シーン10 レバーロックは良いところ
彼女はそれきり口をつぐんだ。
彼女が自分から何も言いださないうちは、それ以上、話を聞き出そうとは思わなかった。
これでも、アタシだって空気くらいは読む。
彼女だって、自分があのメッセージデータで何を言ったかくらいは覚えているだろう。
それでも、その事に触れてこないってコトは、彼女にも、何か考えがあるのに違いない。
ともかくだ。
長距離移動もあって、アタシも大分、疲れがたまっている。
今夜の所は、ゆっくりと休ませてもらって、話の続きは明日にしよう。
アタシはティーのお礼を言って、彼女におやすみを言った。
だが。
階段を登りかけたところで、アタシは大きな問題を思い出した。
そういえば。
酔いつぶれたバロンを二階へ運んだ時、つい、ベッドの上に寝せてしまった。
ってコトは、アタシってば、どこで寝ればいいの?
まさか彼の寝ているベッドにもぐりこむなんて・・・ちょっとそれは恥ずかしいし。もしそんな事をして、目を覚ました彼に襲われたらどうしよう。
彼に限ってそんなコトはしないとは思うけど、一応キスまで進んでいる相手が同じベッドに入ってきた、なんてことになったら、彼の理性だって吹っ飛んでしまってもおかしくない。
かといって、床の上で寝るなんて、いくらなんでもあんまりだしなー。
アタシは真っ暗な階段の途中で、途方にくれた。
うーん。
もう、ここは覚悟を決めるしかないか。
だけど、ああ、なんかドキドキする。
「どうした、さっきから、そんな所で足踏みして? 運動か?」
突然、階下から、ルナルナが声をかけてきた。
どうやら、カウンターの所から、アタシの事は丸見えだったようだ。
「実は・・・ね」
アタシは困り顔で笑った。
話を聞いて、彼女はきょとんとした顔になった。
「え、じゃあラライ、お前って、あのバロンって人とは、まだつき合ってねーの? だって、さっきキスしてたよな」
「それはそうなんだけど、・・・まだ、そこまでの関係っていうか、とにかく、ルナルナにはわからないかもしれないけど、色々と中途半端なの!」
「はー。なんかよくわかんないけど。キスはするけど、恋人じゃない、なんてねえ。・・・じゃ、何? お前達、・・・アレとかもまだなの?」
「ば・・バカっ。あるわけないでしょ、アタシがそんなに軽い女に見える?」
「まあ、確かに、そういうタイプじゃないよな」
ルナルナは言ってから、不思議と納得した顔になった。
ふーんと、何やら考える仕草をして腕組みをする。
それから少しだけ楽しそうに目を細めた。
あの表情は。
確か、何かを企んだ時の顔だな。
「よし、そういう事なら今夜はオレと一緒に寝ようぜ」
ルナルナは、なんだかやけに嬉しそうな声で言った。
「えっ、ルナルナと? ベッド余分にあるの?」
アタシは意表を突く提案に、声がわずかに上ずった。
「まさか、シングル一つさ。でも、別にオレとなら一緒に寝たって平気だろ」
彼女はアタシの手を取った。
思った以上に柔らかくて温かい手のひらの感触だ、
そういえば、ここ最近、バロン以外の人の手に触れたのは久しぶりな気がするな。
これって、案外、不思議な感覚だ。
「まあ、ルナルナが嫌じゃないなら」
アタシは断る事も出来なくなって、そう答えた。
そうと決まれば、彼女は強引だった。
カウンターの奥から地下に続く階段を降りて、きっと滅多に他人を招き入れる事のないであろう、彼女だけの空間に、アタシは足を踏み入れた。
地下には小さな食品庫があって、その隣に、ささやかな私室があった。
ベッドにクローゼットが一つ、それに数冊の本が置かれたデスクだけの、簡素な空間だ。女性らしい飾り気はないが、不思議と温かみを感じて、アタシは一発でその部屋が好きになった。
彼女はデスクチェアーからクッションを外して二つ折りにし、簡単な枕を作った。
「さて、と、これで良いかな」
ベッドサイドの小さなランプが灯った。
二人でベッドにもぐりこみ、一枚のシーツを被る。
思った以上に彼女の顔が近くにあって、長いまつげがハッキリと見えた。
花のような、清潔感のある匂いがした。
「なんだか、ちょっと照れるね、こういうコトするの初めてだから」
アタシは彼女の視線が、なんだか恥ずかしくなった。
やだ。
顔が火照って熱くなってきた、もしかして、顔、赤くなってるかも。
暗いし、きっとわからないと思うけど。
「オレも初めてだ」
ルナルナはニコッと笑った。
いつも大人びて見える顔が、急に可愛らしく見えた。
「だけど少しだけ憧れてたんだよな、こうやって、ダチと二人で、パジャマでガールズトークするのって。・・・蒼翼だった頃は、考えもしなかったけど」
「そうね、せっかく女5人も揃って、浮いた話の一つも無かったもんね」
「あの見境のない、ベルニアっ娘以外はな」
「ロアは・・・まあ、そういう子だから」
ルナルナがあまりに楽しそうなので、アタシまで楽しくなってきてしまった。
なんだかテンションがどんどん上がって、二人で色々な話をした。
リンに彼氏ができた事、とか。
ツッチーの笑えるほど最悪だった男運は良くなったんだろうか、とか。
昔戦った悪党のジャンゴ・ディンゴと、何の因果か同じ船に乗ったりしたコトとか。
そんでもって。
最後には結局、アタシとバロンの関係の話になった。
どうして知り合ったのか、から始まって、はじめてのキスまで、もう根掘り葉掘り。
あんまりアタシの事ばかり聞かれるので、アタシはタイミングを見て逆襲をした。
「じゃあ、そういうルナルナはどうなの? 浮いた話の一つくらいあるんでしょ」
「ああ、オレ? あるわけねーよ」
「ウソだね。だって、前より女っぽい顔になってるもん」
「え・・・マジ?」
彼女は、ちょっとだけうろたえた。
ふふ、もしかして、図星だった?
だが、彼女はすぐにいつものように余裕たっぷりの表情に戻った。
「オレに男なんて寄り付かねえよ。だいたいさ、みんなしてオレの事、おっかない女って思っているんだぜ。こっちがちょっと良い男だな、って思っても、みんな勝手に怖がりやがって。誰一人口説きになんか来てくれねーもん」
彼女はそういって、それもまた楽しそうに笑い飛ばした。
結局。
話は尽きなくなって、とんでもない夜更かしをして、アタシ達は朝を迎えた。
アタシが目を覚ました時、隣にはもうルナルナは居なくなっていた。
階段を登って、酒場に出ると、食欲をそそる良い匂いが漂った。
これは、パンの焼ける匂いだ。
「おはよう、まだ寝てていいのに、起こしちまったか?」
彼女が顔を出した。
「ううん、勝手に起きたの。昨夜はありがとね、ちょっと上で着替えてくる」
階段を上がって、自分の部屋の扉を開けた。
まだ雨戸が閉まったままで、中は薄暗かった。
バロンがうーんと唸っている声が聞こえた。
まったく、お酒弱いくせに、すぐに飲みすぎるんだから。
出会ってから、何度かこういう姿を見たけど、ぜんぜん成長しないのね。
困ったやつだ。
アタシは彼が目を覚まさないのを見てとると、すみっこの方でこっそりと着替えを済ませた。
それから彼の耳元で。
「バロンさん、アタシ下に行ってるけど、もう少し寝てるよね?」
ダメもとで囁くと、彼はもう一度うーんと唸った。
目が半開きになった。
「あっしは、もう飲めないでやんす~、勘弁するでやんす~」
言ったかと思うと、またすぐに鼾をかき始める。
ああ、これは昼までダウンだな。
アタシは彼の頬をつねった。
もう、誰も飲めなんて言ってないわよ。
まったく頼りにならないボディガードめ。
仕方なく彼にシーツをかけてあげて、一人で階下に戻る。
ルナルナはアタシの表情を見て、あらら、という顔で肩を竦めた。
「彼氏はダウンみたいだね。だったらさ、今日はオレがレバーロックを案内してやるよ、時間はあるんだろ」
彼女はアタシにとびきりの朝食プレートを差し出して、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
ふむ。
それはなかなか興味深い。
アタシにその申し出を断る理由は無かった。
「これでなかなか良い所なんだぜ。朝食が済んだら、外のベンチで待っててくれ、ランナーを用意してくるからよ」
ルナルナはそう言って、慌ただしく身支度をして飛び出していった。
朝食も最高に美味しかった。
パンに塗られたバターのコクが素晴らしくって、それとコーン入りのスープが最高にマッチしていた。
ついでに言えば、サラダに添えられていた赤い果物が、生まれて初めての味だった。
さっぱりとしているくせにほのかな甘みがあって、これは良い。
あとで何という果実か、聞いておかなければなるまい。
食器を自動洗浄機のスロットに押し込んで、アタシは外に出た。
まだルナルナの姿は見えなかった。
ストリートを挟んだ向かい側に、昨日乗ってきたのと同じようなホバートラックが二台止まっているのが見えた。
どうやら、この星ではランナーよりも、ホバートラックの方がメジャーな乗り物のようだ。
トラックには人が何人も並んで、やはり荷台に乗ろうとしている所だった。
アタシはその列の中に、ミュズの姿を見つけた。
思わず駆け寄った。
「ああ、ラライさん、昨日はお世話になったわねえ」
ミュズはアタシに気付いて、穏やかな笑みを浮かべた。
「ミュズさん、昨日着いたばかりなのに、もうどこかへ行くんですか?」
「それがねえ」
ミュズはトラックの準備を待ちながら、少しだけ表情を曇らせた。
「昨夜、酒場で色んな人に話を聞いてみたんだけど、あたしの息子はどうもこの町にはいないみたいでねえ、なんでも、エルドナ山の鉱山の所に、こことは別の町があるらしくて、どうもそこに居るみたいなのよ」
彼女はこのトラックが、そのコミュニティに向かう便だという事を教えてくれた。
鉱夫には、エルドナのコミュニティに本拠地を置く者と、このレバーロックに居住のベースを置いて暮らす者とが居て、こちらに住んでいる人達は、交代制で、こうして週に一度鉱山に向かうのだという話だった。
ちなみにエルドナのコミュニティは、この辺ではレバーロックに次ぐ規模があって、独自の自治組織が存在し、それなりの自警力を持った勢力になっているという。
今日の夕方には、向こうで働いていた人たちが、掘り当てた鉱石と一緒に町に戻り、また一週間後には交代が行われる。
「とりあえず、向こうを訪ねてみることにしたの。幸い、今日が移動日だっていうし」
「そうなんだ。息子さんに会えると良いですね」
「ええ、本当にありがとう」
ミュズはぺこりと頭を下げた。
ランナーの走る音がして、ルナルナの姿が見えた。
アタシはお別れもそこそこに彼女の所に戻った。
一瞬、見知った顔があったような気がして振り返った。
トラックに並んだ男達の中に、昨日一緒に町にきて、すぐに姿をくらませたウォルターという若い男が混じっていた。
あいつ。
鉱山で働く気か・・・。
なんだか、胡散臭い奴だな。
アタシは直感的にそう思った。




