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シーン0 プロローグ ルナルナ

この作品を見つけていただいて、ありがとうございます。

本日より毎日更新いたします。

全70回と、やや長丁場ではありますが、ぜひ最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

ブックマーク、評価、感想など、お待ちしています。

よろしくお願いいたします。



 小さな爆発が、硬質ガラス越しの宇宙に咲いた。

 漆黒の闇の中で、それはあまりにも凄惨な花火だった。

 轟音も、そこで失われたであろう人々の悲鳴すらも、全ての音は虚空へと吸い込まれて消える。かわりに、小さな電子音が鼓膜を叩いて、さっきからアタシの気分を苛立たせていた。


 不快な程に一定のリズム。

 目の前に、小さな弁当箱ほどの機械があった。

 なんてコトはない、ただの時限式爆弾だ。

 表面では赤色の文字が、信じられないほどの速さでカウントダウンを刻んでいる。


 残り、12分。


 それが簡単に言えば、アタシの人生の残り時間だ。

 もう少し正確に言うなら。

 アタシと「彼女」に、同時に残された時間。


 無機質な部屋。ここは、廃棄された宇宙船の一室だった。

 アタシは為すすべもなくその場に佇んでいた。


 何でって?


 それほど難しい話じゃない。

 ここにあるのは、あと10分ちょっとで、この部屋ごとアタシ達をバラバラにしてしまう、紛れもない爆発物が一つ。

 そして、アタシには、もはやこの船から脱出する手段が残されていない。

 ただ、それだけの事だ。


 つまり。

 アタシはドジった。


 犯罪組織と戦うってコトは、危険とは常に隣り合わせ。ちょっとした悪手を選んだが最後、一巻の終わりとなる。

 まあ、今回の相手は、それでも少しは慈悲があったと見える。

その気になればアタシの事を撃ち殺せたはずなのに、ご丁寧にも、死に怯える時間を残してくれた。


 正直言って。

 ありがたくもなんともないけれど、ね。


 すぐ側で、女の呻く声がした。

 これは「彼女」の声だ。


「彼女」・・・。


 そう、この状況にアタシを追い込んだ張本人にして、目下のところアタシの敵。

 それも。

 今までの記憶の中でも、一番の強敵だった。


 舐めてかかったわけじゃない。

 だけど、彼女の策略は見事だった。

 幾重にも仕掛けられたトラップもさることながら、その意地の悪さはアタシの相棒「リン」の上をいっている。


 そしてもう一つ。

 アタシは生粋のパイロットであって、肉弾戦や白兵戦、もしくはそれに準じた戦場では、笑えるほどに役に立たない。


 気付いたら蜘蛛の巣にかかっていた。

 もがいても、もがいても、抜け出せない怖ろしい罠。

 あえなく、アタシは「彼女」の手中に墜ちた。


 彼女の肩書は、えーとなんだっけ。

 もと革命戦士? テロリスト? まあ、そんなコトはどうでもいいか。

 ともかく彼女は組織の依頼でアタシを狙ってきて、どうしようもない所までアタシを追い詰めてくれた。


 最悪の事態は、すぐそこに迫っていた。

 このまま組織に引き渡されれば、アタシはきっと、女として最悪の辱めを受けて、それから惨たらしく殺される。

 おそらくはその死に様までもが、全宇宙への見せしめに晒されるだろう。

 そこまで覚悟した。


 もちろん、そんな事になるくらいなら、いっそのこと自ら死を選んだかもしれない。

 だが、状況は急変した。

 アタシをあと一歩まで追い込みながら、「彼女」はあっさりと裏切られた。


 詳しい事情なんて知らない。

 だけど、アタシにとっては九死に一生。

 どうやら、彼女の存在もまた、組織にとっては疎しいものだったようだ。


 部下だった筈の男が、彼女を撃った。

 彼女は両手両足を撃たれて、その場に倒れた。


 彼女がそのまま殺されなかったのには、理由があった。

 彼女は自分に生命センサーを装着して、この船の中枢に仕掛けた起爆装置とリンクさせていた。彼女が死ねば、船は爆発し、乗員全てが宇宙の藻屑となる。

 そう、アタシをも悩ませた、彼女の切り札だった。


 裏切った男達はそれを知っていて、彼女にとどめを刺さなかった。

 かわりに、目の前に時限爆弾をセットして、自分たちは薄情にも逃げ出してしまった。

 そしてこの船には、アタシと彼女、二人だけが残された。


 と、これが今までのいきさつだ。


 アタシは窓の外を見つめて、先程見えた爆発に思いを寄せた。


「あれってさー。連中が逃げた脱出シャトルだよね」

 呟いた言葉は、思った以上に大きな声になった。


「まったく、ぞっとするくらい抜け目のない人だよね。もしかしてさ、裏切られるのも、予測済みだった?」

 声をかけたつもりではなかったが、結果的にそんな話口調になってしまった。


「さあ」

 期待もしていなかった返事が、思いもかけず返ってきた。

 アタシは彼女に顔を向けた。


「さあってコト、無いでしょ。あれじゃあ、貴女の部下、全部死んじゃったんじゃない」

 アタシは肩をすくめて、男たちの末路に思いをはせた。

 とはいえ、このままだと、10分後には自分たちも同じ運命なのだが。


「部下なんて知らないな。生憎、オレは、誰の事も信用なんてしていないから」

 渇いた声だった。

 もともとハスキーな声が、痛みのせいか更に掠れてしまっている。


「裏切られるのはわかってた。ただ、こうもあっさり手のひらを返されるとはね。···ちぇ、オレもついにヤキが回っちまったか」

 彼女はそう言って、体を少し震わせた。

 言葉遣いとは裏腹な、どこか涼やかさを感じさせる美貌に、凄惨な微笑が浮かんだ。

 それから、少しだけ体を捻って、苦しげに呻いた。


「爆弾の、残り時間は見えるか?」

 彼女が聞いてきた。


「10分50秒。こりゃあ、年貢の納め時かな」

 アタシは答えた。

 彼女の位置からは、爆弾は見えていない。

 何とか逃げようにも、この船にはもう脱出ポッドも残ってはいないし、船そのものの機関部も破壊されていた。

 そうこう話しているうちにも、時間はどんどんと減っていた。


「まだ、10分あるな、なら、まだ希望はあるか」

「何か、方法があるの?」

「お前次第、・・・という所かな? ふふ、ライ、お前に、このオレを信用するだけの器量はあるか? お前の事を、何度も殺そうとした。このオレを」


 信用か。

 アタシは少しだけ戸惑った。

 彼女は疑いもなく敵だ。だが、憎むべき相手というワケでもない。

 信用出来るなんて断言はできないけれど、生き残る可能性があるのなら、試してみるだけの価値はある。


「アタシだって死にたくはないしね。・・・出来ることは協力するわ、・・・で、何をすればいいの?」

「何も難しい事じゃない。ただ、その爆弾を解体するだけの話だ」

「解体!? ちょっと待って、そんなのやったことないわよ?」

「いま、教えてやる」

「そんな、無茶苦茶な!?」

「それ以外に方法があるか? あるなら聞かせてくれ」

「う・・・」


 アタシは口ごもった。

 方法なんて、あるわけがない。

 彼女は目を細めた。


「俺の胸ポケットに、簡易ツールが入ってる。それを使え。ライ、お前はオレの目と腕になるんだよ」


 そう言って、彼女はアタシを見つめた。


 もはや迷っている暇はなかった。

 アタシは彼女の懐からツールを取り出して、弁当箱に向き直った。


「形を正確に伝えてくれ? 大きさや、パネルの位置、それに、露出した部分があるかどうか」

「えーと、銀色の立方体で、手のひら二つ分の大きさ、右上手前に赤い文字版が浮いてる。左手前に黒いつまみ、あと、その横にピンが刺さってたような穴が二つ」


 ぷっと、彼女が笑った。

 こんな状況で笑うなんて、何がおかしいの?

 アタシが振り向くと、彼女は口元を歪めた。


「このオレを殺すのに、既製品を使うなんてな。どれだけオレの事を馬鹿にしているんだか」

「既製品?」

「その形は、アストラル製のQPRF-25型だ。通称ランチボックス。大丈夫、それなら5分で解除してみせるぜ」

「本当に!」

「嘘をついてどうなる、時間がねえ。その穴の手前の方にツールを差し込んで。一センチくらいで当たるようなら3回、奥を2回押せ。もし3センチくらい入るようなら手前を1回、奥を4回だ」


 彼女の言う通りにツールを刺して確認した。すぐに何かに当たったので、その通りにやってみると、音を立ててケースが浮いた。


「慎重に蓋を開けて、そこに電子ロックがあるはずだ。法則を教える」


 彼女からは見えてもいない筈なのに、指示は驚くほどに正確だった。

 どんどん少なくなる数字に焦りながら、作業を進める。

 部品が次々に外れ、最後に小さなピンが二つ表れた。

 赤と青のピン。

 見るからに、嫌な予感がした。


 数字が60秒を切った


「これは?」

 アタシは訊ねた。


「最後の選択ってやつだ、どちらかのピンを抜けば、起爆装置が沈黙する。だが、間違えたら、即ドカンだ」

「で、どっち・・・?」

「それがな、そいつばかりは、セットした人間にしかわからないんだよ」

「え・・・」


 40秒。

 無情にも時間は止まらなかった。


「ここまできて、そんなあ・・・」

 アタシは絶望して、ピンを見つめた。


「ねえ、どっちを選べばいい?」

「少し待て、今、考えてる」


 30秒。

 ああ、もう時間がない。

 アタシは焦った。


「時間がないよ。勘で良い? アタシこっちだと思うんだけど」

 返事はなかった。

 彼女は、額に深い皺を寄せて、答えを求めているようだった。 


 女は度胸だ。

 もう、やるしかない。


 20秒。


 アタシはそっと指を伸ばして、青のピンに触れた。

 だけど・・・。

 本当に、これで良いのか。

 本当に・・・。


 10秒。


 指がつまみに触れたまま、小刻みに震えだした。

 やだな、なんだか力が入らないし、余計な所まで触っちゃいそう。


 8・7・6・5・4・3・・


「赤だ! 赤を抜け!!」


 1!


 アタシは赤を引き抜いた。

 彼女の声が耳に入ったから。だけど、その直前にアタシの指は青のピンを離れていた。


 ピーっという音がして。数字が消えた。

 ただそれだけ、それ以上、何も起きなかった。

 アタシは腰砕けになって、それからしばらくの間動けなかった。


 どれほど放心していただろうか。


「なあライ、お前も赤を選んでいたようだな、勘か? それともお前も分かったのか?」

 彼女の声が耳に届いて、アタシはようやく自分を取り戻した。


 アタシのは・・・正直に言ってしまえば、勘だ。

 ってーか。

 青はアタシのラッキーカラーだし、残しておこうと思っただけだ。


 アタシが誤魔化すように笑うと、彼女は氷のようだった相貌に、はじめて人間らしい表情を浮かべた。


「そっちこそ、なんで赤だったの? 勘、じゃあないわよね」

 アタシは訊ねた。


「一か八かではあったけどな、推理みたいなもんだ。・・・あの男がセットした時の状況を思い返した」

「推理?」

「そうだ。・・・その爆弾は市販品で、セットする人間が設定できるのは時間と、最終起爆ピンの選択肢だけになっている。電子ロック部分は機械が組み替える仕組みだ」


 彼女は一度溜息をついた。


「誰にでも取り扱える爆弾の典型ってやつさ。・・・でも、そんな爆弾を使う事自体、あの男は爆発物に詳しくない。それに、あいつはオレたちの目の前で時間をセットした」

「そう言えば、確かに」

「事前に仕掛けてないってコトは、設定の組み換えなんかしているわけがねえ。だとしたら、ピンは買った時のままという可能性が高い。初期設定がどちらかを思い出すのに、時間がかかってしまったがな」

「なるほど・・・」


 感心しながらも、半ばあきれ顔になった。

 冷静沈着っていうか、なんて度胸と決断力のある女性だろう。

 敵ながら、うっすらと尊敬の念が沸き上がった。


「これで、お互いに、多少は命が伸びたな。あとは、この船の生命維持装置が切れる前に救助が来ればいいけどよ」

 彼女はそう言って、疲れたように目を閉じた。


 まったく、大したもんんだ。

 アタシやリンも大概だとは思ってきたけれど、宇宙は広い。

 こんなすごい女がいるなんて・・・。


「ああでも・・・」

 思い出したように彼女は言った。


「救助が来たとしても、生き延びるのはお前だけか。よく考えたら、オレにはもう価値がねえしな。お前の顔も正体も見てしまったし、リスクはあっても、生かすだけのメリットが残ってない」


 そう言われれば・・・そうだ。

 アタシは彼女を複雑な思いで見た。

 彼女を生かしておくことは、アタシにとって禍根を残すことになる。

 今は手を出せないが、結局はそれが正解かもしれない。


「確かに。貴女を殺した方がアタシには安心よね」

「さすがに、ライを相手に二度目の勝ちはないか。まあ、これもオレの運命だな。お前に殺されるなら、あいつらの裏切りで死ぬよりは、少しは自尊心も保たるってもんだ」

「そうね」


 アタシに、その気があるならね。


 アタシは窓の外に目を向けた。

 遠くに、小さな光が走るのを見つめた。

 あれは、見間違いではないのなら、宇宙船の軌跡だ。それも、よく見覚えのある。


「思ったより早く、その時は来るみたい」

 アタシは彼女の前にかがみこんで、力なく垂れた彼女の手をそっと握りしめた。


「顔をあげてルナリー。さあ、もう少しだけ生きるわよ」

 アタシは彼女の名前を呼んだ。


 これが、宇宙海賊「蒼翼のライ」こと、このアタシ。

 つまり、ラライ・フィオロンと。

 その後「蒼翼」の一員として、ともに死線を潜り抜けることになる、ルナリー・ティリア。


 通称、チームの「歩く火薬庫」ルナルナとの、はじめての出会いだった。


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