が付いたままで、新しいものだとすぐにわかった。
身につけてから、クローゼットを覗き込んで、適当に服を選んだ。
アタシはスカートも好きだが、ルナルナはゆったりとしたパンツスタイルが好きみたいだ。
珍しい天然革製のズボンに目が止まった。
カーキ色で、太もものあたりが膨らんだフォルムになっている。左右にはポケットもついていて、可愛いだけでなく、機能的な印象も受ける。ウェストはやや緩かったが、サスペンダーがついていたおかげで、問題なく着こなす事が出来た。
上は前ボタン式の白いシャツにした。
その上からズボンと同色のベストを選ぶ。
「へえ、さすがに上手に組み合わせるね」
アタシのコーディネイトを見て、彼女は感心したように言った。
二人して着替えを終えた頃には、上の階から何だか良い匂いが漂ってきていた。
サラとアコの二人がしっかりと準備してくれているのだろう。
「店を開けるには、まだ時間があるな」
時計を一瞥して、彼女はそう言った。
表情から、さっきまでの柔和さが薄れて、少しだけ真剣な瞳に戻っていた。
「さて、と、どっから話せばいいかな」
鏡台の前に置かれた木製のチェアに、彼女は後ろ向きに座った。
「ストームヴァイパーって言ったよね」
「ああ」
「この町を狙ってるって話だったけど・・・。それが、アタシをこの町に呼んだ理由?」
「まあ、そうだ」
彼女は否定しなかった。
ストームヴァイパーか。
無法の惑星に住み着いた、過激思想の武装勢力。
確かに厄介な相手ではある。
けれど。
アタシは何か釈然としない思いで、先ほどの戦闘を思い返した。
「ねえルナルナ、どうして、この町は狙われてるの?」
それが、不思議だった。
確かに、この荒涼とした大地にあって、自然に湧き出る水もあり、エネルギーの自給も出来るこの町の豊かさは、他の生活コミュニティに比べれば、羨むべきものがあるのかもしれない。
だけど、見方を変えれば、ただそれだけの事だ。
エネルギーを生む方法なんて色々あるし、現在の技術をもってすれば、水だって生成する方法はいくらでもある。
むしろ、この町のように原始的な営みをする必要自体が、無いのかもしれないのだ。
それなのに。
あんな軍用プレーンまで持ち出して攻めてくるなんて、一体どんな了見なんだろうか。
街を暴力で征服する?
でもそれって何の為?
そんな事をして、何の得がある?
漫画に出てくる悪の集団じゃないんだから、まるで世界征服みたいなことを仕掛けてくるなんて、ちょっと無意味すぎる。
「奴らは、この星が無法地帯のままでいて欲しいのさ」
声のトーンが、少し低くなった。
少しだけ、「蒼翼」だった時の彼女に戻ったようだった。
「この星に奴らが来た理由は単純だ。この星が外宇宙に属していて、無法状態であること、それでいて、ある程度の生活を営むだけの社会が築かれていること、そして、自由に出入りが出来ること、この三つだ」
まあ、外宇宙の星なんだから、それはそうだ。
面倒くさい先住の固有人類種が居なくて、既存文明が無いっていうのは、ある意味、不法入植者にとっての理想郷だ。
その上、大気成分すらも人類に適合してるっていうんだから、こんなに都合のいい場所はない。
「だけど」
と、彼女は言葉を続けた。
「この星に住む連中が、全てこの状況が続く事を望んでいるわけじゃない。たとえば、オレだってその一人だ」
それも理解できた。
せっかく良いお店も持てたって言うのに、いつまでも無法地帯のままでは、安心して営業するのもままならない。
地に足をつけて生きていく道を選んだなら、それを揺るぎないものにしたいと考えるのは、当然のことだ。
「お前もこの町を見てわかったと思うけど、このレバーロックに住む大半の連中は、これからの人生を、ここでちゃんと送っていきたいと思ってる。・・・そりゃあ昔は犯罪者だったり、借金から逃げてきたり、脛に傷を持つ奴らが集まってるには違いないが、そんな過去は捨てて、真っ当に生きたいっていう気持ちも、ウソじゃない」
アタシは頷いた。
カルツ酒の醸造所にいた面々を思い出した。
それに、牧場主のリップロットさん。
未開の惑星に、何とか根差した産業を生み出そうとして、頑張っている人たち。
きっと、この町にはああいった人々が沢山いるんだろう。
彼らの過去については知らないし、知ろうとも思わないが、真剣に仕事に向き合っている姿には、感心もしたし、ほんの少し羨ましく思ったのも事実だ。
「ここ最近の話さ、鉱山が発展して人が増えてきたと思ったら、同時にあちこちでトラブルが起きるようになってきた」
ルナルナは話しながら、唇の前で指を組んだ。
「土地の権利も何も無いワケだからね、ここはもともと俺の開拓した場所だったとか、モノを盗ったの盗られたのってさ、バカバカしいいざこざが相次いで起きた」
それもなんとなく想像が出来た。
良いにつけ悪いにつけ、人が増えるとはそういう事だ。
残念だが、人の数と欲望の数っていうのは、比例して大きくなっていくものらしい。
「そのうち死人も出るようになった。そこで、アブラムの親方が中心となって、なんとかこの町周辺に、一定のルールを作ろうって話になった」
「そりゃあ必要になるよね。でも、それって結構難しい話じゃない? 為政者が居ない土地で、みんなが納得のいくルールを作るのってさ」
「お前の言う通りだ」
彼女は頷いた。
「ただでさえ、この町にはそう言った経験のあるやつは居なかった。半年くらいすったもんだした挙句、自分たちだけじゃ無理だと判断したオレ達は、ブルズシティと話し合いをもつ事にした」
「へえ、何か知恵を借りたの?」
「知恵というより力さ。今まで、この惑星フォーリナーには、正式に町と呼べる場所はブルズシティしかなかった。他にもいくつかの生活コミュニティはあるが、社会として成り立っている町はあそこだけだ」
「みたいだね」
相づちを打ちながら、そういえば、ブルズシティでアタシ達を騙したハリーという男が「レバーロック」という名前を知らなかった事を思い出した。
この星では、ブルズシティ以外の町は「町」としての認識すらされていない、きっと、そういう事なんだろう。
「ブルズシティのルールを借りることで、このレバーロックを町として成り立たせる。オレ達はそう考えたんだ」
「具体的にはどういうコト?」
「レバーロックは、ブルズシティをこの星の首都と認め、その統括エリアに入る。そのかわり、このエリアの土地使用権利を作成したうえで、自治権を承認してもらうって事さ」
「それって、ブルズシティに従属するけど、結局こっちはこっちで勝手にやらせて欲しいって話になってない? 何だか都合良すぎるように思うけど」
レバーロックには良い話だけど、ブルズシティには特別なメリットが無いように感じるのはアタシだけかしら。
「その通りなんだ。でも、あっちにも思惑はあってね」
「税金を課して、お金でも取るつもり? でも、ここって固有の通貨制度も無いわよね」
「よくそこに気付いたな。まさにブルズシティの弱みってのはそこでね。だからあの町はそれ以上大きくなれていないのさ」
ルナルナは、さすがラライって顔をした。
「だからこそ、ブルズシティは、このフォーリナーを一つの惑星国家として認定させて、エレス同盟に加入したがっているんだ」
「ええっつ!?」
驚いて声が大きくなった。
惑星国家の認定だって?
急に随分とでっかい話になったじゃない。
「まあ、正式な惑星国家ってのは無理だろうけど、今、エレス同盟が勢力圏を広げたがっているのは、当然知ってるよな」
「もちろんよ、軍部が特にひどいわよね。やりたい放題もいいところ。犯罪結社とつるんでまで、中立星域を傘下に収めようとしてるくらいだからね」
「ドゥやルゥが均衡を保っている今のうちに、っていう思惑なんだろうけど、でも、おかげで加入条件が緩和されつつあるんだ」
「以前は惑星上に一つ以上の国家が存在しない事、だったわよね」
「ああ、それが、国家の形式をとらなくても、許可される事になった」
「マジで!?」
「惑星ベルニアの特例が先例になったからさ」
彼女はエレス同盟が課したという条件を口にした。
町の中でも、何度も話し合いがあったのだろう。
おそらく条文として通達された文章を、彼女はそらんじてみせた。
「一つの惑星に、一つ以上の軍事力を擁する勢力がなく、同一の商業流通圏を構築できる広域の支配統治が安定的に認められる場合に限り、その統治政府を代表として、同盟への加入権が認められる」
ちょっと言葉にすれば難しい。
かいつまんで言えば、惑星上の都市が協力体制にあって、争乱も無く、同じルールを守れる状態になっていればいいよ、っていう事だろう。
だけどそれって、過去の基準から見比べれば、随分とハードルの下がった内容だ。
「よくそれでドゥやルゥが納得したわね」
アタシはため息をついた。
もともと、同盟への加入に条件が設けられている理由は、異なる3つの宇宙勢力が互いを牽制しているからに他ならない。
戦争による支配宙域の拡大を防ぐため、外宇宙に認定されている惑星や宙域が新たにいずれかの勢力に加入する場合は、その対象となる惑星や宙域の意志によって行われることになっている。
だからこそ、加入を目指す星々は、間違いのない「総意」を導く必要があり、それがトーマ星系や地球系で起きた内戦の原因になったのは、記憶にも新しいところだ。
なるほど、読めてきた。
エレスへの加入をもくろむブルズシティにとって、発展してきているレバーロックが従属地域としての立場をとることは、惑星フォーリナー上における唯一の統治勢力をアピールする格好の材料になるという事だ。
「エレス同盟に加入権を認められれば、オレ達は新しくエレス同盟圏での戸籍を得る事が出来るようになる。もともと向こうの宇宙圏で犯罪歴がある者だって、その過去を合法的に抹消して、新しくスタートできるんだ。正直、オレ達にとってのメリットは大きい」
「そうね、それって結構すごい事ね」
かなり心ひかれる話だった。
アタシってば、身分証明が無くて、何度も就職で泣いてきたんだよね。
もし、新しい戸籍を得る事が出来るんなら、それって大変すばらしい事なんじゃないだろうか。
「だけど、そうなると困る連中も出てくる」
そこまで話したところで、階上から声がした。
「ルナリーさん、そろそろ開店する時間ですけどー」
サラとかいう女の声だった。
「もうすぐ行く、どうせまだ客なんてきてねえだろ」
「何人か待ってますよ~」
「待たせとけっ」
ルナルナは上に向かって叫んでから、アタシに視線を戻した。
「それがストームヴァイパーね」
「そうだ、オレたち個人と違って、エレスへの加入なんざ、あいつ等にとっては余計な事でしかない」
「じゃあ、エレスへの参入を邪魔しようとしてるってワケ?」
「そういう事さ。このレバーロックの自治状態を崩壊させて、もしかしたらブルズシティ以外にも軍事力を持つ勢力があるように見せかけたいのかもしれない。そうすれば、エレス同盟への加入は認められない」
「だけど、それじゃブルズシティも黙ってないでしょ」
「苦々しくは思ってるだろうけど、あいつ等はまず自分たちの保身が優先だからな、せいぜい都市の自治部隊を持っている程度だし、こっちの窮状には手を出せないんだろうよ」
「そんな・・・」
ルナルナは椅子から立ち上がって、髪をまとめ始めた。
「オレ達は、オレ達の手で、この町を守らなきゃならねえ、だけど、正直言って自衛するには力不足だ。こう見えてもオレだって少しは手を尽くした。丘陵の向こうに電磁柵のトラップを仕掛けたり、警戒用のセンサーを仕掛けたりな。だが、いかんせん戦える手が少なすぎる・・・」
「それで・・・アタシの事を、思い出したってワケか」
「悪いな、こっちの都合ばっかりで、お前の事も何にも考えないでさ」
上から「まだですかー」と再び声がかかって、彼女は小さく舌打ちをした。
「お前には何の関係も無い事なのに、勝手だって思うかもしれないけど、あの写真を見たら、この状況を何とかするにはお前しかいないって、思っちまってよ」
「ルナルナ・・・」
「だけど、まさかお前が男を連れてくるなんて思ってなくて・・・、昨日、お前がキスしている所を見ちまったら、お前はお前で、せっかく幸せを掴もうとしてるのに、オレは何て余計な事をしちまったんだって思って・・・」
ああ。
それで、言い出せなくなってしまってたのか。
まったくもう。
言葉遣いは男勝りなくせに、本当に気持ちは細やかなんだから。
もちろん、アタシはもう裏社会からは足を洗うつもりで生きているし、戦うなんて、二度とゴメンっては、毎回思って生きてるけど。
それでも、親友が困ってるなら、力を貸すのは当然じゃない。
もう少し、素直に頼って貰ってもいんだけどな。
「ルナリーさ~ん」
サラの声が悲鳴に近くなってきた。
彼女はやれやれというように肩を竦めた。
「もう少し、上でも話せるでしょ」
アタシは立ち上がった。
申し訳なさそうな顔をするなんて、ルナルナらしくない。
「心配しないで、事情は分かったわ」
一度呼吸を飲み込んで、はっきりとそう答えた。
「ラライ・・・」
「大丈夫、ってーか、むしろアタシは嬉しいよ、こうしてルナルナから相談してもらえるなんてさ」
「それじゃ」
「任せてよ。アタシは、ちゃんとここに来たわ」
そうだ。
アタシがついている。
ドーンと任せなさいな。
アタシは笑って、力強く彼女の肩を叩いた。
彼女は驚くほどの悲鳴を上げた。
あ。
そういえば左肩、・・・打撲してたんだっけ。
すっかり忘れてた。
「らーらーいー」
ルナルナが眦に涙を滲ませてアタシを睨んだ。




