シーン11 女同士も悪くない
アタシは彼女が差し出した半ヘルを受け取った。
タンデムシートに座り、まじまじと茶色の帽体に視線を落とす。
革張りの角ばったフォルムは、見るからに一般的な乗用品とは異なっていた。
結構、年代ものね。
側面の師団マークからすると、レオニス星の戦役で第7地上勢力の戦車部隊が使っていたヘルメットだろう。
何度か地方星域のバザーで見かけた事があるが、骨董品としては中途半端で、意外と安価で出回っていたのを思い出した。
「その髪、結構気にしてるだろ。前より綺麗になったみたいだな」
「綺麗になった? そんなあ、アタシそんなに変わったかな」
アタシはあごひもを締めながら照れ笑いした。
「変わったっていうか、艶っぽくなった。ああ、その髪のコトな」
彼女は自分の髪を一本結いにまとめて、それからゴーグルをかけた。
「む、髪だけの話?」
「まあ、雰囲気も変わった、なんて言えばいいか、・・・そう、女らしくなったよ」
サイドミラー越しに、彼女の口元が悪戯っぽく笑うのが見えた。
「ほら、しっかりニーグリップしなよ。んじゃま、出発と」
アタシの答えなんか、待つつもりもなく、彼女はアクセルを開けた。
モーター音が心地よく高まって、Ⅿランナーが静かに加速を始める。
レトロちっくなメーターの針がガンガン跳ねて、メインストレートに溜まった砂塵が左右に舞いあがった。
「どこに連れてってくれるの?」
「着いてからのお楽しみさ」
彼女はそれだけ言って、機体を倒し込んだ。
綺麗にカーブを曲がって、郊外の方向へと走る。
遠くにエルドナ山が見えた。
「あそこにも人の住む場所があるんだ。鉱山があってね、鉱夫達のねぐらさ」
「みたいだね、人の往来もあるんでしょ」
「ある。・・・っていうか、実際には、そのおかげでレバーロックの町も成り立ってる。まあ、どっちが欠けてもうまくはいかねえだろうから、お互い様だけどな」
彼女は微かに首を曲げて、山の方角を見た。
どうやら、鉱山に向かうわけでは無さそうだった。
「どんな資源が採れるの?」
「幾つかある」
答えて、彼女は少しだけ声のトーンを落とした。
「地下に自然の空洞が幾つもあってさ、それを形作る岩盤の中からセイム鉱石が出るんだ。だけど、そのさらに下の層から、最近になってケルベルス鋼が見つかってね。・・・最近は、どっちかっていえばそっちの方が目的だな」
「ケルベルス鋼か、そりゃあ目の色が変わるね」
アタシは少しだけ納得がいった。
ルナルナが話した物質については、どちらも知識があった。
まず、セイム鉱石というのは、高エネルギー結晶体の一つで、内燃式無圧動力機の起動剤として用いられていたものだ。
少量で非常に効率の高いエネルギー放出が可能ということで、以前は様々な用途で使用されていた。ある意味では、一つの時代を築いた物質ともいえる。
だが、今ではあまり重要視されていない。
原因は、半永久機関にも近い、異形粒子圧縮式エンジンの登場があったからだ。
活躍の場が減少したセイム鉱石は、それを使用せざるを得ない外宇宙の一部地域を除いては、けっして価値の高いものではなくなってしまった。
だが、ケルベルス鋼となると話は別だ。
精錬性がおそろしく悪いのが難点だが、その過程さえ乗り越えれば、とても軽く頑丈な素材へと生まれ変わる。
用いられるのは主に、大気圏突入を必要とする宇宙船。または、軍艦だ。
産出量にもよるだろうけど、安定した資源が見込めれば、この星にとっても、かなりの繁栄をもたらす宝の山になるかもしれない。
「じゃあ、将来が楽しみってコトね」
「どうだか、今のところは、うまい汁は全部ブルズシティに持っていかれてるからな」
「え、何でそうなるの?」
「高く売れるのは、加工が出来て初めてって事さ。それと、組織的な買い手が確保できなきゃなんともならない。ただの原料じゃ、個人業者に言い値で叩かれるのがオチでね」
「そんなあ、それってちょっとヒドくない!」
「誰だってそう思ってるさ、だけど現実にそうなんだ。・・・それに、こんな無法地帯の中じゃ、ブルズシティの後ろ盾があるってのは大きい。・・・ここでの暮らしを維持していくには、それなりに強い奴に頼ることも必要だ」
後ろ盾・・・か。
だけど、それって、どの位、信用が出来るものなんだろう。
「でも、ルナルナは、それだけじゃあ、不安なんでしょ」
アタシの言葉に、彼女の肩が、ピクリと震えた。
どうやら、図星だったようだ。
「なんで、そう思う?」
「だって・・・」
アタシを呼んだから。
言葉には出さずに、エルドナ山の稜線を見つめた。
ルナルナは少しだけ無言になった。
微かにMランナーの速度が上がった。
道なき道は、長い上り坂になっている。丘陵をこえると、一気に景色が変わった。
一面に緑の空間が広がった。
アタシの腰くらいの高さに育ったサボテンに似た植物が、明らかに等間隔に植えられ、太陽の光を一身に受けて、みずみずしい色を浮かべていた。
「これは、なんの植物?」
「カルツ草だよ。で、あそこに見えるのがマルティエの研究所兼、カルツ酒の醸造所だ」
「お酒かあ、でも、アタシ、アルコールは駄目なんだけど」
「一見の価値はあるぜ、それにさ、お前に醸造前のゆでたカルツを食わせたくてな。すげえ甘いんだ、天然のお菓子と言ってもいい」
「マジ!?」
「こんな事でウソをついてどうするよ」
アタシは大喜びして、彼女にもっとスピードを出してと訴えた。
ランナーはカルツ草の畑の中を、猛スピードで駆け抜けて、マルティエの醸造所へと真っ直ぐに向かった。
畑や醸造所では、全部で10人位の従業員が働いていた。
ルナルナとは全員が顔見知りらしく、手を振ったり、声をかけてきたりと随分と親しげな様子だった。
どうやら彼女は、この一帯ではアイドル並みの人気があるようだ。
最後には、醸造所の主マルティエまでもが、いかめしい顔つきのまま、わざわざ研究所の外まで姿を見せた。
「こっちは仕事中なんだ、言っておくが、もてなしなんか出来ないぞ」
彼はそう言いながらも、まだ10代に見える若いスタッフに声をかけて、敷地内を案内するようにと指示を出した。
結局、醸造所には、半日近く滞在することになった。
マルティエの言葉とは裏腹に、スタッフ達は手厚くアタシをもてなしてくれて、ちょっとだけ自分がここのVIPにでもなったような気分になった。
理由は、やはりルナルナだった。
彼女は、この醸造所にとっての恩人なのだと、少し年長に見えるベテランのスタッフが、しみじみとした様子で語ってくれた。
カルツ草を栽培するのは、実は非常に難しい事業だった。
この星に夢を追い求めたのは、今は亡き、マルティエの父親だった。
自生種の中から、気候に左右されにくい品種を選別するところから始まり、栽培法の確立と、飲用に耐える良質なアルコールを生み出すまで、十年を超える年月を要したという。
ようやく、納得できるだけの製品ができたのは4年前。
だがその頃には先代は故人となっており、初期のスタッフは半数以上が他の星に去ってしまった後だった。
そこからがまた、非常に苦しい時期だった。
製品がようやく完成しても、それを売るための手法が確立できなかったのだ。
出荷先が見つからない。
いかにいい酒が出来たとしても、それを資金に変える事が出来なければ、事業としては継続する事が出来ない
先代が遺した資金も尽きて、醸造所は、いよいよ経営の危機に追い込まれた。
そんな中、窮地を救ったのが、ルナルナだった。
正確には、彼女の店だ。
ルナルナは2年前、酒場を開くにあたり、店の名物として、カルツ酒に目をつけた。
ここでしか飲めない酒と料理、そして、美人のマスターは、開かれたばかりの鉱山の男達を引き寄せた。
度数の高いカルツ酒は、荒くれた男達に受け入れられ、半年もたたないうちに、レバーロックに名酒ありという噂が広まった。
事業存続を決定的にしたのは、ブルズシティへの出荷ルートが出来た事だった。
レバーロックを訪れた業者が、ブルズシティの管理局へと新しい名産品の話を持ち込み、ついには宇宙港併設のショッピングセンターで、販売が許可されることになったのだ。
「これで、エレスの宇宙圏内へ輸出できるようになれば、いよいよ最高なんだがね」
ベテランのスタッフはそう言って、感慨深げに、手にしたボトルのラベルを眺めた。
話を聞いて、アタシは醸造所の人たちがルナルナを歓迎するのも当然だと納得した。
隣で、当の本人は、まるで誰かの話を聞いているかのように、素知らぬ顔で澄ましていた。
お昼ごろには、アタシはすっかりカルツ酒のマイスターになった気分になり、思わず自分では飲みもしないボトルを、二本も購入してしまった。
きっとキャプテンも喜ぶだろうし、昨夜の様子だと、バロンも気に入ったみたいだったから、いいお土産になるに違いない。
アタシは彼らの喜ぶ顔を思い浮かべて、なんだか気分が良くなった。
ちなみに。
ゆでたカルツ草は、大変美味しかった。
皮の部分は固くて食用には適さないものの、中の液体部分が過熱するとゼリー状になって固まる。それが、何とも言えない芳醇な匂いを醸し出すのだ。
あとはもう、そのまま熱いうちにバナナのように食べる。
サッパリとした爽やかな甘みと、プルッという何とも言えない食感は、これまでに食べたどんな食べ物とも違って、とても新鮮だった。
「日持ちがしないからな、ここ以外じゃ食べられないんだぜ」
ルナルナはまるで自分の手柄のように得意げに言った。
「そのくせ、カロリーも少なくて、繊維質も多い。ほら、夢みたいな話だろ」
それは素晴らしい、夢なんてもんじゃないです。
ただでさえ甘いもの好きなのに、食べても罪悪感も無いなんて、最高すぎる。
気がつけば一人で三皿も平らげて、ルナルナはもちろん、スタッフ達も目を丸くしていた。
カルツ草の食べ過ぎでお腹も満ちた。
アタシ達は彼らにお礼を言ってから、また別の場所に向かうことにした。
ルナルナは、今度は街の反対側を目指した。
リップロットの牧場と似たような柵が見えた。
ただ、違っていたのは柵のつくりはもっと立派で、高さがあり、簡単には中の様子が見えないようになっていた。
小さな門の所には、小さな日よけのパラソルが置かれ、退屈そうに二人の男が座っていた。
一応、武器らしきものを背負っている所を見ると、どうやら警護をしているようだった。
「ここは?」
ルナルナがMランナーを停車したので、アタシは訊ねた。
「レバーロックの、もう一つの恵みさ」
意味ありげに言って、彼女はアタシの手を引いた。
警護の男がアタシ達に気付いて腰を上げた。
すぐにルナルナだと気付いて、ほっとしたように破顔した。
「珍しいなルナリー、おや、そっちの娘さんは?」
男の目がアタシに向いた。
「こいつか、へへっ、オレの彼女だよ」
「えっ」
ルナルナは子供のように楽しげな顔をした。
「もったいねえ、女同士でデートか」
男はルナルナの冗談を本気にする様子もなく、軽く流して、アタシ達を通してくれた。
もう、ルナルナったら、いきなりなんてこと言うのよ。
アタシの視線に気づいて、ルナルナは小さくウィンクをしてみせた。
まあ。
まんざら悪い気はしないけど。
むしろ、冗談だとは分かっていても、ルナルナぐらいの美人にそういうコトを言われるのって、光栄なのかもしれないが。
それはともかく。
ルナルナに案内された空間に足を踏み入れて、アタシは口をあんぐりと開けた。
見たことも無い光景が広がっていた。
ごつごつとした岩がむき出しになった地面に、幾つもの穴が開いて、そこに満々と満ちているのは、天然の水だ。
穴の大きさも様々で、小さいのは数10センチ、一番大きいのは、直径で100メートル以上はあるだろう。
アタシは水面を覗き込んで、その透明度に息を飲んだ。
「間違っても落ちるなよ、浅いように見えるだろ、でも、実際にはかなり深いからな」
言われて、足が竦んだ。
自慢じゃないが、アタシは泳げないのだ。
もしこんな穴に落ちたら、絶対に生きて帰れない。
「レバーロック・・・あの宇宙船の残骸がもたらしてくれたエネルギーと、この豊富な湧き水のおかげで、ここに町を作ることが出来た。オレたちがこうして生きていられるのは、こいつのおかげさ」
自然の恵みってやつか、それにしても、これは本当に大地の宝なのかもしれない。
「ちょっと言葉を無くしちゃうわね、この水って、どこから来ているのかな。ここの気候だと、雨なんてあんまり降らないんでしょ」
「ああ、だけど、こいつが枯れたことは無い。聞いた話じゃ、ここから地下洞があのエルドナ山の下まで繋がっているみたいで、そっちから来る水だってよ」
アタシは遠くに霞む岩山を見た。
距離にして、どのくらい離れているんだろう。
周りに建物が無いから、目測では測りにくいが、それでもかなりの標高に見える。
もしかしたらあの周辺では、多少雨量があるのかもしれない。
アタシは、汲みたての新鮮な水を飲ませてもらった。
ミネラル分を多く含んだ美味しさはもちろんだが、その冷たさに驚いた。
これは、町の人たちが厳重にここを守るのも、うなずけるというものだった。
「さてと、オレが紹介できるのはこんな所かな、他に行ってみたいところあるか?」
ランナーのところまで戻ると、ルナルナはアタシに訊いてきた。
そう言われても。
他にどんな場所があるかもわからないし、それに、この町の素晴らしさは、充分に理解できた・・・ような気がする。
アタシは少し考えて、ふと、思いついた。
「ねえルナルナ、もう一回レバーロックに行きたいな。あの宇宙船、もっとよく見てみたいの」
アタシの答えに、ルナルナはやっぱりという顔になった。
「相変わらずだな、機械とか兵器とか、昔から大好きだったもんな」
「こればっかりは変わらないわよ、もう少しだけ調べてみたいの、どこの、なんていう船だったのか。・・・だって、ちょっと軍艦っぽいし」
「いいよ、行こう」
ルナルナはランナーを走らせた。
「町に動力を引いた時に、アブラムの親方が大分調べたそうだから、もし聞きたいことが出てきたら、親方を訪ねると良い」
「昨日店に来ていた人だよね、毎日来るの?」
「いや、毎日とまではいかないが、ちょいちょい顔は出してくれるぜ」
そんな話をしているうちに、レバーロックの赤い巨大なシルエットが見えてきた。
もうすぐ町に入ろうかという時だった。
アタシ達は、前方から砂煙をあげて、何かが迫ってくるのに気付いた。
あれは、昨日格納庫で見た、ダイヤ重工製のセミプレーン、コルスロータイプだ。
遠距離支援型らしく、左肩に長い砲身をつけたシルエットは、遠目にもそれと分かる。
「おかしいな、何か起きたのか?」
ルナルナが口早に呟いた。
ランナーのスピードがぐんと上がって、アタシは一瞬、反動で後ろにずり落ちそうになった。




