シーン14 恥ずかしいものは恥ずかしい
蒼翼の・・・ライ?
女が口にした言葉の衝撃に、アタシは危うく心臓を吐くところだった。
目の前に立った女は、アタシを「蒼翼」と、確かにそう呼んだのだ。
まさか、ルナルナ!
もしかしてアタシの正体のコト、話しちゃってる?
だとしたら、それは流石に、冗談じゃあ済まされないぞ。
顔から血の気が一斉に引いていく中、彼女は射貫くような瞳でアタシを見据えた。
「そうですか。貴女が蒼翼のライ」
ごくりと、つばを飲み込み、それから自らの言葉を噛み締めるように言葉を続けた。
「・・と互角の腕を待つという、凄腕のパイロットなのですね」
・・・・・。
へ?
目が点になった。
何? 今、なんて言った?
―――蒼翼のライと、互角の腕を持つパイロット?
あれ・・・。ああ、そういう話になってるの?
理解したら、一気に安堵感が押し寄せてきた。
体中の力が抜けて、またまた腰砕けになりかける。
まったくもう、紛らわしい言い方しやがって。
ルナルナは、アタシの勘違いに気付いて、今にも噴き出しそうな顔になった。
「自分と同じ若い女でびっくりしたか」
ルナルナは女に向かって言った。
女の目が微かに細まった。
どこかしら、敵愾心のようなモノが垣間見える。
だけど、ルナルナに対する物腰には、彼女に対して抱く、まぎれもない尊敬の念が窺い知れた。
ルナルナは、女が見せた、その複雑な感情をスルーした。
「あのライと互角っていうのは、オーバーでもなんでもない、彼女のプレーンパイロットとしての腕は、オレが保証するぜ」
女の注意が再びアタシに戻った。
どこか半信半疑という顔つきだ。
まあ、その気持ちはわからなくもないが、あからさまに表情に出されると、こっちもあまりいい気分ではない。
見た目以上に若いな、とアタシは直感した。
アタシもルナルナも、世間一般の基準で考えたら、若者に括られる年齢かもしれない。それでも、修羅場をくぐってきた数や経験が、世の人々のそれとは違っている。
それが良いか悪いかは別にして、そういった経験が目に見えない鎧になっているから、アタシ達は感情を上手く隠して、生きる術を身に着けてきた。
彼女には、それがない。
ルナルナはアタシに顔を向けた。
「ラライ、紹介するぜ。その娘はマリア・リップロット。レバーロック自警団の一員で、町でも貴重なプレーン乗りだ」
「リップロット? って、もしかして牧場主の?」
「そう、リップロット爺さんのお孫さんだよ」
「マリアです」
彼女は手を差し出した。
シェイクハンドか、ってコトは、地球系だな。
「よろしくね」
アタシは軽く握り返した。
意に反して、彼女は強くアタシの手を握りしめた。
ちょっと、痛いほどだった。
アタシはあらためて彼女を見た。
近くで見ると、はっとするような美人だった。
本当に、あの禿頭の爺さんのお孫さんなんだろうか。
見た目はゼンゼンに似てないし、本当に血がつながっているのかと、ちょっぴり疑いたくもなってくる。
「ルナリーさん、それでは、このラライさんに、例のお願いをするんですか?」
「ああ、それなんだけどよ」
ルナルナは微かに申し訳なさそうな顔になって、アタシと彼女を見比べた。
「まだ、はっきりとは話してねーんだ。その、昨日来たばっかりだし」
彼女にしては、歯切れが悪くなった。
マリアの視線が、さっきよりもさらに厳しくなったように思えた。
「そうね、今から説明してもらう所だったんだよね」
アタシはルナルナに声をかけた。
なんで、アタシを呼んだのか。
その理由を、そろそろはっきりと聞いておかないと。
ルナルナは頷いてみせたものの、その唇は重かった。
「とりあえず、詳しい話は町に戻ってからにしようぜ、さすがに、こんな所に長居はしたくねえ、」
ルナルナはそれだけ言って、遠くに倒れている自分の愛車を見つめた。
「あーあ、壊れてねえよな~、オレの可愛いバンビちゃん」
おどけたように項垂れてみせる仕草が、どこか、わざとらしかった。
「マシンが動いたら、オレ達は先に帰るけど、・・・せっかくだから、二人にはスクラップの回収を頼めるかい?」
「もちろん、了解っすよ」
ビーノは、飄々とした調子で答えた。
マリアが何かを言いかけ、すぐに思い直して唇を閉じた。
「じゃあ、また後でな、今夜は店に来いよ? 最初の一杯はおごるぜ」
「マジっすか」
「オレは嘘つかねーよ、マリアは?」
「あ・・私は、その」
「都合が良ければ来な、無理にとは言わないけどさ」
ルナルナは二人に背を向けて、ランナーの方に歩き出した。
途中で、大破したコルスロータイプに目を止めて、眦に悔し気な皺を寄せた。
「シャフトの野郎も、悪い奴じゃなかったのに」
それは、殺されたパイロットの名前だったのだろうか。
小さくこぼした声が、風に吹かれた。
ルナルナは転倒したⅯランナーを起こして、エンジンをかけ直した。
外装に細かい傷はついたものの、肝心の走行機能には支障が無いようだった。
アタシはタンデムシートに座って、お尻の激痛に唸った。
背中だけじゃなく、お尻も痣になっているに違いない、満身創痍とは、まさにこのことだ。
「大丈夫か、町に戻ったら、先に医者に行くか?」
彼女が心配して聞いてきた。
「医者なんているの?」
「一応は、流れの医者が住み着いてる。まあ、モグリだが腕は悪くない・・・」
「モグリの医者か・・・」
アタシの脳裏に、知り合いの、顔がやけに長い医者の相貌が浮かんだ。
「やめとく。腕のいいモグリの医者に、なんだかいいイメージが無くて」
「モグリなんだから、イメージは悪くて当然だろ」
「とにかく、打ち身だけだから、医者はいらないわ。ルナルナはメディカルボックスとかって持ってないの?」
「あんな高いモノ、そう簡単に買えるか。しょうがねえな、帰ったら湿布してやるよ」
「それならお願い」
ルナルナはⅯランナーを走らせた。
サイドミラーの中に、重機型のプレーンが、アタシが倒したモッドスタイプのボディをクレーンで引き上げる光景が映った。
「ブルーウィング」に戻ってきた時には、もう日が傾いていた。
二人のウェイトレスが、昨日より随分と早い出勤をしてきて、店の玄関で一緒になった。
どうやら事前に、ルナルナが連絡をしていたらしかった。
おしゃべりをしながら歩いてくる様子は、遠目にはまるで姉妹のようにも見えた。
「サラ、アコ、今日の仕込みよろしくな」
ルナルナは二人の肩を軽く叩いた。
「はいっ、任せてください」
「珍しいでっすねー、ルナリー姉があたし達に頼むなんてー」
サラとアコと呼ばれた二人は、元気な様子で答えた。
店内に入り、照明をつけた。
誰も居ないはずの店内に足を踏み入れ、そこで悲鳴を上げて、腰を抜かす羽目になった。
目の前で、亡霊のような人影が、ぬっと動いたのだ。
アタシはもちろん、ルナルナまでもが珍しく黄色い声をあげて、その場に尻もちをつきそうになった。
アタシの背後では、サラとアコの二人がきれいにひっくり返っていた。
真っ暗な中に、灯りの一つもつけず、そいつは佇んでいた。
「面目なざぶろうでやんす~」
まるで地の底から這い出たような声をあげて、彼はぬめっとその姿を現した。
・・・いやあ。
今の今まで、彼の事を忘れちゃってたよ。
落ち窪んだ瞳に、後悔と憂いの色を滲ませて。
バロンは、赤いはずの顔を真っ青にしたまま、まるで死人のように突っ立っていた。
「あっしとしたことが、昨夜は、またまた酔いつぶれてしまったでやんすね~」
「あー、そうねー」
何となく棒読みになってアタシは答えた。
これまでの経験からすると、どうやら彼は、得意の自己嫌悪モードに入っているようだ。
基本的には良い人なんだけど、彼はたまにこんな風になる。
たいてい、アタシの為に行動して裏目に出た時が多いが、正直いえば、こういう時の彼はけっこう面倒くさい。
「今朝までの記憶が全くないでやんすが・・・あろうことか、ベッドまで独占してしまっていたでやんす。・・・なんというこの不始末、もはや弁明すらも出来ないでやんす~」
そんなに気にするほどのコトでもないし、別にどうだって良い。
そう思って、彼に声をかけようとしたが。
アタシは、またまた背中に激痛が走って、メチャクチャ険しい顔をしてしまった。
「ラライさん、本当にあっしが悪かったでやんす~、合わせる顔が無いとは、まさしくこの事でやんすよ~」
バロンはアタシの表情を見て、何を勘違いしたのか、平謝りの態勢になった。
まるで土下座をするようにその場にへたり込み、何度も頭を床につける。
後ろからその光景を見たサラとアコが、くすくすと笑いだすのが聞こえた。
あーもう。
恥ずかしいから、本当にマジでやめてよ。
「もう大丈夫だから~、バロンさん、そんなに気にしなくってもっ、って、痛ううううう」
「どうしたでやんす、ラライさん!?」
「大丈夫、何でもない、何でもないっ・・・」
くそ、下手に喋ると、背中の痛みが強くなる。
だけど、ここで余計な心配をさせたら、ますます大変なことになりそうだ。
アタシは平気を装った。
しかし、基本的に演技力ゼロのアタシが、そう簡単に誤魔化しきれるわけもない。
彼は、アタシの衣類が土まみれで、ましてやあちこちがボロボロに破けている事に気付いてしまった。
「これは!? ラライさん、いったい何があって・・・」
「えーと、これはちょっと、話せば長くなるっていうか」
さて、どう説明しようか。
うかつに正直な話をしたら、また「あっしのバカ~。またしてもラライさんを危険な目に合わせたでやんす~、ボディガード失格でやんす~」とか言い出して、誰得にもならない自虐ループに入りかねない。
ちょっと対応に苦慮していると。
「ラライ、お前ってさ、着替え持って来てるのか?」
良いタイミングで、ルナルナが割り込んだ。
「着替えか、宇宙服なら何着かあるけど・・・」
「今着ているような奴は?」
「あー、ブルズシティで買ったのはこれだけ、レバーロックでも買えると思ってたから」
さすがに宇宙服でこの町を歩くのは、浮いた感じになっちゃうか。
郷に入れば郷に従えとは言うけど、確かにその地域に適した服というものはある。
せっかく気に入って買ったのに。
アタシはボロボロになったスカートの端をつまんで、なんだか悲しい気分になってしまった。
「新しいのでなくていいなら、オレの服を貸してやるよ」
「え、良いの?」
「サイズは少し違っても、間に合わせにはなるだろ。来いよ、まずは一緒にシャワーでも浴びようぜ」
彼女はいきなりアタシの手を掴んで、地下にあるプライベートスペースへとアタシを招いた。
「あ、ラライさんっ」
バロンが慌てた声を上げた。
「悪いな彼氏、ラライは暫くオレが借りるぜ」
「えっ・・かっ、カレシ? あっしがでやんすか?」
彼は虚を突かれて、口をパクパクさせた。
アタシはルナルナに引きずられるように階段を降りた。
下に降りてすぐ。
「へへ、随分と思い詰めるタイプみたいだな、お前の彼氏」
ルナリーはいつもの悪戯っぽい笑みを浮かべた。
どうやら、彼女なりの助け舟だったらしい。
確かに、あの状態の彼と下手に話を続けるよりは、一呼吸おいてしまった方が、冷静に事情を説明できるかもしれない。
バロンってさ。
優しいし、気が利くし、何よりもアタシの事を大事にしてくれる。
だけど、たまーにこういう偏屈な一面もでちゃうのよね。
まあ。
かく言うアタシも十分に面倒くさい性格だから、あんまり大きな声で文句は言えない。
「ありがとルナルナ」
「別にオレは何にもしてねえよ」
しれっとして、彼女は答えた。
ルナルナは寝室の奥にある扉を開けた。
小さいながら機能的なサニタリースペースになっていて、その奥に宇宙船の内部を思わせる光シャワールームが作られていた。
彼女はためらいもなく、自分の服を脱いだ。
アタシと一緒で、爆風を受けたり、地面を転がったりしたせいで、あちこちが破けてしまっていた。
ブラを外そうと背中に腕を回し、急に苦痛の声をあげた。
そこではじめて気付いたが、彼女は左肩を強打していた。
見ているこっちの方がぞっとするほど、皮膚が真っ青に変色し、腫れになっていた。
「痛ってて~・・・、悪いラライ、手伝ってくれるか」
「あ、うん」
アタシは彼女の後ろに回って、ブラのホックをそっと外した。
豊かなバストが解放されて、ぷるんと飛び出した。
彼女は気持ちよさそうに背筋を伸ばして、長い髪を軽く振った。
何気ない仕草の中に、女性特有の艶めかしさが滲んで、アタシは女同士なのにもかかわらず、なんだか胸がドキドキするのを覚えた。
ルナルナって、こんなにセクシーだったっけ。
背も高いから、すごくグラマラスだし、それに、肌もすごくきれい。
「ありがとな、・・・ちぇ、こりゃひでえや」
ルナルナは痣になった左肩をおそるおそる触って、突き刺すような痛みに、思いきり顔をしかめた。
「そんなに腫れてんだもん、痛いに決まってるじゃない。あんまり触らない方が良いよ」
「分かってんだけどさ~、ついつい、どのくらい痛むのか、確認したくなるんだよな」
彼女は苦笑いを浮かべた。
まあ、その気持ちはうっすらわかる。
痛い所って、つい触ってみたくなるんだよね。
これって人の習性かしら。
ルナルナは下着まで脱ぎ捨てて、あっけらかんとした様子でアタシに向き直った。
「ほら、何してんだ、お前も脱げよ」
言われて、アタシは顔が点々になった。
「え、アタシも?」
「ったりめーだろ、顔中ススだらけだぜ、シャワー浴びねえのか」
「だって、・・・ルナルナと一緒に?」
「さっきそう言ったよな、なんだよ、もしかして恥ずかしいのか」
「そういうワケじゃないけど」
ルナルナはアタシの前で全裸になっても、何の抵抗も感じていないようだった。
もしかして、アタシが意識しすぎなのだろうか。
確かに地球圏なんかじゃ、全裸で入る公衆の浴場なんてものがあったりするし、気にするアタシの方がおかしいのかもしれない。
だけど、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
彼女は、戸惑っているアタシの後ろに回った。
指先で軽く触れられた瞬間、ビリっとした痛みが全身を走った。
「お前さ、自分では見えてないだろうけど、結構ヒドイ状態なんだぜ。外から見てこの感じだと、打ち身だけじゃねえな。ほら、血が滲んでるトコもある」
「えっ、ホントに?」
「ウソじゃねえって、鏡で見てみな」
アタシは言われるがまま、姿見の前に立って自分を映した。
ちょっと背筋が凍った。
彼女の言う通りだった。
服の背中の部分が縦に激しく破けていて、その何ヵ所かでは、布地が赤黒くにじんでいた。
これは、プレーンから落下しただけで出来た傷じゃない。
爆風を背中から受けた時に、熱風と衝撃によるダメージを負ってしまっていたのだ。
「大丈夫、深い傷では無いと思う」
アタシを安心させるように、ルナルナは優しい声になった。
「光シャワーなら沁みる事も無いだろうし、まずは患部を綺麗にしないとな」
「痕になっちゃったらどうしよう、・・・やっぱり医者に行くべきだったかな?」
「そこまで心配する程じゃねーよ。任せな、痛くはしない」
首元のボタンを、彼女の指がそっと外した。
これは、さすがに仕方ない。
観念して、アタシは服を脱いだ。




