シーン12 どこにでもいる悪い奴
コルスロータイプは、猛烈な勢いでアタシ達とすれ違った。
一瞬遅れて、舞い上がる砂塵が嵐に変わる。
生み出される風圧と衝撃で、Ⅿランナーの軽い車体は、簡単に吹き飛ばされそうになった。
ルナルナは車体を倒し込んで、その場で勢いよくターンした。
あっという間に、プレーンの背中が遠ざかった。
「もう二台くる!」
アタシは町の方向から迫る走行音を聞いた。
前後に連なる形で、重機型のプレーンがその異様を走らせてきた。
本来、土木作業用の機体だ。
原始的なローラーが大地を噛んでいる。振動が接近して、再び砂塵が舞い上がった。
「ったく、こっちが見えてないのかよッ」
ルナルナはランナーを並走させる形で走らせた。
風防に覆われただけの、むき出しのコクピットに人影が見えた。
「乗ってるのはマリアか、それともビーノか?」
ルナルナが大声をあげた。
声は走行音にかき消された。
彼女はランナーの情報パネルを操作して、近接用の通信回路を繋いだ。
「オレだ、ルナリーだ。自警隊、何があった?」
程なくして、通信が帰ってきた。
今どき珍しい程のノイズだらけの音がスピーカーから流れた。
『こんな所にルナリーさんっすか!?』
男性の声だ。素っ頓狂な、ちょっととぼけたような印象を覚えた。
「その声、ビーノだな、緊急出動か? 何があった?」
『定期パトロールチームからの要請っす、例の奴らが仕掛けてきやした』
例の奴ら?
アタシは耳を澄ました。
「くそ、性懲りもねえ連中だな、どの辺りだ?」
『町の北西、約30キロ地点に複数反応があるっす。この感じだと、おそらく相手もセミプレーンっすね』
「北西か、だとすると、またリップロットさんの牧場に突っ込んでくるな。まだ柵だってちゃんと直しきってないのに」
ルナリーは舌打ちして、一瞬だけアタシを振り返った。
何かを言いたげな顔だった。
「・・・町に、戻ってる時間は、無さそうか」
小さく呟く声が聞こえた。
ルナルナは再び通信機にむかって叫んだ。
「白兵用の武器は積んでるか、あったらオレに貸せ、援護する」
『一応は持って来てるっす、ありがてえっ、ルナリーさんが居れば百人力っすね』
重機型プレーンがスピードを落として、徐行モードに変わった。
もう一台は、そのまま走り抜けていった。
コクピットから細身の男、ビーノが身を乗り出した。
昇降用のワイヤーに長い筒状の物体を括りつけて、器用に降ろし始める。
「急いで出てきたもんで、持ち出せたのはこいつだけなんすよね」
言い訳がましく、ビーノは言った。
口元が皺っぽくて、声よりも幾分老けて見えた。
降りてきたのは、弾数一発の使い捨てミサイルランチャーだった。
この形は、記憶に新しい。
紛れもない、昨日アタシを殺しかけた奴だ。
受け取るルナルナを見つめながら、アタシは頭の中で状況を整理した。
まあ。
なんとなく想像はできる。
だが、ここはちゃんと確認すべきところだ。
「ねえルナルナ、一体どういうコト、何が起きてるの?」
アタシは聞いた。
彼女は、少しだけ眉根に、後悔にも似た悲しげな表情を浮かべた。
「説明すると、ちょっと長くなる。・・・簡単に言うなら、この町は狙われてんだよ」
「狙われてる? 誰に?」
「誰ってそりゃ、どこにでもいる悪い連中さ、こういう無法の惑星にはお決まりの、な」
アタシはため息をつきたくなった。
重機型プレーンが再び速度を上げて、ルナルナもアクセルを回した。
走りながら。
「相手は犯罪結社か何か? それとも地元マフィア?」
アタシは更に尋ねた。
昨日懲らしめてやった男達の顔が脳裏に浮かんだ。
追剥、強盗、まあ、ああいう手合いは、それこそ、外宇宙のどこにでもいる。
けど、軍事用セミプレーンなんていう物騒なモノを隠し持っていたあたり、あいつらも何らかの後ろ盾を持っていた可能性はある。
だとすれば、そういう関係の組織がこの近隣に巣食っていると、そういう事だろうか。
「どっちかっていえば後者だな」
彼女は少しだけ思案したのち、答えた。
「いわゆる武装勢力で、ストームヴァイパーと名乗ってる」
「ストームヴァイパー!?」
アタシは鸚鵡返しに言った。
ちょっとだけ声が大きくなった。
ストームヴァイパーか。
ふむ、聞いた事は一度も無い。
だが。
名前だけはそれなりに怖そうだ、・・・それに。
アタシの感性に、ちょっとだけ響くネーミングセンスだ。
「もともとはジャブリール派の過激派崩れらしいけど、今じゃ立派な強盗団さ」
「ジャブリールって、あれね、外宇宙での惑星開発自由化を求めて騒ぐ連中」
「なんだ、詳しいじゃねーか」
「そのくらいは常識よ、漫画でもよく悪者になってるし」
「漫画?」
彼女の声が微かに裏返った。
「そうよ、知らないの?」
「いや、漫画って文化があるのは知ってるさ、けどよ、オレ、そういうの読まないから」
「そうだっけ」
「ツッチーが好きだったのは覚えてるけど、オレはあんまり」
ルナルナは何故か苦笑した。
確かにツッチーは漫画好きだった。
ってーか、アタシのサブカル好きは、彼女の影響なのよね、かなり。
バンドが好きなのだって、もともとはツッチーが聞いていたのを、横で聞いていて好きになったような感じだし。
食べる事、遊ぶ事、人を好きになる事、・・・人生にそういう普通の楽しみ方があるって事を一番よく知っていたのが、ツッチーだった。
一瞬、思考が思い出モードになりかけた。
現実に引き戻したのは、視覚よりも先に鼓膜を揺らした銃声だった。
サイドミラー越しに覗き見た彼女の目が、急に真剣みを増した。
「見えた! ちくしょう、もう始めやがった」
忌々しげに彼女は言葉を吐いた。
荒広と開けた大地の向こうで、火柱が上がった。
視界に機影を捉えた。
サイズからして、敵もセミプレーンのようだ。
少なくとも3機は確認できる。だと、数だけならこっちと同等か。
ただ、小さい機影が数台、周囲を飛び回っていた。
近づくにつれ、状況はさらにはっきりとした。
小さいのは武装をしたホバーマシンで、どうやら敵側の支援機のようだ。
問題はプレーンだ。
3台とも、軍用機だ。アタシが拝借してきたのと同じフロッガーが1台と、同型機に重装甲を施して、更に近接攻撃用ブレードを両手に装着したカスタム機が1台。
もう1台、一見して愚鈍に見えるのは、ちょっと旧型の局地専用機モッドスタイプだ。
モッドスタイプは箱のようなボディに両手両足が不格好について、胸部に埋め込み式の実弾ロケット砲が装備している。
火力特化型の機体だが、反面、ボディに直撃を受ければあっさりと誘爆するので、基本運用ではあまり前面に出ない。
そんな機体を堂々と対プレーン戦に起用してくるあたり、どうやら相手も訓練された部隊というワケではなさそうだ。
実際のところ。
アタシの目からすれば、決してとんでもない戦力というワケではない。
だが、目に映る状況は、明らかにこちら側・・・つまりレバーロック側の劣勢だった。
先行し、単機で迎え撃つ事になったレバーロックの軍用プレーン、コルスロータイプは、三機の敵機に翻弄される形になっていた。
支援型の砲身では、近接した敵に照準を合わせるのは難しいのだ。
それを知ってか知らずか、ヴァイパーのプレーン隊は距離を詰めてきていた。
レバーロック機の動きが止まった。
どうやら、足場を固めて、まずは一機をしっかりと狙うつもりらしい。
だが、この状況でそれは、良くない。
アタシの悪い予感は的中した。
足を止める瞬間を、相手は待っていた。
プレーン隊は散開し、カスタム機が中央に走った。
まずい、あれは囮だ。パイロットは、気付かないのか!?
注意すべきは、プレーンじゃない。
轟音が響き、機体がぐらりと傾いた。
腰部に直撃したのは、ホバーマシンから放たれたハンドミサイルの一撃だった。
おそらく、飛び回る小さい連中には意識を向けていなかったのだろう。予想以上に大きなダメージをくらって、コルスロータイプは片膝をついた。
苦し気に立ち上がろうとして、各関節からスパークが上がっている。
ギクシャクとした動きは、まるで機械仕掛けのおもちゃのようだった。
なんとか転倒せずには済んだものの、そこにカスタム機が接近戦を仕掛けていった。
こちら側のもう二台、重機型プレーンを改造した機体はようやく戦闘区域に達したばかりだった。
ヴァイパーのフロッガーとモッドスタイプが迎撃態勢に移った。
「何て下手くそな戦い方やってんのよ~、ねえルナルナ、もしかして、こっちのパイロットって素人の集まりなの?」
アタシは思わず唸った。
戦力も劣っているのに、それ以上に戦術が悪すぎる。
重機タイプなんて、近接戦闘しかできないんだし、迎撃するなら地形を選ばないと。
こんなだだっ広い所で戦うなんて、自殺行為もいい所だ。
それに、いくら唯一の軍用機だからって、本来支援型の機体を真っ先に前面に出したら、単なる標的にされるってことぐらい、考えればわかると思うんだけど。
「もしかしなくても素人さ」
「やっぱり」
「最初に突っ込んでった奴だけは、一応、傭兵をやっていたって豪語してたけど、ちぇ、口先だけの話かよ」
「どっちにしてもこのままじゃヤバいよ」
アタシにはこの後の展開がもう目に見えていた。
モッドスタイプが良い感じに距離をとっている。
フロッガーが牽制して、二台を引きつけ、そこをロケット弾でボカン。
そうなったら、もはや打つ手なしだ。
「ルナルナ、ミサイル借りるね」
「ラライ、お前!?」
彼女はミラー越しにアタシを見た。
かすかな驚きが見えた。
だけど彼女は、すぐにアタシの言葉の意味を悟った。
素早く、肩にかけたミサイルランチャーをアタシに託してくれた。
一瞬だけ、僅かなアイコンタクトを交わした。
それだけで十分だった。
「悪いな、ラライ、こんな事につき合わせちまって」
「そういう話は後よ、でもねルナルナ」
アタシはゴクリと唾を飲み込んで、それから両膝で彼女のお尻をしっかりとニーグリップした。
ミサイルを肩に担いだ。
思った以上に、いや、正直後悔するほど重かった。
アタシの華奢な肩に、変な痕がつくんじゃないかと不安になった。
「アタシを呼んだのって、もしかして、この為だったんでしょ」
照準器を覗き込みながら、叫んだ。
―助けて欲しい―
あのメッセージの意味ってさ。
きっと、この状況を何とかするため・・・か?
声は、周囲で起こった爆音にかき消された。
遠心力に振り回されて、そのまま落車するかと思った。
アタシ達に気付いた一台のホバーマシンが、こちらに向けてミサイルを撃ってきたのだ。
ルナルナのハンドリングが一瞬でも遅れていたら、それでジエンドになるところだった。
「落ちるなよ、ついでに舌を噛むな」
「わかって、るぁーっ、って、舌噛んだっ!!!」
「だからッ」
次々と迫りくるミサイルの弾幕を、ルナルナは掻い潜った。
ジェットコースターやゴーカートなんてもんじゃない、本当に死と隣り合わせの絶叫マシーンに揺られる気分だ。
神業ともいえるライディングテクニックを発揮して、彼女はそれでも敵プレーンの後方を目指した。
最後には真後ろで起きた大爆発に機体ごと前方に弾かれた。
流石に死んだかと思った。
Mランナーは爆風までも利用して、予期せぬほどの大ジャンプを見せた。
まるで子供向けヒーローが、登場シーンでジャンプするような雰囲気だった。
けど。
本物の爆風は、なんて背中が熱いんだ。
着地する直前。
アタシは、モッドスタイプを照準内におさめた。
一発しかない。
なら、一発で決めてやる。
アタシはミサイルを撃った。
反動は、予想以上に大きかった。
流石のルナルナも、空中姿勢から横に向けて起こった反動には対処しきれなかった。
着地がぶれて、そのまま転倒しそうになった。
それでも、彼女は必死に堪えた。
右へ左へとコントロールを失ったまま揺れる機体の速度を、何とかギリギリまで落としていく。
最後の最後でアタシ達は地面に投げ出されたが、それでも大怪我をするまでに至らなかったのは、ひとえに彼女のテクニックのおかげだった。
ルナルナは苦痛の声をあげたが、その痛みでアタシを恨むことはなかった。
それよりも、彼女の目は、アタシが放った一撃が生んだ光景を凝視していた。
モッドスタイプは、股関節を撃ち抜かれて片足を失い、そのまま横倒しに倒れていった。
倒れた衝撃で、上部にあった操縦席から、パイロットが投げ出されるのが見えた。
あれくらいなら死にはしないだろうけど、全身打撲でもう動けまい。
ふふ、こういう事もあるから、シートベルトは大切なのだ。
「やりぃ、まずは一台撃破っと」
アタシは自分も全身を打って死にそうだったけど、これまでで最高のやせ我慢をして、指先で勝利のサインを作った。
「ラライ、お前って奴は」
ルナルナは呆れた顔に、懐かしい笑みを浮かべた。
「こう見えても、腕は鈍ってないでしょ」
アタシも、もしかしたら少しだけ昔の顔になったかもしれない。
震える足に活を入れた。
よろけながらも何とか立ち上がる。
戦場じゃ、倒れた方が負けだ。
この足で立てる限りは、まだ戦う術があるってものよ。
そんなアタシを見て、ルナルナも歯を食いしばった。
大丈夫、彼女も無事みたいだ。
「!」
爆音がした。
アタシ達は同じ方向に目を向けて、思わず口元を覆った。
こっち側で唯一の軍用機が、炎に包まれていた。
コルスロータイプは、腰部に手痛いダメージをくらいながらも、なんとか立て直して敵のカスタム機と戦っていたはずだが、ここにきて再びミサイルの直撃を受けたらしい。
動作が止まって、脱出しようとパイロットがもがくのが見えた。
軍用機のエンジンなら粒圧式だ。そう簡単に誘爆はしない。
早く脱出して。
アタシはそう思ったが。
絶望はすぐに訪れた。
カスタム機がブレードを振り上げ、コルスロータイプに躍りかかった。
既に決着はついている筈だ。
それ以上、攻める必要なんてない。
パイロットは戦意を失って脱出しようとしている所なのに。
そいつは、追撃を止めなかった。
ブレードがコクピットを叩き割り、パイロットごと機体を切り裂いていくのを、アタシはスローモーションのように見た。
「ああっ、くそっ!!」
ルナルナが握り拳を作った。
アタシも唇をかんだ。
少しだけ、思考が止まった。
あのカスタム機・・・。
人を、殺しやがった。
アタシの目の前で。
それも。
抵抗できなくなった人間を。
・・・。
・・・・・。
・・・・・・・・。
アタシの中で、何かが音を立てて切れた。
状況は、レバーロック側にとって、明らかに劣勢となっていた。
互いに一台ずつ倒したとはいえ、敵は一番弱い機体を、こっちは一番強い機体を失ったのだ。
それに、やぶ蚊のように目障りな小型機の連中も飛び回っている。
アタシは腰に手をかけてみたが、やっぱり銃は持って来ていなかった。
ったく、肝心な時にいつも忘れてくるんだから。
アタシの役立たず。
「ルナルナ、銃は持ってる?」
「ある。けどな、自分の分しかない」
ま、でしょうね。
アタシは周囲を見回して、それから覚悟を決めた。
「ルナルナ、援護して、アタシ走るっ!」
「え、走るって、どこへ!」
「決まってんじゃない」
アタシは、それをじっと見つめた。
喉が強烈に乾いて、久し振りに全身をアドレナリンが駆け抜けた。




