シーン13 アタシを誰だと思ってる
プレーンだ。
プレーンさえあれば、アタシ一人だって、この状況を打破してみせる。
それには、こうするしかない。
そもそもプレーンが無いって?
いや。
あるじゃない。
目の前に。
今、アタシが破壊したばかりの一台が、そこに寝転がっている。
アタシは走った。
駆けだしたアタシに、ホバーマシンが気付いた。
一台が飛行する軌道を変えて、背後に回りこんできた。
「やらせねえッ」
ルナルナがハンドガンを撃った。
正確な射撃じゃないが、それでも敵の気を引きつける効果はあった。一発の銃弾が、操縦席のサイドウィンドウを貫いた。
ホバーマシンは反転してルナルナを探した。
彼女は迫りくる掃射から逃れるように走って、そのままミサイルの爆発が生んだ無数のクレーターの一つへと飛び込んだ。
幸いにして、落ち窪んだ地形は塹壕代わりになった。
彼女は身を伏せて、ホバーマシンをやり過ごした。
頭の上を通過した敵機に向けて、後方から狙いを定め、再び射撃に入る。
今度の銃弾は、浮力を生み出す推進器に命中した。
制御を失ったホバーマシンは、下面を何度も地面に打ちつけては大きな火花をあげた。
アタシは倒れたままのモッドスタイプに辿り着いた。
少し離れたところに、パイロットが倒れていた。
ヘルメットも被らずに乗っているから、頭を強打したらしく、口から泡を吹いていた。
アタシは機体を見上げた。
むき出しのコクピットが見えた。
転倒は、モッドスタイプには深刻なダメージを与えたようだった。
コクピットを守る風防は割れて飛び散っていたし、肩から地面に倒れたせいで、左肩も変な方向に折れてしまっている。
けど、これなら、まだやれる。
アタシは機体をよじ登った。
コクピットまでは数メートルの高さがあったが、でこぼこした機体の表面には、フックや突起などが幾つもあって、なんとかそれを頼りに辿り着く事が出来た。
運動神経はあんまり良くないアタシだが、切羽詰まると、人間不思議と力が出るものだ。
案の定、操作系統はそのまま生きていた。
問題は、片足を失ったので、歩けない事くらいだ。
アタシはコクピットに潜りこんで、片足を椅子に引っ掛けて、手で足元のペダルを押した。
何しろ真横になっているせいで、普通にシートに座る事が出来なかった。
それでも、モッドスタイプは目を覚ました。
機体に振動が走り、背中の排熱ダクトが煙を吐いた。
アタシは機体を僅かに傾けると、接地している腰部を軸に、残った足で地面を掻くように旋回した。
ああ、変な体勢だから、操作する足も手も痺れてくる。
だけど、何とか踏ん張らなきゃ。
この機体はもう、まともに移動はできない。
だが、こうやって旋回して、残った腕で体を僅かに起こしてやれば。
そうすれば、ほら、固定砲台にはなるってモンよ。
アタシは腕を伸ばして、照準器を引っ張った。
ロケット弾が胸部固定式だけに、照準器も一般的なプレーンのそれに比べて可動部が少ない。
何とかして顔に近づけようとしたら、バキッと音がして折れた。
ったくもー、なんて耐久性の低さだ。
やっぱり体勢が悪すぎるのよね。
でも、機体をこれ以上傾けたら、かえってバランスを崩すのは目に見えている。
こうなったら、感覚で合わせるしか、方法がないか。
アタシは敵影を探した。
フロッガーとカスタム機が、挟撃するような形で味方の重機型プレーンを襲っていた。
右腕の掘削用ドリルと、左手のクレーンにつけた鉄球を武器にした重機型プレーンは、必死に距離を詰めようともがいていた。
しかし、さすがフロッガーは軍用モデルだ。
動きの鈍い重機型を翻弄し、しだいに二台を追い詰めていた。
簡単に決着がつかなかったのは、単純に武装のせいだ。
どうやら、あの許せないカスタムマシンの方は、近接戦闘に特化しているようだし、もう一台のフロッガーは、そもそも大型の火器を積んでいない。
目視できる武装は小型のヒートナイフと、それに対人用のマシンガンか。
ってことは、完全にあのフロッガーは囮専門なんだろう。
アタシは相手の戦略が読めてきた。
フロッガーで陽動し、動きを止めて、近接機相手には、そこをミサイルで狙い撃つ。
で、遠距離タイプを相手にする場合には、カスタム機をぶち当てる。
単純だが、効果的な戦い方だ。
しかし。
だとすれば、このモッドスタイプを最初に倒したのは正解だった。
目障りなホバーマシンの連中は無視できないが、それでも相手の決め手をひとつ封じた。
きっと、相手にとっても誤算だったには違いない。
アタシは戦場を広く見まわして、それから目標を定めた。
ホバーマシンは、今は後回しだ。
一気に形勢を逆転しようとするなら、効果的なのは、やっぱりプレーンを倒すしかない。
それも、あの一番厄介な相手を・・・だ。
また爆音がした。
重機型の一台が、ホバーマシンからの一撃を受けてしまったようだった。
あれは確か、ビーノって男が操っていた機体だ。
どうやら、左腕に着弾したらしい。
関節部が抉れて、クレーンアームが根元から折れていくのが、スローモーションのように見えた。
「ビーノっ!」
どこからかルナルナの悲鳴に似た声が聞こえた。
アタシは舌打ちをした。
運の悪いことに、ビーノ機は被弾した機体の制御を誤った。
その場で旋回をしようとしたせいで、折れた自分自身のアームが足に絡んだのだ。
機体が前後に大きく揺れて、制御不能に陥ったのは明らかだった。
好機と見て、カスタム機が突っ込んでいった。
これは、かなりまずい!
アタシは必死に操縦桿を握りしめ、イチかバチか、渾身の力で機体の角度を変えた。
モッドスタイプは各関節から悲鳴のような音をあげながら、上体を起こした。
あのカスタム機に、このミサイルを直撃させる事が出来れば・・・いや。
アタシは躊躇した。
直撃はできる。その位の腕は持っている。
だけど。
それじゃ、あの機体のパイロットを殺してしまう。
それだけじゃない、あの近距離でプレーンを爆発させたら、ビーノ機だって、巻き込んでしまうおそれがあるぞ。
どうする!?
迷ってる時間はなかった。
半ば本能に近い決断を、アタシは下した。
アタシはトリガーを引いた。
ものすごい反動が来て、ロケットの発射と同時に、モッドスタイプは仰向けにひっくり返った。
必死になってレバーハンドルにしがみついたが、リバウンドの反動には勝てなかった。
最後には指が離れて、アタシは数メートル下の地面に背中から落下した。
全身打撲。
ちゃんと後頭部も強打した。
またしても死んだかと思った。
爆音が轟くのが、どこか遠くの出来事のように聞こえてきた。
脳がぐるぐる揺れる。
意識が白濁しかけて、視界を埋めた青空に押しつぶされるような感覚を覚えた。
革製でもヘルメットをしていてよかったと、つくづく思った。
さもないと、さっき見た敵のパイロットと同じ状態になってしまって、見ず知らずの男と一緒に泡を吹いて倒れるという、非情に恥ずかしい状況になってしまう所だった。
アタシはその場で大の字に倒れたまま、機械と機械がぶつかり合う激音を聞いた。
「ラライ、無事か~!!」
ルナルナの声が近づいてきた。
ええ、生きてますとも。
少なくともギリギリのところで、意識は何とか保てている。
彼女はアタシに駆け寄ってくると、急いでアタシを抱え起こした。
徐々に全身の感覚が、痛みとともに蘇ってきた。
彼女もすり傷だらけになっていた。
とはいえ、少なくとも大きな怪我はないようだ。
彼女の柔らかな抱擁は、アタシを現実へとひき戻した。
そうだ。
アタシの撃ったロケット弾はどうなった?
ビーノのプレーンは、それに、あのカスタム機はどうなったのだろうか。
アタシはよろよろと体を捻って、戦局を確認した。
戦闘はまだ続いていた。
だが、その状況は大きく変わっていた。
思わず、こぶしを握り締めて、小さなガッツポーズを決めてしまった。
ビーノの重機型プレーンの掘削用ドリルが、あの憎たらしいカスタム機のボディを串刺しに貫いていた。
その光景は、まるで一枚絵のようにさえ思えた。
「ビーノの奴、やりやがった!」
信じられないものを見るように、ルナルナが呟いた。
そうだ、彼がやったのだ。
あの状態では、九分九厘、ビーノはやられていた。
カスタム機の特攻を止める術は、あの重機型の機動性には望めない。
だが、カスタム機が彼に肉薄する直前、アタシの放ったミサイルが彼らの間に落ちて爆発し、足元にいびつなクレーターを作ったのだ。
高速で走行していたカスタム機のパイロットは、その穴を回避するほどの腕前を持ち合わせてはいなかった。
落とし穴にはまる様な形になって動きを止めた機体に、ビーノの渾身の一撃が決まった。
つまり、そういう事だ。
ドリルが引き抜かれると、カスタム機はそのまま仰向けに倒れていった。
上部のコクピットが割れて、中からパイロットが転がり出た。
ヘルメットをしていて顔は見えないが、がっしりした体形からして男だ。
ホバーマシンが慌てた様子で降下してきて、パイロットを救い上げるのが見えた。
こうなると、戦況は決まった。
一機だけ生き残った敵のフロッガーが離脱を始め、後を追うように、ホバーマシンの連中が離れて行く。
機械音が遠ざかっていくと、アタシは、全身の痛みを思い出して、その場に崩れ落ちそうになった。
ルナルナが、肩を貸してくれた。
「撃退できた・・・みたいだな」
「そう・・・ね」
彼女に全体重を預ける形でへたり込んで、アタシはそれだけ言うのがやっとだった。
勝った、と言えばそうかもしれない。
けど、犠牲も出てしまった。
その事を思うと、気分は暗澹として晴れなかった。
ルナルナは、そんなアタシの顔をじっと覗き込んできた。
それから急に、肩を抱く腕に力を入れる。
後ろからがっしりと抱き締められる形になった。
「ありがとよ」
「え?」
「また、お前に助けられちまった」
「またって・・・、アタシ今まで、ルナルナを助けたりしたコトあったっけ」
「すぐ、トボケんだからな。お前って奴は」
彼女が急にアタシに頬を近づけた。
何が起きたのか、瞬間判らなかった。
ただ、彼女の吐息を少しだけ感じた後に、ほっぺに柔らかい感触があった。
「・・・・え?」
アタシは、固まった。
ルナルナが悪戯っぽく笑って、それから、倒れたままのモッドスタイプを見上げた。
「これでも、悪いとは思ってるんだぜ」
アタシの顔を見もせずに、彼女は言った。
「お前の事を頼るつもりはなかったんだ」
静けさを取り戻した荒野の風に乗って、彼女の声がアタシの耳を通り過ぎた。
「あのメッセージだって、ちゃんと届くかどうかも分からなかったし、まさか本当に訪ねて来てくれるなんて、思ってもいなかったしな」
かすかな後悔が混じっている。
それは、アタシを事件に巻き込もうとしているコトに対しての感情だろうか。
それとも。
「ちきしょう。情けないよな・・・オレ」
アタシを受け止めている彼女の指に、不意に力がこもった。
アタシはそっと、その手に触れた。
一瞬、電気が走ったように彼女の指はピクリと震え、それから、どこかぎこちなく離れた。
「ルナルナ、話を聞かせてくれる?」
アタシは振り向いて、彼女の顔を見つめた。
彼女は頷きかけて、不意に何かを思い出したように、ぱっとアタシから体を離した。
頬が微かに赤らんで、まるで母親から悪いことを見咎められた子供のような表情になった。
「ああ、本当はすぐに話すべきだったんだよな。だけど、お前の顔見たら、何だか言い出しにくくなっちまってさ」
「なんでよ、アタシ達の間で遠慮なんていらないじゃない」
「そーなんだけど、そーじゃないっていうか。ほら、なんていうか、お前すっかり変わっちまってて・・・」
「変わった? アタシが? そんなに変わってないと思うけど」
「もちろん、変わってないことだってあるさ。今だってそうだった」
彼女は頬をポリポリと掻いた。
「やっぱりお前はすげーよ。あんな状況からプレーンを動かしてミサイルを撃つなんてさ。・・・ちくしょう、最高にカッコ良かったぜ」
それは、お世辞などではない、紛れもなく、彼女の本心からの言葉に思えた。
ルナルナは言ってから、急に自分の言葉に恥ずかしくなったようだった。
いきなり指を伸ばしてきて、アタシのほっぺをぐりぐりと押した。
「ったく、余計な事言わせんじゃねーよ」
「勝手に褒めて、それはないでしょー」
アタシは声を上ずらせながらも、誤魔化すように笑った。
なんだか、やけに彼女が近い存在に感じられて、アタシは全身がぽーっと熱くなるのを覚えた。
これって、スキンシップ、って事で良いのかな。
まるで、恋人とじゃれ合ってるみたい。
いやいや、何を考えているんだアタシ。
さっきの、頬に感じた柔らかい感触だって、きっと彼女なりの信愛表現だし。
アタシ達は、元「蒼翼」っていう、かけがえのない絆で結ばれてるんだから、互いを思う感情が特別なのは、当然のことかもしれない。
「ルナルナもカッコよかったよ。さっきだって、ルナルナの援護射撃があったからプレーンに辿り着けたわけだし。ありがとね」
「礼を言われるような事じゃないさ。それに、銃の腕だって、本当はお前の方が上手いじゃねーか」
「それは否定しないけど」
「っと、お前な・・・」
「へへっ、アタシを誰だと思ってんのよ」
アタシは得意げになって胸を張った。
その瞬間、腰にずきーんと痛みが走って、危うく悲鳴を上げそうになった。
さっきまでの威勢はどこへやら、情けなくうずくまる。
「無理は駄目だって、大丈夫? 立てるか」
「うん、平気・・・、だけど、手を貸してくれる?」
アタシはルナルナに支えられながら、何とか立ち上がった。
立ってさえしまえば、なんとか歩けそうな気がしてきた。
アタシ達の前に、重機型のプレーンが歩いてきて、立ち止まった。
程なくワイヤーが下がってきた。
パイロットのビーノだ。
彼は、器用に小さな輪っかに片足をかけて、地面へと降りてきた。
さらに、もう一台の重機型プレーンもやってきた。
やはり昇降ワイヤーを使って降りてきたのは、しっかりとプレーン用ヘルメットを被ったパイロットだった。スモークシールドのせいで顔は見えなかったが、しなやかな身のこなしと、華奢な体型を見る限り、どうやら女性らしかった。
ビーノは顔中を煤だらけにして、激戦の後を感じさせる姿になっていた。
「ルナリーさん、どうやら無事みたいっすね。・・・さっきのミサイル援護もナイスタイミングでした。正直、命拾いしたっすよ」
彼は、相変わらず気の抜けたような声を出した。
「ああ、アレはオレじゃないぜ」
「え? ルナリーさんじゃないんすか?」
「彼女の方さ、ちゃんと礼を言えよ、お前の命の恩人だからな」
彼の眼がアタシを見て、信じられない、とでも言うような表情になった。
「この・・・人が? まさか?」
ルナルナはアタシに目くばせをした。
それから、彼に向き直って、両腕を腰に当てた。
「そうさ、ビーノ、お前を救ったのは彼女だ。コイツを倒したミサイルランチャーも、さっきのロケット弾も、どっちも彼女の腕前さ」
「そんな、・・・こんな可愛い娘が?」
おや。
可愛い娘、ときたか。
ビーノって言ったっけ、少しだけ好印象よ。
ルナルナは明らかに得意げな顔になった。
ふたたびアタシの肩を抱いて、自分の方へとぎゅっと引き寄せる。
「紹介するぜ、オレの自慢の彼女だ」
「はじめまして、ラライ・フィオロンでーす・・・って、ルナルナったら、また?」
ビーノが唖然とした。
アタシと彼女の顔を交互に見比べて、二の句が継げなくなっている。
「冗談だよ、こいつはオレの旧友さ。ほら、前に話したの、覚えてないか」
「へ、じゃあ・・・もしかして」
ん?
前に話した?
どういうことだ?
ビーノの表情が驚きを通り越して、怪訝そうな・・・、どこか値踏みをするような目つきに変わった。
「なるほど、その人が・・・」
初めて聞く声が割って入った。
涼やかな、それでいて凛とした綺麗な声だった。
もう一人のパイロットがヘルメットを脱いだ。
ライトブラウンのさらりとしたセミロングの髪が、風に流れた。
「その人が、あの蒼翼のライ・・・」
女はそういって、瞳の中にアタシを捉えた。




